(国連人権理はウイグル自治区での人権侵害を討議するよう求める提案を否決した【10月7日 日経】)
【国連人権高等弁務官事務所の報告書 「人道に対する罪の可能性」指摘】
欧米の人権侵害批判で米中対立の舞台ともなっている中国・新疆ウイグル自治区。
その自治区を今年5月に訪問したバチェレ国連人権高等弁務官については、中国のプロパガンダに利用されていると欧米では非常に評判がよくありませんでした。
****「中国は人権基準を満たしている」──プロパガンダに加担した「人権の守護者」****
<元チリ大統領で、国連人権高等弁務官のミシェル・バチェレ。中国・新疆ウイグル自治区を訪れ、習近平の喜ぶ発言だけを残して、8月末での退任を表明。なぜ最後に汚点を残したのか?>
(中略)
まるで習政権の広告塔
バチェレが訪中最終日に行った記者会見は驚くべきものだった。彼女は「反テロリズム」や「脱過激化」など中国政府が使う表現をそのまま口にし、「多国間主義」のために中国が担う役割をたたえ、貧困撲滅策の成果を大げさに述べた。彼女は中国の習近平(シー・チンピン)国家主席に操られる「役に立つ愚か者」になっていた。
記者会見で彼女は、中国の医療の国民皆保険や「ほぼ皆保険」である失業保険、男女平等の推進策を持ち上げた。だが蔓延する性暴力、強制される不妊手術や人工妊娠中絶、人身売買に拷問、そしてジェノサイド疑惑などには一切触れなかった。奴隷労働の横行についても何も言わず、それどころか強制労働を続けている中国企業を「人権基準を満たしている」と称賛した。
最も奇妙だったのは、中国で「市民社会の各団体、学者、地域社会や宗教界の指導者」と会ったという発言だ。誰のことを指しているのか。中国の市民団体は大半が閉鎖され、大半の学者が黙らされ、地域社会や宗教界の指導者は多数が獄中にいるというのに。(後略)【6月20日 Newsweek】
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しかしながら、彼女が退任時に置き土産のように発表した報告書(中国の圧力で公表が遅れていると懸念されていました)は、少数民族ウイグル族に対する中国の「人道に対する罪の可能性」を指摘する“まっとう”なものでした。
****「人道に対する罪の可能性」指摘に中国反発 国連ウイグル報告書****
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は8月31日、中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区の人権状況をまとめた報告書を発表した。
報告書は同自治区で少数民族ウイグル族らが拘束されている問題について「人道に対する罪に相当する可能性がある」と指摘。「深刻な人権侵害が行われている」と断定し、拘束されたウイグル族らの速やかな解放などを中国政府に勧告した
。
バチェレ国連人権高等弁務官は同日、任期満了に伴い退任。新疆の人権問題を否定する中国政府の圧力を受け、報告書の公表が遅れていると懸念されていたが、退任直前に発表した。
報告書は、多数のウイグル族らを収容した同自治区の「職業技能教育訓練センター」について、「(収容経験者への調査の結果)自由に退所できたり、一時帰宅できた人は一人もいなかった」と指摘した。ウイグル族らは「恣意(しい)的かつ差別的に拘束されている」とした上で、同センターへの収容は「自由の剝奪だ」と批判。「人道に対する罪に相当する可能性がある」との見解を示した。
また、ウイグル族らが同自治区で拷問や性的暴行などを受けたと訴えている疑惑について「信憑(しんぴょう)性がある」と評価した。
報告書は中国政府に対し、同自治区での拷問などの人権侵害の疑惑を速やかに調査するよう勧告。恣意的に拘束された全ての人の解放や行方不明者の所在確認、ウイグル族らに対する差別的な政策や法律の撤廃も求めた。
一方、英紙ガーディアンなどによると、報告書はウイグル族への人権侵害は認めたが「ジェノサイド(集団殺害)」と認定しなかった。米国はウイグル自治区での人権侵害の問題を「ジェノサイド」とみなしている。
中国側は報告書について「中国をいたずらに中傷し、中国の内政に干渉している」と反発した。
バチェレ氏は今年5月23〜28日に訪中し、滞在中に新疆の刑務所や職業技能教育訓練センターだった施設を視察した。国連の人権高等弁務官が中国を訪問するのは2005年以来で、退任前に報告書を発表する方針を示していた。
ロイター通信によると、中国政府はジュネーブにある各国の代表部に6月終わりごろから書簡を送付し、報告書の公表について「重大な懸念」を表明。公表すれば「人権分野において(問題の)政治化と陣営間の対立を激しくさせ、国連人権高等弁務官事務所の信頼を傷つける」と主張した。
バチェレ氏は8月25日、約40カ国から公表に反対する書簡を受け取ったと発言。中国などから送付されたとみられる。【9月1日 産経】
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国連のグテレス事務総長の報道官は報告書で示された勧告を「中国政府が受け入れるよう事務総長は強く望んでいる」と。立場上、当然でしょう。
アメリカは報告書を歓迎。ブリンケン国務長官は、報告書について「中国当局によって現在も行われているジェノサイドや人道に対する罪について我々の重大な懸念を再確認し、深めるものだ」と指摘し、「我々はパートナー国や国際社会と緊密に連携し、多くの被害者らに対する正義や説明責任を追及し続ける」と強調、報告書を梃にして中国批判を強める構えを見せていました。
一方の中国は激しく反発。
****国連報告書は「不法で無効」=新疆めぐる勧告拒絶―中国外務省****
中国外務省の汪文斌副報道局長は1日の記者会見で、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が公表した新疆ウイグル自治区の人権問題に関する報告書について「米国と西側勢力が画策してでっち上げたもので、完全に不法で無効だ」と主張した。その上で、国連が勧告した疑惑の調査などに関し「虚偽情報に基づいており、中国側が拒絶するのは当然だ」と反発した。【9月1日 時事】
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【欧米は国連人権理事会での討議要求】
争いは国連人権理事会の場に。国連中国は同調する20か国と報告書を批判する共同声明を発表。
****中国、国連の新疆報告書に「共同声明」で対抗 約20か国が同調****
中国は13日に開かれた国連人権理事会の会合で、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が発表した新疆ウイグル自治区に関する報告書を批判する声明を読み上げた。中国の立場に同調する約20カ国との共同声明としたが、事前に予想されていたほど支持は広がらなかった。(中略)
外交筋によると、民主主義国家は中国への対応として、国連人権理の会期中に調査メカニズム設置の可能性を含む歴史的な動議を検討している。米、カナダ、欧州連合(EU)などは13日の会合で新疆の人権問題に懸念を表明した。
一方、中国の陳旭・駐ジュネーブ国際機関代表部大使は、報告書は虚偽情報に基づく「中傷」と反発。
OHCHRが「人権理事会の許可も当該国の同意もなく」新疆に関する報告書を発表したことを「深く懸念している」との共同声明を読み上げた。関係者によると、これまでにエジプトやパキスタンを含む21カ国が声明に署名した。
しかし、ロイターの集計によると、中国に同調した国のうち、現在47カ国からなる人権理で投票権を持つのは7カ国のみ。人権理で決議を可決するには過半数の支持が必要となる。【9月14日 ロイター】
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対する欧米側は、国連人権理事会で中国ウイグル問題の討議を求めました。
****国連人権理事会で中国ウイグル問題討議を 米英など西側諸国が要求****
国連人権理事会(本部ジュネーブ)で中国による新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒少数民族への扱いを討議するよう英米などが要求している。ロイターが確認した草案文書や外交関係者らの話で26日に分かった。
外交筋によると、草案文書はこれまでのところ、米英のほかカナダ、スウェーデン、デンマーク、アイスランド、ノルウェーに支持されている。来年2月に始まる次期討議で取り上げるよう求める内容だ。
外交筋によると、草案文書はこれまでのところ、米英のほかカナダ、スウェーデン、デンマーク、アイスランド、ノルウェーに支持されている。来年2月に始まる次期討議で取り上げるよう求める内容だ。
実現するには47理事国の過半数の賛成が必要になる。実現すれば2006年に発足した国連人権理事会の歴史上、安全保障理事会の常任理事国である中国が初めて、こうした討議の対象となることになる。(中略)
中国は提案を退けることを求める可能性がある。中国は多くの発展途上国と経済的な深いつながりがあり、そうした国々を味方に付けようと努力。
中国は提案を退けることを求める可能性がある。中国は多くの発展途上国と経済的な深いつながりがあり、そうした国々を味方に付けようと努力。
47理事国もウイグル族の扱いについての対中非難を巡っては態度が割れている。討議が実現しても直ちにはウイグル族問題への調査を求めるような決議には至らない。ただこうした決議は今後に提起される可能性もある。(後略)【9月27日 ロイター】
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【討論開催要求否決 中国に「成果」】
この綱引きは、“中国の人権侵害の疑いに関する討論の開催を否決”ということで、中国が凌ぎきったようです。
****新疆めぐる討論開催否決 中国が反対働き掛け****
国連人権理事会は6日、中国・新疆ウイグル自治区での人権侵害の疑いに関する討論の開催を否決した。開催を求めていた西側諸国にとっては大きな後退となった。
同自治区の人権問題をめぐっては先月、国連のミチェル・バチェレ前人権高等弁務官が長らく待たれていた報告書を発表し、ウイグル人らイスラム系少数民族への人道に対する罪があった可能性を指摘。米国とその同盟国はこれを受け、新疆に関する討論を求める草案文書を国連人権理事会に提出した。中国を対象とした討論の提案は史上初だった。
だが中国政府の積極的な働き掛けにより、スイス・ジュネーブで行われた投票では47理事国のうち17か国が賛成、19か国が反対、11か国が棄権し、討論開催は否決された。
反対票を投じたのは、ボリビア、カメルーン、中国、キューバ、エリトリア、ガボン、インドネシア、コートジボワール、カザフスタン、モーリタニア、ナミビア、ネパール、パキスタン、カタール、セネガル、スーダン、アラブ首長国連邦、ウズベキスタン、ベネズエラ。
棄権したのは、アルゼンチン、アルメニア、ベナン、ブラジル、ガンビア、インド、リビア、マラウイ、マレーシア、メキシコ、ウクライナだった。
ある西側の外交官は、結果がどうであれ、新疆に焦点を当てるという「第一の目的は達成された」と強調した。 【10月7日 AFP】
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「第一の目的は達成された」云々は強がりでしょう。
中国は今後、この「成果」を活用していくものと思われます。
****中国、「米国などのたくらみは失敗」 ウイグル人権討論提案の否決で****
中国外務省は6日夜、国連人権理事会で新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権侵害をめぐる討論の開催を求めた米国などの提案が否決されたことを受け、「幅広い発展途上国の激しい反対を受け、米国など西側諸国のたくらみは再び失敗した」とする報道官談話を発表した。
中国外務省は6日夜、国連人権理事会で新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権侵害をめぐる討論の開催を求めた米国などの提案が否決されたことを受け、「幅広い発展途上国の激しい反対を受け、米国など西側諸国のたくらみは再び失敗した」とする報道官談話を発表した。
中国は今後、新疆問題を巡る自国の正当性を主張する材料として提案否決を活用していくとみられる。
談話は、米国などの提案について「国連の人権機関を利用し、中国の内政に干渉しようと企てた」と批判。新疆問題について「人権問題ではなく、反暴力テロ、脱過激化、反分裂の問題だ」と主張した。
米国など西側諸国に対し、「新疆問題を口実にデマを繰り返し飛ばして紛糾を起こしている」と非難。その上で、米国や英国などで人種差別や移民の権利侵害、銃暴力の頻発といった人権侵害が起きていると主張し、「人権理事会は重大な関心を払い、討議すべきだ」と求めた。【10月7日 産経】
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この結果は、中国の欧米以外の国々への影響力の大きさを示すものともなりましたが、そこに至るまでには中国の強い働きかけが存在したようです。
****ウイグル人権侵害の討議否決、インドネシアの沈黙なぜ? 中国が懐柔か****
国連人権理事会で新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権侵害をめぐる討論の提案をめぐり、世界最大のイスラム教徒の人口を抱えるインドネシアが反対に回った。インドネシアはこれまでもウイグル問題で沈黙を保つ。政界に影響力を持つイスラム教団体への中国の懐柔工作が奏功しているとされる。
インドネシアは中国と経済面での結びつきが強く、中国支援による高速鉄道建設も進む。20カ国・地域(G20)議長国として11月にバリ島で首脳会議が開催され、中国の習近平国家主席が出席する予定だ。会議の円滑な進行のためにも大国である中国の不興を買いたくないとの計算も働く。
米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ、電子版)は2019年の記事で、中国が援助を通じて「イスラム教国からのウイグル問題に対する批判を鈍らせている」と言及。特にインドネシアが工作の「最前線にいる」と指摘した。
WSJが注目したのはイスラム教団体に関連した事例だ。インドネシアで2番目の規模を持つイスラム教団体「ムハマディヤ」は18年、ウイグル人への暴力を問題視し、中国に説明を求める公開書簡を発表した。
中国はその後、宗教関係者を〝説得〟するキャンペーンに力を入れた。指導者や学者を対象とした新疆ウイグル自治区への現地ツアーを行った。また、各団体が実施する慈善事業を支援し、中国留学のために団体メンバーに奨学金の提供もしている。
一連の工作を通じ、各団体の批判のトーンは和らいだという。インドネシア・イスラム大のラクマット助教授(国際関係)は「イスラム教組織の無批判な姿勢が、インドネシアがウイグル問題で沈黙している大きな理由の1つだ」と指摘している。【10月7日 産経】
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【欧米とは異なる「グローバルサウス」の声 そこへの中国の影響力】
更に、ウイグル族問題に限らず、より大きな流れで総合的俯瞰的に見ると、国連や国際社会における「グローバルサウス(南半球を中心とした途上国)」の存在感、そこへの中国の影響力がうかがえます。
****国連総会陰の主役は「グローバルサウス」*****
今年の国連総会一般討論演説の〝陰の主役〟は「グローバルサウス(南半球を中心とした途上国)」だった。ロシアのウクライナ侵攻をめぐり、インフレなどで厭戦気分が広がる途上国の支持を得ようと、米露が競う構図が読み取れた。
英女王の国葬出席のため大統領のニューヨーク入りが遅れた米国は、慣例で確保する「初日の2番目」という脚光を浴びる演説枠をアフリカ連合議長国のセネガルに譲った。露外相は演説で「アフリカやアジア、中南米の声を反映させる」と安保理拡大を訴えた。
興味深いと思うのは、米露から秋波を送られた国の多くが侵攻の是非に立ち入らず、交渉による和平だけを訴えたことだ。米中対立の狭間に揺れる東南アジア諸国の一部が等距離外交を展開し、自国の利益の最大化を図る姿と似ている。
グローバルサウスは、1964年に発足した国連内の途上国グループ「G77プラス中国」を指すことが多い。134カ国に増え、今や国連加盟193カ国の約7割を占める一大勢力だ。
ここから台頭した中国とインドは外相演説で、自国の途上国支援の実績をアピール。ウクライナでの早期和平の実現を訴え、途上国と足並みがそろった。途上国の支持を得て、中印の重みが増していく−。そんな展開が今後の国連外交でみられるのかもしれない。【10月7日 産経】
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中国に関しても、ウクライナ・ロシアに関しても、日本の場合、欧米サイドの情報が入りやすい状況にありますが、世界は必ずしも欧米だけではない、欧米とは異なる声もある・・・ということには留意する必要があります。