孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アルゼンチン  自由放任主義者のミレイ大統領の「壮大な実験」 物価・財政は改善 低所得層は生活苦

2024-12-25 23:34:39 | ラテンアメリカ

(【12月11日 日経】)

【自由こそが豊かで、平和で、繁栄した社会をもたらす 公的規制は間違いであり、不道徳】
下記は今年1月に開催されたダボス会議におけるアルゼンチン・ミレイ大統領のスピーチの冒頭部分抜粋です。
なお、下記で「集産主義」と訳されている言葉は、一般的に言うところの「社会主義的なもの」という風に理解していいかと思います。

****ハビエル・ミレイ大統領の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)での演説****
私は今日、西側諸国が危機に瀕していることをお伝えするためにここに来ました。
西側の価値観を守るべき人々が、社会主義、ひいては貧困につながる世界観に取り込まれてしまっています。残念なことに、ここ数十年、他人を助けたいという崇高な意図と、特権的なカーストに属したいという欲望にかられ、西側世界の主要な指導者たちは、自由というモデルを放棄し、集産主義のさまざまなバージョンに走りました。

私はここで、集産主義的な試みは、世界の市民を苦しめている問題の解決策では決してなく、それどころかその原因であることをお伝えしたいのです。

私たちアルゼンチン人ほど、この2つの問題を証言できる人はいません。
私たちアルゼンチンは、1860年に自由のモデルを採用し、35年で世界をリードする大国になりました。
一方、私たちが集産主義を受け入れたこの100年間で、アルゼンチン人は世界140位に転落するほど組織的に貧困化しました。

しかし、この議論を始める前に、なぜ自由市場資本主義が世界の貧困をなくすための実行可能なシステムだというだけでなく、そうすることが道徳的に望ましいと思われる唯一のシステムなのかを裏付けるデータを検証することが重要でしょう。

経済発展の歴史を見てみると、0年から1800年頃までの間、世界の一人当たりGDPはほぼ一定でした。
人類の歴史を通して経済成長の推移をグラフにすると、ホッケーの棒の形をしたグラフになり、基準期間を通して一定の指数関数になります。

人類の一人当たりGDPは90%の期間において一定であり、19世紀以降は指数関数的な成長が始まりました。(中略)
1800年から現在までの一人当たりGDPを見ると、産業革命後、世界の一人当たりGDPは15倍以上に増加し、爆発的な富を生み出し、世界人口の90%が貧困から抜け出しました。

忘れてはならないのは、1800年には世界人口の95%近くが貧困にあえいでいたのに対し、パンデミック前の2020年には5%にまで減少していたことです。

結論は明白です。問題の原因であるどころか、経済システムとしての自由市場資本主義こそが、世界中の飢餓、貧困、困窮をなくす唯一の手段なのです。

経験的な証拠は議論の余地がありません。したがって、自由市場の資本主義の方が生産性の面で優れていることは間違いないため、左翼の教義は、資本主義を「不公正である」として道徳的な問題を攻撃してきました。

彼らは、資本主義は個人主義的だから悪く、集産主義は利他的で「社会正義」を目指すものだから良いというのです。

この概念は、ここ10年の間に第一世界(先進資本主義国)で流行となりましたが、私の国(アルゼンチン)では80年以上にわたって政治的言説の中に常にありました。

問題は、社会正義は公正でないだけでなく、一般的な福祉にも貢献しないということです。それどころか、暴力的であるがゆえに、本質的に不正義なのです。国家は税金によって賄われており、税金は強制的に徴収されるからです。それとも、税金を払わない選択肢もあるとでも言うのでしょうか?

税金が増えれば自由は減ります。つまり、国家は強制力によって財政を賄い、税負担が高ければ高いほど、強制は大きくなり自由は少なくなるのです。

社会正義を推進する人々は、経済全体がさまざまに分配できるケーキだ、という考えから出発します。
しかし、そのケーキは与えられるものではなく、カーズナー(※イスラエル・M・カーズナー。オーストリア学派の経済学者)の言う「発見の過程」で生み出される富なのです。

良い品質の製品を魅力的な価格で生産すれば、その企業は業績を上げ、さらに多くの製品を生産するでしょう。つまり市場とは、資本家が正しい方向を見つけながら進んでいく発見のプロセスなのです。

しかし、国家が資本家の成功に対して罰を与え、この発見のプロセスを阻害すれば、資本家のインセンティブを破壊することになります。その結果、資本家の生産量は減り、「ケーキ」は小さくなり、社会全体に不利益をもたらします。

集産主義は、こうした発見のプロセスを阻害し、発見されたものの利用を妨げます。それによって企業家の手を縛り、より良い商品を生産し、より良いサービスをより良い価格で提供することを不可能にしてしまいます。

世界人口の90%を極度の貧困から脱却させ、そのスピードもますます速くなっているだけでなく、公正で道徳的にも優れている経済システム。

その自由市場資本主義を、学界・国際機関・政治・経済理論が悪者扱いするのはなぜなのでしょうか。自由市場資本主義のおかげで、世界は今日最高の状態にあります。人類の歴史上、今ほど繁栄した時代はありません。今日の世界は、歴史上のどの時代よりも自由で、豊かで、平和で、繁栄しています。(中略)

自由市場の資本主義と競争の法則が、世界の貧困をなくすという驚異的な成果を達成し、人類史上最高の時を迎えているのに、なぜ私は西側諸国が危機に瀕していると言うのでしょうか?

その理由は、自由市場・私有財産・その他のリバタリアニズムの制度という価値を守るべき国々で、政治・経済界の有力者たちが、ある者は理論的枠組みの誤りから、またある者は権力への野心から、リバタリアニズムの基盤を損ない、社会主義への扉を開き、私たちを貧困、悲惨、停滞へと追いやる可能性があるからです。

社会主義は常に、そしてどこでも、試みられたすべての国で失敗した貧困化現象であることを決して忘れてはなりません。(後略)【1月19日 自由主義研究所 note24】
*******************

一読して分かるように、国家の規制を排した自由市場が機能する資本主義こそが、経済発展、貧困解消の源泉である、様々な規制はこの自由市場が生む成果を損ない貧困と衰退をもたらすものであるという、完璧な自由主義礼賛です。

「富裕者がさらに富裕になると、経済活動が活発化することで低所得の貧困者にも富が浸透し、利益が再分配される」と主張するトリクルダウン理論(日本でもそうした考えに近い政策がとられましたが、結果的に実質賃金は下がり続けました)を徹底的に追求したものとも見えます。

自由市場における資本主義的競争・工夫・努力が成長・繁栄の源泉であるということについては、多くの者が賛同するところでしょうが、自由市場に委ねていればすべてうまくいく、あるいは、その競争に敗れたものは切り捨ててもいいか・・・という話になると、意見はいろいろあるところでしょうし、程度問題・バランスの問題だということにもなるでしょう。

だからこそ、多くの国々が資本主義をベースとしながら様々な公的な規制や介入を行い「社会正義」を実現しようとしている訳ですが、ミレイ大統領に言わせれば、そういう考え方が誤りであり、結果的に貧困を生む不道徳だ・・・ということにも。 このあたりになると、一種の「信仰」のようにも見えます。

ただ、後日取り上げることも考えている日本の失われた20年・30年という経済衰退ぶりをみるとき、こうしたミレイ大統領的な思い切った発想こそが日本に欠けているものだ・・・という指摘もあります。

ちなみに、ミレイ大統領が指摘しているように、アルゼンチンはかつての先進国から(衰退)途上国に堕ちた例外的な国でもありますが、今日本はそのアルゼンチンに続く2番目の事例になろうとしているとの指摘もあります。

【就任1年 物価・財政は想定外に改善 トランプ氏同様、国連を含む多国間協調の枠組みには懐疑的】
大統領選挙中にチェーンソウを振り回して様々な規制をぶち壊すパフォーマンスや過激な主張で人気を博して当選したミレイ大統領の自由主義的な改革は「壮大な実験」とも見られていますが、就任1年目はマクロ経済的には物価も落ち着き、財政も好転し、予想された以上の成果を残しています。

****「痛み」伴う改革で成果 トランプ氏と連携模索―ミレイ大統領就任から1年・アルゼンチン****
アルゼンチンのミレイ大統領が就任して、10日で1年となった。インフレ退治に向け補助金削減など国民の「痛み」を伴う経済改革を断行し、一定の成果をもたらした。

外交ではトランプ次期米大統領との連携を模索。トランプ氏が返り咲きを決めた米大統領選後、外国首脳として同氏と最初に対面で会い、蜜月ぶりをアピールしている。

「最も重い鎖から解放されつつある」。
ミレイ氏は11月、月間のインフレ率が約3年ぶりの低水準になったと成果を誇示した。アルゼンチンは歴代の左派ポピュリスト政権が予算のばらまきを繰り返し、インフレが慢性化。4月には年間のインフレ率が300%近くにまで悪化した。

「小さな政府」を掲げるミレイ氏は、就任直後から財政面で大なたを振るった。公共料金への補助金を削減し、新規の公共工事も停止。

議会では議席数の劣勢をはね返し、規制緩和や国営企業の民営化を盛り込む法案可決に成功した。

財政が黒字に転じると、国外に逃避していたドルが流入。アルゼンチンは債務不履行を繰り返した過去があるが、格付け大手は11月、「救済を求めず返済する能力」が改善したと認め、格上げした。

一方、緊縮財政に伴う副作用も目立つ。国内総生産(GDP)は今年4~6月期まで3四半期連続で前期比マイナスを記録。賃金も伸びず、今年前半には国民の約53%が貧困状態に陥った。

「ミレイ氏の実験は依然、大きな間違いを犯す可能性がある」(英誌エコノミスト)と厳しい見方も出ている。それでも「古い政治」との決別を訴えるミレイ氏への反発は限定的で、政権支持率は50%前後で安定している。

対外政策では親米路線を前面に打ち出し、中ロなどで構成する新興国グループ「BRICS」参加を見送り。温暖化問題を軽視するトランプ氏に歩調を合わせるかのように、11月の国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)では代表団に引き揚げを命じた。

ただ、関税導入による保護主義を掲げるトランプ氏に対し、ミレイ氏は経済を市場競争に委ねるのが基本姿勢で、両者には対立の火種もくすぶっている。【12月11日 時事】
*****************

両者の間で関税の問題はどうなっているかは知りませんが、ミレイ大統領は大統領選勝利後のトランプ氏と面会を果たした初の外国首脳・・・というように、トランプ氏はミレイ大統領が大のお気に入りです。

****「アルゼンチンのトランプ」ミレイ大統領が本家と親密アピール…就任1年、国際協調には後ろ向き****
南米アルゼンチンの右派ハビエル・ミレイ大統領が昨年12月に就任し、1年が経過した。米国のトランプ次期大統領との親密ぶりを盛んにアピールし、回復基調の経済も追い風に存在感を示している。国際協調に後ろ向きなミレイ氏の奔放な言動に、関係国が翻弄ほんろうされる状況が続きそうだ。

「前例のない政治的行為 トランプ氏がミレイ氏を米大統領就任式に招待」。今月14日、アルゼンチンの地元メディアが相次いで「就任式招待」と報じると、ミレイ氏はすぐさま、一連の報道を自らのX(旧ツイッター)でリツイート(転載)した。トランプ氏との近さを内外に誇示する狙いは明らかだ。

ミレイ氏は11月、大統領選勝利後のトランプ氏と面会を果たした初の外国首脳となり、世界の注目を集めた。トランプ氏もミレイ氏を「お気に入りの大統領」と呼び、「アルゼンチンを再び偉大にする」と絶賛してみせた。

過激な発言などで「アルゼンチンのトランプ」とも称されるミレイ氏は、トランプ氏同様、国連を含む多国間協調の枠組みには懐疑的だ。大統領に就任してからの1年間で、国際会議の舞台などで関係国との摩擦もいとわない「ミレイ流」外交を貫いてきた。

象徴的だったのが、11月の一連の国際会議での振る舞いだ。女性への暴力根絶のための国連の決議案に加盟国で唯一、反対し、国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)では、代表団を交渉から離脱させた。主要20か国・地域(G20)首脳会議でも、超富裕層への課税や飢餓貧困対策などの項目に抵抗した。

左派との対決姿勢も隠さない。「社会主義というゴミと決別する」。ミレイ氏は今月4日、首都ブエノスアイレスで開かれた保守派の会合でぶち上げた。ブラジルのルラ・ダシルバ大統領やスペインのペドロ・サンチェス首相ら左派の首脳らを名指しで批判し、右派の結束を呼びかけた。

内政・外交ともに強気の姿勢を下支えするのは、国内の根強い支持だ。アルゼンチンのサン・アンドレス大が今月発表した調査によると、支持率は54%に上る。

危機的だった経済に好転の兆しが出ていることへの評価が特に高い。紙幣の増刷廃止などで深刻なインフレ(物価上昇)は収束に向かっており、昨年12月に前月比25・5%に達した消費者物価の上昇率は、11月に同2・4%にまで抑え込んだ。公務員の大幅削減や公共投資の凍結なども断行し、財政の黒字化も実現した。

中部コルドバ市でペットサロンを経営するマルティン・クエジョさん(45)は「改革に痛みを伴うのは当然だ。大統領は型破りだが誠実で、何より公約を守っている」と話した。【12月25日 読売】
******************

【低所得層の生活苦は増したとみられている】
ただ、政府の介入を廃する「壮大な実験」の結果、少なくとも現時点では低所得層の生活苦は増したとみられています。

****ミレイ大統領、国民向け演説で就任1年目の実績振り返る****
12月10日に就任から1年を迎えたアルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は国民に向けたテレビ演説を行った。ミレイ大統領はその中で、就任1年目の主な実績について述べた。

まず、ショック療法により、落ち込んだ経済活動が足元で上向き始めたほか、前政権下で乱発された通貨供給を停止した結果、物価が安定し、経済が成長サイクルに入り始めたとの認識を示した。その上で、国民の我慢に対して謝意を示した。(中略)

ミレイ大統領は当初、憲法が大統領に認めている「例外的な事情により通常の手続きに従うことが不可能な場合」の立法権を行使して規制緩和を進めたが、7月に公布された「アルゼンチン人の自由のための基盤および出発点に関する法律」〔通称、基盤法、またはオムニバス法〕により、1年間に限って行政、経済、金融、エネルギーの分野の立法権が行政府に与えられると、規制緩和に勢いを増して着手した。

今回の演説では、800以上の規制を撤廃したとしている。

他方、公共工事の停止などによる歳出削減や国内経済の停滞により、失業率と貧困率は悪化した。国会予算事務局(OPC)によると、年金を含む社会支援関連予算の11月までの累計予算執行額は、前年同期比で実質18.3%減となっており、低所得層の生活苦は増したとみられている。

数多くの規制緩和や改革を実現し、マクロ経済は安定しつつあり、国民の支持率も高いまま推移していることから、ミレイ大統領にとって就任1年目の業績への評価は高い。

2年目は経済成長を軌道に乗せ、ミクロ経済を回復させることが急務となる。【12月19日 JETRO】
***************

****“アルゼンチンのトランプ”「痛み」伴う改革、無料の病院も… 大統領就任から1年****
南米で過激な発言などから“アルゼンチンのトランプ”とも呼ばれているミレイ大統領が、今月10日で就任から1年を迎えました。徹底的なコストカットで国の財政が改善された一方、国民の生活は苦しくなっています。(中略)

一方で国民生活には、しわ寄せが。電気・水道といった公共サービスの大幅な補助金カットに加え、賃金も伸びず、貧困率は50%を超えました。 路上生活者に配給を行うNGOによると、配給者は日増しに増えているといいます。

路上生活者に配給を行うNGO モニカ・デ・ルッシス代表
「この1年で増えたのは路上生活者になる一歩手前の人たちです。家賃や税金は払えるけれども、食べるお金がないのです」

行政サービスの削減で多くの公共事業も廃止の瀬戸際に立たされていて、無料で治療が受けられる公立の精神病院では…

記者 「国有地であるこの病院は今、競売にかけられようとしています。垂れ幕には健康は競売にかけられないと訴えています」

エリザベスさんは元夫からの暴力により、うつ状態となり、3人の子どもと共に25年通院を続けています。

エリザベスさん 「ここ(病院)のおかげで地獄から抜け出し、自由になれました」

今でも精神安定剤をもらいながら病院に通い続けていますが、清掃作業員などの仕事をこなし、家賃を支払うのがやっと。一緒に住むレストランで働く息子の給与に頼らざるを得ない状況です。

エリザベスさん 「悲しすぎます、終わってほしくない。私だけでなく、多くの人にとって病院がなくなることは苦悩でしかない」

第一メンタルヘルスセンター グスターボ・スラトボルスキー氏
「もし健康がビジネスになったら、金がある人だけ医療にアクセスできて、金がなければ、自分で解決しろと言われているようなものです」

国の再建に向け歳出カットの大鉈を振るうミレイ大統領に、国民の理解は続くのでしょうか。【12月15日 TBS NEWS DIG】
****************

どこまで国民の理解と我慢が続くのか・・・当初から懸念されているポイントですが、ミレイ大統領にとって都合がいいのは、人は“他人の痛み”はいくらでも耐えられるということでしょう。

ミレイ改革で経済が好転し、その恩恵を受ける人々がある程度に増えれば、そうした枠組みからこぼれ落ちた人々の苦しみは捨ておかれるリスクも。ミレイ流の自由放任主義はそうしたリスクを内在しています。

逆に言えば、そこまでやらなければ、アルゼンチンや日本みたいな衰退スパイラルに入った国を上向かせることはできない・・・ということか?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする