
(握手を交わすイスラエルのペレス大統領(左)とパレスチナ自治政府のアッバス議長(中央)。右はフランシスコ・ローマ法王=2014年6月8日、AP 【6月9日 毎日】)
【「弱者・貧者の味方」と「政治的戦略家」という“二つの顔”】
5月27日ブログ「ローマ法王 中東歴訪で“異例の行動” 合意形成に向けた取り組みを促す」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140527)で取り上げたように、5月26日からのローマ法王の中東歴訪は、中東和平に向けた政治的メッセージを明確にした異例のものでした。
****異例の行動でメッセージ=ローマ法王、中東歴訪終了*****
フランシスコ・ローマ法王は26日、3日間にわたるヨルダン、パレスチナ自治区、イスラエルの訪問を終えた。法王自身は今回の訪問を「純粋に宗教的な旅」と位置付けたが、パレスチナとイスラエルの首脳をバチカンの自宅に招待したり、双方の土地の間に立ちはだかる「分離壁」に立ち寄って祈りをささげたりと、異例の行動は政治的なメッセージとなった。
法王の招待を受け、アッバス自治政府議長は6月6日に訪問すると約束。7月末に任期満了となるイスラエルのペレス大統領も快諾した。4月末に交渉が中断されたばかりの中東和平にとって明るい話題となりそうだ。【5月27日 時事】
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****「弱者の側に」政治に一石****
中東訪問の際、法王は予定になかった二つの場所で祈りを捧げた。
一つが、イスラエルが「自爆テロ対策」で建設し、パレスチナ人の生活を妨げている高さ8メートルの分離壁。
もう一つが、パレスチナのテロで死亡したイスラエル国民の追悼碑だった。
どちらかの側に立つのではなく、常に「弱者、犠牲者の側に立つ」という法王の姿勢を表した。【6月10日 朝日】
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聖地エルサレムを抱えるパレスチナの和平にはバチカンの利害も絡んでおり、ローマ法王には、「弱者・貧者の味方」と「政治的戦略家」という“二つの顔”あるとの指摘もあります。
****ローマ法王:平和の使徒、アピール 中東歴訪終了****
・・・・分離壁での祈りとペレス氏らのバチカン招待からは、法王の「二つの顔」が垣間見える。
壁で分断されたパレスチナ住民に寄り添う「貧者の法王」と、海外布教を進めてきた修道会イエズス会の出身者らしい戦略家としての顔だ。
カトリック系団体「聖エジディオ共同体」のアンドレア・リッカルディ氏はイタリア紙で、後者を「法王の政治的な顔」と表現した。
バチカン招待は「次善の策」だった。法王は当初、「平和の人」とたたえるペレス、アッバス両氏を歴訪中に引き合わせようと考えたが、会談場所の調整がつかず断念した。
イスラエル側から「うまが合う」(バチカン報道官)ペレス氏を選んだことで、ネタニヤフ首相の強硬路線を支持しない姿勢を暗に示した形だ。
バチカンは長年、キリスト教の聖地があるエルサレムがイスラエル・パレスチナ紛争の「トゲ」になっている状況に危機感を抱いてきた。
紛争の絶えない中東からキリスト教徒の流出が続けば、「聖地は(信徒のいない)博物館になってしまう」(バチカンのパロリン国務長官)。
和平への取り組みには「エルサレムの扱いが話し合われ、聖地や礼拝が保障されるようになってほしい」(エルサレムのカトリック神父)との願いがある。
欧州出身でない法王には「ホロコースト(ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺)の過去」に縛られていないという強みもある。
出身国アルゼンチンで培ってきたユダヤ教徒やイスラム教徒との友好関係も、積極的な行動を支えている。(後略)【5月27日 毎日】
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【双方に「憎悪と暴力の連鎖」を断ち切るよう促す】
中東歴訪時の“招待”にもとづき、8日、イスラエルのペレス大統領、パレスチナ自治政府のアッバス議長がバチカンに招かれ、共に祈りをささげました。
****ローマ法王:中東和平を祈願 両首脳がバチカンで祈り****
フランシスコ・ローマ法王は8日、イスラエルのペレス大統領、パレスチナ自治政府のアッバス議長をバチカンに迎え、中東和平を訴える合同祈願の集いを開いた。
対立するイスラエルとパレスチナの首脳がバチカンで共に祈りをささげたのは初めて。
法王は和平のための「勇気」を双方に要請、キリスト教カトリックのトップとしての国際的な影響力を生かし、和平交渉の停滞打開を目指す仲介を本格化させた。
イスラエルとパレスチナ自治政府の和平交渉はオバマ米政権が妥結期限に設定した4月末が過ぎ、決裂状態が続いている。
イスラエルのネタニヤフ首相は4月以降、閣僚らにパレスチナ側との接触を制限しており、公の場でのペレス、アッバス両氏の対面は異例。
集いはバチカンの庭園で開かれ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典である旧約聖書、新約聖書、コーランから平和祈願の一節が唱えられた。
法王は「平和の構築には戦争をするよりも勇気が要る」と述べ、双方に「憎悪と暴力の連鎖」を断ち切るよう促した。
ペレス氏は「平和の追求をやめない」と表明、アッバス氏は「包括的で公正な平和」の実現を求めた。両氏は「平和の印」に握手を交わし、オリーブの木を植樹した後、法王を交えて会談した。
法王は5月下旬の中東歴訪中にペレス、アッバス両氏をバチカンに招待し、受諾を取り付けていた。
キリスト教の正統性を巡って11世紀にカトリックとたもとを分かった東方正教会の精神的支柱であるコンスタンチノープル総主教バルトロメオ1世も参加。イスラエル、パレスチナの聖職者・高官に加え、中東歴訪に同行した旧知のユダヤ教、イスラム教の指導者も出席した。
バチカンの報道官によると、2000年の「大聖年」などの機会に他宗教の指導者がバチカンで祈りの会合を持ったことはあるが、対立する紛争当事者の政治指導者がバチカンで共に祈りをささげた前例はないという。【6月9日 毎日】
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【法王は外交で決定権は持たないまでも「正義と平和の実現へ世界を導くことはできる」】
もとより、ローマ法王には外交での決定権はありませんし、和平交渉に前向きなペレス大統領も政治的実権はなく、しかも7月末には任期が終了します。
こうしたことから、法王外交によってすぐに何かが変わるという訳でもありません。
****交渉再開に寄与、望み薄****
ペレス氏とアッバス氏は和平プロセスが始まった1993年のオスロ合意以降、ともに和平の実現に向けて尽力してきた。
だが、今のイスラエル政権は、和平に消極的なネタニヤフ氏が率いる右派リクードやパレスチナ国家の樹立に反対する極右政党を含む。パレスチナの暫定統一政府設置後はアッバス氏が「ハマスと手を組み、テロを容認した」と圧力を強めている。
イスラエルの和平推進派を代表するペレス氏に政治的な権限はなく、同氏は7月末の任期切れと共に大統領を退任する見通しだ。
法王の仲介による今回の顔合わせが実際の和平交渉の再開に影響を与える可能性は低い。イスラエル紙ハアレツは「和平への空虚な祈り」と評した。
それでも、ペレス氏が法王の呼びかけに応じたのは、任期が終わる前に、世論に向けて「アッバス氏は和平のパートナー」だと改めて示し、最終的には和平交渉に戻るしか選択肢はないとメッセージを送る狙いがあったとみられる。ペレス氏は行事で「和平が遠くに思われるときも、近くしようとし続けなければならない」と訴えた。【6月10日 朝日】
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しかし、アメリカが中東和平交渉を進展させるのに失敗して次の手が全く見えない状況だけに、今回のローマ法王の行動が、中東和平をあきらめ気味の国際環境を刺激し、停滞する交渉を後押しする効果は期待できます。
****ローマ法王、国際政治に影響力=平和や貧困問題で存在感****
フランシスコ・ローマ法王が外交の舞台で目立っている。平和を願い、貧者に寄り添うひたむきな姿勢は人々の心をつかみ、メッセージは世界に響く。
大スター並みの人気を誇る法王には政治指導者が相次いで面会、その存在感は国際政治に影響を及ぼしている。
かつて反共を唱えたヨハネ・パウロ2世が、東西冷戦の終結に重要な役割を演じたように、世界で10億人を超える信者を抱えるカトリックの頂点に立つローマ法王の動向は注目されてきた。フランシスコ法王もその例に漏れない。
「無益な軍事的解決を脇に置くよう切に願う」―。2013年9月にロシアのサンクトペテルブルクで開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議。米国が検討していた対シリア空爆が最終的に回避されたのは、討論の途中で読み上げられた法王の書簡が寄与したとされる。
世界の政治指導者や大企業トップが集う今年1月のダボス会議では、「勝ち組」の影で日々の食にも困る「負け組」がいることを忘れてはならないと警告。有力者として米誌タイムの表紙を飾った法王は、異例のメッセージで存在感を示した。
これまでにフランシスコ法王は地元である欧州各国の首脳、オバマ米大統領やロシアのプーチン大統領らと会談。安倍晋三首相も6日に初めて面会した。
米外交専門誌は、法王が外交で決定権は持たないまでも「正義と平和の実現へ世界を導くことはできる」と分析する。【6月9日 時事】
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****ローマ法王:中東和平に存在感 両首脳対面を仲介****
・・・・ローマ・LUMSA大学のボニーニ教授は「従来の力関係や紛争当事者の利害という側面でなく、(宗教という)別の角度から光を当てようとする新たな試みだ」と分析する。
平和祈願の集いが中断している和平交渉の再開に直結するとの見方は少ない。
ペレス氏は任期切れを来月に控え、対パレスチナ強硬路線のネタニヤフ・イスラエル首相は歩み寄りの姿勢を示していないからだ。
ただ、イスラエルには今回の集いがネタニヤフ氏の強硬路線を国際的に孤立化させるとの見方もある。地元メディア「Yネット」は「首相に新たな打撃」との分析記事を掲載した。
イスラム原理主義組織ハマスを「テロ組織」と糾弾する同氏は、自治政府とハマスの統一政府を断固拒否しているが、米欧は既に支持する方針を示しており、今回の集いはむしろネタニヤフ氏の「孤立感」を際立たせたとの見方からだ。【6月9日 毎日】
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パレスチナ自治政府側は、今回のローマ法王の行動を評価しており、和平への機運が高まることを期待しています。
****PLO局長:法王の和平祈願「歓迎」 イスラエルを批判****
パレスチナ解放機構(PLO)のエラカト交渉局長は9日、フランシスコ・ローマ法王が8日にバチカンで開いた中東和平祈願の集いを「歴史的な日」と歓迎し、和平機運を高める波及効果に期待を表明した。
一方、ユダヤ人入植地の住宅建設を進める対パレスチナ強硬派のネタニヤフ・イスラエル首相を「和平でなく入植地を選んだ」と批判した。
エラカト氏は、中断しているイスラエルとの和平交渉のパレスチナ側中心人物だ。アッバス・パレスチナ自治政府議長とペレス・イスラエル大統領が法王と共に平和の祈りをささげた8日の集いに参加。
9日のアッバス議長とモゲリーニ・イタリア外相の会談後、ローマで記者団の質問に答えた。
イスラエル政府は、パレスチナ自治政府の主流派ファタハがイスラム原理主義組織ハマスとの統一暫定政府を発足させたことに反発。報復措置として東エルサレムとヨルダン川西岸に約1500戸のユダヤ人住宅を建設する入植計画を発表しており、中断している和平交渉の再開のめどは立っていない。
エラカト氏は中東和平情勢について「親パレスチナか親イスラエルかで陣営が分かれているのではなく、和平支持か和平反対かで分かれている」とし「ネタニヤフ首相は平和ではなく入植地を建設している」と指弾した。
さらに「8日の集いでネタニヤフ首相への圧力が強まるか」との毎日新聞の質問には「圧力うんぬんでなく、和平はイスラエルとパレスチナにとって必要であり、双方にとっての利益なのだ」と答えた。
モゲリーニ外相は、イタリアが欧州連合(EU)の議長国となる7月にイスラエルとパレスチナ自治区を訪れ、和平交渉の再開を後押しする考えを強調した。【6月10日 毎日】
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イスラエルを認めないハマスを取り込んだパレスチナ統一暫定政権について、イスラエル・ネタニヤフ首相は認めない姿勢を変えていませんが、EUは3日の声明で「パレスチナの和解の重要な一歩」として新政権支持を表明し、国連も歓迎しています。
また、アメリカ国務省も新政権に協力する意向を示しています。
統一暫定政権発足によって、ようやくパレスチナ側に実効性ある交渉主体が出来たといえます。
イスラエル・ネタニヤフ首相がこの現実に向き合っていくように、EUやアメリカが国際環境を整えていくことが重要でしょう。