(ベイルートの爆発現場【9月28日 日経】)
【首相候補が組閣を断念 閣僚ポストをめぐる各宗派間で対立 時にヒズボラの抵抗】
中東レバノンでは8月4日に港に保管されていた大量の硝酸アンモニウムが大爆発し、死者は137人超、負傷者は約5000人という大惨事が発生、その後政治混乱、旧宗主国フランス・マクロン大統領の改革を求める関与などについては
8月7日ブログ“レバノン これまでも機能不全の政府 首都ベイルートの大爆発で懸念される復興・新型コロナ・食糧”
8月11日ブログ“レバノン 爆発事故で火が付いた国民の政治への怒り 困難な政治改革への道”
でも取り上げてきました。
しかし、多くの宗教・宗派がモザイクのように入り組み、イランおよびその支援を受けるヒズボラの影響力が大きいレバノンの改革は非常に困難で、その方向性すら不透明です。
現在の政治の機能不全の大きな原因が宗教・宗派ごとに大統領・首相や議員数などが割り振られる制度にあるとはされていますが、この規制を廃止すれば、今後は宗教・宗派が争う内戦の危険性が再燃します。おそらくその結果は、圧倒的武力を持つヒズボラ・イランのレバノン支配でしょう。
そうした困難な状況で、予想されたように組閣すらできない事態となっています。
****親イラン政党の抵抗で組閣が難航 大規模爆発のレバノン このままでは「地獄に向かう」****
8月に大規模爆発が起きたレバノンで、イランに近いイスラム教シーア派政党が組閣に異議を唱えて新政権が発足しない状態となっている。
爆発は政府が長期にわたり放置した大量の発火物が原因とみられ、政治の機能不全を露呈。旧宗主国フランスのマクロン大統領が政治改革の第一段階として、15日までの新政権の成立を求めていた。
ロイター通信によると、ヒズボラなどシーア派の2政党が新政権での財務相ポストを要求し、組閣が難航している。ヒズボラと併存する同名の民兵組織はイランから資金や武器などの支援を受けているとされる。
一方、トランプ米政権は今月、ヒズボラと関係があるとして財務相経験者ら2人を独自の制裁対象に指定、ヒズボラ排除の圧力を強めている。
レバノンのアウン大統領は8月31日、爆発を受けて退陣を表明したディアブ首相の後任に駐独大使だったアディブ氏を指名した。同氏は財務相など閣僚ポストを宗派別に割り当てるのではなく交代制にするよう提案、シーア派政党が反発した。
財務相はここ数年、シーア派が占めている。在レバノンの記者(29)によると、公共事業の発注額の水増しなどで裏金が作りやすいポストだと指摘されている。
ヒズボラはレバノン国会で大きな勢力を持っており、閣外に出たら法案が全く通過しない事態になる可能性もあるとされる。レバノンはすでに財政破綻の状態だが、国際社会は政治改革を断行しなければ資金支援は行わない姿勢を崩していない。アウン氏は新政権が発足しなければ、レバノンは「地獄に向かう」と危機感を示している。【9月24日 産経】
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****1カ月たたず…レバノン新首相が辞意 組閣で行き詰まり****
8月に首都ベイルートで大爆発事故が起きたレバノンで26日、新首相に指名されたばかりのムスタファ・アディブ氏が就任辞退を表明した。組閣に向けて調整してきたが、閣僚の主要ポストをめぐる勢力争いが激化し行き詰まった。
国際的な支援を呼びかけている旧宗主国のフランスは、支援の「条件」として早期の組閣を要求してきた。今回の辞退で、以前からの経済危機への対応や、爆発の被害からの再建が遅れる可能性がある。アディブ氏はこの日、前日に続いてアウン大統領と会談したが、最終的に組閣を断念し、テレビ演説で国民に謝罪した。
レバノンでは8月4日の爆発を受けて内閣が総辞職。駐ドイツ大使だったアディブ氏が同31日に新首相に指名され、組閣に着手していたが、閣僚ポストをめぐって各宗派間で対立が起きていた。【9月26日 朝日】
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この事態にフランス・マクロン大統領は怒っています。
****レバノンの組閣断念「裏切り」=政治指導者への制裁示唆―マクロン仏大統領****
フランスのマクロン大統領は27日、記者会見し、レバノンの首相候補が組閣を断念したことについて「裏切りだ」と非難した。旧宗主国のフランスは、8月に起きた爆発事故後のレバノン支援の条件として、9月中旬までの組閣を求めていた。
マクロン氏は「レバノンの政治勢力は約束を破ることを決定し、国の総合的な利益より仲間内の利益を優先した」と指摘。レバノン側が「重い責任を負うことになる」と述べ、政治指導者らへの制裁を改めて示唆した。【9月28日 時事】
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【4人に1人以上が難民 政治混乱で難民流出へ】
多くの宗教・宗派がモザイクのように入り組みことから「中東の火薬庫」とも称されるレバノンの混乱は、中東全般に影響しますが、レバノンの持つもう一つの側面は、この国が大量のシリア難民・パレスチナ難民の受け入れ国であるということ。
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人口わずか440万人、岐阜県とほぼ同じ大きさのレバノンには(2019年9月時点で)約92万人のシリア人難民がUNHCRに登録していますが、推定では150万人が滞在しているとされています。
さらに、シリア紛争以前から滞在しているパレスチナ難民約30万人とシリアからのパレスチナ難民を合計すると、レバノンの人口のじつに4人に1人以上が難民です。【パルシック(PARCIC)】
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決して豊かではない小国レバノンに暮らす難民の生活は困窮を極めており、コロナ禍による追い打ちもあります。
****ドキュメント「シリア難民からのSOS」の衝撃(1)「難民の子が誘拐されて臓器を摘出されて死んでいた」****
シリア難民たちが生活苦の果てに自分の「臓器」を売っている!
中東のレバノンに内戦が続く隣国シリアから逃れた難民たちが臓器売買で急場をしのいでいるという。
腹部に大きな切り痕が残る年配の女性が証言する。「約14万円もらった」
角膜を売ったという若い女性が手術跡の眼球を指で開きながら話す。「生活のために腎臓か角膜を売るしかなかった」(中略)
さらにショッキングなのは…。
難民の子どもが「臓器目的」でさらわれて殺されている!
難民の臓器を狙って子どもの誘拐事件まで起きている現実がある。子どもがさらわれてゴミ捨て場で遺体が見つかった時には腹部をえぐられた痕があったという。
子どもを抱える母親が満足な仕事がなく、売春で生活費を稼ぎ、父親が分からない子どもを妊娠して流産している実態も示される。
極限状況の中で9人家族の大黒柱だった父親が追いつめられて焼身自殺するという悲劇も起きた。
そんなシリア難民たちの今を描いたドキュメンタリーが放送された。(後略)【7月24日 水島宏明氏 YAHOO!ニュース】
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レバノン政治の混乱は、こうした難民たちの生活をさらに厳しいものともし、限界を超えた人々の欧州へ向けた命がけの脱出をも惹起します。
【ガス田をめぐる東地中海の緊張 コロナ、難民でさらに緊張高まる】
もとより、東地中海はガス田開発をめぐって9月14日ブログ“トルコと南欧諸国が対立する東地中海問題 トルコ・欧州間の移民・難民問題にも影響する可能性”で取り上げた緊張状態にありますが、その緊張に「難民問題」がかぶさってくることにも。
****コロナで加速する地中海危機****
感染症による難民増、トルコ対ギリシャ、レバノンの不安定化・・・・新たな難民危機と地域的緊張で地中海は危険な状況に
9月初め、シリアとレバノンの難民や移民を乗せてレバノン北部を出航した6隻の船が、キプロスに停泊しようとした。こう書くと大した数ではないように聞こえるが、昨年1年間にレバノンからキプロスに向けて出港した難民船は1隻だけだった。
高速船なら、レバノン北部の港からキプロス島南東部のグレコ岬までの180キロほどを6時間で航行できる。レバノン政府が混乱状態にある今、この穏やかな海域は密航業者にとって夢のような場所だ。
船が小さいので、乗っているのは数十人程度だが、キプロス当局は法的に問題のある対応に踏み切った。国連の難民条約を無視して船を海上で阻止。「経済難民」をレバノンに送還したのだ。相手国政府との取り決めがあると、キプロス側は主張する。
実際には、キプロスは難民の新たな流人への備えができていないだけだ。一時収容施設は既に過密状態。非効率な官僚主義と複雑な法律のせいで、難民申請手続きの処理に3~5年かかっている。
政府は最近になって、この混乱から抜け出すための立法措置に動いたが、難民の権利と適正な申請手続きをめぐる懸念は消えていない。
8月にレバノンの首都ベイルートの港湾地区で発生した大規模爆発の後、レバノンヘの支援は急増しているが、キプロスも他の国々も追加の難民を受け入れる意思はほとんど示していない。
一方、レバノンの状況はますます不安定化している。9月10日には同じ港で再び大火災が発生。人々の不安はさらに高まった。
厄介な大国トルコの野心
地中海東岸地域の地政学的状況が平穏だったことはめったにないが、ここ数力月は特にひどい。レバノンの政治家は外国勢力の言いなりで、内政に目を向けようとしない。
結果、レバノンは何度も経済危機に見舞われ、財政難の政府は昨年、スマホの通話アプリに課税しようとしたほどだ。
8月の爆発事故ではレバノンの食糧備蓄が大量に失われ、国民の心に致命的な打撃を与えた。多くの国々が人道支援の医薬品や食料を緊急に送り、インフラ修復や生産能力の強化を支援してきたが、この傷から回復するまでには何年にもわたる持続的な国際支援が必要になりそうだ。
その間も新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、レバノンの悲惨な内政と外国からの圧力に対する脆弱性、経済的混迷は悪化し続けるはずだ。
この巨大な嵐は、レバノン国民の大量脱出を引き起こしかねない。故郷を追われ、この国に身を寄せているシリア人とパレスチナ人は言うまでもない。
さらに国際社会が新型コロナ対策に追われている問に、オスマン帝国の栄光の復活を目指すトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領が影響力の拡大に動いている。
トルコは周辺地域で代理戦争を戦い、ガス田の権益を主張し、ヨーロッパに新たな難民を送り込むと脅している。
ギリシヤのキリアコスーミツォタキス首相は毅然とした態度を取り、ガス田のある海域に探査船を派遣したトルコに異議を唱えた。キプロスは両国のはざまで十字砲火に巻き込まれている。
政治的緊張が高まっているのは、イギリスの離脱にまつわる交渉でもめているEUの国々も同様だ。パンデミックに対応した国境閉鎖は、EU域内の自由な移動を定めたシェングン協定の将来に疑問を投げ掛けている。
関係国は今から準備を
寒い冬が来ればパンデミックは悪化し、レバノンをさらに追い詰めると予想される。
キプロス、ギリシヤ、トルコ、EUは、レバノンを含む地中海東岸からの新たな難民の波に備えて今から準備を始めるべきだろう。最悪の場合、いてつく海と陸地を越えた難民の移動は、新型コロナの感染拡大と相まって、この地域でさらに大きな人道危機を引き起こしかねない。
包括的な新戦略を短期間で立てるのは不可能かもしれないが、EUは少なくとも、地中海東岸地域の国や自治体に緊急支援金の拠出を始めることはできる。
それがあればキプロスや、おそらくギリシャ最東端の島々でも、難民キャンプに必需品を備蓄し、社会的距離を保てるように施設を拡張できる。臨時スタッフや通訳を雇い、難民申請手続きを迅速化することも可能だ。
こうした準備に加え、レバノン、キプロス、ギリシヤ、そしてEU全域のそれぞれの事情に合わせた人道支援と広報活動も必要になる。EU諸国のメディアは人々の共感を呼び起こさせるようなやり方で難民問題を報道すべきだ。
重要なのは、キプロスとギリシャが欧州連帯の原則を信頼できるようにすることだ。
そのためにはレバノンを含む地中海東岸からの難民を他のEU諸国にも配分して再定住させる必要がある。
北キプロスが事実上トルコの支配下にあることを考えると、どのような取り決めにもエルドアンの支持が欠かせないだろう。
新たな難民危機の懸念と地域的緊張の高まりを受けて、地中海東岸の状況はここ数年にないほど危険なものになっている。この問題が顕在化すれば、ヨーロッパ南東地域は深刻な安全保障上の脅威に直面することになる。
EUはこの課題に立ち向かい、地域協力のための共通基盤を見いださなければならない。ギリシャ東部レスボス島のモリア難民キャンプに壊滅的な被害を与えた最近の火災は、現在の安定があっという間に崩れてしまうものであることを見せつけた。【9月29日号 Newsweek日本語版】
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【強気の姿勢を変えないエルドアン大統領 米関与低下後のロシア・トルコ拡張に対する仏マクロン大統領】
ガス田開発に関しては、積極的なトルコの姿勢は変わっていません。
****トルコ、キプロス島沖のエネルギー掘削を10月半ばまで延長****
トルコ政府は15日、キプロス島沖の地中海東部で稼働しているエネルギー掘削船「ヤウズ号」について、10月12日まで活動を延長すると発表した。トルコはこの海域をめぐり長年にわたってギリシャ・キプロス共和国と対立しており、緊張が高まる可能性がある。
ある海事通知書によると、ヤウズ号は同国籍の3隻を伴い作業するという。通知書には「全船舶に対し、同海域への侵入禁止を強く要望する」と記されている。(後略)【9月16日 ロイター】
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欧州側を主導するのは、東地中海へのアメリカの関与が低下するなかで、ロシア・トルコの影響力拡大を懸念することを懸念するフランス・マクロン大統領です。
****東地中海、ガス田探査で緊張 仏VSトルコ「米抜き安保」の試金石*****
トルコによるガス田探査に端を発した東地中海での対立が激しくなっている。トルコの歴史的ライバルであるギリシャをフランスが支え、トルコが反発する構図だ。
マクロン仏大統領は欧州連合(EU)による危機解決を目指し、対トルコ制裁も辞さない構え。米国が欧州安保への関与を低下させる中、EUの「自立」を問う試金石と位置付けている。
マクロン氏は10日、仏コルシカ島でギリシャ、イタリアなどEUの南欧7カ国による首脳会議を開き、トルコのガス田探査は「一方的で、違法な挑発行為だ」と非難した。トルコが対話に応じなければ、月末のEU首脳会議で制裁を検討すると迫った。
続いてギリシャ政府が、フランスからラファール戦闘機18機を購入すると表明。トルコのエルドアン大統領は「フランスは、トルコとケンカしようとは思わない方がいい」と牽制(けんせい)した。トルコはいったん探査船を撤収させたが、「給油と整備のため」としており、活動を続ける方針は変えていない。
対立は今夏、トルコが軍艦の護衛付きでガス田の海底探査を始め、ギリシャが「わが国の権益を侵害した」と反発したのが発端。豊富な天然ガス資源を擁するとされる東地中海では、トルコとギリシャなどの排他的経済水域(EEZ)が画定していない。
フランスは8月半ば、ギリシャ側に立って同国クレタ島に戦闘機を派遣。さらに、地中海でギリシャ、イタリアとともに軍事演習を行い、トルコを威圧した。
トルコやギリシャ、フランスはいずれも、米主導の北大西洋条約機構(NATO)加盟国。米国は地中海岸に第6艦隊の基地を置くが、ポンペオ国務長官は「外交による解決が必要。トルコの動きを懸念している」としつつ、仲介は避けている。
マクロン氏が強硬姿勢を崩さないのは、米国の存在感が薄れるのに従い、ロシアやトルコが地中海沿岸で権益拡大を図っているからだ。ロシアはシリアでアサド政権の後ろ盾として軍事介入を深め、トルコはシリアやリビアの紛争に介入する。マクロン氏は「NATOは脳死状態」と公言し、欧州独自の安保構築を訴えてきた。
一方、マクロン氏の姿勢には、EU内で慎重論も強い。多数のトルコ系移民を抱えるドイツのマース外相は「EUはギリシャとともにある」としながら、制裁には消極的な姿勢だ。【9月17日 産経】
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