(【2023年3月16日 WSJ】 米中ロいずれの側にもつかず、宿敵イランと(本音は別にして)手を結びつつ、パレスチナを支えるアラブの「盟主」でありながらイスラエルとも関係正常化をめざす・・・現実主義的な全方位外交を展開するサウジアラビア・ムハンマド皇太子)
【八方美人的全方位外交、あるいは積極的中立主義】
サウジアラビア・・・言わずと知れた石油大国で2022年の原油輸出量は世界最大、日本も総輸入原油の4割をサウジアラビアに依っています。
さらにイスラム教の二大聖地メッカとメディナが存在し、イスラム教、特にスンニ派の盟主・守護者を自任しています。
こうしたことで、その世界経済・国際関係、および中東世界における存在感は単なる「地域大国」以上のものがあります。
国内的には、これまでにも取り上げてきたように、ムハンマド皇太子が実権を握り、石油依存からの脱却を目指す成長戦略「ビジョン2030」を進めており、女性の自動車運転を認めるなどの「上からの改革」を推進しています。
2018年にトルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館内で起きたカショギ氏殺害事件に関与したとされるように、ムハンマド皇太子の人権感覚、その彼が進める改革の評価については議論があるところですが、今回取り上げるのは外交。
仇敵イランと中国の仲介で外交関係を正常化させ、さらにアラブ諸国と敵対してきたイスラエルとの国交正常化を進めており、ウクライナ危機でウクライナとロシアの双方と対話を維持しています。
従来からの同盟国でもあるアメリカとの関係はカショギ氏殺害事件などでギクシャクしていましたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、アメリカもサウジアラビアの協力を必要とし、2022年7月にはバイデン大統領がサウジを訪問、その関係を改善しつつあります。
イラン、イスラエル、ウクライナ、ロシア、アメリカ・・・すべての国と関係を良好に保つという八方美人的全方位外交は「積極的中立主義」とも称されています。冒頭のようなサウジアラビアのもつ石油という切り札、宗教的権威があって可能になることでしょう。
【ハマス・イスラエルの軍事衝突でサウジ・イスラエルの関係正常化交渉は?】
なかでも注目されてきた、そして、今後の推移が注目されるのがイスラエルとの関係正常化の動き。
アメリカ・バイデン大統領が仲介しており、アメリカとしては、イランと敵対するイスラエルとサウジアラビア(イランと関係正常化はしたものの、サウジ・イランが互いを脅威と感じていること自体は変わっていないとされています)の双方を結びつけることで、イラン包囲網を構築したい狙いがあるとされます。
イスラエルにとっては、2020年にUAEやバーレーンなどのアラブ4カ国とアメリカ・トランプ政権の仲介によって国交正常化しましたが、サウジとの関係はその流れの「本丸」にあたり、長年の中東世界における孤立、アラブ世界との対立からの脱却を可能とするものです。
サウジアラビアとしては、見返りにパレスチナ政策でイスラエルに大きな譲歩をさせることで、アラブ世界の「盟主」としての立場を確立し、一方で、アメリカからは安全保障の強化やサウジアラビアの民生用核開発への支援を引き出す・・・といったメリットがあります。
従来、サウジアラビアなどアラブ諸国は「パレスチナ国家なくして、イスラエルとの国交正常化なし」という立場を「アラブの大義」としてきましたが(サウジアラビアが主導して2002年に「アラブ和平イニシアティブ」として確立)、2020年のUAEやバーレーンなどのイスラエルとの関係正常化はこれを反故にするものです。
更に「盟主」サウジアラビアが「アラブ和平イニシアティブ」を反故にしてイスラエルと関係正常化するとなると、パレスチナとしてはアラブ世界から「見捨てられた」形にもなります。(それだけに、サウジアラビアとしてもイスラエルとの交渉のハードルは高いものがあります)
昨年10月7日のガザ地区・ハマスのイスラエル襲撃は、こうしたイスラエルとサウジラビアの交渉の進展を阻止することが目的であったとも言われています。
実際、ハマスの襲撃、イスラエルの報復によってパレスチナ問題が再び大きくクローズアップされたことで、サウジアラビアとしてもイスラエルとの交渉を「凍結」せざるを得なくなったと報じられています。
****サウジ、イスラエルとの関係正常化交渉を凍結=関係筋****
サウジアラビアがイスラエルとの関係正常化計画を凍結していることが分かった。サウジ政府の考えに詳しい関係者2人が明らかにした。米国が支援する正常化交渉を先送りするという。
関係者の1人は、当面協議は継続できないとし、再開時にはパレスチナ問題でのイスラエルの譲歩をより優先させる必要があると述べた。サウジはイスラエルとの関係正常化の見返りに米との防衛条約の締結を求めている。
関係筋が以前に明らかにしたところによると、サウジはイスラム組織ハマスとイスラエルによる今回の衝突が起こるまで、国家樹立を目指すパレスチナに対しイスラエルが大幅に譲歩しなくても、合意を受け入れる構えを示唆していた。
サウジ政府にコメントを求めたが、回答は得られていない。【2023年10月16日 ロイター】
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その後もサウジアラビアはイスラエルの報復を批難して、度々即時停戦を求めています。10月に国連に出席したサウジのファイサル外相は「和平プロセスを再開させなければならない。アラブは本気だ」と語気を強めて記者に語り、パレスチナ問題の解決を求めています。
ただ、南アフリカがガザでのイスラエル軍による民間人殺害を「ジェノサイド」として国際司法裁判所に提訴したり、トルコ・エルドアン大統領が「ヒトラーと何が違うのか」と批難したりするのに比べると、“静か”というか、様子見みたいな雰囲気も感じられます。「アラブは本気だ」と言わないとその本気度が疑われるような状況とも言えます。
もともとハマスは原理主義「ムスリム同胞団」から派生した組織であり、サウジアラビア王室は王室支配体制への批判にもつがるこうした原理主義を嫌っているということもあって、イスラエルのハマス攻撃を本音では歓迎しているとの見方もあります。
今回のハマス・イスラエルの軍事衝突が、サウジアラビアとイスラエルの国交正常化にどれだけの影響を与えるかについては、専門家の見方も分かれているようです。
「振り出しにもどった」という見方がある一方で、「サウジアラビアにとっての最大の敵はイランだ。イランの脅威に対応するためにはイスラエルとの同盟関係が必要だと考え、イスラエルとの戦略的関係を築きたいという考えは変わらない。」(エルサレム戦略・安全保障研究所(JISS)のエフライム・インバル所長)という指摘もあります。
「凍結」というのは将来的「解凍」を前提にしています。
ムハンマド皇太子としては急ぐ必要もないということで、当面は「凍結」するものの、状況が改善すれば再び・・・というところではないでしょうか。少なくとも、サウジからの「白紙に戻す」といった発言はないみたい。
「ポスト・ハマス」のパレスチナ問題と絡めて、イスラエルから譲歩を引き出す形で、サウジ・イスラエル関係の正常化を進めるという道もあるのかも。
【戦っているフーシ派への米軍攻撃に自制を求める】
一方、パレスチナ情勢に連動する形で起きているのがイエメン・フーシ派による商船攻撃。
海運業界は喜望峰回りを余儀なくされ多大のコスト・時間の増加を余儀なくされていますが、フーシ派に攻撃中止を求めていたアメリカがフーシ派への軍事的攻撃に踏み切ったことは周知のところです。
****米英軍、イエメン国内の約30カ所を150発の砲弾で攻撃=米当局者****
米国防総省幹部は12日、米英軍は前日にイエメン国内の約30カ所を150発を超える砲弾で攻撃したと明らかにした。
米英軍は11日、イエメンの親イラン武装組織フーシ派の関連施設を攻撃。国防総省幹部が示した数字はこれまでの公表より多い。
国防総省のダグラス・シムズ統合幕僚監部作戦部長は記者団に対し、今回の攻撃の標的には都市部から離れた場所に設置されていたミサイル発射台なども含まれていたため、多数の死傷者が出たとは予想していないと述べた。
また、フーシ派が報復を試みると米政府は予想しているとしながらも、フーシ派が9日に紅海で実施したような攻撃を再現できるとは考えていないと指摘。フーシ派はこの日、対艦弾道ミサイルを発射したが、どの艦船にも命中しなかったと述べた。【1月13日 ロイター】
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****米軍、フーシ派施設を単独で再攻撃 初日は28カ所と説明****
米CNNテレビなどは12日、紅海で商船を攻撃するイエメンの親イラン民兵組織フーシ派に対し、米軍が報復攻撃を前日に続いて実施したと報じた。再攻撃はフーシ派が使用するレーダー施設を標的にし、米軍が単独で行った。前日の攻撃に比べてかなり小規模だとしている。(後略)【1月13日 産経】
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このアメリカ主導のフーシ派攻撃に中東諸国やロシアからは批判が出ています。
****中東、フーシ派攻撃に反発=米英批判強める****
米英両軍によるイエメンの親イラン武装組織フーシ派への攻撃に対し、中東諸国からは12日、反発する声が上がった。
パレスチナ自治区ガザでの戦闘を機にイスラエル批判を強めるトルコのエルドアン大統領は、米英の攻撃は「度を超した武力行使だ。イスラエルがガザで行っていることと同じだ」と批判。「彼ら(米英)は紅海を血で赤く染めるつもりだ」と非難した。
サウジアラビア外務省は「紅海での軍事作戦とイエメンへの空爆を深刻な懸念とともに注視している」と指摘。自制と緊張激化の回避を訴えた。サウジは長年フーシ派と対立していたが、最近はイエメン内戦終結に向け和平プロセスを進めている。
オマーンのバドル外相はX(旧ツイッター)で、米英の空爆が「われわれの助言に反しており、極めて危険な状況に火を注ぐことになる」と警鐘を鳴らした。ロイター通信によると、イラク外務省も、攻撃の対象拡大は事態解決にはつながらないと懸念を示した。【1月12日 時事】
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****英米のイエメン攻撃は「あからさまな武力侵略」 ロシア国連大使****
ロシアのワシリー・ネベンジャ国連大使は12日、英米によるイエメンの親イラン武装組織フーシ派への空爆について、「他国に対するあからさまな武力侵略だ」と非難した。
ネベンジャ氏は同盟諸国の支援を受けて空爆を実施した英米について、「これらの国すべてがイエメン領に対する大規模攻撃を実施した。同国の一部の集団に対する攻撃ではなく、国民全体に対する攻撃だ。航空機、軍艦、潜水艦も使用された」と述べた。 【1月13日 AFP】
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興味深いのはサウジアラビの対応。もともとサウジアラビアはフーシ派とイランとの「代理戦争」とも言われる戦争状態にありますので、そのフーシ派への米軍攻撃は歓迎してもいいところ。
ただ、フーシ派との和平を進めている状況で、事態を悪化させるようなアメリカの攻撃は困る・・・というところでしょうか。
****米英軍がイエメンの新イラン組織フーシ派を攻撃、自制を呼びかけたのは...サウジ****
サウジアラビア外務省は12日、米英がイエメンの親イラン武装組織フーシ派に関連する標的を攻撃したことを受けて、自制と「エスカレーションの回避」を呼びかけた。
サウジは数カ月前からフーシ派との和平交渉を進めている。
同省は「大きな懸念」をもって事態を注視しているとし「(サウジは)紅海地域の安全と安定を維持する重要性を強調している」との声明を発表した。
フーシ派は西側諸国が支持するサウジ主導の連合軍と10年近くにわたってイエメンで内戦を繰り広げ、国内の多くの地域を支配。イスラエルと戦争状態にあるイスラム組織「ハマス」と連帯し、イスラエルに向かう商船を攻撃している。
フーシ派の交渉代表は11日、紅海での商業攻撃はサウジとの和平交渉を脅かすものではないと述べた。【1月12日 Newsweek】
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イスラエル批判をしながらも交渉の道を完全に閉ざすことはなく、戦争をしているフーシ派への攻撃にも自制を求める・・・サウジ外交の本領発揮といったところでしょうか。