孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  強力な大統領制を目指すエルドアン大統領 ロシア・トランプ新政権協調で中東新秩序へ

2017-01-21 22:15:00 | 中東情勢

(1月18日、エルドアン大統領と石井国土交通大臣の会談が首都アンカラの大統領府総合施設で行われました。
トルコが建国100周年となる2023年の完成を目指している巨大プロジェクト「チャナッカレ1915年橋」の建設を行う企業を選ぶにあたり、石井大臣は日本企業参加をアピールしたようです。
国際入札の締め切りは1月26日で、トルコでのつり橋建設の経験がある日本の企業と韓国や中国の企業の競争となっています。【1月20日 TRTより】)

強力な権限を有する大統領制へ突き進むエルドアン大統領
「新しい時代の始まりになるだろう」・・・・話題のアメリカ・トランプ新大統領ではなく、トルコ・エルドアン大統領の昨年12月の発言です。

昨年7月のトルコ・クーデター未遂後、首謀したとされるギュレン派だけでなく、エルドアン政権に批判的なメディア・野党勢力、クルド系勢力などを対象に続けられる大規模な“粛清”、イスラム国(IS)やクルド系がん政府勢力による頻発するテロ、分断される国民世論、強権姿勢を強める政権への欧米諸国の批判等については、1月7日ブログ「トルコ 政府批判を許さないエルドアン政権 “テロ地獄”更に悪化の懸念も”」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170107でも取り上げたところです。

エルドアン大統領は、すでに現在においても十分すぎるほどの権力を行使しているように見えますが、本来は現行のトルコ政治システムにおける大統領権限は限定的であることから、名実ともに強力な権限を有する大統領制への変更のための憲法改正を進めています。

****トルコ国会が改憲案承認、大統領権限を大幅に拡大 国民投票へ****
トルコ国会(定数550)は21日未明、レジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領の権限を大幅に拡大する憲法改正案を承認した。今年4月に改憲の是非を問う国民投票が行われる見通しとなった。
 
深夜に開かれた議会で、改憲案は賛成339、反対142で承認された。賛成票は憲法改正を最終承認する国民投票を行うために必要とされている全議員の5分の3に当たる330票を上回った。
 
トルコは大統領が国家元首だが議院内閣制を採用しており首相の権限が強い。改憲案は現代トルコで初めて大統領に行政権を持たせる内容で、広範囲に影響を及ぼすとして論争を呼んでいた。
 
改憲案では大統領が閣僚任免権を持ち、トルコ史上初めて首相が廃止される代わりに1人以上の副大統領が置かれる。憲法が改正されれば議会選と大統領選が同時に行われることとなり、改憲案は最初の選挙の投票日を2019年11月3日と定めている。
 
大統領が非常事態を宣言できる条件も緩和されるほか、当初宣言できる非常事態の期間も現行の12週間から6か月に延長される。
 
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのトルコ代表、エマ・シンクレアウェブ氏はトルコの改憲案は米国やフランスなどの憲法と異なり、大統領の権力をチェックする機能がないと指摘。

トルコ弁護士連合会のメチン・フェイジオール会長はトルコをオスマン帝国時代に引き戻すものだとして改憲案を厳しく批判している。【1月21日 AFP】
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憲法改正案を審議する国会は“乱闘騒ぎ”の大荒れともなりました。

****トルコ議会で乱闘、議員2人負傷 改憲案の審議中に****
トルコ議会で19日、大統領の権限を強化する憲法改正案の審議中に支持派と反対派の議員同士による乱闘騒ぎが起き、少なくとも議員2人が負傷した。現地メディアが報じた。

 
報道によると、負傷したのはクルド系主要政党の野党・国民民主主義党(HDP)の議員と与党・公正発展党(AKP)の議員各1人ら。(中略)

事の発端は、無所属のアイリン・ナズルアカ議員が改憲案への抗議として、議場の壇上で自分の手首を手錠によってマイクに結び付け、その場に1時間以上にわたって居座ったことだった。
 
地元メディアは、与党議員らがナズルアカ議員を追い立てようとしたところ、HDPと野党・共和人民党(CHP)の議員らがナズルアカ氏を擁護しようと駆け寄り、殴る蹴るの乱闘に発展したと伝えている。
 
日刊紙ヒュリエト(Hurriyet)によると、腕と脚に義肢を使用している車いすのCHP議員、サファク・パベイ(Safak Pavey)氏が床に投げ出され、同僚議員らに助け起こされる一幕もあった。【1月20日 AFP】
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クルド系反政府組織PKKに関与しているとして、エルドアン政権による粛清の“標的”ともなっているクルド系主要政党の野党・国民民主主義党(HDP)ですが、党首は現在逮捕・拘束されています。

****クルド系党首に最大142年求刑=「テロ組織運営」―トルコ検察****
トルコの検察当局は17日、反政府武装組織クルド労働者党(PKK)との関係を疑われ逮捕されたクルド系政党・国民民主主義党(HDP)のデミルタシュ共同党首に対し、禁錮43〜142年を求刑した。地元メディアが伝えた。
 
エルドアン大統領に批判的なことで知られるデミルタシュ氏は、「テロ組織を運営した罪」や「暴力や憎悪を扇動した罪」などに問われているという。同氏はPKKとの関係を否定し、政治的動機に基づく逮捕だと非難していた。 【1月18日 時事】
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“敵”をつくろことで、強い指導力(別名“強権”)をアピールする政権への国民の求心力を高めるというのは、多くの権力の常套手段でもありますが、エルドアン大統領もその路線を進んでいます。

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2015年6月、AKPは総選挙で敗北し13年ぶりに過半数を割り込んだ。背景には強権化を進めるエルドアンへの拒絶感があったとされる。

この事態を受けてエルドアンは危機的状況を自ら作り出す賭けに出る。それまでのクルド人組織への融和策、ISILへの傍観策を改め、両勢力に軍事的な攻撃を加えた。

その結果、国内でテロが頻発するなど治安が悪化するが、人々が安定を求めた結果AKPへの支持は広がり、2015年11月の再選挙ではAKPが過半数を獲得した。”【ウィキペディア】
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“危機的状況を自ら作り出す賭けに出る”というほど明確な意図があったかどうかは知りませんが、危機を訴えることで強権行使を正当化する流れにあります。

その結果として国内緊張の高まりから、前回ブログでも取り上げたような現在の“テロ地獄”があり、また、昨年の“クーデター未遂”もあった訳ですが、そことが更にエルドアン大統領を“権限強化”の方向に駆り立てているように見えます。

****改憲で大統領の基盤強化目指す=クーデター未遂から半年―トルコ****
トルコで昨年7月に起きたクーデター未遂事件から15日で半年。エルドアン政権は、事件の黒幕とみている在米イスラム指導者ギュレン師の関係者をはじめ、反政府派の大規模な取り締まりを続けている。

一方、エルドアン大統領の権力基盤をより強固なものとするため、大統領の権限強化を柱とする憲法改正に向けた手続きが進められている。
 
エルドアン政権はこれまで、昨年7月15日の事件を受けて発令した非常事態宣言を2回延長し、軍人や警官、司法当局者ら4万人以上を逮捕。10万人以上を解雇や停職処分とした。
 
エルドアン大統領は昨年末の演説で「法的手段を使って、国家機関やNGO、企業に潜入した(ギュレン師を支持する)メンバーを一掃する」と強調。しかし、大規模摘発により治安維持能力が低下し、過激派組織「イスラム国」(IS)やクルド人勢力によるテロ事件への対応が後手に回っている印象はぬぐえない。
 
こうした中、国会では大統領権限を強化するための改憲案の審議が行われている。国会で承認されれば、4月にも改憲の是非を問う国民投票が実施される。
 
「新しい時代の始まりになるだろう」。エルドアン大統領は昨年12月、自身が実権を握るイスラム系与党・公正発展党(AKP)が国会に改憲案を提出すると、こう語った。

首相を11年間務め、2014年夏に大統領に就任したエルドアン氏はかねて、米国やフランスのように、行政権を大統領に集中させる制度実現を悲願としてきた。
 
18項目の改正を目指す法案では、現在は象徴的な存在の大統領を行政の唯一の長と位置付け、首相職を廃止するほか、出身政党の党籍維持や党首との兼任を認める。大統領任期は2期10年となり、19年の施行を受けて29年まで大統領職にとどまることができる算段だ。
 
しかし、その道のりは容易ではない。今月11日、国会での審議中、大統領の独裁化を危惧する中道左派野党の共和人民党(CHP)とAKPの議員の間で乱闘が発生。

国民投票に掛けられた場合、過半数の支持を得る必要があるが、AKP支持者の中でも反対の声が少なくなく、「トルコ型大統領制」を実現できるかは不透明だ。【1月14日 時事】
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ロシアと強調 さらにトランプ新政権にも期待
外交面では、ロシアとの関係強化が目立っています。ロシアと強調してのシリアでの停戦・和平交渉も進めていますが、ISへの合同空爆も行っています。

****ロシアとトルコ IS拠点に初めて合同で空爆****
ロシアは、シリアにある過激派組織IS=イスラミックステートの拠点に対する空爆を、初めてトルコと合同で行ったと発表し、アメリカのトランプ次期大統領にIS対策で連携を呼びかける狙いがあると見られます。

ロシア軍参謀本部のルツコイ作戦総局長は18日、モスクワで記者会見を開き、シリアにある過激派組織ISの拠点に対する空爆を、初めてトルコ軍と合同で行ったと発表しました。

空爆に参加したのは、ロシア軍の戦闘爆撃機など9機とトルコ軍の戦闘機8機で、ISが主要な拠点としている北部の都市、バーブを攻撃しました。

ルツコイ作戦総局長は、ISの施設36か所を破壊したと述べたうえで、「ロシア軍とトルコ軍の合同作戦が非常に有効だということを示した」と、成果を強調しました。

シリアの内戦でアメリカは反政府勢力を支援しアサド政権を支援するロシアと対立してきましたが、トランプ次期大統領はロシアとの関係改善に強い意欲を示しています。トルコも反政府勢力を支援してきましたが、先月、ロシアとともに停戦を仲介しました。

ロシアとしては、これに続いてトルコと合同で対IS作戦を実施し成果を強調することで、今週20日に就任するトランプ次期大統領にIS対策で連携を呼びかける狙いがあると見られます。【1月19日 NHK】
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アサド政権の処遇については、ロシアが求める存続を認める方向にトルコも舵を切りつつあるのでは・・・ということは、かねてより指摘されているところです。
トルコ側の見返りは、シリア北部のクルド人勢力への強硬姿勢をロシアに容認させる・・・といったあたりでしょうか。

強権姿勢を強めるエルドアン政権はオバマ政権末期にはアメリカとの関係が悪化しましたが、上記のようなロシア協調のシリア・IS対策にはアメリカ・トランプ新政権も乗ってくるのでは・・・との期待があります。

****トルコ大統領、対米修復狙う 米次期政権発足の「追い風」期待、対クルド支援は見直し促す****
トルコのエルドアン大統領は、トランプ次期米大統領に熱い期待をかける。
 
「トランプ氏とは(中東)地域の問題で合意できるだろう」。9日には首都アンカラで外交関係者らを前にこう語り、対米関係の改善に意欲を示した。
 
トルコは米主導の北大西洋条約機構(NATO)で中東唯一の加盟国。両国は半世紀以上、同盟関係で結ばれている。だが、エルドアン氏とオバマ米大統領の関係は良好ではなかった。
 
それが鮮明になったのは昨年7月、トルコで軍の一部がクーデター未遂を起こした時だ。エルドアン氏は軍に信奉者が多い在米のイスラム教指導者フェトフッラー・ギュレン師を黒幕と断定。オバマ政権に対し、身柄引き渡しを要求した。
 
オバマ政権は応じなかった。報道機関への圧迫など強権体質を強めるエルドアン政権を警戒する。エルドアン氏はいら立ちを募らせ、オバマ政権による“陰謀論”を展開した。「西側の国がクーデターを支援した」、「米主導の有志連合が(イスラム教スンニ派過激組織)イスラム国(IS)を支援している証拠がある」−オバマ氏への嫌悪感を隠さなかった。
    ■  ■
さらなる確執の種は、オバマ政権による少数民族クルド人の民主連合党(PYD)支援だ。シリア北部のIS攻撃で地上戦を担うPYDは、トルコでテロ闘争を続ける非合法武装組織、クルド労働者党(PKK)の実質傘下にある。トルコは昨年夏、シリア北部に派兵し、IS攻撃に乗じて勢力圏を拡大するPYDの押さえ込みに出た。
 
対米関係が冷却化する中、トルコはロシアに急接近した。
昨年末、トルコはロシアとともにシリア停戦合意を発表。ロシアが支えるシリアのアサド政権存続を事実上、容認した。米国と並んでアサド政権退陣を要求してきたが、方針を変えた。ロシアに協力する見返りに、クルド人勢力封じ込めでロシアの黙認を取りつける狙いが透けて見える。
    ■  ■
トルコのユルドゥルム首相は今月3日、「米国がPYDのテロリストを支援してきたのはオバマ政権の問題だ。新政権の責任を問うつもりはない」と述べ、トランプ次期政権にPYD支援を打ち切るよう促した。
 
トランプ氏に対する期待には理由がある。
トランプ氏は昨年11月の大統領選直後、米紙ウォールストリート・ジャーナルとのインタビューで「我々はシリア反体制派を支援しているが、彼らが何者だか分かっていない」と述べ、PYDに対する米国の支援見直しを示唆した。大統領補佐官(国家安全保障問題担当)に就任するマイケル・フリン氏も同月、「トルコは国益に不可欠」とした上で、米国からのギュレン師追放を主張する寄稿文を発表した。
 
トランプ氏がロシアとの関係改善に意欲的なことも、対露接近を進めるエルドアン氏には好材料だ。
 
トルコ国会では今月、大統領の権限強化に向けた憲法改正案の審議が始まった。米新政権の後ろ盾を得て権力集中を進めたいエルドアン氏の思惑がにじむ。トランプ政権発足という追い風に賭けている。【1月16日 産経】
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エルサレムへの大使館移転・ユダヤ人入植活動容認など、トランプ新政権のイスラエル偏重路線も含め、ロシア=トルコ=トランプ新政権=イスラエルの協調体制で今後のシリア・中東政策は進められそうです。

民主主義とか共存といった理念ではなく、既存の大国間の利害を調整する“取引”で物事をきめていこうという路線とも言えます。第1次大戦後の列強による“取引”“線引き”が現在の中東混乱の根底にありますが、その焼き直しの感も。

シリアについてはアサド政権を一定に容認する方向が現実的だと個人的にも考えますが、全体的な中東政策のなかで切り捨てられるクルド人勢力やパレスチナによる抵抗・混乱も想定されます。
“新秩序”となるのか、“新たな混乱”の始まりとなるのか。

1月9日ブログで取り上げたキプロス再統合問題に関しては、北部にトルコ軍を進駐させているトルコ・エルドアン大統領の説得で難航しているようです。

****キプロス再統合交渉、合意ならず=多国間会合継続へ****
40年以上分断が続く地中海のキプロス島の再統合交渉で、仲介役の国連は12日、声明を出し、当事者と関係国3カ国が参加する多国間会合を今後も継続することを決めたと発表した。12日にスイスのジュネーブで開かれた同会合では、島の北側に駐留するトルコ軍部隊の扱いなど安全保障問題について協議されたが、合意に至らなかった。
 
AFP通信によると、南部のキプロス共和国(ギリシャ系)のアナスタシアディス大統領は13日、「トルコ軍の撤退について合意しなければいけない」と述べたが、トルコのエルドアン大統領は、トルコ軍部隊の撤退は「問題外」だとはねつけた。【1月13日 時事】
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蛇足ながら・・・
最後に付け加えれば、エルドアン大統領はISやクルド人勢力という“敵”による危機を煽ることで、権力の求心力を高めてきましたが、それによって国内の分断・緊張も高まっています。

同様の話は、移民やイスラム教徒、あるいは外国経済による危機をアピールすることで政権を手にしたトランプ新政権にも言えるところです。

危機を煽れば、緊張のなかで互いの憎悪も増し、実際に衝突も発生します。そのことで更に危機感が高まり・・・というスパイラルに陥ることも懸念されます。
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香港 3月に行政長官選挙 北京提示の“改正”案否決により従来方式で 深まる亀裂・開けぬ展望

2017-01-20 22:10:49 | 東アジア

(昨年6月 北京提示の“疑似普通選挙案”が否決されたときに掲げられた横断幕 【2016年6月19日 WSJ】
ただ、その後の展望は開けていません)

北京に“詰め腹を切らされた”現長官は不出馬 ナンバー2と3の争い
中国からの独立をも視野に入れた動きが若者らを中心に広がる香港ですが、今年3月には香港行政トップである行政長官を決める選挙が行われます。

これに先立ち、昨年12月には、現在の行政長官である梁振英氏が突然の再選不出馬を表明して、驚きが広がりました。梁長官は「家庭内の問題」を不出馬理由としていますが、「雨傘運動」や先の立法会選挙での本土派台頭といった一連の反中感情の拡大と今後の更なる混乱を憂慮する中国・北京から“詰め腹を切らされた”ものと推察されています。

****梁長官、再選出馬を断念=突然の表明に驚きの声―香港****
香港政府トップの梁振英行政長官は9日、来年3月に行われる長官選に出馬しない意向を表明した。中国指導部も了承したという。
梁長官は反中的な勢力に対して強硬姿勢を堅持し、中国側の支持を得て再選を目指すとみられていたことから、突然の続投断念に政界では驚きの声が広がっている。
 
地元メディアによると、梁長官は記者会見で、不出馬の理由を「家庭内の問題」と説明した上で、「家族は選挙戦で耐えられないほどのストレスを受ける」と語った。
 
また、「既に中国に報告しており、中国側は理解を示した」と強調。同時に、来年6月末までの任期は全うするとして、途中で辞任する考えのないことを明らかにした。
 
親中派の実業家だった梁氏は2012年7月、3人目の行政長官に就任。14年には長官選挙制度の改革を求める民主派の大規模デモ「雨傘運動」を抑え込んだ。さらに、今年9月の立法会(議会)選後は本土派など反中色が特に強い議員の資格剥奪を求めて裁判所に司法審査を申し立てるなど、中国の方針に極めて忠実だった。
 
しかし、比較的穏健な民主派や親中派の一部とも激しく対立し、世論調査では一貫して支持率の低迷が続いていた。このため、梁長官が続投して香港の政治的混乱が拡大する事態を恐れた中国指導部が、梁長官の再選不支持を決めた可能性がある。(後略)【2016年12月9日 時事】
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梁長官不出馬で、3月の行政長官選挙は実質的には、ナンバー2だった林鄭月娥前政務官とナンバー3だった曽俊華前財政官の争いになっています。

****政府ナンバー2と3の争いに=香港長官選、前財政官も出馬表明****
香港の曽俊華前財政官(閣僚)は19日、3月に行われる行政長官選挙への出馬を表明した。林鄭月娥前政務官(同)も16日に立候補を表明しており、選挙戦は政府ナンバー2だった林氏とナンバー3だった曽氏の親中国派2人を軸に争われる構図が固まった。両氏は16日に中国の承認を受け、そろって政府高官を辞任した。
 
地元メディアによると、曽氏は記者会見で「信任、団結、希望」を理念に挙げた上で、「自由や民主、多元性、思いやりなどの香港の中核的な価値観を守ることが政府の重責だ」と強調した。
 
長官選は親中派で立法会(議会)議員の葉劉淑儀氏、無党派で元判事の胡国興氏も名乗りを上げており、現時点ではこの4人が候補と目されている。一方、民主派から独自候補を擁立する動きは出ていない。現職の梁振英長官は不出馬を決めている。
 
実際の立候補には各界代表から成る選挙委員会(定数1200)の委員150人以上の推薦が必要。この人数を確保した上で、さらにどれだけ上積みできるかが今後の焦点となる。
 
3月26日の長官選は、親中派が多数を占める選挙委の委員による投票で決まるため、中国指導部の意向が当落を左右するとみられる。中国は支持を明確にしていないが、林氏を推しているとの見方が有力だ。【1月19日 時事】
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北京提示の“疑似普通選挙”案は昨年否決
香港の行政長官選挙は、上記のように“親中派が多数を占める選挙委の委員による投票で決まるため、中国指導部の意向が当落を左右する”というものです。

この行政長官を普通選挙で決めよう・・・という要求が、香港の民主化運動の根底にあります。

“「一国二制度」の下、高度な自治が認められている香港では、次回2017年香港特別行政区行政長官選挙(中国語版)から1人1票の「普通選挙」が導入される予定であった。ところが中国の全国人民代表大会常務委員会は2014年8月31日、行政長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要であり、候補は2-3人に限定すると決定した”【ウィキペディア】という、中国側の姿勢後退に対する反発が、2014年の「雨傘運動」に発展しました。

しかし、「雨傘運動」は頑なな中国・北京の姿勢、その意を受けた香港当局の前では“無力”でもあり、成果を出せずに終わりました。その“挫折”から、これまでのように香港当局・中国を相手にしていては前進は見込めないとして、香港独立を視野にも入れる“本土派”も一定に勢力を伸ばすところとなっています。

香港を中国の中に吞み込んでいきたい中国とその傀儡である香港当局を相手に話し合っても埒が明かない・・・というのは、そのとおりでしょう。
ただ、中国からの独立というものの現実性となると厳しいものもあります。もし、本当にそういう動きが今以上に拡大すれば、中国側の軍事的介入や、天安門事件の流血の再現ともなるでしょう。

ある意味、本土派と呼ばれる若者らはそうした事態も想定して、そのような“流血”“混乱”で、中国依存から完全には抜け出せない香港一般市民の意識の覚醒を図るつもりもある・・・とも言われますが、そこまで過激な話になると、なかなか・・・・。

一方、中国側が示した“疑似普通選挙”ともいえる選挙制度改革案については、昨年6月の香港立法会は民主派の反対で否決されました。

中国案は“選挙自体は普通選挙で行うが、候補者は指名委員会の過半数の支持が必要であり、候補は2-3人に限定する”というもので、“しかも「愛国者であること(中国に対する忠誠)」「中国国籍保有者」(香港市民には英国政府発行のパスポート所有者もいる)などが、候補者選定条件に入る。つまり、事実上、候補者指名の段階で、中国に忠誠を誓う従順な候補を選びだし、それを香港市民に直接投票させ、さも市民の信任を得た行政長官を選び出したかのような体裁を整える”【下記 日経ビジネス】という案でもあります。

中国は「普通選挙を前提としており、香港市民の要求に沿うものだ」との主張でしたが、“指名委員会の過半数の支持”という形で、中国の承認がなければ立候補すらできないというのでは、かえって後退であるというのが民主派の考えです。

****香港選挙制度改革案否決 香港の前途は****
雨傘革命の勝利、北京支配の限界、更なる混沌へ

香港と北京は互いを写し込みながら更なる混沌へ
香港立法会(議会)は6月18日、2017年から導入予定であった中国の全人代(全国人民代表大会=国会に相当)常務委員会が決定した選挙制度改革案(北京案)を否決した。可決に必要な立法委員定数70人の3分の2の賛成が得られなかったのだ。

これは、香港の学生を中心とした多くの市民が「ニセの普通選挙の押し付け」として受け入れ拒否を表明し、「雨傘革命」と呼ばれる官公庁街占拠を11週間以上続けた運動の勝利とも言える。

だが、同時に、中央政府の間接統治の限界も露呈したのではないだろうか。雨傘革命が終わってからすでに半年、香港の真の普通選挙までの道は遠くなったのか、近くなったのか。

歴史的な票差の否決この立法会決議採決の内訳は反対票を投じたのが民主派28人。賛成票は親中派8票。棄権1人。その他の親中派議員は採決の直前に席を立って議場から退場したために、こういう圧倒的な北京案の敗北となった。

もっとも民主派議員の議席は立法会全体の3分の1をわずかに超えるので、彼らが退場せずに投票したとしても、この北京案は僅差で否決されたはず。否決という結果に影響はない。

では、なぜ親中派は表決前に一斉退場したのか。否決されると分かっていて投票するのが嫌だったのか。一部報道によれば、親中派議員・劉皇発が採決を引き延ばすために急病を装い、休憩を求めて仲間の議員とともに退席したのだが、採決に必要な数(35人)の議員が足りていたため、そのまま採決が行われたという。 
 
その結果、歴史的な票差の否決となった。全人代常務委の決定が香港立法会で否決されたことなどかつてなかったことを思えば、これは中国にとってもなんとも情けない結果であった。

ネットユーザーの間では、賛成派が全員退出すれば、採決延期になったのに、9人残ったのは、親中派の連携の悪さの表れだと皮肉る声もあった。また、この退出劇が党中央の書いたシナリオであるなら、今までになく、対香港立法会工作にてこずった印象が残った。(中略)

だが、逆にいえば、これまでの中央政府なら、中聯弁(中国人民政府駐香港連絡弁公室)や党中央統一戦線部を通じてひそやかに民主派議員のうちの5人ぐらいを懐柔して賛成票を投じさせるぐらいの工作ができたのではないだろうか。(中略)

北京が敗者、対立は長期化、先鋭化へ
ネット雑誌『縦覧中国』の編集長・陳奎徳はこう言う。
「北京は本来、この選挙制度改革案で世界世論および香港人に対して、香港にはすでに普通選挙があり、中国は香港に民主主義を与えている、といった宣伝を行うつもりであった。しかし、多くの市民がニセ普通選挙を否定し、2017年は間接選挙のままであっても、将来、真の普通選挙を勝ち取る理由と余地を残しておく方を選んだのだ。…この表決は香港人の北京に対する共通認識を高めた。香港はすでに独立した政治意志を持つ共同体である」
 
いかにも反共産党の在米華人らしいコメントではあるが、共通して、この表決結果が中央政府の対香港政策の手痛い失敗の象徴であり、香港人と中央政府の対立は長期化、先鋭化するという見方である。

これは私もほぼ同意見だ。表面的にみれば、2017年も従来どおりの間接選挙が続くだけで、香港市民は「真の普通選挙」を手に入れられなかった。敗者は香港市民で、中国の香港間接統治にとっての大きな変化はないはずなのだが、より大きな敗北感を味わったのは、中央政府であっただろうと想像する。
 
一方、従来政治的関心は今一つであった香港人、特に若い世代が雨傘運動を通じて香港アイデンティティや政治意識に目覚めていったのは確かだ。そこに、自分たちの政治運動が中国政府の考えや決定を変えられるという自信や見込みは、ほとんどゼロかもしれないが、「香港の核心的価値は中国本土とは違う」という考えを持ち続ける覚悟を固めた人は少なくないだろう。
 
とはいえ、水も食糧も経済も完全に中国に依存する香港が、中央政府に本気で抵抗できるわけがないと考える市民も多い。香港の核心的価値を捨てでも、中国に寄り添うことで経済さえ発展できればよいのだという考えもある。

そういう意味では、漠然と中国の経済的恩恵と、英国統治時代の遺産である普遍的価値観の両方にあずかっていた香港人が、経済重視の親中派と普遍的価値重視の香港派に分かれて対立を深める事態になっていくだろう。

それは、極限まで開いた貧富の差などと相まって、かつてない不安定な時代を香港社会にもたらすかもしれない。(後略)【2015年6月24日 福島 香織氏 日経ビジネス】
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深まる香港社会の亀裂 開けない展望
上記記事は“表面的にみれば、2017年も従来どおりの間接選挙が続くだけで、香港市民は「真の普通選挙」を手に入れられなかった。敗者は香港市民で、中国の香港間接統治にとっての大きな変化はないはずなのだが、より大きな敗北感を味わったのは、中央政府であっただろうと想像する”と評価していますが、今後の対立の先鋭化、香港の分断、将来的展望のなさから、“負けたのは香港である”との評価もあります。

****負けたのは香港-選挙制度改革否決でも****
・・・・中国は本格的な民主主義による面倒な不安定さを避けることで、政治の秩序と支配を維持しようと試みたものの、皮肉なことにその反対の効果を生み出した。

香港の選挙制度改革案をめぐる議論は、かつてはその社会的なまとまりや隣人愛を誇っていた香港社会に深い亀裂をもたらした。
 
世論調査によると、香港市民の意見は「何もないよりはまし」的な妥協として改革案を受け入れようとしていた人たちと、改革案はごまかしだと捉えていた人たちの間で二分されていた。
 
同時に、改革案をめぐる論争は香港と中国の中央政府との違いを浮き彫りにした。その違いとは1997年に英国から香港が返還された際に中国の鄧小平が打ち出した「一国二制度」の枠組みのなかで取り除かれたはずのものだった。

この一国二制度のもと、香港には高度な自治権と報道の自由、公民権が認められたからだ。
 
中国の目には、香港は統治しにくくなったとしか映らない。民主化を求めて昨年ぼっ発した「雨傘運動」(中略)は香港社会を世代や所得、言語の違いによってますます細かく分断する結果となった。
 
香港という「メルティングポット(るつぼ)」は闘争の場になってしまった。
かたや中国本土と緊密な関係にある財閥、最近中国から渡ってきた移民たち、そして親中国派の人々。
こなた中国本土との結びつきがほとんどない若い世代の香港住民たちだ。

香港大学が実施した世論調査で、18歳から29歳までの若者の過半数は自分をまず香港人だと認識し、次に中国人だと認識していることが分かった。これは香港と中国本土がいかに離れつつあるかを物語っている。2008年の北京五輪開催中に実施された世論調査では、香港に一番の親しみを抱いていた若者は全体の4分の1に満たなかった。
 
(中略)政治の停滞が長引けば長引くほど、「移民排斥主義者」のような非主流派の人たちをますます鼓舞することになる。こうした排斥主義者たちは中国本土からの旅行客を聞くに堪えぬ言葉でののしったり、反抗の印として植民地時代の英国国旗を掲げたりしている。彼らは中国共産党によって損なわれてしまったと思っている、かつての中国の伝統を思い出させたいのだ。
 
中国共産党はこれまで「多義性」とうまく折り合えたことがない。政治的な結論は交渉で導き出されるものではなく、強制されるものだ。共産党政権のスローガンは「安定性の維持」であり、国内の治安に国防費を上回る予算がつぎ込まれていることがそれを裏付けている。

この「敵か味方か」のアプローチ法は周辺地域一帯に騒動をもたらしている。新疆ウイグル自治区の鉄道駅で昨年、刀を持った暴徒が群衆を襲って死亡者が出た事件や、チベットの僧侶や尼僧による相次ぐ焼身自殺などがそうだ。
 
こうしたことを考えると、中国政府が選挙制度の大幅な変更に同意する可能性はほとんどない。上層部がこれまで、いくらか柔軟性を示す態度を見せているにしてもだ。
 
要は、習近平氏率いる共産党指導部が中央政府に反発する人物の立候補を可能にさせる民主的な仕組みを受け入れる見込みはこれっぽっちもないということだ。
 
また、中国政府の観点からすると、中国はすでに十分歩み寄った。立候補できるのは事前にふるいにかけられた候補者のみとはいえ、香港にこれまでなかった普通選挙制度を提示したのだ。実現すれば、候補者には信頼できる政策を提示する責務が生じるはずだ。中国の傀儡(かいらい)では批判を免れまいというのが中国の言い分だ。
 
こうなるはずではなかった。英国が1980年代に香港の返還に関する交渉を開始した際、時がたつに連れて中国の自由化が進み、香港との違いが見えなくなるというのが大半の見方だった。だが、違いはかえって際立つようになった。
 
香港の民主派は、運の悪いことに、数十年におよんだ自由化の流れを習氏が逆転させつつあるこの時期に、自分たちの見解を主張しようとしているのだ。共産党指導部の見解では、香港は中国の社会システムをむしばもうとする「敵対的な外国勢」の足がかりだ。ここで譲歩することは、国内の反体制勢力を鼓舞することになるだけだ。
 
(中略)だが、民主化への夢が打ち砕かれたことを受け、中国政府に表立って反発することは現実的な選択肢ではない。昨年、数十万人をも抗議デモに動員した民主各派のまとまりは今、疲れ切って分裂している。今後のシナリオとして可能性が高いのは、中国本土との心理的な溝が深まり、香港社会の分断が先鋭化することだ。
 
かつて「獅子山下」(香港のいわば非公式な国歌ともいうべき歌で1970年代にヒットしたテレビドラマのテーマソング。ともに努力・忍耐し、共通の夢と大志のもと、ひとつになろうと香港市民に呼びかけている)で歌われていた「香港魂」こそが、18日の選挙制度改革案の否決による犠牲者だ。負けたのは香港だ。【2016年6月19日 WSJ】
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候補者を擁立できない(擁立しない?)民主派
香港市民にとっても、北京政府にとっても、満足のいかない“手詰まり”の結果として、今年3月の選挙は従来方式で行われます。

気になるのは、民主派が候補者を擁立していないことです。
昨年12月の選挙委員会の委員選で、民主派から少なくとも325人以上が選出され、前回の約200人から大きく躍進しており、本来は“選挙委員会メンバーの150人以上の推薦”という条件はクリアできます。

もちろん、“負けるとわかっている選挙”ではありますが、選挙運動中に、民主派候補が香港市民に政治的メッセージを発信することも可能な重要な政治機会のはずですが・・・・。

“民主派”とひとくくりにできない、複雑な内部事情があるのでしょうか?出せないのか、出さないのか・・そのあたりも知りません。

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民主派は大半が「梁振英行政長官の右腕として梁振英路線の継承を表明している」として林鄭月娥氏への支持はしない見通し。世論調査で支持率トップを維持する曽俊華氏は民主派の若い世代にも理解を示すリベラルな側面があることから曽氏を推す動きだ。

民主派と親中派の融和を模索する穏健民主派「民主思路」の湯家●(「馬へん」に「華」)氏(公民党を離党した元立法会議員)らの少数グループは「林鄭氏はわがグループの考え方に似ており、仕事ができる人物」と推す動きもある。【1月16日  深川 耕治氏 View point】
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北京は「曽氏はいつ民主派に変貌するか分からないリスクがある」として林鄭氏を推す意向のようですが、結果として候補者を出していない民主派がキャスティングボードを握り、次期行政長官に影響力を強める可能性もない訳ではなさそうです。

しかし、やはり本筋としては自前候補を擁立して、自己主張すべきでしょう。そうしないと現状にますます埋没していきます。
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中国  恒例「春節大移動」 「新千歳空港事件」の顛末 「春節恐怖症」のことなど 

2017-01-19 23:07:22 | 中国

(年末の“新千歳空港事件”のとき、空港内の売店では食べ物が売り切れていて手に入らないし、空港ターミナルは深夜、暖房が切られとても寒くなる。生後10か月の乳児を抱えた人もいて、ミルクをつくるためのお湯も手に入らない・・・といった状況だったようです。【1月17日 西本紫乃氏 WEDGE Infinity】)

【“春節”で日本にも多くの中国人観光客が 期待される相互理解
世の中、アメリカの“あの人”の話題や、イギリスのEU離脱などで騒がしいのですが、今日はそういう話とは関係ないところで。

毎年、この時期になると報じられるのが中国“春節(旧正月)”の“民族大移動”です。
国際ニュースにあっては、季節を感じさせる風物詩的なものにもなっています。

****春節、30億人大移動…海外にも600万人出国****
中国で28日の春節(旧正月)を前に、帰省や観光で各地へ向かう人の移動がピークを迎えている。
 
中国政府によると旧正月を挟んだ40日間で昨年を2・2%上回る延べ30億人が交通機関で移動する見込みだという。

海外にも約600万人が向かうとされ、人気トップのタイに続き、第2位の日本にも多くの中国人旅行客が訪れる。北京駅は18日早朝から、大きな荷物を抱えた労働者や学生でごったがえしていた。

黒竜江省に帰省する内装業の李慶豊さん(37)は「半年ぶりに子どもに会うのが楽しみ。故郷のきれいな空気も恋しい」と話していた。【1月18日 読売】
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日本でも観光業関連の方々は手ぐすね引いて・・・というところでしょうが、一頃の“爆買”は影をひそめ、体験型とかグルメとか、旅行者のニーズも多様化しているとか。

日本小売業への需要と言う点では問題かもしれませんが、旅行の形態としては本来あるべき姿に近づいているということで、結構な話かと思います。

目的とした観光スポットだけではなく、旅行中のいろんな経験から、日本社会への理解が深まることを期待します。

****日本の消防車の「礼儀正しさ」が中国ネットで話題に****
2017年1月19日、中国の動画サイト・陽光寛頻網に、日本の路上で撮影されたある動画が掲載され、ネットユーザーの注目を集めている。

動画は「日本の消防車は赤信号を通過した後にもありがとうと言う」と題された1分足らずのもので、サイレンを鳴らしながら交差点に進入した消防車が、道を空けた自動車や足を止めた歩行者などに「交差点に進入します。ありがとうございます。ご協力ありがとうございます」と声をかけ、交差点を左折後にもう一度「ありがとうございました」と感謝の言葉を述べている。

この動画にはネットユーザーから多くのコメントが寄せられている。実際に日本で同様の光景を見たというユーザーは、「これはホント!去年の10月、日本旅行に行った時に新宿で消防車がありがとうと言っているのを聞いたよ」とコメントし、別のユーザーからは「中国なら、『前の車、早くどきなさい』だな」と日中を比較するコメントも出ている。

また、消防車に当たり前のように道を譲る街の様子に、「調和がとれていて、秩序がある国だ」「他人に迷惑をかけないのは日本人の長所」「日本人は好きではないが、素養の高さには恐れ入る」と感心するコメントも少なくない。

さらに、「日本人の素養の高さ」という視点から、「おれは料理のデリバリーをやってるが、ピークの時間帯で配達が遅れた時があった。行ってみたら客は日本人だった。『すみません』と言ったら、相手は料理を両手で受け取って、『ありがとう』と言いながらチップまでくれようとした。遅れてしまったのに申し訳ないからって受け取らなかったけどね。(日本人の)素養は確かに高い」というエピソードを紹介するユーザーもいた。

中国では、ドライバーが緊急車両に道を譲らなかったり(渋滞が深刻で譲れないことも)、緊急車両専用レーンを走行したりするなど、一部のドライバーの交通ルール違反がたびたび取り沙汰される。

しかし、中国で救急車のドライバーをしているという男性ユーザーは、「最近の(中国)国民の素養はだいぶ向上していると思う。サイレンを鳴らして走っていると、9割以上の車は道を譲ってくれる。私もクラクションを軽く鳴らして感謝を示してる」と、中国人の変化についてコメントしている。【1月19日 Record china】
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私自身は消防車が「ありがとう」と言うのは聞いたことがありませんし、あまり過剰な日本型サービスの風潮にはやや疑問も感じていますが、そういう社会の違い・特徴などを感じるというのが外国旅行の大きな魅力でしょう。

少なくともネット上では、こうした日本社会礼賛的なものが溢れています。あまり多いので、最近はあまり目をとおさないことも。

“なぜだ! 交通渋滞が起きない日本と深刻な渋滞に苦しむ中国、一体何が違うんだ?”【1月13日 Searchina】
“ケーキを買って分かった、日本人が中国人よりも尊敬に値すると言われる理由=中国メディア”【1月10日 Searchina】

その割には、世論調査などにおける日本への好感度とか反日感情が目立って減少している訳でもないところが、やや不思議でもあります。日本ユーザーが喜びそうな話題を敢えてチョイスしてメディアが流しているのでしょうか。

それはともかく、実際に日本社会を体験する中国人が増えれば、相互理解もしやすくなりますので、大いに喜ばしいことです。

日本人の側も、実際に中国の人の個人的に接することで、ステロオタイプなイメージが変わることもあるでしょう。

年末の“新千歳空港事件” 期待を肯定するための情報に安易に飛びついたりしないように
年末に話題となった、新千歳空港に大雪で足止めされた中国人旅行者が騒ぎ、警察沙汰になったという出来事。
「やっぱり、中国人は・・・・」という反応が多いのでしょうが、詳しく事情を見ると、一概に彼らだけを責められないところもあるように思えます。

“「新千歳空港で暴れた中国人乗客」騒動の真相”【1月17日 西本紫乃氏 WEDGE Infinity】http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8701

非常に長い記事なので、引用は辞めます。記事が長くなるというのは、それだけ3日間にわたって、いろんな出来事・事情が重なったということでもあります。

他の国際便が飛ぶのに、問題となった中国国際航空の便だけがなかなか飛ばない。空港・航空会社・領事館の説明・対応のまずさ。日本人空港関係者の見下したような対応。空港のキャパシティの問題。言葉もわからない、食べるものもなくなる、そういう旅行先での出来事・・・いろんな事情があります。

私もしばしば海外旅行をしますが、ときに飛行機が遅れ待たされることがあります。
大体は2~3時間程度ですが、それでも十分な説明のないこと(言葉の面で十分なコミュニケーションがとれないことも含め)への苛立ち、スケジュールが狂ってしまうことへの怒り・不安等々で、心中穏やかならざるものがあります。

ましてや3日間となると・・・・「雪だから仕方がないじゃないか」では済まされないものがあります。
同じ状況にあれば、中国人ならずとも黙ってはいないでしょう。

欠航となった翌日の23日午前には、上海行きの便や台北行きの便など、22日欠航となった他の国際線の飛行機が次々に出発しています。(問題の便は、結局25日未明に出発)

そういうことであれば、一番の責任は対応が遅れた中国国際航空にあるのでは・・・と、個人的には考えます。乗客の立場に立ったサービスが軽視されているのではとも。(中国国際航空は安いのでよく利用しますが、サービスの良い会社ではありません)
もし、飛べない事情があるなら、そこをきちんと説明すべきで、説明もせずに、寒さ・空腹への対応も行わず、ただ「待て」では乗客も納得できません。もっとも、その印象も事実関係を確認する必要があります(中国国際航空への思い込みがあるのかも)。

記事の結論部だけ引用しておきます。

*****伝えられたことの誤解と誇張****
・・・・日本人の心の中には「だから中国はダメなんだ」と思いたい心理がある。

中国は経済の先行きなど、リアルにネガティブ傾向を示し始めている部分もあるが、そこは理性的に分析や判断をすべきである。

「だから中国はダメなんだ」という期待を肯定するための情報に安易に飛びついたりしないようにしたいものだ。【1月17日 西本紫乃氏 WEDGE Infinity】http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8701*****************

「いや、それは違う。やはり騒ぐのは中国人の資質の問題だ」という意見もあるでしょう。それはそれでかまいませんが、少なくとも事実関係を踏まえたうえでの議論をすべきでしょう。

【“春節恐怖症” 日本の“つながり依存”】
話を“春節”に戻すと、移動の混雑・大変さだけでなく、ここ数年は「春節で帰省するのは、土産物も大変だし、親から結婚はまだかとうるさく言われるので、春節が嫌で仕方がない」といった若者が増えている・・・という話題もよく登場します。

****若者に「春節恐怖症」、コスト増や比較の風潮などで****
春節(旧正月、今年は1月28日)が徐々に近づいてきた。春節は本来は家族が集まり、楽しく仲良く過ごす祝祭日だが、つきあいにかかる費用が増大し、人とあれこれ比較する風潮も強まり、多くの若者が「春節恐怖症」に陥っている。新華社が伝えた。

湖南省長沙市のサラリーマン夏佳さん(26)が最も恐れるのは春節連休期間の「多額の消費」だ。いとこたちに子どもができ、それぞれに少なくとも数百元(1元は約16.5円)のお年玉をあげなければならず、両親や年長者に包むおこづかいに宴会の費用もあり、最低でも数千元の支出は覚悟しなければならない。「自分のような働き始めてからそれほどたっていない者にとって、この支出はほぼ2カ月分の賃金に相当するもの」という。

「財布が大変」なだけでなく、「脾臓や胃腸が大変」なことも若者の悩みの種だ。毎年、春節にはさまざまな集まりがあり、小学校、中学校、高校の同窓会はもとより、親戚や友人からも代わる代わる招待を受ける。一つの会食が終わると次の会食、白酒の後はビールという毎日が続き、体は悲鳴を上げ、仕事がある日よりも疲れるというのが実態だ。

心理的に受ける無形の圧力も多くの若者が春節を避けたくなる要因だ。春節で一番いやなことは年長者から過去1年間にどれくらい稼いだか、ガールフレンドはいるか、いつ結婚するのか、いつ子どもをつくるのかなどと聞かれることで、自分を心配して言っているとは知りつつ、晩婚派にとってはこの上もなく大きなプレッシャーになる。

若者が「恐怖症」に陥るだけでなく、中高年の一部も同じように「帰郷恐怖症」にかかっている。山東省に家がある鄭さん(65)は、長沙で結婚した息子のところへ行って孫の面倒をみていた。「家に帰ろうとしても交通機関の切符はなかなか手に入らないし、帰ったら帰ったで親戚一同が集まる宴会を開かなくてはならず、連休中は毎日親戚を訪ねて贈り物を贈ったりもらったりしなければならない。もう年なので、体はつらいし気力もない」という。

中国の伝統的な考え方では、故郷を離れてがんばる人が帰郷する時には「故郷に錦を飾る」ことがこれまでずっと一番の願いとなっていた。

だが今はつきあいにかかる費用が増大し、生活のストレスも増大し、成功の基準がどんどん高くなっていて、多くの人がどうしたらよいかわからなくなっている。

湖南商学院で心理学を教える蒋瑛瑾さんは、「春節の『功利化』を図りつつ、伝統的祝祭日がもつべき文化的な内容や祝典ムードを保ち、他人と比べたり見栄を張ったりすることをやめ、家族で長く過ごすようにし、必要以上にメンツを気にしなければ、春節は負担ではなくなる」との見方を示す。【Record China】
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晩婚派・独身派も増えている中国若者が親・親戚からのしつこい攻撃をかわすための「レンタル彼女」「レンタル彼氏」といった方策も。

****春節前に人気の恋人レンタル、「彼氏」の料金高いのはなぜ****
2017年1月18日、中国新聞網によると、中国の春節(旧正月)連休を前に、「レンタル彼氏」の料金が急上昇している。

帰省シーズンとなる春節連休は中国の独身男女にとって親や親戚から「結婚はまだ?」とせかされる頭の痛い時期でもある。この時期に特に注目を集めるのが恋人役の相手を「レンタル」するサービスだ。

「レンタル彼女」に加え、近年は「レンタル彼氏」も出現、しかも1日当たりの利用料金が1000元(約1万6500円)を超えることも珍しくなくなっている。

事情に詳しい人の話によると、通常は600〜1000元だが、春節間近は書き入れ時とあって1000〜1500元に上昇。「世間の人々が男性に求める条件は高いため、春節シーズンはレンタル彼氏の方が料金が高めになる」という。(後略)【1月19日 Record China】
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基本的に、昔からの“村落共同体”的な人間関係・束縛が中国ではまだ強く残存しており、多様化する若者らの意識とずれも大きいようです。

同様の悩みは韓国でもきかれますが、韓国社会は少し変化しているようです。

****<コラム>韓国人がひとり飲み?衝撃的な変化に、ただただ驚いた****
韓国の新聞、中央日報の記事に驚いた。

記事によると、食品医薬品安全処が20〜30代の男女2000人を対象に昨年11月に行った「2016年下半期酒類消費・摂取調査」の結果を12月23日に発表。「20〜30代の66.1%は最近6カ月間に1人で酒を飲んだ経験があると答えたという。「1人酒」をする理由は「気楽に飲める」(62.6%)が最も多く、「ストレス解消」(17.6%)、「一緒に飲む人がいない」(7.7%)、「費用を減らすため」(5.2%)などの順だった。

もう15年以上前。当時留学していた学校の正門前の食堂で、私はひとり昼食を食べていた。以前から視線は感じていたが、ついにある日、女主人が憤然と私の前に立ち「日本の学生さん!いっつもひとりだけれど友達はいないの!?」と叫んだ。ひとりで食べているのは私だけ。おののく私に女主人は「今日から私を韓国の母と思いなさい!」といい放ち、隣の席にどんと座るとスプーンを取り上げ、チゲを無理やり食べさせる暴挙に出たのだった。

それから数年後。新宿で韓国人留学生とご飯を食べた。彼女は日本に来てわずか半年余り。しかし日本語は実に流暢で、話をしながら彼女が韓国人であることを時々忘れた。「ひとつだけ、出来ないことがあるの」。なに?と聞くと声を潜めていう。「ひとりで学食や外でご飯を食べること」。「好きなものを食べられていいじゃない?」というと彼女はしかめっ面をして見せ「絶対ムリ!周りからどう見られるかと思うと耐えられないの」と言ったのだった。(中略)

食事と酒の違いはあるが、周りの目が気になりひとりで食事をすることが出来ないと言っていた韓国人がひとり酒を飲み、そのことを認め回答し、そのトップの理由が「気楽に飲める」だったことにただ驚いた。

15年以上前、韓国人に感じた底抜けの温かさと孤独へのもろさ。おせっかいな食堂の女主人や韓国人留学生の彼女は、今どうしているのだろう。すっかり没交渉になってしまった人たちの顔を久しぶりに思い出した。【1月19日 Record China】
********************

日本ではどうか・・・伝統的な“村落共同体”的な人間関係・束縛は以前よりは薄れ、その点では“個人”が認知された社会にもなりつつありますが、一方で、SNSを通じた“つながり依存症”的な現象が非常に強まっています。

****ランチメイト症候群****
ランチメイト症候群という名称は、町沢静夫に相談を訴えた者が、食事をする相手のことをランチメイトと表現したことから着想を得た呼び名であるという。学会に認められた症状名や病名ではないが、2001年の4月頃から報道で取り上げられたことでこの呼び名が広まった。

相談の内容は主として、一人で食事することへの恐れと、食事を一人でするような自分は人間として価値がないのではないかという不安である。

当事者は次のように考えがちである。「学校や職場で一人で食事をすることはその人には友人がいないということだ。友人がいないのは魅力がないからだ。だから、一人で食事すれば、周囲は自分を魅力のない、価値のない人間と思うだろう」。こうした考え方が主な症状である恐れと不安を誘発する。

さらに、断られることを(「価値のない自分」への不安を惹き起こすから)恐れているので自分から誰かを食事に誘うこともできない。ランチメイト、つまり食事相手を確保できない者は、一人で食事をする姿を学友や同僚に見られないように図書館などで隠れて食べることがある。

中には食事の様子を見られそうになってトイレに隠れたり、食事を摂ることを断念したり、ひどい場合は仕事を辞めたり就職を諦めたり学校へ行けなくなる。(後略)【ウィキペディア】
*******************

“こうした友達がいないように見られることを恐れる傾向はアメリカの若者にも多く見られるとし、先進国に共通した特徴ではないか”との意見もあるようです。

四六時中スマホで誰かとやり取りしていないと気が済まないといった若い人は、街中に溢れています。
一人暮らしで、旅行も一人旅という私からすれば、「病気じゃないか・・・」とも思えますが。
まあ、そういう私も、読む人もいないブログを毎日書いているというのも、社会への「つながり依存」なのかも。

伝統的な“村落共同体”にせよ、SNSにせよ、ひとは他者とのつながりなしには生きていけない・・・ということでしょうか?
いささか陳腐な結論にたどりついたところで、今日はおしまい。
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激変する国際秩序 保護主義のアメリカに代って中国が自由経済圏の「旗手」?!

2017-01-18 22:52:23 | 国際情勢

(スイス・ダボスで開幕した世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で講演する中国の習近平国家主席(2017年1月17日撮影)【1月18日 AFP】)

アメリカでトランプが登場したことで、「わが国の独裁者がまともに見えるようになった」】
まだ大統領に就任してもいないトランプ氏の過激と言うか、型破りな発言で、アメリカ国内的にも、外交・世界経済の面でも、あちこちで火の手が上がっているのは、連日の報道のとおり。

そのひとつが、トランプ氏の極めて保護貿易主義的な言動です。
また、ツイッターで個別企業を名指しして、半ば強制的に国内生産・投資させるという手法です。

****トランプ次期大統領 高い国境税で自動車メーカーなどに圧力****
アメリカのトランプ次期大統領は15日、ツイッターで、自動車メーカーなどに対して、国内で生産するよう改めて求めました。

トランプ氏は先週の会見でも、海外で生産した製品を輸入する場合、高い「国境税」を支払うことになると強調していて、圧力を通じて、企業から国内で雇用を増やす方針を引き出そうとする姿勢を続けています。

トランプ次期大統領は15日、ツイッターに「自動車メーカーなどは、もしアメリカでビジネスをしたいなら、再びアメリカで製品を作り始めなければならない」と書き込み、改めて国内で雇用を創出するよう企業に求めました。

トランプ氏は、大統領選挙のあと初めて開いた11日の会見でも、「国境を越えて、アメリカで売ろうとすれば、高い『国境税』を支払うことになる」と述べました。

トランプ氏が主張した「国境税」をめぐっては、国外に移転した工場から輸入される製品に高い関税をかける案と、法人税を見直して企業が輸出する際の税負担を軽くする一方、輸入には課税を強化する案の、2つの案が浮上しています。

いずれの案も保護主義的な色合いが強く、各国の反発が予想されるため、政策が実現するか先行きは不透明ですが、トランプ氏は圧力を通じて、企業から国内で雇用を増やす方針を引き出そうとする姿勢を続けています。【1月16日 NHK】
******************

トランプ氏は「就任前から雇用を生み出している」とご満悦で、ツイッターでも自慢していますが、自動車メーカーの動きは必ずしもトランプ氏の“恫喝”だけによるものではないとの指摘もあります。

****フォード、米国回帰の真相****
国内工場の新設はトランプの圧力ではなく、ブッシュとオバマ政権の経済政策のおかげ

米自動車メーカーのフォードが先週、投資額16億ドルのメキシコ新工場建設計画を撤回し、デトロイトのフラットロック組立工場に7億ドルを投じて700人を新規雇用すると発表した。

もしかして、「製造拠点を国外に移すな」というドナルド・トランプ次期米大統領のツイッター警告に怯えたのか?
 
確かにマーク・フィールズCEOは「トランプ政権と新議会が提唱する積極的な経済成長政策」を理由の1つに
挙げた。

しかし、第一義的には近年の市場要因に反応した決定だった。しかも背中を押したのはむしろ、ブッシュ前政権とオバマ政権の政策だ。
 
一般に、アメリカの自動車メーカーは大型で高価格、先端技術を駆使した車を造りたがる。安価な小型車よりも利益率がずっと高いからだ。(中略)
 
不景気とガソリン価格高騰の二重苦たった07~08年には、高価格で燃費の悪い車は売れなかった。だが景気と共
に雇用も回復し、ガソリン価格も下がれば、大型で高価で先端技術満載の車が売れ筋となる。

そもそも、固定費の高い米国内で低価格帯の車を生産することは理屈に合わない。アメリカの自動車メーカーは
2方面作戦を取らざるを得ない。低価格帯の車はメキシコで、もっぱら現地市場向けに生産し、米国内では高価格
帯の車を生産するという分業体制だ。
 
各社はハイテク化を競争力として利益確保を目指している。具体的には電動化と自動化だ。(中略)フラットロック工場で生産するのも、1回の充電で300マイル走れる電動小型SUVと、自動運転機能を備えたハイブリッド車やEVだ。
 
こうした生産設備を米国内に建てることは理にかなう。EVや自動運転車は製造コストが高く、研究開発と組み
立てにも高い技術水準が求められるからだ。(中略)

重商主義的かつ経済ナショナリズム的なオバマ政権の後押しもあって、フォードは数年前からEVと充電池の研
究と生産に巨額の投資をしてきた。

しかもブッシュ政権の下で設けられたエネルギー省の融資保証制度により、電池の改良や電動化、燃費向上の技術開発に取り組む自動車会社や部品会社は融資を受けやすくなった。
 
フォードはこの保証制度を利用して09年に59億ドルを借り入れ、その資金を国内13工場の改修とサプライチェーンの確保に投じた。

結果、アルミ製ボディーのF150ピックアップトラックを生産できるようになり、燃費のいいエンジンも開発できた。
 
言い換えれば、フォードは公的資金でEVを国内生産するための研究開発を進めたことになる。今やフォードは
2種類のプラグインーハイブリッド車を売り出していて、両車種の月間売上台数合計は先行するGMのシボレー・
ボルトを上回る。
 
この数年で積み重ねた経験と技術、そして新開発の車台を強みとして、フォードは向こう5年間でEV13車種を
投入する。名車マスタングとF150もハイブリッド化し、国内で生産するという。

愛するアメ車が国内で生産される。素晴らしい話だ。しかもそれは(ドナルド・トランプではなく)ジョージ・W・ブッシュとバラク・オバマのおかげなのだ。【1月17日号 Newsweek日本語版】
**************

まあ、トランプ氏の“恫喝”おかげでも、ブッシュとオバマ政権の経済政策のおかげでも、どっちでもいいですが、こうした一部の国内生産拡大で、トランプ氏を熱烈に支持している“ラストベルト”の低所得白人労働者の生活が再びよくなるのか・・・という点では、疑問です。

“今や中国とインドは世界経済に組み込まれ、技術革新によって製造業の雇用は世界中で減っている。トランプが何と言おうと、製造業でこれまでのように給料のいい雇用を生み出すのは不可能だ”【1月17日号 Newsweek日本語版】というのが、経済構造の実態です。

****トランプが世界に巻き起こす大嵐****
米経済の迷走と国際経済システムの混乱 2017年はアメリカと世界の歴史の転換点となる
【ジョセフ・ステイグリッツ(コロンビア大学教授、ノーベル経済学賞受賞者】

・・・・米共和党は、グローバル化という名の世界の貿易と金融の統合を目指して邁進してきた。それなのに、その党から出馬した大統領候補がどちらも元に戻すと約束して勝利を収めたのだから、皮肉としか言いようがない。
 
もちろん元に戻すことなどできない。今や中国とインドは世界経済に組み込まれ、技術革新によって製造業の雇用
は世界中で減っている。トランプが何と言おうと、製造業でこれまでのように給料のいい雇用を生み出すのは不可
能だ。

やれることといえば、先端技術を駆使した業種(必要な人材は少数の高技能労働者に限られる)を後押しすることくらいだろう。

その一方で格差は拡大し、大衆、とりわけトランプに勝利をもたらした白人有権者の落胆は深まるだろう。(中略)

確かにオバマは、気候変動など一部の問題では「チェンジ」をもたらした。だが、経済に関しては(市場原理主義
的な)ネオリベラリズムによる30年がかりの実験を続けた。

彼らは、経済の自由化やグローバル化は万人に恩恵をもたらすと約束してきたが、実際にはひと握りのエリートがその恩恵をほば独占した。
 
格差の拡大、不公平な政治システム、そして人民のためと言いながら実はエリートを利する政府は、トランプが勝
利する環境を生み出した。

トランプは金持ちだが伝統的なエリートではない。それが「真の変革」を起こすという彼の言葉に信憑性を与えた。
が結局は、トランプ政権も旧態依然の政治を展開するだろう。(中略)

消えるアメリカのソフトパワー
トランプの成長重視策は、格差拡大や貿易戦争によっても打撃を受けるだろう。今やホワイトハウスも上下両院も共和党が支配しているため、労働組合の交渉力を弱め、各種業界の規制を緩和し、独占行為の取り締まりを甘くするのは簡単だ。そのいずれも格差の拡大につながる。
 
一方、トランプが公約どおり中国からの輸入品に対する関税を大幅に引き上げれば、より大きなダメージを被るのは中国ではなくアメリカだろう。

現行のWTO(世界貿易機関)の枠組みでは、中国は米製品に報復関税を課せるだけでなく、アメリカの特定の選挙区の雇用に打撃を与えるような商品をその対象に選ぶこともできる。

報復合戦になれば、オープンな国際経済秩序が崩壊することにもなりかねない。
 
国際的な法治主義も、トランプ時代では後退を余儀なくされるだろう。というのも、これまでの国際的なルール
は、主に経済制裁を通じて遵守を強いる形が取られてきた。
もしウクライナ東部で、親ロシア勢力の活動が激化したら、トランプはどう対応するだろう。
 
これまではオープンな民主主義の要であることが、アメリカのソフトパワーを高めてきた。だが現在の世界では、
民主的手続き故に混乱が拡大している地域は多く、民主主義への信頼は低下している。

その上アメリカでトランプが登場したことで、「わが国の独裁者がまともに見えるようになった」という発言が、多くのアフリカ諸国で聞かれるようになった。
 
今後もアメリカのソフトパワーは大幅に低下し、国際秩序は一段と不透明な時代に突入するだろう。17年はアメ
リカと世界にとって、歴史の転換点になるだろう。【1月17日号 Newsweek日本語版】
****************

習近平主席 グローバル化や世界経済秩序の最大の支持者として存在感を見せつける
国際経済秩序におけるアメリカのソフトパワー大幅低下を予感させるような“出来事”が現実のものともなっています。

スイスのダボスで17日開幕した世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に、習近平国家主席が中国の国家主席として初めて出席しています。

習氏は「米国第一」を掲げ内向き志向をみせるトランプ次期米政権を尻目に、自由貿易とグローバリゼーションの「新旗手」としての中国を世界に印象付けています。

****ダボス会議】中国が自由経済圏の救世主という不条理****
<リーダーぶる資格は中国にはないが、トランプの保護主義でアメリカが縮む今、グローバル・エリートが頼れる大国は他にない>

中国国家主席で中国共産党総書記の習近平は火曜、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で基調演説をした。中国の最高指導者がダボス会議に出席するのは初めてだが、そのブランクをものともせず、グローバル化や世界経済秩序の最大の支持者として存在感を見せつけた。
 
保護主義のドナルド・トランプ次期米大統領とは対極の自由を訴えた習は世界最大の共産党の指導者であるにも関わらず、世界中から集まった「グローバルエリート」に歓迎された。

アメリカの政治リスク専門のコンサルティング会社、ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長は「演説は大成功」とツイッターに投稿し、後でこう付け加えた。「世界の自由貿易のリーダーが中国とは、資本主義はピンチだ #ダボス」

英金融調査会社HISマークイットのナリマン・ベフラベシュ首席エコノミストは、「習国家主席は非常に緻密かつ正確な言葉でグローバル化を擁護した」と評価。スウェーデンのカール・ビルト元首相もツイッターに投稿した。「グローバル経済のリーダーは空席で、習近平は明らかにその後釜を狙っている。今回も少し目的を達成した」

中国が唯一のグローバルパワー
習の演説は、米大統領選でドナルド・トランプが勝利して以来、わき上がったテーマの延長線上にある。

中国の国営メディアはトランプに対し、駆け出しの指導者は既存の国際秩序を擁護すべきで、弱体化させるべきでないと警告してきた。だが、数十年も人権や市場原理といった世界秩序のしがらみに苛立ってきた中国がこう指摘すること自体、皮肉だらけだ。

それでも習は、まるでそんな批判は承知のうえだったかのように、演説でこう述べた。「中国は可能性と秩序のある投資環境を用意していく。外国人の投資家による中国市場へのアクセスを拡大し、高度で実験的な自由貿易圏を作る。知的財産権の保護を強化し、中国市場をもっと透明化してより良い規制を敷き、安定した経済活動を行なえる土壌を整える」
 
貿易に目を向けると、中国に拠点を置く外国企業は様々な規制にさらされ、市場へのアクセスも不足しているうえ、中国企業との合弁や技術共有なども義務づけられる。またEUとアメリカはこれまで何度、中国をダンピングでWTO(世界貿易機関)提訴したかわからない。中国は、輸出大国であると同時に保護主義大国でもあるわけだ。
 
それでも、トランプが自由貿易支持に転じない限り、世界貿易に影響力を行使できるグローバルパワーは中国だけだ。

「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」を掲げる経済政策は、結果的に世界経済に貢献する可能性があると、トランプ政権で上級顧問になる予定のアンソニー・スカラムッチはダボスで説明した。

米国内の賃金が上昇すれば、いずれその購買力は国境を越えてグローバル経済の成長に寄与することになるという(トランプの公約どおり、既存の貿易協定を破棄して貿易戦争をすると脅すことが、アメリカの購買力に大打撃を与えかねない点については説明はなかった。習は演説で「貿易戦争で勝者は生まれない」と言ったが、スカラムッチは米中貿易戦争が起きればアメリカが勝つと、自信さえのぞかせていた)

米中の自己矛盾
彼はトランプが「グローバル主義への希望を体現する」とも言った。だがそれは、共産党一党独裁を率いる習近平が多文化の国際主義にとっての希望の象徴になる、と言うのと同じ自己矛盾だ。

習近平がグローバル化の救世主となり、これから中国は開放型の世界経済の発展に向けて積極的に取り組むと意欲を見せる一方で、トランプはNATOやEUをこき下ろす──世界はひっくり返った。こんな時代でも変わらないのは、ロシアはこれまで通りのトラブルメーカーであり続けるだろうということぐらいだ。【1月18日 Newsweek】
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第1次ニクソン・ショック再現への心構えも
中国が自由貿易とグローバリゼーションの「新旗手」・・・・半年前には笑い話にさえならなかったことですが、トランプ氏が保護貿易主義的言動で大衆受けを追い求めている現在、一概に無視できない現実となっています。

1月16日、安倍首相は訪問中のベトナム・ハノイで記者会見を開き、「自由でルールに基づく公正なマーケットを作り上げていかねばならない」と述べ、環太平洋連携協定(TPP)の早期発効を目指す考えを重ねて表明し、トランプ次期米大統領の保護主義的な発言を念頭に、自由貿易体制の重要性をあらためて強調しています。

奇しくも、かねてから対抗意識が強い中国・習近平主席と日本・安倍首相が同じ方向を向いているようにも見えます。(もちろん、安倍首相のTPPは中国封じ込めが狙いでしょうが)

アメリカが保護貿易主義に走り、中国が自由貿易とグローバリゼーションの「新旗手」となる、“何でもあり”の世界になるのであれば、コペルニクス的転換で、日本も“組む相手”を思い切って変えるなんてことも“あり”なのかも。

最近は、南シナ海の人工島アクセスをめぐる米中のせめぎあいも注目されていますが、再三言っているように、どうせ、トランプ政権は経済・軍事面で中国と激しくやりあっても、本気で喧嘩する気はなく、あくまでも“取引”を有利に進めるためでしょう。

トランプ次期米政権で上級顧問となる予定のアンソニー・スカラムッチ氏は、アメリカはより釣り合いの取れた通商協定を策定し、中国とは「驚くべき関係」を結びたいと語っています。【1月18日 ロイターより】

「驚くべき関係」とは何でしょうか? 政治的には、かつて取り沙汰された“中国とアメリカで太平洋を二分割する”類になるのではないでしょうか。1971年の第1次ニクソン・ショック(ニクソン訪中宣言)の再現でしょうか。

トランプ氏によって中国に売り渡される前に、コペルニクス的転換を考えるのも“あり”かも。
なまじ“同じ価値観を有するはずの”アメリカの大統領ということで、その言動が神経に障るところが多々ありますが、相手が中国なら、どうせ異質な国ですので、すべては“取引”と割り切ることも可能でしょう。

そんな“悪い冗談”を考えてみたくなるほど、鬱陶しい昨今です。
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ベーシックインカム  「人は何のために働くのか?」 フィンランドで試験的導入開始

2017-01-17 22:23:23 | 欧州情勢

(【2014年8月20日 THE PAGE】)

貧困の削減だけのためのものではなく、むしろ生き方、働き方に関わる問題
最低限所得保障の一種として“ベーシックインカム(basic income)”というアイデアがあります。
政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという制度です。

生存権保証のための現金給付政策は、生活保護や失業保険の一部扶助、医療扶助、子育て養育給付など、いろいろな制度がありますが、必要な者に必要な資金が的確に渡らない、行政上の巨大な組織が必要となる、失業者の場合、働くと給付を打ち切られてしまうため働く意欲が疎外される、受給者のプライドを傷つけることがある等々・・・多くの非効率性、無駄、不合理な面もあります。

そこで、すべての現金給付を一本化し、一律に一定額を渡す・・・もらった者は、働いてもいいし、働かなくてもいいし、ボランティアに励んでもいい、起業するのもいい・・・という制度です。

一見、夢のような制度にも思えますが、社会保障制度の簡素化することで、無駄を省き、小さな政府が実現できるメリットがあります。金額的に抑えれば、財政負担もそれほど大きくならないのかも。

デメリットとしては、労働意欲の低下(働かなくても一定額がもらえますから)、金額によっては財源負担が重くなる、また在住外国人に対しても同様に支給した場合移民が殺到し財政破綻する可能性がある・・・などが挙げられます。

ベーシックインカムは貧困の削減だけのためのものではなく、むしろ生き方、働き方に関わる問題だとの指摘があります。

「現在の経済のしくみでは、一部の特権的な人びとはともかく、多くの人は食べるために働かなくてはならない。仕事とは、本来、共同体のため、他の人のため、社会のためであるはずなのに、それが自分と家族が何とか生きのびるためになってしまっている。

ベーシックインカムの導入によって、人は目先の生活の必要から少し離れて、自分が社会のために何ができるのかを見つめて、そのために生きていくことができる」。(昨年スイスでベーシックインカム導入の国民投票に向けて署名活動を推進した中心人物)

今後、AI、ロボットによる無人化などによって、必要な労働量が減り、“失業率”が世界的に高まる可能性が高いとも考えられています。

そういう状況でのセーフティネットの在り方として議論すべき課題とも言われています。

現在、このベーシックインカムを導入している国はありませんが、昨年スイスで国民投票が行われ、結果的には否決されています。

これについては、2016年5月18日ブログ“スイス ベーシック・インカム(最低所得保障)制度の導入を求める国民投票実施”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160518で取り上げました。

スイスの計画は、成人に対して毎月2,500スイスフラン(約28万円)、子供は625フラン(約7万円)が無条件で国から支給される・・・・というものでした。随分な金額に思えますが、スイスの物価水準を考えると都市部ではやっと暮らせる程度だとの指摘もあるようです。

そのときは、働き方・生き方を考え直すというベーシックインカムの主旨には「なるほど・・・」とは思いつつも、日本的感覚からすると金額的にかなりの額になること、一方で、スイスは移民に対し厳しい世論がある国であることから、“飢えや貧困で苦しむ国が多数あるなかで、28万円を一律保障しようという国もある。世の中というのは不公平なものだ・・・”という思いが先に立ち、“その一部でいいから、世界の飢えや貧困で苦しむ人々、住む場所を奪われた難民に与えることで、スイス国民だけでなく、全世界の人々の「幸せ」が向上するのではないか・・・”と、やっかみ半分の、ベーシックインカム以上に非現実的な感想を抱いたところです。

長引く経済不況と失業率の上昇から、社会保障制度の見直しは多くの欧米諸国にとって喫緊の問題
賛否両論あるベーシックインカムですが、北欧フィンランドが今年1月から“無作為に選出された2000人の失業者に対して月に560ユーロ(日本円にして約6万8000円)を支払う”という形で2年間の「実験」を始めています。

****ベーシックインカム、フィンランドが試験導入。国家レベルで初****
<1月1日、フィンランドがベーシック・インカム制度を導入した。2000人の失業者に対して月に560€(日本円にして約6万8000円)を支払うというもので、国家レベルでははじめて。現代の社会福祉のあらたな可能性としてにわかに脚光を集めている>

2017年1月1日、フィンランドが国家レベルでは欧州ではじめて試験的なベーシックインカムの導入を開始した。このプロジェクトでは、1月から2018年12月まで、無作為に選出された2000人の失業者に対して月に560€(日本円にして約6万8000円)を支払うというもの。2年間の実験で、ベーシックインカムの導入が失業率の低下に影響をもたらすのかを調べるのだという。

近年、ヨーロッパを中心にベーシックインカムの導入の是非がたびたび議論されてきた。

ヨーロッパ諸国の社会保障においては、その制度があまりに複雑で多層的であるため、社会保障を受けている失業者がその恩恵を受けられなくなってしまうという不安から、低収入あるいは短期の仕事に就きたがらなくなってしまうという問題が起こっていた。

ベーシックインカムとは「政府による、無条件の最低限生活保障の定期的な支給」であるため、就業による支給打ち切りの心配がない。よって、たとえ低収入の仕事であっても失業者は気軽に次の仕事に就くことができるため、失業率が低減する、というのが大枠の論理だ。

さらに、ベーシックインカムを導入することによって、今まで複雑だった社会保障制度がシンプルになり、よりフェアで効率的な所得分配ができるとも言われる。

たとえば、アメリカでは社会保障としてフードスタンプ、医療補助、現金補助が用意されているが、フードスタンプよりも車の修理代のほうが必要な人もいるように、複雑化した社会保障の支給は「被支給者にとって必要と考えられるもの」と「被支給者が本当に必要なもの」のミスマッチを起こしてしまう。

ベーシックインカムの導入によって被支給者は自分が本当に必要なものを考え、選択することができる、というのも大きな利点だ。

このように、現代の社会福祉国家の問題を解決するあらたな可能性となりうるベーシックインカムだが、このフィンランドでの導入決定が行われるまでは国家レベルでの導入は議論の末に見送られてきた。

たとえば、スイスでは2016年6月に国民投票によってベーシックインカム導入が否決されている。懐疑派の意見としては、財源確保の不確実性や労働意欲の低減、医療手当などのほかの公的扶助の削減による福祉水準の低下、などがあげられている。

それでも、長引く経済不況と失業率の上昇から、社会保障制度の見直しは多くの欧米諸国にとって喫緊の問題だ。現状、地域レベルでは、カナダのオンタリオ、カリフォルニアのオークランド、スコットランドのグラスゴー、オランダのユトレヒトなどでベーシックインカムの実験的な導入が計画または議論されている。

さらに欧州議会では、ロボットの導入による失業率向上の予測から、加盟国にベーシックインカム導入の可能性を検討することを勧告するレポートが発表され、来月本会議で決議されることになっている。

人工知能によって近い将来に単純労働がロボットに代替されることが盛んに議論される今日、ベーシックインカムの是非の議論もますます活発化しそうだ。【1月17日 Newsweek】
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「ひとは何のために働くのか? お金が保証されていても働くのか?」という壮大な実験(もっとも、フィンランドの物価からすれば、今回の7万円弱という金額だけで生活するのは無理で、ベーシックインカムを受給しつつ働くことが前提となっています。)は、昨年末から非常に注目されていました。

****ベーシック・インカムは有効? 結果は2017年に判明****
生きるために働かなくてもよくなったとき、人生は幸福になり、より生産的に過ごすようになるのだろうか? by

2017年、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)がいいアイデアなのか判明するかもしれない。

UBIの考え方はとてもシンプルだ。政府は無償で国民にカネを与える。従来の給付金とは異なり、受給者の経済状況とは無関係だ。

UBIの賛同者によれば、条件なしの給付制度は、貧困を減らす効果がある。また、可処分時間が少なく、なんとか暮らしている人が、劣悪な労働環境から脱する機会や教育の機会を得やすくなるという。自動化によって多くの仕事が失われる中、普遍的な所得がより一層重要になるという人もいる。

問題は、人々が自由に使えるお金を手にすると、幸福で、健康的で、創造的で、生産的になるのか、あるいはテレビを見たりビールを飲んだりするのか、まだわからないことだ。しかし、答えはまもなく明らかになる。(中略)

カリフォルニア州オークランドでも同様の構想が始まろうとしている。ワイ・コンビネーターは毎月2000ドルを100世帯に支払う。

この実験を発表したブログ記事で、ワイ・コンビネーターのサム・アルトマン社長は「無条件の収入です。収入を受け取る人は何をしてもいいのです。ボランティア活動をしてもいいし、仕事をするのもしないのも自由です。他の国にも移住できます。ベーシック・インカムが自由を促すことに期待していますし、人々が自由をどのように体験するのかを知りたいのです」と説明した。

アムステルダムやカナダでも近いうちに、同様の実験が始まろうとしている。

しかし、MIT Technology Reviewが今年初めにベーシック・インカムを検討した際、このアイデアに潜む問題点をいくつか指摘した。

まず、ベーシック・インカムが前提にしている経済上の仮定に問題がある。自動化の台頭により大量の仕事が失われるが、自動化が経済の効率を高めることで、社会全体には共有可能な豊富な富が生み出されると仮定している。
しかし、それほどの富を生み出す自動化は当面実現しないだろう。

また、金銭を無償で与えることで人々を労働から遠ざけてしまえば、受給者は変化する労働市場で生き残るための訓練を受けないで済む口実を得てしまう。さらに、ベーシック・インカムは非常に費用のかかる施策だ。

とはいえ、ベーシック・インカムがいいアイデアかどうかを実際に明らかにする唯一の方法はデータだ。ベーシック・インカムの熱烈な支持者であるアルトマン社長でさえ、ベーシック・インカムが上手くいくかどうかという根本的な疑問に、実験結果が答えてくれることを期待しているという。

「人々は心から幸せになれるでしょうか。単に、意味や満足感のために、こんなにも仕事に依存しているのでしょうか。私にははっきりとはわからないのです」と、アルトマン社長は今週のビジネス・インサイダーのインタビューで熟慮中だと述べた。

ベーシック・インカムの実験では証明すべきことが数多くある。しかし、来年の今頃には、無償でカネを支給することが合理的なのか、より深く理解できるようになるだろう。【2016年12月20日 MIT Technology Review】
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日本 効率化される官僚組織の抵抗 金額水準によっては野党・労組も反対
日本では、堀江貴文氏がベーシックインカムに賛同しています。

****生活保護とは違い「プライドの崩壊を防ぐことができる」とホリエモンは評価****
ベーシックインカムがあれば嫌な仕事も辞めやすくなる?
以前からベーシックインカムの導入を提唱していた堀江貴文氏も、今回の報道に対し「生活保護などを受けることによるプライドの崩壊を防ぐ」とツイート。

確かに、困窮した人だけが受給する生活保護に比べ、誰もが受給するベーシックインカムであれば、プライドが傷つくことはない。変に卑屈にならずに社会復帰を目指すことができそうだ。

しかし堀江氏は、フィンランドのような制度を日本で導入しようとしても、政治家や官僚の反対を受ける可能性が高いとし、「そうならないようにどうやってガラガラポンさせるかを次の東京都議選で実験してみようと画策中」と書いている。

ネット上でも、ベーシックインカム導入で嫌な仕事を辞めやすくなれば、「ブラックは激減するんじゃないか」と期待する声が上がる。また「フィンランド行ってくる」といったコメントも相次いでいた。

全ての人の生活を保障するベーシックインカムは確かに理想的な制度かもしれない。しかし昨年スイスでもベーシックインカムの導入が国民投票で否決されたばかり。

日本でも導入を望む声があるが、実現までには時間がかかりそうだ。【1月4日 BLOGOS】
********************

日本における政治家・官僚の反対・抵抗については、以下のようにも。

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スイスの国民投票でも、ベーシックインカムの長所として、行政の効率化が訴えられていたが、問題は効率化される側の抵抗だ。

例えば、年金がベーシックインカムに置き換わると、年金に関連する役所や役所の外郭団体の人員は、大いに削減可能だ。しかし、そこで不要とされた人が、潔く引退して、ベーシックインカムをもらうことで満足する、というようなことは考えにくい。

権限やOBの就職先が減ることに対して、直接・間接両方の方法で陰に陽に抵抗するだろう。 

このときの抵抗する側の真剣さと、そもそも日本の社会システムの枢要な部分が政治家やビジネスマンによってではなく、官僚によって動かされていることを思うと、ベーシックインカムが短期間で実現に向けて動き出すとは想像しにくい。【2016年6月8日 山崎 元氏】
*******************

そこで、山崎氏は、どんなに短くても10年、現実的には20年くらい、移行プロセスに時間をかける形を提唱しています。

政治家・官僚だけでなく、金額的に低い水準だと、野党・労働組合も反対するでしょう。
金額を上げると、今度は財政的に・・・。
低すぎて「使い物にならない手当」と、高すぎて「採用するには費用が高すぎる手当」の中間に、うまい方策があるのか?

一定額を支給するけど、どう使うかは自分で決めて。その結果どうなっても自己責任で・・・と、ある意味、突き放したような制度にもなりえます。社会主義・共産主義ではなく、新自由主義の発想でしょう。

フィンランドでは、このプログラムがうまく行けば、フィンランド人の成人全員に対象が拡大される可能性もあるとのことです。
一律現金支給が失業者の就業行動にどのように影響するのか?先ずは、フィンランドの「実験」に注目です。
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ミャンマー  結果を出せないスー・チー政権 言論の自由にも影 “笑顔が消えた”スー・チー氏

2017-01-16 21:25:56 | ミャンマー

(ミャンマーの村で展開された警察による掃討作戦で、地面に座らされたロヒンギャ人の村人を蹴る警官(写真後方左)。写真左に写った警察官のゾー・ミョー・タイ氏が撮影し、ユーチューブに投稿された映像の一場面から(2016年11月5日撮影)【1月4日 AFP】 それでも、政府の調査委員会は「虐殺や迫害はなかった」との中間報告)

政府の調査委員会「(ロヒンギャ)虐殺や迫害はなかった」】
民主化が期待されているミャンマーのスー・チー政権ですが、昨年末12月31日ブログ「ミャンマー・ロヒンギャ問題 “ノーベル平和賞受賞者”スー・チー氏へ強まる批判・圧力」でも取り上げたように、“民族浄化”の批判も国連等から出ているロヒンギャ問題に関し、有効な打開策を打ち出せずにいます。

****ロヒンギャへ「迫害ない」 ミャンマー政府調査、批判も****
仏教徒が大半のミャンマーでイスラム教徒ロヒンギャへの人権侵害が報告されている問題で、政府の調査委員会が「虐殺や迫害はなかった」とする中間報告書を出し、人権団体から批判が出ている。ロヒンギャへの暴行容疑で警官が拘束されたばかりで、委員会の中立性に疑問の声も上がる。
 
同国西部ラカイン州では昨年10月に武装集団が警察を襲撃。治安部隊が掃討作戦を進める中で州北部に数多く暮らすロヒンギャ住民に対し性的暴行や殺人、住居への放火などを行ったとの証言が報じられている。
 
政府はこうした疑惑を否定してきたが、3日付で公表された調査委の中間報告書は、ロヒンギャの人口やモスク(イスラム礼拝所)の増加が「虐殺や宗教的迫害がない証拠」と言及。性的暴行については「十分な証拠がない」とし、放火や不当逮捕、拷問については「調査を続ける」とした。

昨年末に武装警官がロヒンギャ住民を暴行する様子を写した動画がネットに流出。当局は2日に警官4人を拘束したが、報告書はこれには触れなかった。
 
中間報告書について、人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理フィル・ロバートソン氏は「モスクがあるから宗教的迫害がないという驚くべき結論は、方法論的に不備がある」と指摘。「性的暴行以外の人権侵害は調査中としており、何も明らかにしていない」と批判する。
 
昨年12月にティンチョー大統領によって設置された調査委のトップが、元軍幹部のミンスエ副大統領であることを問題視する声もある。調査委は1月末までに最終報告書をまとめる。
 
一方、国連は6日、ミャンマーの人権状況に関する国連特別報告者の李亮喜(イヤンヒ)氏が今月中旬に同国を訪れ、ロヒンギャ問題についても調査すると発表した。【1月7日 朝日】
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国軍の強硬措置を支持する仏教徒・国民世論の圧倒的なロヒンギャ嫌悪、元軍幹部のミンスエ副大統領をトップに据えた政府の調査委員会ということで、国軍の意向に対しスー・チー国家顧問も異を唱えることができないのか、それとも、スー・チー氏自身に問題意識がないのか(そういう訳ではないでしょうが・・・)。

12月19日のASEAN非公式外相会議で、スー・チー氏は問題解決に向けて「時間と裁量の余地」を与えてほしいと各国外相に訴えていますが・・・。

悪化する少数民族との衝突 「政権は軍の攻撃を端で見ているだけ。軍への影響力もほとんどない」】
ミャンマー北部の少数民族問題も悪化しています。

****ミャンマー北部、軍と武装勢力の戦闘で数千人が避****
軍と少数民族の武装勢力による衝突が激しさを増すミャンマー北部で、戦闘から逃れるために数千人が避難した。現地の活動家らが11日、明らかにした。
 
ミャンマー北部ではここ数か月で軍と少数民族の武装勢力「カチン独立軍(KIA)」などの間の衝突が激しさを増し、昨年3月から同国の政権を率いる国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー氏が主張する和平実現への道筋に打撃を与えている。昨年11月に新たな戦闘が発生して以降、すでに数十人が死亡、数千人が避難を余儀なくされたという。

カチンネットワーク開発基金の関係者によると、国境近くの町ライザ(Laiza)で10日、ミャンマー軍は空爆を行い、戦闘は悪化していく一方だという
 
また地元の活動家によると、およそ3600人が戦闘から逃れるために2か所の国内避難民キャンプを脱出したという。【1月11日 AFP】
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衝突が起きているのは中国との国境も近いエリアですが、中国に向かった避難民が中国から追い返されるという事態にも。

****ミャンマー北部で戦闘激化、避難民4千人行き場失う****
ミャンマー北部カチン州で、政府軍が少数民族武装組織のカチン独立機構(KIO)への攻勢を強め、約4千人の避難民が行き場を失っている。国境の川を越えて中国側に逃れようとしたところ、中国当局に押し返されたといい、国境近くの道端などにとどまらざるを得ない状況だ。
 
避難民を支援する地元NGOのグループが13日にヤンゴンで各国外交団に説明したところでは、政府軍が戦闘機による爆撃も加えて国境地帯のKIO軍事拠点を10日に制圧すると、付近の避難民キャンプに暮らす約4千人が11日未明、中国側に逃れ始めた。だが、中国当局は同日中にミャンマー側に追い返した。
 
13日朝には、政府軍が放ったとみられる砲弾5発が近くの中国側に落ちた。現場の気温は5度程度まで下がり、身の安全に加えて健康状態も懸念される状況だという。
 
事実上の政権トップであるアウンサンスーチー国家顧問は国内和平を掲げているが、停戦に応じていないKIOなどへの政府軍の攻撃は昨年以降、むしろ激化している。

NGOグループのグンシャアウン氏は「政権は軍の攻撃を端で見ているだけ。軍への影響力もほとんどない」と批判した。【1月13日朝日】
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「政権は軍の攻撃を端で見ているだけ。軍への影響力もほとんどない」・・・厳しい評価ですが、結果を出せていませんので、批判もやむを得ないところです。

スー・チー氏としては、父アウンサン将軍の遺志を継ぐ形で少数民族との国民和解を実現し、政権の成果としたいところですが、事態は逆行しているようにも。

脅かされる言論の自由 鈍い政権側対応
上記のようなロヒンギャ問題や少数民族問題に関しては、スー・チー国家顧問としても国軍との関係で、現実問題としては手が出せないというところもありますので、斟酌すべき余地はあるかも(現実政治家としては、結果で評価せざるを得ませんが)。

ただ、少なくとも「スー・チー政権に代って、自由にものが言えるようになった」という変化は実現してほしいのですが、そこも怪しいようです。

****ミャンマー、言論の自由に影 スーチー氏与党批判で逮捕****
民主化勢力が政権を握ったミャンマーで、言論の自由が脅かされる懸念が出ている。アウンサンスーチー国家顧問率いる与党の政治家や軍首脳をネットで批判しただけで、逮捕されるケースが相次ぐ。国内外から出ている批判に対して、政権側の動きは鈍い。
 
ヤンゴン郊外のタクシー運転手の男性(37)が昨年11月、電気通信法違反(名誉毀損(きそん))の疑いで逮捕された。フェイスブックの投稿が、与党・国民民主連盟(NLD)の地元下院議員らの名誉を傷つけたとの容疑だった。
 
警察に告発したのは、NLD地区組織幹部のチョーミョースエ氏(44)。男性の「私たちの議員は能力がなく、誠実さにも欠ける」との投稿が名誉毀損だとする。議員らに告げず、自分の判断で告発したという。
 
男性の妻(29)によると、男性はフェイスブックに政治や社会問題に関する批判をよく書き込んでいた。「民主化したので何を書いても大丈夫」と話していた。男性は保釈が認められず、勾留されたままだ。
 
告発には、NLD内部からも「投稿は単なる批判。司法手続きは中止されるべきだ」(別の地区組織幹部のアウンミン氏)との声が上がる。だが、チョーミョースエ氏は「目上の人に敬意を払わず、根拠もなく自由に批判できるのはおかしい」と訴える。
 
適用された電気通信法は、旧軍政の流れをくんだテインセイン前政権下で2013年に制定された。ネットを使った恐喝や名誉毀損、脅迫などは懲役3年以下に処するとの条項がある。
 
この条項は言論弾圧の道具と批判されてきた。名誉毀損の定義が曖昧(あいまい)で被害者以外が告発でき、保釈が認められにくい点が問題とされる。刑法にも名誉毀損罪があるが、量刑は禁錮2年で、保釈も可能だ。
 
電気通信法改正を訴える組織を立ち上げた詩人でNLD党員のサウンカさん(23)によると、NLDが政権交代を決めた15年の総選挙の運動期間中に前大統領や国軍最高司令官を揶揄(やゆ)した活動家らが、この条項で逮捕された。サウンカさんも逮捕された一人で、懲役6カ月の判決を受けた。
 
逮捕は昨年3月末に発足したNLD政権下でも続き、前政権下の2倍超となる少なくとも16人。最高司令官を「恥知らず」と書いたNLD党員のほか、スーチー氏を「侮辱」したものも4件あるが、訴えたのは「被害者」の本人以外。サウンカさんは「スーチー氏や議員を告発で守り、英雄になろうとの風潮がある」と話す。

■民主化前の法、改正後回し
同法を使った告発は市民同士のネットでの言い争いにまで広がり、事件数は捜査中も含め40件を数える。国際人権団体や国内からの批判を受け、条文改正への動きも出始めた。関係者によると、国会有識者らによる諮問委員会で先月、改正が議論された。

だが、政権側の優先順位は低い。NLD幹部のニャンウィン氏は「改正すべきだと思うが、国内和平といった、より重要な問題も山積みだ」と話す。スーチー氏も昨年11月の来日時の会見で「自由には責任が伴わねばならない。ソーシャルメディアは必ずしも責任が明確でない」と述べた。
 
政権側が後ろ向きともとれる事件も起きている。NLD幹部でヤンゴン管区首席大臣のピョーミンテイン氏が昨年11月、自身を批判した地元紙大手の「イレブン・メディア」の社長と編集長を、この条項を使って管区政府として告訴。2人は逮捕され、1月6日まで約2カ月間勾留された。
 
社長はピョーミンテイン氏が高級腕時計を賄賂としてもらったと推察できる論説を執筆し、ネットに載った。ピョーミンテイン氏は記者会見を開いて事実を否定し、法的手段に訴えた。
 
同法に詳しい弁護士のロバート・サンアウン氏は保釈も容易な刑法の名誉毀損罪でなく、量刑がより重い電気通信法を使ったことを批判。「この件でNLDも法改正がしばらく難しくなるだろう」と心配する。【1月16日 朝日】
********************

政権・議員批判が保釈が認められにくい電気通信法違反で拘束されるというのでは、軍事政権時代と大差ありません。

ロヒンギャ問題で周辺国から向けられる批判、激化する少数民族との衝突・・・といった事態で、国内の言論問題どころではないということかも知れませんが、スー・チー氏が指導力を発揮できる分野だけに残念な現状です。

https://www.youtube.com/watch?v=EJ_PZ62XAHQのYou Tube動画で佐藤優氏が、スー・チー氏から笑顔が消えたということを話題にしています。

自宅軟禁状態にあったときも、支持者に笑顔を見せていたスー・チー氏ですが、今はもっと厳しい状況に置かれているということでしょうか。


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西アフリカ・ガンビア  奇行の独裁者ジャメ大統領、選挙敗北を認めず居座り 軍事介入の動きも

2017-01-15 21:32:29 | アフリカ

(2013年6月、第5回アフリカ開発会議(TICAD V)に出席のため訪日したガンビア・ジャメ大統領と握手する安倍首相【首相官邸サイト】 “奇行の独裁者”も、中国とのアフリカ支援競争にあっては貴重な1票・・・でしょうか)

【「憲法クーデター」が相次ぐアフリカ
“アフリカ諸国では近年、民主化の進展がみられる半面、一部の指導者が任期制限を撤廃して続投を図る「憲法クーデター」(国際人権団体)が相次ぐ。”【下記 毎日】というなかで、“資源大国”コンゴのカビラ大統領が任期を過ぎてなお選挙を行わず、大統領職へ居座っています。

****<コンゴ民主共和国>居座る大統領、混乱招く****
アフリカ中部の資源大国コンゴ民主共和国で、カビラ大統領(45)が任期切れ後もその地位に居座っている。今年末までに大統領選を実施することで与野党間の合意が成立したが、カビラ氏が実際に退陣するかは依然として不透明だ。混乱は今後も続く可能性があり、武装勢力が入り乱れるコンゴ東部の治安悪化も懸念される。
 
カビラ氏は、父親の前大統領が01年に暗殺された後、大統領に就任、06年と11年の選挙で勝利した。今回は「有権者登録が間に合わない」などとして18年まで大統領選を実施できないと主張し、昨年12月下旬で2期目の任期が切れた後も退陣していない。
 
主要野党は憲法で3選出馬を禁じられているカビラ氏の延命策と批判。退陣を求める抗議デモが各地で起き、国連によると、治安部隊による鎮圧で少なくとも40人が死亡し、460人が拘束された。
 
政情不安が高まる中、カトリック教会が与野党間の協議を仲介。昨年12月31日、17年内の大統領選実施までカビラ氏の続投を容認する一方、移行期間を担う暫定政府の首相職を野党から指名することで合意した。カビラ氏の3選出馬は認めないという。ただ、カビラ氏は署名しておらず、合意が守られるか疑問視する声がある。
 
日本の約6倍の国土を持つコンゴは、コバルトやダイヤモンドなど豊かな天然資源の獲得を巡って紛争が絶えない。1998年に東部を中心に起きた大規模な内戦は、周辺国を巻き込んで「アフリカ大戦」と呼ばれる国際紛争に発展。03年に終結したが、紛争関連の死者は約540万人に上る。
 
東部では政府の支配が十分に及ばず武装勢力が乱立しているが、大統領選を巡る混乱に乗じて武装集団の活動が活発化しているとも伝えられる。ロイター通信によると、昨年12月24〜25日に東部北キブ州の町ベニ近郊などで武装集団が住民を襲い、34人が死亡した。
 
アフリカ諸国では近年、民主化の進展がみられる半面、一部の指導者が任期制限を撤廃して続投を図る「憲法クーデター」(国際人権団体)が相次ぐ。
 
15年には近隣のコンゴ共和国やルワンダで現職の任期延長を認める憲法改正が承認された。ブルンジでは、ヌクルンジザ大統領の3期目続投に対する抗議デモが激化。治安当局による弾圧で数百人が死亡し、30万人以上が周辺国へ避難した。
 
人権団体などから野党弾圧や強権的な姿勢を批判されてきたカビラ氏やその周辺は、実権を手放した後に訴追されることを懸念しているとも指摘される。
 
現地からの報道によると、カビラ氏が譲歩の姿勢を見せたことで政権交代への期待が高まっているが、交渉を仲介した教会関係者は「合意の履行には困難が伴う」と慎重な姿勢を崩していない。【1月11日 毎日】
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遠い“暗黒大陸”アフリカでの出来事ということで、メディア的には殆ど関心が示されませんが、コンゴを舞台に周辺国入り乱れての「アフリカ大戦」で約540万人に上るという途方もない犠牲者を出したのは、つい十数年前の話です。

関心を示さないメディア・欧米社会の一方で、コンゴの豊富な地下資源に周辺国が多大な関心を示した結果が先の「アフリカ大戦」ですが、現在も資源利権をめぐる武装勢力の争いが絶えず、まさに「資源の呪い」に取りつかれているコンゴです。

そうした状況を脱却するための第1歩が、中央政府における民主的ルールの確立にあると言えますが、退任後の訴追を警戒しているのか、カビラ大統領の居座りが続いています。

なお、記事にある年末合意に関しては、その後の情報は得ていません。

アフリカの国々がすべて、こうした混乱にある訳ではありません。
西アフリカ・ガーナでは、昨年末に選挙による政権交代が実現しています。

****野党アクフォアド氏勝利=現職マハマ氏破る―ガーナ大統領選****
7日投票のガーナ大統領選で、選管当局は9日、野党・新愛国党のアクフォアド元外相(72)が、与党・国民民主会議から再選を目指したマハマ大統領(58)を破って勝利したと発表した。
 
1992年にガーナで複数政党制が認められて以降、現職大統領が負けるのは初めて。3度目の大統領選出馬で勝利したアクフォアド氏はツイッターで、マハマ氏から祝福の電話を受けたことを明らかにした。【2016年12月10日 時事】 
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ジャメ大統領 敗北を認めた後、一転、再選挙を求める
しかし、残念ながら、“ルール無視”の政権居座りはコンゴだけではありません。

ガーナと同じ西アフリカにあって、セネガル中央部に深く串刺しするような細長い形状の国、ガンビアでもジャメ大統領が選挙敗北を認めず、居座りを決めこむ様相で、周辺国による軍事介入の可能性も浮上しています。

****ガンビア危機、現大統領への退任圧力強まる 軍事介入観測も浮上****
アフリカ西部ガンビアのヤヤ・ジャメ大統領が、一度は敗北を認めた昨年12月1日投票の大統領選の結果に異議を唱えて大統領職にとどまる姿勢を示している問題で、アフリカ西部マリのイブラヒム・ブバカル・ケイタ大統領は14日、ジャメ氏に退陣するよう呼び掛けた。

ケイタ大統領は、ジャメ氏の権力への執着がガンビアへの軍事介入が必要になる事態を招きかねないとして、無用な「流血の事態」を回避するよう促した。
 
ガンビア大統領選は野党連合候補のアダマ・バロウ氏が勝利した。バロウ氏はジャメ氏の任期が終わる今月19日に就任する予定だがジャメ氏は権力移譲を拒んでいる。
 
バロウ氏はマリの首都バマコで開かれた「仏・アフリカ・サミット」に突然姿を見せ、ガンビアの政治危機打開策を話し合っていた西アフリカ各国の指導者と対面した。

同氏は13日にガンビアの首都バンジュールで、ナイジェリアのムハマドゥ・ブハリ大統領、リベリアのエレン・サーリーフ大統領、ガーナのジョン・ドラマニ・マハマ大統領と協議し、その後予告なしにバマコを訪れた。
 
サミットには少なくとも30か国の指導者が出席。当初はアフリカ大陸におけるイスラム過激派の活動や、欧州の移民危機にアフリカが与えている影響について意見を交換する予定だったものの、ガンビア情勢が最大の焦点になった。
 
西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の15か国はジャメ氏に対して、大統領選の結果を尊重し22年維持した政権の座を去るよう再三促している。

国連(UN)とアフリカ連合(AU)はここ数日、速やかに危機を打開できない場合は地上軍派遣を承認する可能性を示唆しており、軍事介入の観測も浮上している。【1月15日 AFP】
****************

そもそも、ジャメ大統領が、選挙前に「全ての有権者は、それぞれの支持者に投票する権利がある。私に投票しなければならないという義務は一切ないのだ。」と「自由でオープン」な選挙を呼びかけたことも、昨年12月1日の投票直後にいったんは敗北を認めたことも、これまでのジャメ大統領の“エキセントリック”な言動からすれば大変な“サプライズ”でした。【ンボテ★飯村氏ブログ「ガンビアという国(9)」http://blog.goo.ne.jp/nbote/e/93adf03134b10194a0b32707dccb7ac5より】

****ガンビア大統領選、野党連合候補勝利 22年間のジャメ体制に終止符****
アフリカ西部ガンビアで1日に行われた大統領選で、野党連合候補のアダマ・バロウ氏が番狂わせの勝利を収め、22年にわたった現職ヤヤ・ジャメ大統領による体制についに終止符が打たれた。

バロウ氏は2日、「新たなガンビア」を祝った。ガンビアの人々は街頭に繰り出し、1994年のクーデターでジャメ氏が権力を掌握して以来最大の番狂わせを祝った。
 
大統領選の公式結果によると、バロウ氏は得票率45.54%で快勝。バロウ氏は実業家で半年前まで政治的には無名だったが、野党が連合して選出した初めての大統領候補で、かつてない民衆の支持を受けて当選した。
 
ガンビアの独立選挙管理委員会(IEC)によると、現職ジャメ氏の得票率は36.66%、第3党候補のママ・カンデ氏は17.80%だった。投票率は約65%。
 
ここ数年間、野党や批判勢力に対する弾圧でしばしば非難されてきたジャメ氏は、テレビ演説で敗北を認め「(ガンビア国民は)私が席を譲るべきだと判断した」と述べた。

5期目を目指していたジャメ氏はかつて、神が望むなら10億年間君臨し続けると述べたこともある。しかし、今回の選挙結果は神の意志で、尊重するつもりだと述べた。【2016年12月3日 AFP】
******************

普段のジャメ大統領からは考えられない“良識”です。

従って、その後「重大で受け入れ難い不正があった」として態度を一転、選挙のやり直しを求めている・・・というのは、「やっぱりね・・・・」といったところです。
(権力周辺に群がり甘い汁を吸ってきた既得権益層の突き上げがあったのでしょうか)

なお、ガンビアの選挙は、政党別に色分けされた樽にビー玉を入れる方式とか。

エイズ治療薬に魔女狩り “奇行の独裁者”】
普段のジャメ大統領の“エキセントリック”な言動がどんなものか・・・いくつか過去の記事を。

****ガンビアで大々的な「魔女狩り」、政府が支援か****
西アフリカのガンビアでは、政府が支援していると見られる「魔女狩り」が今年の初めから数か月間続き、全土を震え上がらせた。魔女狩りが終わって7か月が経過するが、深刻な健康被害に苦しんでいる人がいまだに大勢いると、病院関係者が13日語った。

魔女狩りが明るみになったのは、今年5月。ガンビアで自称「呪術師」らが1000人以上の村人たちを誘拐・拘束した事実が明らかになった。これら「呪術師」らには、政府の命令により、武装した男たちが護衛についていたという。

誘拐された村人たちは、幻覚剤のようなものを飲まされたという。そうした薬を飲まされて意識がもうろうとなったところを「呪術師」にレイプされたとする報告もいくつか寄せられている。幻覚剤の影響で腎臓や胃に障害が起きた被害者も多い。

こうした「魔女狩りキャンペーン」は既に終わっているが、今も精神的・肉体的な後遺症に苦しんでいる人は多い。これまでに幻覚剤による腎臓障害で死亡した人は、少なくとも8人にのぼっているという。

ガンビアのメディアは、魔女狩りを行っているのはギニア人たちで、今年始めにヤヤ・ジャメ大統領のおばが死亡した直後に呼び寄せられたと報じている。ジャメ大統領は、おばの死を魔女のしわざだと話していたという。

アフリカ大陸で最も面積が小さいガンビアは、1994年の無血クーデターで政権をとったジャメ大統領が、現在も政権の座にある。

ジャメ政権は近年、政敵や自身に批判的な人物への拷問や違法逮捕といった人権侵害を日常的に行っているとして、人権団体などから激しい槍玉に上がっている。【2009年11月17日 AFP】

「魔女狩り」については、以下のようにも。

********************
・・・・昨年、ジャメが奇妙な「魔女狩り」に傾倒しているとして欧米メディアで騒がれた。

目撃者などの証言によれば、ある日、村に銃を携えた「グリーンボーイズ」と呼ばれる大統領の民兵が現れる。「グリーンボーイズ」と呼ばれる理由は、彼らが緑の服を着用し、時に顔を緑にペイントしているからだ(緑は大統領の政党「再指針と構築フための愛国同盟」のカラー)。

そして何百という村民がバスに詰め込まれ、連行される。人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルによれば、魔女の疑いをかけられ連れ去られた人々は当時1000人に上った。
 
さらにおぞましいのは、拘束された村人たちは「秘密」の強制収容所で、悪臭を放つ秘薬を飲まされること。魔女や悪魔の妖術師が国家に害を与えていると説明を受け、体を清めるために飲むことを強要されるのだ。

それを飲んだ者は、幻覚を起こし、床に穴を掘ろうとする者や、壁をよじ登ろうとする者、そのまま死亡する者までもいるという。謎の飲み物の中身は不明だが、アムネスティによれば、少なくとも6人がそれを飲んで死亡した。
 
ある村では住民が捕まらないようにパニックになって逃げまどい、隣国セネガルに逃げ込んだり、村人全員が逃げて村がゴーストタウンになったというケースも報告された。さらに赤い服を着た工作員まで現れ、「国内に魔女がいて、大統領命で国民を捕まえて殺している」と平然と説明したという。
 
魔女狩りを批判した野党の党首は投獄され、国民も魔女狩りについて話せば拘束されるなどの仕打ちがあるから、みな黙って逃げるしかなかった。【2010年6月24日 Newsweek】
********************

****魔女狩りの国でクーデター計画****
アフリカ大陸の西部に位置するガンビアで、数年前にクーデターを企てたとして6月18日までに元軍人2人が起訴された。
 
ほとんどニュースにもなることのないガンビアだが、かなり異質な国だ。
 
人口180万人ほどで、国民の平均寿命は54歳。主要産業はピーナッツ栽培だ。
 
ガンビアを統治するのはヤヤ・ジャメ大統領。94年に無血クーデターで大統領の座についてから15年近く独裁者として君臨している。

ジャメは国民に自分のことを「将軍様」ならぬ、「偉大なる博士アルハジ・ヤヤ・ジャメ大統領」と呼ばせ、国内でやりたい放題だ。

たとえば、ジャメはエイズを数日間で治すことができると公言し、エイズ患者にはハーブとバナナを混ぜて飲ませる治療を施す。

同性愛者は打ち首にすると宣言し、クーデターの記念碑であるアーチが掲げられた道路は大統領以外、通行することが許されない。
 
言論統制にも抜かりがない。行方不明になるジャーナリストや反体制派には数知れず。投獄されると、ナイフで斬りつけられたり、タバコを押し付けられたり、電気ショックを与えられるなど、拷問も普通に行われるという。そんな状況だから、亡命するジャーナリストが後を絶たない。
 
悲惨なのは残された国民だ。(後略)【同上】
*********************

【“内政不干渉”のアフリカ諸国も許容の限界?】
こうしたジャメ大統領が自由でオープンな投票を呼びかけ、戦後に敗北を認めるというのは“何か(良識ある)魔が差した”としか思えません。

ガンビアというアフリカ最小の国は資源大国コンゴと違って、ピーナッツ以外に資源も何もない国です。
それゆえ、ジャメ大統領の奇行にもかかわらず、国際社会も特段の関心も示さずほったらかしにしてきたのでしょう。

しかし、選挙結果を認めず居座るという事態に、普段は他国の強権支配などにも“内政不干渉”というか、関心を示さないアフリカ諸国・AUも、さすがに「いいかげんにしろよ!」といったところのようです。(と言うか、これからのアフリカのためには、こういう「古いアフリカ」は邪魔になってきたということでしょうか)

国の中央部を奥深くえぐられているセネガルも「やっと厄介者がいなくなる」と思っただけに面白くないでしょうし、西アフリカの地域大国ナイジェリアも“万が一の介入に備え、800名の軍がスタンバイしているという。またナイジェリアではジャメ氏の保護、つまり「亡命受け入れ」の用意があるとしている。”【ンボテ★飯村氏ブログ「ガンビアという国(13)」http://blog.goo.ne.jp/nbote/e/bff33e6ce254bdb57e5537edb49a5093】とのことです。
(ナイジェリアも国内のボコ・ハラムで手いっぱいでしょうに・・・“地域大国”としての責任感あるいは面子でしょうか)

なお、ンボテ★飯村氏ブログによれば、選挙後に軍や治安組織は新大統領への忠誠を宣言したそうですが、ジャメ大統領の居座り宣言で、どう動くのかは不透明です。

また、選挙に勝利したバロー氏は退任後のジャメ氏を追求したり、旧体制の「魔女狩り」を行うようなことはしない、と述べていました。【ンボテ★飯村氏ブログ「ガンビアという国(11)」より】

ガンビアに関心がある方(そんな人はあまりいないでしょうが、アフリカの現状に関心のある方)は、上記「ンボテ★飯村氏ブログ」をご覧ください。
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タイ  新国王、憲法草案の修正を要請 民政復帰も延期 政治バランスに変化も

2017-01-14 21:01:55 | 東南アジア

(タイ軍事政権のプラユット首相(中央左)や、プレム・ティンスーラーノン枢密院議長(ピンク色のベルト)らの即位要請を受諾したチャクリ王朝第10代国王、ラマ10世(右)。テレビ・プールが放映した映像から(2016年12月1日撮影)。【2016年12月2日 AFP】 国王の影響力の大きさがうかがい知れる写真です。)

国民人気が影響する国王・君主と国民の関係
君主・国王の立場は、その国々で様々ではあり、即位に関してはそれぞれルールが定められていますが、国民の権利・意思が重視されるという現在の一般通念によって、過去の絶対王政などとは異なり、国民との関係、もっと平たく言えば“人気”“好感度”を無視できません。

****英女王の体調不良で「次は誰?」のざわめき****
<年末年始の恒例行事の欠席でエリザベス女王には死亡説も。後継者問題が俄然、現実味を帯びてきた>

エリザベス英女王が体調不良でクリスマス礼拝に加えて新年の礼拝まで欠席――そんなニュースが伝えられると、イギリス中を臆測が駆け巡った。世界最長の在位期間を誇る女王が王位を退いたら、いったい誰が跡を継ぐことになるのか?

90歳の今もなお精力的に公務をこなしてきた女王の急な病に、ネット上では女王が亡くなったとの偽情報まで出回った。そして何より話題になったのが、王位継承の問題だ。もしも女王が退位するか亡くなるかした場合、長男で王位継承順位第1位のチャールズ皇太子が跡を継ぐことになる。

68歳のチャールズは、母エリザベスが王位に就いた1952年2月から継承順位第1位にあり、プリンス・オブ・ウェールズ、コーンウォール公爵、ロスシー公爵の称号も持つ。チャールズが王位を継げば、英王室史上最高齢での戴冠になる。

ただし、「コーンウォール公爵夫人」である妻カミラは王妃にはなれないだろう。故ダイアナ妃を苦しめたチャールズの不倫相手だったとして、今も国民の反感がくすぶっている。

チャールズに次ぐ継承順位第2位が、チャールズとダイアナの長男であるウィリアム王子。その長男ジョージ王子は第3位で、第2子で長女のシャーロット王女は第4位になる。チャールズの次男であるヘンリー王子は第5位だ。

英王室では歴史的に、国王の長男が王位を継いできた。継承順位は男子が優先されるが、エリザベスは兄弟がいなかったため、父ジョージ6世の死去に伴い女王になった。

だが男子優先の王位継承法はジョージ王子が生まれる前の2011年10月に改正が合意された。今では男女にかかわらず国王の長子が優先的に王位を継承することになっている。

法に従った継承順位では何の問題もないチャールズだが、むしろウィリアム王子が王位を継ぐべきではないかという議論も高まっている。高齢ながら献身的に務めを果たすエリザベス女王の人気がここ20年で最高レベルに高まる一方で、チャールズはイギリス国民にイマイチ受けが悪い。

「女王の人気は絶大だ。約20年前、特にダイアナ妃の事故死後の対応に批判が集まった頃は、英王室への評価は非常に厳しいものがあった」と、ロンドン大学キングズ・カレッジのロジャー・モーティマー教授は本誌に語った。

そんな状況を地道に立て直してきた女王に比べ、チャールズの評価は一向に上がらない。環境や社会問題などでずけずけと個人的見解を口にしては物議を醸してきたこともマイナスだと、ジャーナリストのジョン・ロイドは指摘する。

好感度の高さから、チャールズを飛び越えて王位継承がささやかれるウィリアム。だがチャールズが息子に王位を譲るという思いも寄らない展開が実現したとしても、ウィリアムが苦労するのは間違いない。【1月12日 Newsweek】
*****************

タイでは、絶大な人気を有していたプミポン国王が死去し、国民人気という点では“相当に問題もあるとされる”長男のワチラロンコン皇太子が昨年12月1日、新国王に即位しました。

****眉をひそめる噂****
そして国民が知る新国王に関するいくつかの情報は、眉をひそめるようなものだ。

「率直に言って、私の息子の皇太子は、ちょっと『ドン・ファン(プレイボーイの放蕩息子)』のようなところがある」――1982年の米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューに対して、前国王妃シリキットはそう語っている。(王室の否定的な記載があるこのインタビューはタイ国内では掲載不可)

もちろんあの、「空軍大将フーフー」のエピソードも忘れることはできない。皇太子時代の3番目の妃スリラスミのペットの白いプードルは、タイ空軍の最高位の称号を与えられていた。昨年フーフーが死亡した際には、仏式にのっとり4日間の葬儀の後に火葬された。【2016年12月1日 Newsweek】
*********************

もちろん、こういう話を表立ってすることはタイでは不敬罪で厳しく取り締まられてはいますが・・・・。

タイ新国王と軍部の間の緊張関係
また、タイにおいて権力を握る軍部との関係も、これまで良好とは言い難いものがありました。
タクシン派の復権を徹底して排除しようという軍事政権ですが、新国王はかつてはタクシン氏と緊密な関係があったとも言われています。

そうした事情もあって、プミポン国王死去から新国王即位までに、かなりの空白期間があり、即位時期が明確にされないという状況で、新国王と軍部との緊張関係もとかく“噂”されました。

******************
・・・・プミポン前国王の側近を長年務め、死去後は暫定摂政についたプレム前枢密院議長(96)は、素行などを問題視して後継に難色を示したとされる。国民の人気が高い前国王の次女シリントン王女(61)を推す声もあり、円滑な王位継承が危ぶまれたほどだ。【2016年12月2日 産経ニュース】
*******************

あるいは、皇太子側が軍部に対し、権限保障の注文をつけているとか、世界の王室のなかでも最大資産(約3兆6000億円とも)をめぐる相続問題があるとか・・・いろいろ話はありましたが、真相は知りません。

少なくとも、皇太子と軍部の間が“阿吽の呼吸”で物事が進むような関係にはなかったのは間違いないでしょう。
軍事政権が予定している新憲法への署名、民政移管という今後の政治スケジュールを“人質”して、皇太子側からの要求があったのかも。

いずれにしても、新国王に即位した訳ではありますが、絶大な国民的人気があった前国王時代とは異なる展開が予想されます。

****タイ新国王、どう独自色 政治対立、複雑さ増す恐れも*****
・・・・反タクシン派指導者の一人は「立憲君主制下で国王は、憲法の規定以上の役割は持たない。英女王や日本の天皇と同じだ」と述べ、前国王のカリスマ性やタイ王制の特殊性を強調してきたこれまでの主張を微妙に変え始めている。
 
一方、クーデター前のタクシン派政権の与党、タイ貢献党の閣僚経験者は「権力構造に変化が生まれるかも知れないという意味で、新国王への期待感もある」と話す。(中略)

 ■国民との関係、変化?
同時に、国王と国民の関係も変化は避けられない、との見方が多い。
 
全国をくまなく訪問した前国王に比べ、新国王は人びとから遠い存在だ。3度の結婚、3度の離婚といった私生活も前国王時代の家族のイメージとは異なる。
 
タイでは、政治が混乱すると、軍が収拾を目的にクーデターで介入してきた。これが可能だったのは、信頼する国王が承認することで国民がクーデターを「秩序回復の一環」と受け入れたからだ。こうした政治文化も変わる可能性がある。(後略)【2016年12月2日 朝日】
**********************

“象徴”“神輿”的な存在として“おとなしくし担がれていて”ほしい軍部や反タクシン派に対し、軍部への一定の発言権・影響力を期待するタクシン派・・・というところですが、新国王が単なる“象徴”“神輿”ではなく、“独自色”を主張するようになると、実権を有する軍部との軋轢も懸念されます。

政治的な事案への介入に“やる気満々”の新国王? 新たな政治緊張も
そうした背景からして、新憲法署名をめぐるやりとりは興味深いものがあります。

****タイの新憲法、施行延期可に 新国王側の要望うけ****
タイの国会にあたる国民立法議会は13日、ワチラロンコン新国王側から要望があった新憲法案修正の前段階として、現在使われている暫定憲法を改定し、新憲法の施行期日を延期できるようにした。また、その間の摂政規定も改定した。
 
昨年8月の国民投票で承認された新憲法案は王宮に送られ、2月6日までに国王の署名を得て施行されるはずだったが、修正に対応するため暫定憲法に「国王が修正の必要に気づいた場合は首相は憲法案の送り返しを受ける」「30日以内に修正して国王に再提出し、承認されれば(憲法は)公布される」「国王が修正を承認しなかった場合は、憲法案は無効となる」などの条文を加えた。
 
摂政については、国王が国外にいる場合や王務を果たせない場合は摂政を任命する、としている現行規定を改め、国王の意思で摂政を任命しないこともできるようにした。【1月14日 朝日】
******************

詳しい事情は把握していませんが、“新憲法案修正の前段階として、現在使われている暫定憲法を改定し、新憲法の施行期日を延期できるようにした”ということは、新国王は新憲法修正に“やる気満々”のように見えます。

軍事政権側としては、署名スケジュールが押して新憲法が廃案になるようなことは困るので、新国王の要請に応じた・・・というところでしょうか。

現行の暫定憲法に関する「国王が修正を承認しなかった場合は、憲法案は無効となる」などの条文追加というのも、国王が署名しなければ発効しないという点でどれだけの実質的変更があるのかはわかりませんが、敢えて明文化するというところに新国王の権限主張が窺われます。

国民投票で国民が承認した憲法案を、国王が修正できるということが明文化されることにもなります。

ワチラロンコン新国王が新憲法に関してどういう修正を望んでいるか・・・については、具体的には明らかにされていません。

****タイ王室、国王の権限で憲法草案の修正を要請 政府も合意=首相****
タイ軍事政権のプラユット暫定首相は10日、新憲法の草案について、昨年12月に即位したワチラロンコン新国王の権限に関する条項を修正するよう王室から要請があり、政府はそれに合意したと明らかにした。

タイ軍が支持する同草案は、民政復帰に向けて総選挙を実施するという政府の計画の中心。昨年の国民投票で承認され、国王の承認を待っていた。タイは立憲君主制で、国王が公に政治的な事案に介入することは珍しい。

プラユット暫定首相は「国王の権限に関して3、4カ所の修正の求めがあった」とした上で、「この問題は、国民の権利や自由とは何ら関係がない」と記者団に述べた。具体的な修正内容については明らかにしなかった。

ロイターが入手した政府の文書によると、修正の要求には、国王が外遊中に摂政を任命する義務の除外などが含まれるとみられる。

プラユット暫定首相によると、草案修正の手続きは、政府が現在の暫定憲法を修正した後になるため最大で3カ月かかる見通し。今年の年末に予定されている総選挙の日程に変更はないという。【1月11日 ロイター】
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ただ、下記記事のような報道もあります。

****タイ、国王の意向で新憲法案修正=総選挙、来年に先送りへ****
タイ軍事政権のプラユット暫定首相は10日、記者団に対し、昨年8月の国民投票で承認された新憲法案について、国王に関する一部の条項を修正する方針を明らかにした。ワチラロンコン新国王が国王の諮問機関である枢密院を通じ、プラユット氏に修正を求める意向を伝えたという。
 
プラユット氏によると、新国王は国王の権限に関して「3、4点」の修正を求めた。プラユット氏は「憲法案を修正するためには現行の暫定憲法を改正する必要がある」と指摘。国民投票を実施しなくても新憲法案の修正を可能にするよう暫定憲法を改正した上で、新国王に改めて修正案の承認を求める考えを示した。
 
プラユット氏は具体的な修正内容を明かさなかったが、関係筋によると、ワチラロンコン新国王は新憲法案に不満を持ち、政治危機発生時に国王が問題解決に関与できるよう求めているほか、王位継承に関しても修正を望んでいるという。
 
新憲法案の修正作業には数カ月かかる見通しで、民政復帰に向けた総選挙は来年に先送りされることが濃厚となった。総選挙について軍政はこれまで年内に実施する方針を示していた。【1月10日 時事】
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“ワチラロンコン新国王は新憲法案に不満を持ち、政治危機発生時に国王が問題解決に関与できるよう求めているほか、王位継承に関しても修正を望んでいるという”・・・・本当にそういう話なら、「この問題は、国民の権利や自由とは何ら関係がない」(プラユット暫定首相)ということではありません。密接に“関係”します。

また、そういう形で新国王が現実政治に積極的に関与したいということになると、軍事政権との緊張が高まることも予想されます。
いよいよ緊張が高まると、「神輿が勝手に歩ける言うんなら歩いてみいや、おう」 【映画「仁義なき戦い」】といったことも・・・。

なお、プラユット暫定首相は「国王陛下が修正を政府に要請されたと報じられているが、そのような事実はない」と怒っているとか。

****首相、「新憲法草案修正」に関する報道を強く批判****
新憲法草案の一部条項を修正する準備が進められていることについて、プラユット首相は1月12日、「国王陛下が修正を政府に要請されたと報じられているが、そのような事実はない」と指摘。報道機関が誤った情報を流していると強く批判した。

これまでの報道では、陛下が国王の権限に関する条項の修正を要請され、政府が修正に向けた手続きを進めているとされている。

だが、首相は、「国王陛下が新憲法修正を政府に求められたというのは事実ではない。それなのにメディアは修正を要請されたと報じている。なぜそのような報道ができるのか」と強い不快感をあらわにした。

首相によれば、陛下はご意向を枢密院に伝えられたのであり、政府に直接伝えられたのではないという。首相自身も「陛下から政府にご要請があった」と発言したことはないとのことだ。【1月13日 バンコク週報】
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“政府への要請”と“ご意向を枢密院に伝えられた”と、どう違うのか?・・・よくわかりません。
新国王と政府の間に緊張関係は存在しない・・・ということでしょうか?

いずれにしても、ワチラロンコン新国王は単に担がれるだけの神輿におさまるつもりは毛頭ないようで、今後軍部・反タクシン派とタクシン派の対立が予想される民政移管に向けて、新国王の言動が注目されます。
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インド  高額紙幣無効化断行はキャッシュレス化・デジタル化を目指すモディ首相の”英断”か?

2017-01-13 21:57:39 | 南アジア(インド)

(母親が建設現場で働く間、40℃を超す暑さの中、9時間石につながれる幼児 インド西部グジャラート州最大都市アフマダーバード 【2016年12月26日 ロイター】)

【「貧困層への拷問だ」】
インド・モディ首相による高額紙幣無効化断行については、2016年11月18日ブログ“インド 行動力自慢のモディ首相による突然の高額紙幣使用停止 深刻な大気汚染と水質汚染”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161118で取り上げたところです。

“発表から4時間後に実施”という“不意打ち”、経済の多くが現金によって回っている実態、銀行での新紙幣への交換・引出しの厳しい上限、ATM対応の遅れ、そもそも新紙幣印刷が遅れていることなどで、大きな混乱を招いています。

****全国で抗議デモ、混乱拡大=突然の紙幣無効化―日本企業にも影響・インド****
インドのモディ政権が突然、高額紙幣を無効化したことを受け、野党は28日、全国規模の抗議デモを実施した。左派勢力の強い南部ケララ州では、ゼネストの呼び掛けで公共交通機関が停止。東部の主要都市コルカタでもデモが行われるなど混乱が広がっている。
 
混乱の発端は8日夜、モディ首相による緊急テレビ演説だった。
首相は約4時間後の9日午前0時から、最も高額な1000ルピー(約1630円)と500ルピー紙幣を無効化すると発表。旧紙幣は12月末までは銀行に預け入れることができるが、公共料金支払いなど一部のケースを除き、使用は禁止された。
 
「貧困層への拷問だ」。野党国民会議派は突然の紙幣無効化をこう批判した。国民会議派のシン前首相も「(銀行口座を持たず、現金収入に頼る)多くの農家や庶民を苦しめ、通貨政策に対する信頼を損ねた」と述べ、モディ政権を糾弾した。
 
地元メディアによれば、西部グジャラート州では農業従事者らが幹線道路で抗議の座り込みを実施。コルカタでバナジー・西ベンガル州首相が左派政党によるデモ行進を率い、町中を練り歩いた。
 
現金決済が主流のインドでは、政治家や資産家が課税逃れのために現金を不正にため込むケースが横行している。政権は、高額紙幣の無効化により国民総生産の最大3割に上るとされるこうした現金を半ば強制的に銀行に預金させ、闇資金の摘発や汚職・脱税の根絶につなげることが狙いだと説明した。
 
だが、もう一つの目的は、最大の人口を抱える北部ウッタルプラデシュ州で来年行われる州議会選挙をにらんだ動きだと指摘する声もある。インドでは票買収などの不正が横行しており、アルビンド・マヤラム元財務次官は「政権は『不意打ち』で高額紙幣を無効化し、野党がため込んでいた闇の選挙資金の一掃を図っている」と解説する。
 
無効化された両紙幣は流通している全紙幣の約85%(金額ベース)を占めており、経済への影響は甚大だ。新紙幣の発行が追い付かず消費は低迷している。銀行の前には連日、新紙幣を手に入れようとする人々が長蛇の列を作っている。
 
さらに、銀行の支店のない地方では、多くの農家が種や苗を買うことができず、作付けが停滞している。家電や自動二輪の販売も落ち込むなど、インドに進出する日系企業にも大きな影響が出ている。【2016年11月28日 時事】 
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当然予想された混乱で、モディ首相としては“多少の混乱”は覚悟のうえのでの断行でしょう。
“高まる不満にモディ氏は演説で「たとえ生きたまま焼かれようと、やめることはない」と強気の構えを見せている。”【2016年11月21日 産経】

モディ首相の狙いは、“現金を半ば強制的に銀行に預金させ、闇資金の摘発や汚職・脱税の根絶につなげること”にあると言われています。

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政府が取り組もうとしている身近な問題は、現金による課税逃れだ。不動産や宝飾品売買はとくに悪名高い。
ある自営業者は「大半を(所得として申告しなくてもばれにくい)現金でやりとりし、銀行送金額を減らして納税額を抑えるのが常識だ」と打ち明ける。小さな商取引でも、業者は税務当局に会計を知られにくい現金での取引を好む。
 
また、公共、民間を問わず、取引過程での中間搾取がはびこっており、こうした不正には現金が多用される。個人所得税の納税者は全国民の1%程度で、多くの富裕層や中間層が課税を逃れているのが実態だ。
 
不正な現金貯蓄はすでに金などに換えられているとして効果を疑問視する指摘があるほか、旧紙幣を安価で買い取り休眠口座に預金したり、人を雇って換金の列に並ばせたりして“資金洗浄”を図る悪質な手口も現れているものの、インド・ビジネス大学院のクリシュナムルシー・スブラマニアン准教授はタイムズ・オブ・インディア紙への寄稿で「今回の措置が、インド経済に良い結果を与える可能性がある」と評価した。【同上】
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首相は「高額紙幣廃止は目先の利益のために行ったことではなく、長期的な構造改革が狙い」と強調し、地下経済のマネーが表に出ることにより、実体経済は一段と活性化するとの見方を示しています。【2016年12月30日 ロイター】

首相の狙いはわかりますが、紙幣不足による市民生活の混乱ぶりも相当なもので、もっと穏健な手段はなかったのか?という疑問もあります。

【「現金依存経済」をデジタル経済、キャッシュレス経済へと一気に移行させる狙い
混乱は落ち着いてき始めているようですが、ここにきて明確になってきたのは、モディ首相の狙いは、単にブラックマネーの捕捉・締め出しや偽札対策といったものにとどまらず、“不透明かつ非効率で脱税や不正蓄財を生みやすいインドの「現金依存経済」をデジタル経済、キャッシュレス経済へと一気に移行させるという途方もない狙い”【1月13日 フォーサイト】があるとのことです。

そういう話であれば、政府にはもともと新紙幣はあまり供給する意思がなく、紙幣不足は意図的につくられた現象と言えます。

****混乱も想定内?インド「高額紙幣廃止」の遠大な狙い****
不透明な現金依存経済から「キャッシュレス経済」へ

インド・モディ政権による衝撃的な「高額紙幣廃止」措置から2カ月、商売や市民生活の混乱もようやく収束に向かい始めている。

しかし、市中の紙幣流通量の86%、20兆ルピー(約32兆円)ものキャッシュを無効化しただけに、現金取引の多い小売りや消費財関連産業、2輪車販売、そして農村部などでは一時的とはいえ大幅な需要減に見舞われている。

これだけのダメージを承知の上で実施した高額紙幣廃止の狙いは、名目GDPの25%を占めるとされるブラックマネーの捕捉・締め出しや偽札対策、と言われているが、その先には不透明かつ非効率で脱税や不正蓄財を生みやすいインドの「現金依存経済」をデジタル経済、キャッシュレス経済へと一気に移行させるという途方もない狙いが見えてきた。

「デジタル優遇」策を続々と実施
政府は昨年12月上旬、まず国営保険会社の保険料について、オンライン支払の場合8~10%割り引く措置を発表。同月下旬には一般企業の給与支払いのキャッシュレス化を閣議承認した。ニティン・ガドカリ道路交通相は地元経済紙に対し、「近く高速道路の料金徴収を100%電子化する」と表明した。

国営石油会社のガソリンスタンドでは12月中旬から、クレジットカードやデビットカードでの支払いに対してガソリンや軽油代の0.75%割引を開始、1月からは割引を家庭用LPGにも拡大した。

また、国鉄の乗車券でも同様に1月から1%の割引を適用した。2月上旬にも発表する2017年度(2018年3月期)予算案では、電子支払いによる所得税の割引措置が盛り込まれる見通し。
あの手この手で市民の支払いをデジタル・キャッシュレスに誘導している。

デリー市政府も、2017年1月から運転免許や自動車の車検証発行手数料などに電子決済の導入を決めるなど、こうしたデジタル支払い優遇の動きは各州政府にも広がっている。

国営テレビ『ドゥールダルジャン』は12月上旬、デジタル支払いに関する「啓蒙チャンネル」を創設。国を挙げてデジタル・キャッシュレス経済を後押ししている。

計画委員会を改組して創設したインド変革国家機関委員会(NITI アーヨグ)のCEOで、商工省次官などを歴任したキャリア官僚のアミターブ・カントは昨年末、「インドには10億人を超える携帯電話ユーザーがいて、10億枚を超えるアーダール・カード(いわゆるマイナンバー・カード)が発行済みだ」と指摘。

モディ首相肝いりの「ジャン・ダン・ヨジャナ(国民金銭計画)」でこれまでに農民や貧困層など2.6億人が新たに銀行口座を開設したことなどを挙げ、「今こそキャッシュレス経済に移行する時だ」と呼び掛けた。

「おサイフケータイ」爆発的普及の予感
実際、今回の騒動に懲りた人々は続々とクレジットカードなどキャッシュレス支払いにシフトしつつある。電子決済サービス大手の「ペイtm(Paytm)」のスポークスマンによると、高額紙幣廃止から1カ月で同社の利用者は2000万人も増加し、1.7億人に到達した。

また現地経済紙によるとこの間、e-ウォレット、つまりおサイフケータイの利用も1日当たり3.9億ルピー(約6.2億円)から23.6億ルピー(約37.8億円)に、POS端末利用の取引も同11.2億ルピー(約17.9億円)から175.1億ルピー(約280.2億円)へと、それぞれ急拡大した。

携帯電話サービス・プロバイダー最大手で2.5億件の加入者を抱える「バルティ・エアテル」やこれを追撃する「ボーダフォン」も、相次ぎe-ウォレットのサービスを拡充している。12月末に発表したインド商工会議所連合会(ASSOCHAM)などの調査は、2021年度までに電子決済におけるe-ウォレットのシェアが50%を超える、と予想している。

「インド版マイナンバーカード」の普及を推進するインド固有番号制度庁(UIDAI)の長官も務めた大手IT企業「インフォシス」の元CEO、ナンダン・ニレカニ氏は12月、ニュース専門局『NDTV』に対して、「(高額紙幣廃止措置で)デジタル経済への移行が進み、国内に約150万台あるPOS端末が半年以内で2~3倍に増加する」との見通しを示した。内外電子機器メーカーやIT企業にとってはかつてない「特需」となりそうだ。(中略)

インド経済は再び高成長軌道に?
このように高額紙幣廃止措置の狙いは、単にブラックマネーや脱税を摘発することだけではない。すべての国民に銀行口座を開設させ近代的金融サービスを普及させるジャン・ダン・ヨジャナや、行政事務の電子化を進める「デジタル・インディア」など、モディ政権が取り組む一連の政策と歩調を合わせ、商取引の透明化や税収増をもたらすことが第一義だと言えるだろう。

中・長期的には、GDPの減速や国民の不満などを補って余りあるプラス効果が期待できるのは間違いない。

しかし、「高額紙幣廃止」前の時点では、インドにおける年間約800兆ルピー(約1280兆円)に達する商取引のうち、銀行やノンバンクを経由するデジタル・キャッシュレス取引はわずか20%にとどまっていた。

ジャン・ダン・ヨジャナで開設した銀行口座も、約25%が残高ゼロという。農村世帯の約3割はいまだに電気のない生活で、銀行ATMやパソコンの利用すらできない状況だ。

クレジットカードも2000年代半ばに第1次のブームが到来したが、無計画な利用による焦げ付きやカード破産が相次ぎ、発行枚数はまだ約2300万枚足らずと伸び悩んでいる。

そしてキャッシュレス化・デジタル化の推進には、金融リテラシー教育も必要となってくる。モバイル詐欺やハッキングにも目を光らせねばならない。

今後、新紙幣が順調に出回って現金不足による需要減が解消されれば、インド経済は再び7%前後の高成長軌道に回復する――。多くのエコノミストは先行きに大きな不安はない、との見方で一致している。
しかし、政府が掲げるデジタル経済・キャッシュレス経済への本格的移行には、まだ相応の時間がかかりそうだ。【同上】
******************

【「非公式部門は経済の進歩の結果として解消されるもので、人々を脅してなくせるものではない」】
確かにモディ首相は昨年11月段階から、「デジタルの世界に入るチャンスだ」と呼び掛け、モバイルバンキングのアプリやクレジットカードの決済端末を利用するよう求めていました。

しかし、キャッシュレス化は時間を要するもので、「一晩でやってしまおう」というのは無理がある、「馬鹿げている」との指摘も。

****15兆ルピー無効、足りぬ現金 織工に給与払えず・野菜売値暴落****
インドでは所得税を払う人が人口の約2%にすぎない。多くの庶民は課税対象になりにくい現金取引の世界で暮らす。「ならば現金を無効にしてしまえ」とモディ首相が昨年、強硬策に打って出た。成長の足を引っ張る「地下経済」の根絶を狙う巨額の「廃貨作戦」が、大混乱を招いている。
 
ニューデリーから大河ヤムナを渡った対岸のガンディナガルは、繊維関係を中心に町工場や問屋がひしめく。農村部からの出稼ぎ者は約50万人。昨年11月8日、モディ首相が突然、高額紙幣の廃止(廃貨)を宣言すると様子が一変した。
 
輸出用のシャツを作るビシャル・シンガルさん(43)の縫製工場は40台のミシンのうち動いているのは10台だけだ。織工を70人以上雇っていたが、25人に減った。廃貨宣言で現金が足りなくなり、給料の支払いが滞って来なくなった。
 
廃貨宣言後、政府は新札を供給し始めたが、銀行口座からの引き出し額に上限を設けた。1週間に普通預金なら2万4千ルピー(約4万1千円)、当座預金は5万ルピー(約8万6千円)だ。大量注文する布地や売り上げは銀行決済だが、ボタンや糸、発電用の軽油、社員が飲む紅茶を買うのは、税務当局の目が届かない現金取引だった。「1日に5万ルピーないと工場は回らない」とシンガルさんは訴える。

 ■闇経済の温床にメス
町工場や農家など昔ながらの現金取引に頼る経済は途上国に広く存在する。政府が実態を把握できず、課税もできないため、「インフォーマル・セクター(非公式部門)」と呼ばれる。
 
物やサービスの質は悪くても値段は安く、大量の雇用も生み出す低所得者層には不可欠な存在だ。インドの場合、GDPの23%に匹敵するという世界銀行の推計があり、雇用の9割を占めるとされる。
 
一方、非公式部門では労働法は無視され、雇用環境は悪い。汚職や不正蓄財、密売などの温床にもなる。所得税も、消費税のような間接税も払わないため、政府の財政を圧迫する。インドの人口約13億人のうち納税者は3千万人に届かない。財政赤字の原因となり、好調を維持する経済の不安要因とみられてきた。
 
モディ氏の廃貨宣言は巨大な非公式部門に流通する現金を「ブラックマネー」と位置づけ、一気に公式部門に組み入れる試みだ。

無効化された旧札は総額15兆ルピー(約26兆円)。先月31日、テレビ演説でモディ氏は、ヒンドゥー教の宗教用語を用いて「歴史的な浄化の儀式が進行中だ」と強調した。
 
一方で政府は、国民が新札で再び現金取引に依存することを警戒。口座引き出し制限を維持し、透明性が高いカードや電子取引を国民に勧めている。

 ■電子取引の拡大促す
政府の呼びかけに都市部では、三輪タクシーや露店でも電子取引を始める動きが広がる。スマートフォンを使った電子取引最大手「PayTM」は利用数が2・5倍に。物品税の納付額は12月、前年同月比で3割以上増えた。
 
だが、大手術の痛みも大きい。インド自動車工業会は10日、昨年12月の二輪車の販売台数が前年同月比で22%落ち込んだと発表。廃貨後1カ月余りで零細企業の収益は50%減り、35%の職が失われたと地元紙が報じた。
 
農村部はさらに深刻だ。首都から東へ100キロ余り。カヤリプール村は、首都向けの野菜や小麦の生産地だ。冬場はカリフラワーの収穫期だが、農家のナタン・シンさん(48)は苦悩をにじませる。「売れない。あと3~4日でカリフラワーは全部つぶす」
 
出荷する地元の卸売市場では廃貨宣言後、仲買人が現金不足に陥り、極端な買い控え状態になった。カリフラワーの売値は前年の1キロ15ルピー(約26円)から今は2ルピー(約3円)に暴落。「種や肥料など1万5千ルピー(約2万6千円)の費用を注いで育てたのに4千ルピー(約7千円)しか回収できない」
 
シンさんは売れ残った野菜を飼っている牛たちのエサにした。そのうちの1頭はトラクターの燃料代を得るために手放した。
 
 ■「一晩で解消しよう」ばかげている ノーベル経済学賞、アマルティア・セン氏
インド人でノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン米ハーバード大教授に尋ねた。

 ――廃貨宣言の評価は?
経済全体に打撃を与え、貧しい人ほど職を失い、ささやかな商売が難しくなっている。キャッシュレス化が正しいとしても、誰かにしわ寄せが行くことなく、何年もかけて実現されるべきことだ。

 ――そもそも政府や中央銀行は勝手に貨幣を廃止していいのでしょうか。
資本主義が成り立っているのは、本来価値のない紙切れに支払いの約束が伴っているからだ。中央銀行はその約束を破った。裁判沙汰になって当然だ。
 
誤算はブラックマネー対策とキャッシュレス化という二つの目的が矛盾をはらんでいる点にある。ブラックマネーを逃さないためには急ぐ必要があるが、キャッシュレス化には時間を要する。ブラックマネーの大半は貴金属や外国預金として蓄えられ、現金として存在するのは6~7%に過ぎないという推計がある。今回どんなにうまくやっても、根絶できない。

 ――非公式部門の解消は望ましいことでは?
非公式部門は日本や米国にもまだ残っている。それをなくすのが理想だとしても、「ならば一晩でやってしまおう」というのはばかげている。非公式部門は経済の進歩の結果として解消されるもので、人々を脅してなくせるものではない。【1月12日 朝日】
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長期的目標を見据えた剛腕モディ首相ならではの“英断”なのか、貧困層の苦しみなどもとより眼中にない権力者の“独断”なのか・・・。

少なくとも、国民の生活にこれほどの犠牲を強いる方策は日本では絶対にできないことです。国民の命や生活などは“軽い”インドだからできる施策です。

インドに残る絶対的貧困に暮らす人々と、モバイルバンキングのアプリやクレジットカードの決済端末というのは結びつかないものがあります。もともと、そういう人々は1000ルピーとか500ルピーとかには縁がないから関係ない・・・ということでしょうか。
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フランス  やはりルペン氏は勝てない? ダークホースはマクロン前経済相  仏版「働き方改革」

2017-01-12 22:45:57 | 欧州情勢

(39歳 イケメン 投資銀行出身 公職選挙未経験で仏大統領を目指すマクロン前経済相 【2016年11月17日 AFP】)

フィヨン氏がルペン氏に大差で勝利?】
昨年のイギリスのEU離脱決定、アメリカのトランプ氏勝利という、エスタブリッシュメントの予想・期待に反するような“ポピュリズム”とも言われる流れを受けて、今年の欧州は反EUの動きが大きなうねりとなるのか・・・・が注目されています。

その動向を決定づける大きなイベントがフランス大統領選挙とドイツ総選挙です。

フランス大統領選挙については、4月23日に第1回投票、5月に決選投票が予定されています。
欧州全域における反EU・反移民感情の高まりに沿う形で、極右マリーヌ・ルペン氏の決選投票進出が予想されていますが、もしルペン氏勝利ともなれば、EUは実質的に機能停止・崩壊にも追い込まれる・・・との懸念があります。

****仏大統領選の決選投票、フィヨン氏が大差で勝利の予想=世論調査****
フランス大統領選に関する新たな世論調査で、中道・右派陣営の候補者であるフィヨン元首相と極右政党、国民戦線(FN)のルペン党首が5月の決選投票に進めば、フィヨン氏がルペン氏に大差で勝利する見込みであることが明らかになった。

POPの調査によると、決選投票での得票率はフィヨン氏が63%、ルペン氏が37%となる見通し。ただ、フィヨン氏の第1回投票の得票率は24%が見込まれ、1カ月前の調査から低下した。

今回の世論調査では、4月23日の第1回投票でフィヨン氏の得票率はルペン氏の得票率を1ポイントまたは2ポイント下回るとみられている。しかし、決選投票では第1回投票を通過できなかった他の候補者への票を集め、ルペン氏を抑えて圧勝すると予想されている。

一方調査では、無所属での立候補を表明したマクロン前経済相が予想外の結果をもたらす可能性も示された。マクロン氏は第1回投票で16─20%の票を得て3位につけると予想されているが、中道派のバイル元教育相が出馬しなければ、バイル氏への票の大半がマクロン氏に流れる可能性がある。バイル氏は出馬するかどうかを明らかにしていないが、世論調査によると5%の票を得ると見込まれている。

調査は今月6─8日にオンラインで行われ、有権者946人の回答に基づいてまとめられた。【1月12日 ロイター】
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現段階では、極右に対する国民の抵抗感は根強く、マリーヌ・ルペン氏の決選投票勝利は難しいという“予想”のようです。

“予想”どおりの展開になるかどうかは、第1回投票で敗退することが予想されている社会党候補(14年から首相を務めたマニュエル・バルス氏が有力視されています)を支持した左派有権者を保守派フィヨン氏がどれだけとりこめるのか、また、ルペン氏が保守・中道票をどれだけ取り込めるかによります。

また、難民・移民による大きなテロが選挙前に起きると、反移民を掲げるルペン氏に有利に働くこともありますので、ふたを開けてみるまでは・・・という感もあります。

フィヨン氏は経済的には自由主義、社会的には保守主義の立場ですが、党内予備選挙においては公務員50万人削減、疾病保険民営化、同性婚者の養子縁組反対の姿勢、また外交での親ロシア寄りの姿勢など保守的立場を強くアピールしています。その結果、中道からの支持も厚いアラン・ジュペ元首相、さらに一般党員の人気の高いサルコジ前大統領を抑えて、予想に反する形で予備選挙に勝利しました。

そうした保守的主張への左派の反発もありますが、フィヨン氏も本選挙に向けては中道・左派取り込みのために軌道修正してくると思われます。

なお、“多くの先進国ではリーダー選出に一般有権者が参入するようになると党派性がよりラジカルになる傾向が見られる”【1月10日 吉田 徹氏 Newsweek】というのは、アメリカ大統領選挙の予備選挙段階でも顕著に見られた傾向で、民主主義にとって大きな問題とも思えます。

本選挙に向けての軌道修正はルペン氏も同様です。

****極右ルペンが卜一ンダウンした理由****
EU離脱や移民の排斥を訴えて支持を伸ばしてきたフランスの極右政党、国民戦線のルペン党首が軟化の兆しを見せている。
 
先週のテレビインタビューでは、フランスのEU離脱について否定的な考えを示唆。離脱を望むか否かを単刀直入に問われると、「望まない。国民投票による支持を背景に、フランスに主権を取り戻すようEUと再交渉する必要はある」と応じた。
 
さらに、以前から主張していたユーロ圏からの離脱についてもトーンダウン。自国通貨への移行と並行して、ユーロ導入以前に存在した欧州通貨単位(ECU)のようなバスケット通貨を復活させる構想を提示した。
 
軟化の背景には、春に行われる大統領選に向けて従来の右派だけでなく、より穏健な主流派にもアピールしたい狙いがある。

フランスではEU残留を望む世論が根強く、強硬な離脱諭は支持を広げにくい。大統領選の決選投票で対決する可能性が高まっている中道・右派のブイヨン元首相の支持層を取り込むためにも、ルペンは当面、穏健路線を進むことになりそうだ。【1月17日号 Newsweek日本語版】
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もうひとつの“台風の目” 39歳のマクロン前経済相
一方、“予想”を“台風の目”になる可能性は、無所属での立候補を表明したマクロン前経済相にも強くあります。

これまでの“予想”は、保守派候補対ルペン氏の決選投票というものでしたが、ひょっとしたら第1回投票でマクロン前経済相がどちらかを蹴落として決選投票に残る・・・という可能性もあるのではないでしょうか。

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与党・左派陣営にとってのもう一つの波乱要因は、バルス内閣で経済相を務めていた弱冠39歳のマクロン氏だ。彼は16年8月に経済相を辞任、自らの政治運動「アン・マルシュ(前進)!」を立ち上げ、経済リベラル・社会リベラルの旗を掲げて、中道から左派陣営を固める戦略に打って出た。

これは70年代に「フランスのケネディ」と言われ、やはり経済通で鳴らしたヴァレリー・ジスカールデスタン大統領が、中道から保守陣営を固めた選挙戦略とも類似している。

若くてハンサム、さらに既存政治家とは距離を取るマクロン氏に対する若年層からの支持は厚く、本選の第1回投票を見越してどれほど左派中道票を奪うかによって、保革両政党の候補者の戦術は対応を余儀なくされるだろう。【1月10日 吉田 徹氏 Newsweek】
******************

マクロン前経済相は、国民の“好感度”ではかなり高い数値を示しています。

******************
・・・今月(2016年12月)行われた世論調査の好感度のアンケート結果によると、前経済相エマニュエル・マクロン氏が49%、右派で元首相のフランソワ・フィロン氏が44%、前首相バルツ氏、ルペン氏が24%の順となっており、今のところは、マクロン氏とフィロン氏が有力そうではあります。

フィロン氏は移民の受け入れにも否定的で、ルペン氏支持層からの票が流れる可能性もある人物。年齢的にも貫禄的にも強いリーダーシップを取りそうな指導者として人気がありますが、到底受け入れられないといわれる歴史的解釈を持ち出して、歴史教師達から反発を受けたり、移民だけではなく、同性愛者に対しても厳しい対応を取ることに懸念を覚える人もいます。

マクロン氏は若くエネルギッシュで、それこそ今までの言動や行動からフランス人が好む「反骨精神」の塊のような存在であり、かなり人気を集めていることも事実。ただ若いこともあり実績があまり残せておらず、年配には不人気な傾向があります。

しかし、経済相であった時には、労働市場と製品市場に必要な構造改革の実現に向け、オランド大統領から幅広い裁量を与えられ、現在進行中のいくつかの改革の中心的な人物であったことは間違いなく、期待度が高い人物でもあります。【12月26日 Japan In-depth】
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マクロン前経済相に関しては、こんなニュースも。

****英語で演説の仏大統領候補に極右から批判****
フランス大統領選に立候補しているエマニュエル・マクロン前経済相(39)が、ドイツの首都ベルリンで行った演説であえて英語を使い仏語を軽視したとして、国内の極右政治家から大きな批判を浴びている。
 
大統領選の有力候補になりつつある中道派のマクロン氏は10日、訪問先のベルリンで、フランスの政治では異例とも見なされる、欧州連合(EU)を擁護する姿勢を示した他、演説では英語を使いさらに周りを驚かせた。

国家主義者で反EUなどを主張する極右政党「国民戦線(FN)」のマリーヌ・ルペン党首は、こうしたマクロン氏の行動にとても耐えられなかったようだ。
 
ルペン党首は10日、自身のツイッターに「大統領選の候補者であるマクロンがベルリンを訪れ英語で会見を行った。フランスがかわいそうだ」と書き込んだ。
 
マクロン氏の言語能力が、1か国語しか話せない対立候補たちを出し抜いたとの指摘を受け、ルペン氏の側近で国民戦線の幹部フロリアン・フィリポ氏は「彼はわれわれの言語に敬意を持たず、フランスを信じていないことを示しただけだ」と述べた。
 
フランス政府は、世界で2億2000万人以上が使う仏語を断固として守る姿勢を示している。歴代の仏大統領の英語能力は低かったが、同国の若者の間では英語は不可欠との認識が広がりつつある。【1月12日 AFP】
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外国訪問時に実質的世界共通語である英語で演説したことに対し、「フランスがかわいそうだ」とか、「フランスを信じていないことを示した」という反応になるところが、ルペン氏及びその支持層の体質でもあり、笑止千万なところです。
(フランスには全般的にこういう、よく言えば伝統的価値観を重んじる、悪く言えば“尊大・傲慢”なところがあります。)

私がフランス国民なら、ルペン氏を怒らせたということで、マクロン氏に1票入れそうです。

ただ、フランス国民ではありませんので、フランス大統領選挙の話はこれぐらいで。

フランス版働き方改革 「つながらない権利法」】
“伝統的価値観”と言えば、フランス人はプライベートな時間を非常に大切にし、仕事のことは勤務時間中だけと割り切っている・・・・と思っていましたが、どうも昨今はそうでもないようです。

勤務時間外の業務連絡の電話や電子メールからの解放を保障する新法「つながらない権利法」が施行されたそうです。

新法自体はまさに“プライベートな時間を非常に大切する”ものですが、そういう法律を必要とするほど、フランスでも自由時間を仕事が侵食している実態があるということでもあります。

****仏で「つながらない権利法」施行、働き方は変わるか****
フランスの首都パリの航空会社でマネジャーを務め、日々忙しく立ち働くベアトリスさん(50)は、全被雇用者に対し、勤務時間外の業務連絡の電話や電子メールからの解放を保障する新法「つながらない権利法」から得るものがあるはずと期待を寄せている。

本名と社名を伏せることを条件にAFPの取材に応じたベアトリスさんは、「自由時間に緊急の問題が飛び込んできたり、就業時間外に電子メールに返信しなければならなかったりすることはよくあります」と認めた。
「誰かに強制されているわけではありませんが、仕事のメールも自分の携帯電話で受信しています。他のマネジャーらも同じ」と続けた。
 
同国では今月1日から、従業員が50人を超える会社に対し、社員らに認められるべき勤務時間外の完全ログオフ権を定義する定款の策定が義務付けられた。違反した場合も罰則が設けられる見通しはないが、従業員は権利侵害を理由に訴訟を起こすことができる。
 
ベアトリスさんの会社は、従業員に健康問題が生じる危険性は広く認識している一方で、コスト削減に必死だと、ベアトリスさんは言う。結果経営側は、より少ない人員で同じ成果を求めるようになってきている。

■仕事中毒
一方で、夕食時や就寝前にメールチェックをするのは、単に要求が多過ぎる上司のせいばかりではないという見方もあり、就業時間外の働き方を規制することの難しさを物語っている。

業務時間外でもメールをチェックする理由について、職業倫理や野心に駆られてと告白する人もいれば、未読メールを放置しておく意志の強さがないからだと認める人もいる。
 
パリ中心部オペラ地区の文化関連機関に務めるマチルドさん(26)は、メールを必要以上にチェックしてしまうのは、外圧のせいというよりも、単に気になって仕方ないからだと言う。「相手が(返信を)待っていたら、落ち着かない気持ちになります」
 
企業の合併・買収を担当する、ある仕事熱心な男性銀行員(24)は、会社側が過労防止策として毎晩10時から翌朝6時まで業務関連メールへのアクセスを遮断していると明かした。スーツ姿の同男性は、「携帯をチェックするもしないも個人の自由。切断しろと命令されるのは腹が立つ」と言うと、足早に歩き去った。

■必要なのは全社的取り組み
英ロンドン大学シティー校で労働環境を専門とするピーター・フレミング教授は、多くの被雇用者が、勤務先企業の「勤労主義」に苦しむ一方で、「自身の労働者としてのアイデンティティーへの過度の執着」という問題もあると指摘している。

フレミング教授はAFPに対し、「多くの人にとって、仕事というものが、自分がすることから、自分そのものに変わってきている」「四六時中の電子メールが、その傾向にますます拍車を掛けている」と述べた。
 
そのように考えれば、フランスのように法律で規制するのか、企業が自発的に推進していくのかという違いは別にしても、勤務時間外のアクセス遮断に向けた会社全体での取り組みは歓迎すべきものであり、時には必須でもある。
 
フレミング氏は、ロンドン大のMBA(経営学修士)コースで学ぶ意欲的な学生たちは、自分に対する評価が下がることを恐れて勤務時間外のメール遮断には本能的に反発するだろうとみている。
 
このため、アクセス遮断の取り組みは「個人ではなく全体で行わなければならない。同僚が皆ログオフしていると分かっていれば、自分もログオフするかもしれない」と、フレミング氏は提言している。
 
過労や燃え尽き症候群のリスクが高いのは、特に金融、IT、法曹、医療といった業界とされるが、最近では大企業の中にも、こうしたリスクを認識する会社が増えつつある。 【1月10日 AFP】
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罰則規定はないとのことですが、“従業員50人以上の企業を対象とし、細かい運用規定は各社の判断に任されている。雇用主は法施行後に従業員と話し合ってルールを整備するよう求められ、従わない場合は最高で禁錮1年などの罰則が科される可能性がある。”【1月8日 時事】とも。ルール整備を行わない場合は・・・ということでしょうか。

日本では残業規制が大きな課題となっていますが、それに対し「そんなこといっても、現に仕事がある以上・・・」「かえって勤務時間中に終わらせるというストレスが高まる」という批判・不満があるように、フランスでも同様の反応もあるようです。

****勤務時間外のメール禁止=働き方改革、今月施行―仏****
フランスで今月から、企業が従業員に勤務時間外のメールチェックを強制しないよう義務付ける新たな労働法制が施行された。国民が仕事を気にせずに休養できるよう促すオランド政権版の「働き方改革」だ。

ただ、制度の狙いに反して負担増につながったり、業務に支障を来したりする事態も懸念され、期待した効果が上がるかは不透明だ。(中略)

フランスでは、休日も含めて昼夜を問わず仕事のメールに追われる人が労働人口の37%に上るとされる。このうち約3分の1がストレスを原因とする心身の不調を抱えているとの調査結果もあり、IT機器に「接続しない権利」を求める声が高まっていた。
 
もっとも、勤務時間外のメール使用を厳しく禁じれば逆効果が生じかねない。人事の専門家は「勤務時間中にすべて片付けなければならないというプレッシャーで、昼食時間まで犠牲にするような羽目に陥りかねない」と警告する。
 
パリの建設会社に勤めるステファヌさん(42)も「夜間に取引先のメールが読めなくなれば仕事にならないし、仕事と私用のメールを明確に区別することも難しい」と困惑する。ルール作りには慎重な検討が求められそうだ。【1月8日 時事】 
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もっとも、OECDによると、2014年のフランスでは、労働者1人あたりの年間平均労働時間が1473時間で、日本の1729時間よりはるかに少ない時間数となっています。(日本も、20~30年前に比べると随分“時短”が進みましたが・・・)

働き方改革は、フランスより日本においてずっと喫緊の課題と言えるでしょう。
働き方改革を考えるうえで参考になるのが、年間平均労働時間1371時間で高いパフォーマンスを維持しているドイツですが、そのあたりの話はまた別機会に。
コメント (1)
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