【8月31日 時事】
【手切れ金で一定方針示すも、難航が予想される離脱交渉】
イギリス・メイ首相はEU離脱交渉にあたって、争点となっていたいわゆる“手切れ金”について一定のラインを示す形で交渉の前進をはかる考えです。
****<英首相演説>「手切れ金」EUと隔たり 25日に交渉再開****
英国のメイ首相が22日に行った演説は、行き詰まる欧州連合(EU)との離脱交渉を前進させる狙いがある。
しかし離脱に伴い英国がEUに支払う「手切れ金」についてのメイ氏の提案は、EU側の要求とは依然隔たりが大きいとみられ、25日に再開する第4回交渉でEU側の譲歩を引き出せるかは不透明だ。
メイ氏が演説を通してEU離脱問題の新方針を表明したのは、単一市場と関税同盟からの「完全離脱」を訴えた今年1月以来。
このため、EU側でもメイ氏の妥協による行き詰まり状態の打開を望む声が高まっていた。
対立する最大の争点の手切れ金について、EU側は、英国が離脱前に拠出を約束した2020年までのEU予算のほか、職員年金や途上国への支援金などを加えて試算。その規模は約1000億ユーロ(約13兆4000億円)とも報じられている。
英国のデービスEU離脱担当相は前回の交渉で、19年3月末の離脱以降に相当する分は支払わない意向を初めて伝え、EU側を憤慨させた。
今回のメイ氏の演説は支払額を明示はしなかったが、200億ユーロとの報道もあり、事実なら、EUの要求額とは依然かなりの開きがあるとみられる。
双方は交渉開始時、手切れ金を含む離脱の条件を巡る話し合いで「十分な進展」につなげた後、10月にも貿易協議に入るシナリオを描いていた。
だがEU高官は「10月が期限とは考えていない」と話し、EU内部からも絶望視する声があがる。
演説には、メイ氏と意見の相違が指摘されていたデービス氏、ジョンソン外相、ハモンド財務相ら主要閣僚も同席。首相官邸はフィレンツェを演説の場としたことについて「欧州の歴史の中心地で、何世紀にもわたり英国と深いつながりがある地」と説明し、離脱後のEUとの「新たなパートナーシップ」構築に意欲を示した。【9月22日 毎日】
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手切れ金問題は、9月2日ブログ“イギリス 予想通り難航するEU離脱交渉 「離脱からの離脱」を本気で考える必要も”でも触れたように、“与党・保守党の離脱派は、「離脱すれば財政負担が減る」と訴えてきただけに簡単に応じられないためだ。”【8月30日 朝日】という事情もあって、イギリス側としては難しい対応を迫られていますが、国民投票時の前提が極めて曖昧・不正確なものだったことをも示す問題です。
いずれにしても、今回方針が交渉の“糸口”となることは期待されていますが、EU側の要求額とは乖離がありますので手切れ金問題ひとつをとってもなかなか進展は難しい状況で、交渉全体については更に・・・といったところです。
****<元ベルギー首相>「時間が英国軟化させる」 EU離脱交渉****
欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国とEUの第4回離脱交渉が25日からブリュッセルで行われている。
これまで3回の交渉では、離脱に伴い英国が支払う「手切れ金」などの課題で両者の考えに開きが大きく、交渉は進んでいない。
そんな中、毎日新聞の取材に応じたマルク・エイスケンス元ベルギー首相(84)は、硬直化する離脱交渉の行方について「極めて心配」だと述べたが、一方で「時間が英国の態度を軟化させる」との見通しも示した。
エイスケンス氏は、英国がEU単一市場へのアクセス権を有する欧州経済地域(EEA)への加盟を維持することが「将来の妥協案になる」との見方を示した。
EEAはEU加盟28カ国に加え、ノルウェー、リヒテンシュタイン、アイスランドの計31カ国で構成。EU非加盟国は一定の拠出金を支払う代わりに、人・物・資本・サービスの移動の自由を原則とする単一市場への参加を認められる。
英国のメイ首相は今月22日の演説でEEAにはとどまらない考えを表明した。だがエイスケンス氏はEUに依存する英国の貿易構造などを根拠に、英側の姿勢が時間をかけて「大きく譲歩する」と予測。
「最終的にノルウェーに近いモデルを受け入れるだろう」と分析した。加盟国の中でも対英輸出割合が高いドイツのメルケル首相が、「双方の歩み寄りに向けた役割を果たす」とも述べた。(後略)【9月27日 毎日】
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「支配を取り戻せ!」「EUへ払っていた負担もなくなる」ということで決めたEU離脱ですが、人・物・資本・サービスの移動の自由を原則とする単一市場への参加し、一定の拠出金も支払い、しかもEU決定に対する影響力は失う・・・ということでは、一体何のためのEU離脱だったのか?という素朴な疑問も。
【すでに現実のものとなっている人手不足・食料品価格上昇】
交渉はまだ“入口段階”で、離脱のイギリスへの影響もこれから・・・という段階ですが、すでに影響はジワジワと表れ始めています。
****英国に職求めるEU市民、ブレグジットで減少****
労働力不足を案じる経営者も
欧州連合(EU)全域から労働者を雇用している食品包装会社の経営者ニール・ゴールドマン氏は、英国が昨年の国民投票でEU離脱(ブレグジット)を決めたせいで欠員補充が難しくなったと語る。(中略)
農業・医療・製造などさまざまな業界の幹部が、懸念される労働力不足が拡大計画を阻害し、英経済の足を引っ張るとの不安を募らせている。インフレの加速が消費者支出を圧迫するなか、英国の経済成長は既に減速しつつある。(中略)
外国人労働者の流入減少は意外ではないはずだ。ブレグジットはそのために計画された側面も大きい。EU域内からの移民の削減は、テリーザ・メイ首相のブレグジット戦略の中心をなす。EU離脱の決定は、英国が「国境・法律・マネー」の支配権を取り戻すためだったとメイ氏は話す。
ブレグジット推進派によると、労働者不足には実は良い面もある。企業が新しい機器や訓練に投資すれば、遅れている英国の生産性の上昇につながる可能性があるというのだ。
一方でエコノミストは、外国人労働者は生産性を高める技能の重要な供給源だと指摘する。(中略)
英国には過去20年にわたり、他の加盟国から到来するEU市民の波が押し寄せた。2004年に中・東欧の新規加盟国の労働者に門戸が開かれると、その波が強まった。
労働者の流入は経済を動かしたが、国民の不安も駆りたてた。昨年の国民投票には移民への反発の側面もあったことを、世論調査は示唆している。英国の問題にEUが影響力を持ちすぎているとの不満も大きかったようだ。
今年1-3月期に英国で働いていた他のEU加盟国出身者は230万人超と、10年前の2.5倍に達し、過去最多だった。国内の全労働者約3200万人に占める割合は約7%だ。
こうしたEU市民の雇用拡大に減速の兆しがある。労働年金省によると、就職や給付金請求に必要な国の保険番号を取得するEU市民の数は、16年4月~17年3月に前年度より6%減少した。ポーランド人による登録は23%、スペイン人の登録は9%減少した。
国立統計局(ONS)によると、ポーランド、リトアニア、ハンガリーなど04年にEUに加盟した中・東欧8カ国から英国への純流入者数は、16年には5000人と、前年の4万6000人から減少した。
特に減少が目立つ分野もある。慈善団体のヘルス・ファウンデーションが6月に発表したところでは、4月に英国民保健サービス(NHS)での看護師または助産師に応募したEU市民は46人だった。前年同月には1000人を超えていた。
労働者不足を埋める英国人失業者は多くない。1-3月期の失業率は4.5%と、1975年以来の低水準だった。
全英農業者組合の最近の調査によれば、1~5月に農業部門で採用された労働者1万3400人のうち英国人はわずか14人だった。
農家からは、季節労働者となる外国人労働者の数が激減しているとの声が上がっている。しかもブレグジットはまだ起きていない。
英国にいるEU市民の地位がブレグジット後にどうなるかは不透明だ。EUと英国はこの問題で合意に至っておらず、フットワークの軽い労働者の目を他国に向かせる要因となっている。(中略)
英国が避けられる要因にはポンド安もある。外国人労働者が稼ぎを自国通貨に替えた時の金額が少なくなるのだ。ユーロ圏拡大とユーロ上昇は、一部の労働者が英国の代わりにドイツなどの国を目指すことを意味する。好調な労働市場に乗じるため母国にとどまる者もいる。
ポーランドでは、賃金上昇が6月に年率6%に達した。外国での就職を支援するワルシャワの人材会社ワーク・サービスの幹部によると、同社が5月に実施した調査では、仕事のための外国移住を検討しているポーランド人は1年前の19%から14%に減少した。(中略)
スーパーマーケットに冷凍食品を提供するスコットランド企業シスル・シーフードの幹部は、500人いる従業員の欠員補充のため、毎年50人前後を新規採用する必要があると話す。EU域内の母国に帰る者がいるためだ。かつては退職者が友人や家族を推薦することも多く、簡単だった。だが「今はそうしたことはなくなった」という。【8月2日 WSJ】
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上記記事にもあるように、移民規制はブレグジットの最大目的でもありますので、人手不足だろうが何だろうがイギリス政府としては避けて通れません。
****英、移民流入厳しく制限? EU市民の居住年数、規制案 地元紙報道****
英政府が欧州連合(EU)離脱後に検討しているEUからの移民規制案の一部が明らかになった。政府の内部文書を地元紙が報じたもので、移民流入を厳しく制限する内容だ。
移民規制はメイ首相が掲げる離脱後の政策の柱。政府側は「政府案ではない」と否定しているが、産業界には懸念が広がる。
英紙ガーディアン(5日の電子版)が報じた内部文書は8月7日付。現在、EU加盟国から英国に来る労働者は労働ビザなどがなくても英国で働ける。
だが、文書では離脱後、EUとの新しい関係に移るまでの「移行期間中」から移民規制を導入する方針を明記した。今後定める特定の日以降に英国に来たEU市民は「高度な技能を要する職業なら3~5年間の居住許可を与えるが、それ以外の職業は最大2年間に抑える」といった内容だ。
英メディアによると、グリーン筆頭国務大臣はこの文書を「みたこともない。政府の方針ではない」と否定している。
ただ、EUからの労働者に頼る業界は相次いで反発。ホテルや飲食店などでつくる「英国ホスピタリティー協会」は6日の声明で「この案が実行されれば、業界は壊滅的なものになる」と批判。英製造業団体(EEF)も「重大な懸念」を表明した。【9月9日 朝日】
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こうした移民規制の動きは、移民労働者の不安感をあおり、労働者の流失を加速させています。
****EU移民離れが止まらない ブレグジット前に英外食産業は深刻な人手不足****
英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット、Brexit)を前に英国を離れるEU国籍保持者が過去最多となり、移民労働者頼みの外食業界では深刻な人手不足が声高に叫ばれている。
ブレグジットの是非を問う昨年の国民投票以降の最新データでは、今年3月までの1年間で英国を去ったEU国籍者は3万3000人増の12万2000人に。その大半は中欧出身者だ。
ピザチェーン店フランコ・マンカの親会社フルハム・ショアは、ブレグジットに伴って導入が見込まれる新たな移民規制により「既に飲食店業界ではEU圏内出身の熟練スタッフの確保に影響が出ている」と主張。
同社の全従業員の中で英国籍の従業員はわずか20%しかいないため、EU出身者に留まってもらう説得材料として「数多くの報奨制度」を実施しているという。
英
統計局(ONS)によると、現在、最も人手が足りない職種はサービス業だ。しかも状況は悪化の一途をたどっており、今年6~8月の同業界の人手不足を示す欠員率は前年同期の3.5%を上回る4.3%だった。
ロンドン西部に展開するビストロチェーン店、シャーロットのアレックス・レスマン代表によると、ブレグジットの国民投票以来、ユーロに対してポンドが急落した影響でEU出身者の英国離れが続いているという。
■「EU移民並みに真面目に働く英国人は見つからない」
レスマン氏は、EU出身者並みに真面目に働く英国人はなかなか見つからないと話す。「皿洗いをするためにベッドから起き上がる英国人を探し出すのは至難の業だ」とレスマン氏。同氏は10代の頃から現在所有するレストランで働き始めた。
シャーロットの新店舗で料理長を務めるマイク・カーター氏は、「私たちは東欧出身者に頼り切っている。英国人シェフはほとんどいない」と語った。「この業界は2~3年で破綻すると思う」
英政府がEU域内からの低技能労働者の受け入れについては2年までに制限する案を検討しているという機密文書がリークされたことを受け、業界団体である英国ホスピタリティー協会(BHA)は、この案が実際に導入された場合は業界に「壊滅的な事態」を招くと述べている。
BHAが委託したコンサルティンググループKPMGの調査によると、2019年3月の英国のEU離脱後、EU域内からの移民労働者の流入が止まれば、サービス業界は人材危機と年間6万人の労働者不足に直面するとしている。【9月27日 AFP】
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「皿洗いをするためにベッドから起き上がる英国人を探し出すのは至難の業だ」という実態のなかで、移民排斥を叫ぶイギリス人が多いのも身勝手・無責任な話です。
東欧圏からの季節労働者に依存してきた農業では、収穫も出来ず作物を廃棄するようなことにも。
食品価格も上昇し始めています。
****食にEU離脱の影響(英国) 生産支える移民減り価格上昇 ****
複雑に絡み合う課題が2つある。食料自給は維持できるのか。そして価格の上昇は抑えられるか、だ。
1990年代、英国の食料自給率は8割近くあった。しかし現在では6割程度まで下がっている。食材を補おうにもポンドの価値が下がり続け、以前は安く購入できた輸入食材が高騰しているのだ。
そこで食材価格を安定させるために、国内生産を増やそうとの議論が活発になっている。しかしこれまで安価、かつ大量の労働力で農産物の収穫、加工食肉や乳製品の製造を支えてきたのは主に東欧圏からの季節労働者。
彼らは価値が下がったポンドを見限り、英国内で広がる移民労働者への偏見と差別を嫌って激減し、必要な人員を確保できない農業経営者が増えている。
収穫ができないために、せっかく育てた作物は廃棄処分にされ、流通量の減少に拍車をかけ価格が上がってしまう。
さらには企業が加工食品の製造をEU圏内の他の国へ移転。供給量は安定するが、ポンド安のために価格は上昇するという悪循環が増えている。
何もかもブレグジットのせいにするのは安易だ。しかし、徐々に広がる影響の大きさに気づかないでいると、先進国で進む食料危機という報道が英国から配信される可能性もある。【8月29日 日経】
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【将来に不安を感じる若者】
移民だけでなく、「EU以前」の状態を知らないイギリスの若者も多数おり、将来への不安を募らせています。
****<英国>消える権利、増える不安…「EU以前」知らぬ若者****
欧州連合(EU)離脱を決めた英国には、他のEU加盟27カ国から300万人以上が移住し、EU域内には100万人以上の英国人が暮らす。
英EU離脱交渉で、焦点の一つがこれらの人々の権利の保障だ。大陸側で暮らす英国出身の「EU以前」を知らない若者らは、混沌(こんとん)とする交渉の行方に大きな不安を抱えている。
EUと共通通貨ユーロの創設を定め、25年前の1992年に調印されたマーストリヒト条約は、加盟国の国民にEU域内の移動と居住の自由を認めた「EU市民」の概念を盛り込んだ。(中略)
英中部チェスター出身のオリビア・マクニーさん(19)は、EU離脱が決まった昨年6月の国民投票後にマーストリヒト大学へ進学し、欧州史を学ぶ。「ここへ来るまでEUのことを何も分かっていなかった。英政府もEUもEUの役割を十分に伝えてこなかったのが(離脱に至った)原因だと思う」と話す。
マクニーさんは最近、英国人の友人とオランダで病院を訪れた。友人はEU共通で医療費がカバーされる「欧州健康保険カード」を提示したが、EU離脱を理由に病院側は受け取りを拒み、実費を請求したという。「責められているような気がして強く言い返せなかった。離脱までまだ1年半もあるのに」と悲しげな表情を浮かべた。
同じ大学でEU法を学ぶ英国出身のジェイク・ノーマンさん(21)は、移民規制への政府の強硬姿勢に不満がある。夏に帰省した際、医療機関で南欧出身の医療従事者に支えられている現場を目の当たりにした。「素晴らしいケアをしてくれるスタッフたちを否定しているようで恥ずかしくなった」(後略)【9月27日 毎日】
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先の国民投票結果は、戻ることのない過去の栄光に郷愁を感じる高齢者が、若者らの将来を潰したものでもありました。
繰り返しになりますが、まだ離脱は先の話で、交渉が始まったばかりです。
その時点でのこうした状況は、今後実際に離脱したときの影響の大きさをうかがわせるものです。
今後離脱の条件が明らかになるにつれ、企業・金融機関が拠点をイギリスからEU域内などに移す動きも本格化してきます。
前回ブログでも述べたように、一体何のためにイギリスはこんな苦労を買って出ようとするのか・・・よくわかりません。
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