(ペルシャ湾で出くわしたイラン革命防衛隊の艦艇(左)と米海軍の哨戒艇【11月28日 Newsweek】)
【イラン アメリカの裏庭・メキシコ湾に戦艦を】
現在の国際情勢の主軸のひとつが、シリア・イラク・レバノン・イエメンなど中東の広範な地域で影響力を強めるイランと、これに対抗して包囲網を作るサウジアラビア・イスラエル・両国を支援するアメリカ・トランプ政権の対立にあることは、改めて言うまでもないところです。
トランプ大統領主導の包囲網に対し、イランはアメリカの裏庭・メキシコ湾に戦艦を派遣して、屈するつもりのない意志を見せつける予定とか。
****イラン戦艦がメキシコ湾へ プレゼンス拡大でアメリカに対抗*****
<中東の盟主として台頭しつつあるイランが、イラン包囲網を画策するアメリカとサウジアラビアとイスラエルに対抗するため世界の海に出ようとしている>
イランの戦艦がペルシャ湾から世界中の海を渡り、米南部とメキシコ北東部に挟まれたメキシコ湾を航行する準備を進めている。
イランを敵視する米トランプ政権に対抗し、軍事力の増強と近代化を目指しているイランでは、海軍司令官に就任したフセイン・カンザディが11月22日に記者会見を開き、イランの複数の戦艦が間もなく大西洋とメキシコ湾を航行して南米諸国を訪問する予定だと発表した。イランの半国営タスニム通信社が報じた。
この大航海は、イラン軍のプレゼンスを世界に広げ、イランを孤立化させようと画策するアメリカとその同盟国イスラエルとサウジアラビアに対抗できる関係を諸外国と築こうとする戦略の一環と報道されている。
「ヨーロッパと南北アメリカ大陸の間の公海を行き来することこそ、イラン海軍の目標だ」と、11月初めのカンザニの就任式で、前任のハビボラ・サヤリはこう言ったという。
カンザディはイラン海軍が新たな戦艦や潜水艦を2018年に導入することを宣言。11月の最終週には、新型のペイカン級ミサイル・コルベット艦「セパル」を同国のカスピ海艦隊に追加配備するなど、矢継ぎ早の海軍増強計画を明らかにした。イラン南部マクラン海岸沿いのジャスク港では、海軍飛行場の建設計画が進行中とも報じられた。
対イラン包囲網をはね返す
ホメイニ師を中心とするシーア派イスラム教勢力が、アメリカの傀儡だったパーレビ王朝を倒した1979年のイラン革命以降、アメリカとイランは敵対している。
アメリカは数十年にわたりイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアを支持し、なんとかイランの影響力拡大を抑えようとしてきた。
イランとサウジは中東一帯で互いに対立する政治勢力や軍事運動を支援し、対立がさらに悪化した。最近になって中東でのイランの影響力がサウジアラビアを上回るようになるにつれ、それを阻止したいイスラエルはかつての敵であるサウジアラビアに接近してまで対イランで連携している。
イスラエルとサウジアラビアを支持するトランプは、バラク・オバマ前米大統領が交渉し、米欧など主要6カ国が2015年に結んだイランとの核合意をイランが順守していると認めず、破棄すると警告している。
アメリカとイランの強硬な保守派の反対を押し切って成立した核合意は、対イラン経済制裁で欧米が課した数十億ドルの経済制裁の解除と引き換えに、イランが核兵器の開発を凍結するというもの。
イランは核合意を順守していると認めるアメリカの同盟国や国際機関の激しい批判にも関わらず、トランプは核合意を破棄または再交渉するか否かの判断を米議会に委ねる方針だが、イランは再交渉の余地はないとしている。
イランは、アメリカやサウジと敵対しながらもレバノンやイラク、シリア、イエメンの中央政府との同盟に成功するなど中東での影響力を拡大している。
シリア内戦では反政府勢力ではなくバシャル・アサド大統領を支持した結果、同じくアサドを支援していたロシアとの結びつきも深まった。
イランが南北アメリカへの進出を図るのは、今回が初めてではない。友好関係にある中南米諸国からはこれまでも、イランが支援するレバノンのシーア派組織ヒズボラの一派を匿ってもらうなど政治的な支援を受けてきている。
米紙USAトゥデーによれば、イランは2014年、ペルシャ湾での米海軍のプレゼンスに抗議するため、メキシコ湾にイラン海軍の戦艦を派遣しようとしたこともある。【11月28日 Newsweek】
*****************
【アメリカ 核合意を無効化してイランへの対決姿勢を強めたいトランプ大統領】
メキシコ湾にイラン戦艦が・・・となると、トランプ大統領が更にヒートアップすることは間違いないところで、長年の労苦の末にようやくまとまった核合意の今後の扱いが懸念されます。
核合意に関しては、欧州は「国際社会には機能している合意を壊す余裕などない」(EUのモゲリーニ外交安全保障上級代表)とトランプ大統領の姿勢を批判しており、IAEA=国際原子力機関も「イランは核合意を履行している」(天野事務局長)とイランを擁護しています。
ただ、トランプ大統領はイランのミサイル開発や近隣諸国へのイランの干渉をもって「イランは核合意の“精神”を守っていない」として、合意を「認めない」とする判断を示し、これを受けてアメリカ議会は制裁の再開も含めて対応の検討を進めています。
アメリカ・トランプ大統領の主張は“無理筋”の感もありますが、今現在は“様子見”の状況です。
****IAEA理事会 米、イラン核合意履行継続 資金拠出***
国際原子力機関(IAEA)の定例理事会が23日開かれ、在ウィーン国際機関米政府代表部のシャンペイン臨時代理大使は、欧米などとイランが交わした核合意の履行を続けるとし、IAEAによるイランの履行検証のために100万ドル(約1億1000万円)を新たに拠出すると表明した。
核合意について、トランプ米大統領は10月、国益にかなわないとの判断を示した。合意に基づき解除した米制裁を再発動するかどうか議会が12月中旬までに判断することになっており、国際社会は懸念を強めているが、合意は当面履行する姿勢を示した。 (後略)【11月24日 毎日】
********************
イラン側は、ミサイル開発については自国防衛のためとして強気の姿勢を崩していません。
****欧州がイランの脅威となるならミサイル射程を延長へ=革命防衛隊****
イラン革命防衛隊のフセイン・サラミ副司令官は、欧州がイラン政府の脅威となる場合、革命防衛隊はミサイル射程を2000キロメートル以上に延長すると警告した。イランのファルス通信が25日伝えた。
フランスは、イランの弾道ミサイル開発を巡り妥協のない対話を求め、2015年の核合意とは別に交渉を行う可能性を示唆している。
一方、イランは、ミサイル開発は防衛目的で、交渉の余地はないとの立場を繰り返している。
ファルス通信によると、副司令官は「われわれがミサイルの射程を2000キロで維持してきたのは技術的に制限されていたからではなく、戦略上の方針が理由だ」と発言。
「われわれはこれまで欧州を脅威と感じることがなかったため、ミサイル射程を引き上げなかった。だが、欧州が脅威となることを望む場合、われわれはミサイルの射程を引き上げる」と述べた。【11月27日 ロイター】
*******************
アメリカによるイラン経済制裁復活はイランへの対外投資を妨げ、イラン経済を悪化させることで、核合意を主導したロウハニ大統領などイラン穏健派の立場を弱め、国内民主化にも逆行する保守強硬派を台頭させることになります。
トランプ大統領の判断を受けてアメリカ議会で検討されている新たな法律は、イランが核兵器1個を製造し得る核物質を取得する「ブレークアウト」までの時間が一年を切った場合に自動的にアメリカの制裁を復活させるといった内容のもののようです。
ただ、法案を主導するコーカー上院外交委員会委員長は、トランプ大統領が大統領としての職務を“リアリティ番組”のように扱っていると非難、また、ホワイトハウスのスタッフが大統領を“抑え込む”ことに苦労していると言及、更に、「(トランプ大統領は)第3次世界大戦への道に巻き込みかねない」「ホワイトハウスはデイケアセンターだ」等々、与党重鎮の立場にありながらトランプ大統領を激しく批判し、来年1月で政界引退を表明しています。
トランプ大統領の意のままに動く政治家でもないようですので、新たな法案がどのような実質的意味を持つものになるか注目されます。
【サウジアラビア 権力を集中する皇太子が進める「対イラン軍事同盟」】
一方、サウジアラビアでは政敵を大規模粛清して権力集中を強化するムハンマド・ビン・サルマン皇太子が、イランへの敵対心をあらわにしています。
****イラン最高指導者は「新たなヒトラー」─サウジ皇太子=NYT****
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙とのインタビューで、イランの最高指導者アリー・ハメネイ師について「中東の新たなヒトラーだ」と述べた。
皇太子は「欧州での出来事を中東でも繰り返すような新たなヒトラーは必要ない」と語った。【11月24日 ロイター】
******************
政治世界にあっては「新たなヒトラー」という表現は、これ以上はない批判でしょう。
サウジアラビアは、イランが支援するイエメン・フーシ派のミサイル攻撃、レバノンにおけるヒズボラの脅威を踏まえて、アラブ世界における対イラン包囲網形成を進めています。
****<アラブ連盟>「イランの脅威は限界超える」 臨時外相会合****
アラブ連盟(21カ国と1機構)は19日、エジプトの首都カイロで臨時外相会合を開き、中東で影響力を拡大するイランへの対応を協議した。
アブルゲイト事務局長(エジプト元外相)は「イランの脅威は限界を超えている」と述べ、危機感をあらわにした。ロイター通信などが伝えた。
会合は、イスラム教シーア派国家イランと敵対するスンニ派の盟主サウジアラビアの要請で開催。両国はイエメンやシリアの内戦でそれぞれ別の勢力を支援する「代理戦争」を続けている。
今月4日には、イランが支援するイエメンのシーア派武装組織フーシがサウジの首都リヤド近郊の国際空港に向けて弾道ミサイルを発射し、緊張が激化した。
イランはミサイル発射への関与を否定しているが、サウジのジュベイル外相は19日の会合で「我々は団結しなくてはならない」と訴え、アラブ諸国の結束を呼びかけた。
一方、サウジなどはレバノン国内でイランの影響下にあるシーア派組織ヒズボラについても「テロを支援している」と批判したが、レバノン代表団は「レバノン国内ではヒズボラも内閣を構成している」と述べ、非難に反論した。【11月20日 毎日】
******************
イラン・サウジアラビア対立の渦中にあるレバノンの件は、長くなるのでまた別機会に取り上げます。
サウジアラビアは、エジプト・シナイ半島での大規模テロを受けて、テロ対策を名目にした「対イラン軍事同盟」形成を明らかにしています。
****サウジ主導でイスラム圏国防相会議 「対イラン軍事同盟」形成へ****
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(32)は26日、首都リヤドでイスラム圏約40カ国の国防相らが参加して開かれた会議で、エジプトで起きた過去最悪規模のテロにふれ、「われわれの地域の評判が汚される」などと述べてテロや過激主義を批判し、「イスラム軍事反テロ連合」の本格始動を目指す考えを示した。
次期国王と目される皇太子を中心に、イスラム教スンニ派諸国の軍事連合を主導する姿勢をアピールした形だ。サウジの軍当局者は「特定の宗派や民族を想定したものではない」としているが、サウジが敵視するイランへの対抗軸を形成する考えもにじむ。
会議に参加したのはエジプトやアフガニスタン、トルコなどスンニ派主体の国々。シーア派大国イランのほか、イランの影響力が強まっているイラクやシリアは加わっていない。また、「イランに融和的だ」としてサウジが6月に断交に踏み切ったカタールも招待されなかった。
サウジは反テロ連合の新たな拠点設置に向け、約1億ドル(約110億円)を拠出する考えを示した。参加国は過激組織への対処に際し、軍事・資金面での支援などを要請することも可能とされる。(後略)【11月27日 産経】
*********************
カタール制裁や政敵大規模粛清などのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の動きをアメリカ・トランプ大統領が了承・支援していると見られており、サウジアラビアの動きはトランプ大統領の思惑に沿ったものと見ることができます。
【イスラエル “共通の敵”イランでサウジアラビアへ急接近】
イラン及びヒズボラの脅威を強く意識している点で、イスラエルもサウジアラビアと同じ立場にあります。
****IS後の脅威はイラン、イスラエルが警戒****
世界中のほとんどの国が過激派「イスラム国(IS)」の敗北が間近に迫っていることを喜んでいるが、イスラエル政府当局者はシリアの動向を注視し、喜ぶ理由などないとみている。
イスラエルにとってみれば、相対的に弱小の敵だったISは、それよりはるかに危険なものに取って代わられつつある。それはイランとその同調者たちである。
シリアのバッシャール・アサド大統領は国内の支配権を固めつつあり、政権軍はイスラエルが占領するゴラン高原にじりじりと近づきながら、残存IS勢力の一掃を図っている。政権軍はイランやレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラの支援を受けている。
「ISが撤退しつつあるすべての場所をイランが掌握しようとしている」。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が率いる右派政党リクードのシャレン・ハスケル議員はそう警告する。「われわれは(レバノンと接する)北方の国境で、ヒズボラを通したイランの脅威に対処している。シリアとの国境でも、同じ状況になることは望んでいない」
イランとヒズボラは、ISと同じくイスラエルの破滅を求めているが、ISと違うのはその目標を追求できる軍事力を保持していることだ。(中略)
イスラエル政府当局者は、シリア情勢だけを懸念しているわけではない。
シリア内戦が最終局面を迎えた結果、ガザ地区を支配するパレスチナのスンニ派原理主義組織ハマスは、シーア派であるイランとの関係復活に着手した。両者の連携はこれまで、スンニ派とシーア派の宗派間対立によって弱体化していた。
イスラエル当局者の見方からすると、ISの敗北によってイスラエルが事実上包囲されたかにみえる。5つの国境のうち3つの国境でイランの代理勢力ないし同盟勢力が活動しているからだ。(後略)【11月17日 WSJ】
****************
イランという共通の敵、アメリカ・トランプ大統領という共通の支援者を得て、サウジアラビアとイスラエルという従来は敵対関係あった両国は急速に接近しています。
****サウジとイスラエルが急接近****
・・・イランの外交、軍事攻勢に対し、サウジはトランプ米政権と結束して対抗する路線を取ってきているが、ここにきてアラブの宿敵イスラエルに急接近してきた。
サウジはイランの侵攻に対抗するため軍事的、経済的大国のイスラエルとの関係正常化に乗り出してきたものと受け取られている。
宿敵関係だった両国が急接近してきた背景には、両国が“共通の敵”を持っていることがある。イランだ。
イスラエル軍のガディ・エイゼンコット参謀総長はサウジの通信社 Elaph とのインタビューに応じ、「イスラエルはサウジと機密情報を交換する用意がある。両国は多くの共通利益がある」と述べている。
ちなみに、イスラエル軍指導者がサウジの通信社の会見に応じたこと自体これまで考えられなかったことだ。この背後にはネタニヤフ首相とサウジのムハンマド皇太子の意向が働いているとみて間違いないだろう。
ユバール・シュタイニッツ・エネルギー相はイスラエルのラジオ放送で、「わが国はサウジと非公開な接触を持っている」と認めている。同相はネタニヤフ首相の安全閣僚会議メンバーだ。
イスラエルは建国以来、自国がアラブ世界で受け入れられることを願ってきた。イスラエルはエジプトとヨルダンとの友好関係を築いてきたが、最近は密かにアラブ首長国連邦(UAE)にも接近しているという。(後略)【11月26日 長谷川 良氏 アゴラ】
****************
かくして、サウジアラビアとイスラエルという“奇妙”な連携をアメリカが支えてイランに対峙、そのイランとロシアがシリアで接近・・・・という関係になっています。
アメリカのイラン制裁問題で核合意が実質的に無効化されるような事態になれば、イランでは強硬派が勢いを増し、両サイドの対立も更に危険なレベルに近づきます。
トランプ大統領は「国際社会には機能している合意を壊す余裕などない」なかにあって、新たな脅威を生み出そうとしています。自身の国内求心力を高めるのには好都合なのでしょうが。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます