(09年2月 ラフィク・ハリリ元首相爆殺4周年式典のベイルート 彼の死の真相は6年を経て、今またレバノンを大きく揺るがしています。 “flickr”より By Luciana.Luciana
http://www.flickr.com/photos/lucianaluciana/3278304267/ )
【宗教のモザイク国家】
中東レバノンは、シーア派・スンニ派などイスラム教、マロン派などのキリスト教など多くの宗派はひしめく「宗教のモザイク国家」とも呼ばれ、これまでも宗派対立からレバノン内戦などを経験してきました。
****レバノンで脱宗派デモ 指導者に既得権益…独立後初****
イスラム教とキリスト教の大小18の宗派がひしめき、宗教のモザイク国家と呼ばれるレバノンの首都ベイルートで25日、宗派主義の克服と世俗主義の定着を訴える市民のデモが行われた。1975年から約15年続いたレバノン内戦の要因の一つとなった宗派主義は依然、社会に染みついているが、こうしたデモは43年の独立以来初めてとみられる。
参加者は「シビル・ウォー(内戦)ではなく、シビル・マリッジ(宗教に基づかない民事婚)を」といったプラカードを掲げ、「君の宗派は? 余計なお世話!」などと書かれたTシャツを着て、国会に向けて行進。国会の手前で警官隊に阻止されたが、ロイター通信によると、約3000人が参加した。SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)のフェースブックでの議論が発端となり、瞬く間に参加者がふくれあがったという。
レバノンは、旧宗主国のフランスが中東にキリスト教国を作るため、キリスト教徒が多数派となるように国境を線引きした上で、18の公認各宗派に議席や政府の役職を振り分ける独特の宗派体制を植え付けた。ところが、固定的な宗派間の配分と人口比の実態の格差が広がり、主にイスラム教徒側を中心に不満が蓄積したのが内戦への導火線となった。
いまも大統領はキリスト教マロン派、首相がイスラム教スンニ派、国会議長が同シーア派の出身者と決まっており、国会議席も宗派に固定的に割り振られている。このため、各宗派のコミュニティーで名家出身の指導者が“政治ボス”として君臨する状況は内戦時代と変わっていない。
また、市民生活では、冠婚葬祭は各宗派の宗教法に基づいて執り行われ、宗教者が絶大な力を持つ。結婚も宗教戒律に基づく宗教婚であり、国に届け出る民事婚の制度はない。このため、宗派を超えた結婚には困難が伴うのが実情だ。
宗派対立という事態の中では、各派の宗教や政治指導者が対立の当事者のようにみえるが、実は彼らが宗派を問わず宗派体制の最大の既得権益層であり、宗派主義変革の声に対する抵抗勢力にもなっている。
デモの主催者側は「宗派主義を変えるのは今は不可能に近い。だが、すでに第一歩を踏み出した」と話している。【10年4月27日 産経】
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上記のような新しい運動もあるようですが、今のところ現実には宗派主義の枠組みで政治は動いています。
特に、最大野党であり、国軍以上の軍事力を持ち、シリア・イランと緊密な関係にあるイスラム教シーア派ヒズボラの動きへの対応が問題になります。
09年6月の国民議会選で与党の親米反シリア連合が勝利、ヒズボラが敗北。組閣調整が難航し、4カ月以上も政治空白が続きましたが、09年11月ようやく与党の親米反シリア連合を率いるハリリ首相のもとで、ヒズボラの2閣僚を含めた挙国一致内閣が成立しました。
なお、06年にイスラエルとヒズボラが武力衝突したレバノン紛争を巡っては、国連安全保障理事会がヒズボラの武装解除を求める決議を採択、レバノン国内の親米勢力はその後もヒズボラの武装解除を求めてきましたが、ハリリ首相はヒズボラの武器保有をイスラエルに対する「抵抗運動の権利」として事実上認めました。
ハリリ首相は09年12月シリアを訪問しアサド大統領と会談、本格的関係改善に向け一歩を踏み出しました。
それまでシリアとの関係は、ハリリ首相の父ラフィク・ハリリ元首相が05年2月にベイルートで爆殺されて事件にシリアが関与していると思われていたため、与党・親米勢力との関係は悪化していました。
対シリア関係改善を受けて、昨年9月にハリリ首相は、父のハリリ元首相暗殺事件へのシリアの関与を疑ったのは「間違いだった」とまで発言しています。
【ヒズボラ関係者を訴追の観測に、連立政権崩壊】
しかし、ラフィク・ハリリ元首相爆殺事件については、国連特別法廷が昨年4月にシリア関与を疑わせるレバノン人容疑者4人すべてを「証拠不十分」で釈放するようレバノン当局に指示した後も、今度は国連特別法廷がヒズボラ関係者を訴追する観測が強まり、これにヒズボラが強く反発する形で、新たな宗派紛争の引き金を引きかねない事態となっています。
こうした事態に、昨年7月下旬にヒズボラを支持するシリアのアサド大統領と、ハリリ首相のスンニ派の後ろ盾のサウジアラビア・アブドラ国王がレバノンを同時訪問。レバノン主要各派の政治指導者らと会談、緊張緩和に努めました。
アフマディネジャド・イラン大統領は昨年10月のレバノン訪問で、ヒズボラ関与の疑惑は「でっち上げだ」と反発。シリアのアサド大統領も10月26日付の汎アラブ紙「アルハヤト」で「(訴追は)レバノンを破壊しかねない」と警告しています。
アメリカはハリリ首相が親シリア・イラン姿勢を目立たせているのにいら立ちを強めており、議会の親イスラエル議員は、米政府がテロ組織と認定するヒズボラへの武器流出を恐れ、レバノン国軍への武器供与を凍結している状況で、アメリカ政府のレバノンへの影響力回復は制約されています。
ヒズボラ最高指導者のナスララ師は「(メンバーの訴追は)容認しない」と繰り返し牽制。スンニ派のハリリ首相には特別法廷の調査を拒否するよう要求し、訴追が実現すれば閣僚の引き揚げも辞さないとの態度を示していましたが、ハリリ首相はこれを拒否。
これに対し、ハリリ首相が訪米中の1月12日、ヒズボラ及びそれに近い野党系閣僚11人が一斉に辞任し、スンニ派のサード・ハリリ首相が率いる連立政権は発足から約1年2カ月で崩壊ました。
****レバノン:ヒズボラ系閣僚11人が一斉辞任 連立政権崩壊****
レバノンで12日、イスラム教シーア派組織ヒズボラ系の閣僚11人が一斉に辞任し、スンニ派のサード・ハリリ首相が率いる連立政権は発足から約1年2カ月で崩壊した。現首相の父であるハリリ元首相暗殺事件(05年)を審理する国連のレバノン特別法廷を巡る対立が原因。宗派間の暴力的衝突に悩んできた多宗派国家レバノンは、新たな危機に直面した。
訪米中だったハリリ首相は同日、オバマ米大統領との会談後に訪米を切り上げた。レバノンの旧宗主国で現在も関係が深いフランスに急きょ向かい、サルコジ大統領と善後策を協議する。
イランやシリアが支援するヒズボラは、自派関係者が訴追されるとして特別法廷ボイコットを要求。米国やサウジアラビアが後ろ盾のハリリ氏が拒否したことで、両陣営の対立が深まっていた。
一斉辞任は、ハリリ氏とオバマ大統領が会談して特別法廷支持で一致した12日に行われており、妥協を拒否するヒズボラ側の強い姿勢を印象付けた。サウジアラビアとシリアが協調して行ってきた調停の失敗も背景にあるとみられる。
米国のクリントン国務長官は12日、訪問先のカタールでハリリ政権崩壊に関し「正義を妨害しレバノンの安定と前進を脅かそうとする内外の勢力の取り組みが明らかになった」と発言。ヒズボラやイランなどを間接的に批判した。
05年の暗殺事件後、事件への関与を疑われたシリアは、レバノン国民の反発や国際社会の圧力を受けて約30年同国に駐留させていた軍を撤収。09年の国民議会選で勝利した親米・反シリアのハリリ氏側勢力は、ヒズボラなども加えた挙国一致内閣を発足させていた。【1月13日 毎日】
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スレイマン大統領は13日、新政権発足まで、ハリリ首相に暫定首相として政権運営にあたるよう要請しています。
【武力衝突の懸念、難航する調整】
こうしたなか、国際特別法廷は17日、容疑者の訴追手続きに入りました。
****レバノン 特別法廷、訴追手続き 首相派とヒズボラに緊張****
2005年に起きたレバノンのラフィク・ハリリ元首相暗殺事件を裁く国際特別法廷(オランダ・ハーグ)は17日、検事が起訴状を法廷に提出し容疑者の訴追手続きに入った。訴追対象は明らかにされていないが、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラのメンバーが含まれているとの観測が広がっている。
同事件をめぐっては、関与を強く否定するヒズボラが、元首相の次男であるハリリ首相に対し、特別法廷への協力を拒否するよう要求。ハリリ首相がこれに応じなかったことから、12日にはヒズボラ系閣僚が辞任し連立内閣が崩壊した。
ヒズボラ最高指導者ナスララ師は「断固としてメンバー逮捕を阻止する」と繰り返し言明しており、今回の訴追対象にヒズボラ関係者が含まれていれば、スンニ派のハリリ首相支持派との緊張がさらに高まるのは必至。武力衝突への発展を懸念する声もある。
特別法廷では今後、予審判事が6~10週間かけて十分な証拠があるかなど起訴状を審査。その後、正式に起訴され裁判が始まる。正式起訴まで容疑者名は明らかにされない。
連立内閣の崩壊を受け、スレイマン大統領は週明けにも新政権樹立に向け各政治勢力との協議を始める。ただ、ヒズボラはハリリ首相再任を拒否する姿勢を崩していない上、双方に緊張緩和を働きかけてきたシリアやサウジアラビアの仲介も暗礁に乗り上げており、協議は難航が予想される。【1月19日 産経】
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新首相人選の難航・長期化はもちろん、武力衝突・宗派紛争再燃の危機を迎えているレバノン情勢沈静化のため、トルコのダウトオール外相とカタールのハマド首相が18日現地入りしましたが、仲介作業は不調に終わっています。サウジアラビアも仲介努力の断念を表明しています。
多宗教・宗派の「モザイク国家」レバノンは、正式起訴での容疑者名公表に向けて、新たな危機が高まっています。