(イラン・イラク戦争当時のイラン側兵士 【2013年10月5日 Iran Japanese Radio】)
【不安定な核合意 2期目のロウハニ政権は対話重視型を維持】
イランと制裁強化を続けるアメリカ・トランプ政権の関係は、イラン嫌いのトランプ大統領の暴発の危険性もあって、両者間の核合意は不安定なものがあります。
なお、“イラン嫌い”はアメリカ全体でもありますが、イランの方は、どこのレストランにもコカ・コーラが置いてあるなど、一般民衆レベルの話で言えば、「アメリカに死を!」なんて叫ぶ連中もいますが、むしろアメリカに対する憧れのようなものもあるのかも・・・・先月末にイランを旅行(単なる物見遊山です)した際に、そんな印象も。
ただ、政治レベルの話では、強硬な姿勢を崩さないトランプ政権に対し、イラン側も“売り言葉に、買い言葉”状態です。
****イラン、「数時間で」核合意破棄も 大統領が米制裁強化に警告****
イランのロウハニ大統領は15日、米国がさらなる制裁を科すなら、主要6カ国との核合意を「数時間以内に」破棄する可能性があるとの考えを示した。
ロウハニ師は国営テレビが放映した議会発言で、米国が制裁に戻るなら「イランは必ず、交渉開始前よりもさらに進化した状況に短期間で戻るだろう」と語った。
イランは米国が新たに科した制裁について、米国のほかロシア、中国、英国、フランス、ドイツと2015年に締結した核合意に反すると非難している。
米財務省は7月下旬、弾道ミサイル開発に関わったとしてイラン企業6社を制裁対象に指定。トランプ米大統領は今月、議会が可決したイランとロシア、北朝鮮に対する制裁強化法案に署名した。【8月15日 ロイター】
***************
「数時間以内に」とは穏やかでありませんが、一応2期目のロウハニ政権は、これまで同様対話重視型にはなっています。
****イランのロウハニ政権 2期目も国際社会との対話重視****
今月2期目の任期に入ったイランのロウハニ政権の新しい閣僚が議会で承認され、核開発をめぐる交渉で欧米との合意に道筋をつけたザリーフ外相が留任するなど、引き続き国際社会との対話を重視した布陣となりました。
イランのロウハニ大統領は、今月2期目の任期に入り、議会では20日、ロウハニ大統領が指名した新しい閣僚17人を承認するかを決める投票が行われました。
その結果、元国連大使で、核開発をめぐる交渉でおととし欧米との合意に道筋をつけたザリーフ外相や、国の重要産業となっているエネルギー分野で外資の受け入れを担ってきたザンギャネ石油相など、多くの重要閣僚の留任が決まりました。
引き続き国際社会との対話を重視した布陣となり、ロウハニ大統領としては1期目と同様に各国との関係改善を図りながら経済の立て直しに力を入れていくものと見られます。
ただ、イランが続けているミサイル開発をめぐり、アメリカのトランプ政権が制裁を科すなど、アメリカとの対立が外資を呼び込むうえで足かせとなっていて、2期目のロウハニ政権がトランプ政権とどのように向き合っていくかが大きな焦点となります。【8月21日 NHK】
******************
【中東の不安定要素、イランとサウジアラビアの対立】
現在の中東における最大の不安定要素、混乱の原因のひとつが、イランとサウジアラビアの対立であることは周知のところです。
お互いスンニ派とシーア派の盟主という立場にあって、枕詞のようにそのことがついてまわりますが、別に両国は神学論争で争っているわけではなく、様々な理由から中東における影響力を競っているのでしょう。
最近、サウジアラビア側からイランへ関係修復のボールが投げられたとの情報があって、期待もしたのですが、サウジアラビア側が情報を否定する形になっています。
****サウディのイランとの関係修復の仲介依頼の否定****
・・・・サウディがイランとの関係修復の仲介を求めているという話は、イラクの内務大臣の話として、イバーディ・イラク首相のサウディ訪問の際にサウディ政府が、イラクに対して仲介を要請したとのうわさが流れたが、その後同内相自身が15日サウディは仲介を要請していないと発言して、この噂を打ち消したとのことです。【8月16日 「中東の窓」】
****************
本当にそういう仲介要請があったのかどうかを含めて、事の真相はわかりません。
【シリア介入による多大な犠牲 イラン国内には批判も】
そのことはともかく、一般的には、イランは自国の影響力拡大のため、イラク、シリア、イエメンなどに深く介入している・・・と理解されています。
どの程度の軍事支援・民兵派遣を行っているかは明らかにされていませんが、シリアにおけるイラン側の犠牲者も相当数にのぼっています。
それに対する国内的な批判もおきているとか。
****イランでのシリア等での損失に対する不満****
先ほどサウディのイエメン国境方面での死者が50名になったという報道を紹介しましたが、イランの革命防衛隊等のシリア、イラクに於ける損失は比較にならないほど大きいと思います。
この点に関して、al arabiya net は最近、イラン内で活動家の手になる政権に対する批判が出回っていると報じています。
その内容としては、それほどシリア等における活動が重要ならば、政権の指導者、マスコミの指導者は自らシリアやイラクに行って戦えばよい、もし自らが老齢等で戦闘ができないのであれば、自分たちの子供を送るべきであるというものの由(要するに自分たちは何の犠牲も払わずに、国民を犠牲にする指導者に対する不満)
また活動家によれば、これまでシリア等で死亡した革命防衛隊員等は4000名に上る由。
また死者の多い都市はテヘランを先頭に、コム、カルマンシャー、マザンドラン、キーラーン等の由
https://www.alarabiya.net/ar/iran/2017/08/18/الإيرانيون-يهاجمون-قياداتهم-أرسلوا-أبنائكم-إلى-سوريا.html
このような不満の表明が、仮に事実としても、どの程度の広がりを有しているのか不明です。
また、これを伝えているal arabiya net はサウディ系ですから、当然宣伝的要素も強いかと思いますが、革命防衛隊等に多くの犠牲者が出ていることを考えてみれば、ありうる話かと思うので、取り敢えずご参考まで【8月19日 「中東の窓」】
*******************
【イランを周辺国介入に駆り立てるイラン・イラク戦争の記憶】
そこまでの犠牲を出して、どうしてイランは周辺国に介入するのか・・・?
ひとつ想像できるのは、ロシアと似たような不安感・不信感(立場が異なれば“被害妄想”とも)を抱えているのではないか・・・ということです。
ロシア・プーチン大統領が周辺地域に自らの影響力を拡大しようとする、あるいは、NATOなどの勢力に激しく反発するのは、ロシア革命から冷戦期に至るまで、ソ連・ロシアは絶えず自国を敵視する勢力によって囲まれてきた、そして現在も“だまし討ちのような”(ロシア側の理解です)NATOの東方拡大で脅威にさらされているという不安・不信感に駆られてのことです。
イランにも似たような心理があるのでは・・・と思ったのは、先月のイラン旅行で、イラン国内におけるイラン・イラク戦争の消えない記憶を感じたからです。
世界遺産ペルセポリス遺跡の観光を終えてヤズドに向かう道路脇に、若者(子供のように見える者も)の顔写真を掲げた道路標識のようなものが延々と並んでいます。
訊くと、イラン・イラク戦争の犠牲者とのこと。今のイランがあるのは、彼らの流した血のおかげであるとも。
また、現地の方からイラン・イラク戦争の人生に及ぼした影響などを聞く機会もありました。
1980年から1988年までの長きに渡った戦闘に参加した若者は、今、イラン各分野を担う中枢となっています。
国際社会においては、イラン・イラク戦争というのは掃いて捨てるほど起きている戦争のひとつにすぎず、話題にのぼることもほとんどありませんが、イランにとっては革命混乱期に仕掛けられた、忘れがたい“国難”でもあるようです。
そのことへ思いは、宗教色が強く、硬直的な現在のハメネイ体制を支持する・支持しないにかかわらず、共通した思いでもあるようです。
イラン革命の混乱で防衛体制が崩壊していたイランは、西側からも、東側からも支援を受けられない孤立状態にあって、武器もなく、一時はイラクに大きく攻め込まれました。
“東西諸国共に対イラン制裁処置を発動した為、物資、兵器の補給などが滞り、また革命による混乱も重なって人海戦術などで応じるしかなかったため、イラン側は大量の犠牲者を出す。兵力は1000人規模で戦死者が共同墓地に埋葬されている。(中略)全般的には劣勢であり、時にはイラン兵の死体が石垣のように積み重なることもあった。完全に孤立したイランはイラクへの降伏を検討しなければならなくなっていた。”【ウィキペディア】
その後、イスラエル、シリア、リビアがイランを支援(イスラエルはイラクを空爆、シリアはイラクからの石油パイプラインを遮断)することになったこと、何より、多大な犠牲を伴った義勇兵の人海戦術による祖国防衛の戦いによって形成は逆転し、イランはイラク・バグダッドに迫ります。
しかし、イラク・フセイン政権は化学兵器を使用してイラン側に甚大な被害を与えます・・・・
こうした熾烈な戦争をイランが何とか乗り切ったのは、まさに国民の流した血によるところが大です。
イラン・イラク戦争におけるイラン側戦死者は75~100万人とも言われています。
“(化学兵器による)こうした攻撃により、数万人のイラン国民が殉教、およそ10万人が化学兵器により負傷し、今なお多くの人々がその後遺症に苦しんでいるのです。”【2013年10月5日 Iran Japanese Radio】
また、東西両陣営ともイランを助けてくれなかったこと、そうした状況で化学兵器の犠牲となったことは、イラン国民に大きな傷を残したと思われます。
現在イランは、シーア派が主導するイラクと良好な関係にあります。
“良好”と言うよりは、フセイン後の混乱したイラクにイランが強固な影響力を築いていると言った方がいいかも。
そうしたイランの行動の背景には、イラン・イラク戦争の記憶、二度とあのような悲惨な状況が生まれないようにしたいという強烈な思いがあるように思えます。
****イラクにおけるイランの圧倒的な影響力****
ニューヨーク・タイムズ紙のTim Arangoバグダッド支局長が、7月15日付け同紙解説記事で、米国のイラク軍事進攻以来、イランはイラクにおける影響力を増やし、今や、軍事、政治、経済、社会のあらゆる面で圧倒的な影響力を持つに至っている、と述べています。解説記事の要旨は以下の通りです。
米国が14年前、サダム・フセインを倒すためにイラクに侵攻したとき、米国はイラクを中東における民主主義と親西欧体制の要になり得ると考えていた。
そのため米国は4,500名の人命と1兆ドル以上の犠牲を払った。
イランは米国のイラク侵攻を、イラクを従属国とする機会と見た。イラクは1980年代にイランに対し、化学兵器を使ったり、塹壕戦をしかけたり、第一次大戦を彷彿とさせるような残忍な戦いをした。
イランの思惑は、イラクが二度と脅威とならないようにするとともに、イラクを地域における影響力の拡大の踏み台とすることであった。
この争いでイランは勝ち、米国は負けた。この3年間、米国はイラクでのISとの戦いに専念していたが、イランは上記の思惑を見失わなかった。
米国との関係が近過ぎるということでイランから睨まれ失脚したイラクのゼバリ前大蔵大臣は、「イランの影響は絶対的である」と述べた。
イラクにおけるイランの影響力は、軍事、政治、経済、文化のあらゆる面に及ぶ。
イラク議会は昨年、シーア派の民兵組織をイラクの治安維持勢力の一部とした。
マスメディアの分野では、イランの資金で新しいテレビチャネルが作られ、イランがイラクの守護者で米国が悪の侵入者であると宣伝している。
イラク東部のディアラ県は、2014年ISに占領されたが、イランはディアラ県をイラクからシリア、レバノンに至る回廊として重視した。
イランで訓練されたシーア派民兵組織が中心となってISを追放すると、県内のスンニ少数派を追いやり、ディアラ県の支配を固め、シリアの手先と、レバノンのヒズボラへの支援ルートを確保した。
ディアラは、イランが地政学的目的のためシーア派の台頭、強化を重視しているショーケースといえる。
イラン革命防衛隊の特殊部隊クッズフォースの指揮者のスレイマニ将軍をはじめ、イランの多くの指導者は1980年代のイラン・イラク戦争が生んだ。イラン・イラク戦争は彼らの心に癒えない傷を残した。
イラクを支配しようとのイランの野心は、この傷の遺産である。
人口の大半がシーア派であるイラク南部で、イランの影響がいたるところでみられる。
イランは何十年にもわたり、イラク南部の湿地帯を通して砲や爆弾の原料を密取引してきた。湿地帯を通して、イラクの若者がイランに渡って訓練を受け、イラクに戻って戦った。戦う相手は、最初はサダム・フセインで、のちに米国であった。
イランは軍事力を政治力に転換しようとしており、民兵の指導者は来年の議会選挙を控え、政治組織作りを始めている。
アバディ首相は困難な立場にいる。イランに対決的と見られる動きや、米国に近寄る動きを示せば、首相の政治的将来が陰りうる。
クロッカー米元駐イラク大使は、ISを敗北させた後米国がイラクを去れば、イランに行動の自由を与えることになると言った。しかし多くのイラク人は、イランはすでに行動の自由を得ていると述べている。(後略)【8月21日 WEDGE】
*********************
もちろん、イラン側の一方的思惑だけが先行すれば、イラク国民の反発を買います。
*********************
他方、イランによるイラクの支配は、必ずしもイラクのシーア派に歓迎されているとは限らないとのことです。
同じシーア派といっても、イラクのシーア派は、同時にイラク人、アラブ人としての自覚を持っているといいます。
イランによるイラク支配があまり目につくようになると、イラクのシーア派との軋轢が生まれる恐れがあります。従属国化は、管理上いろいろな問題を生むものです。【同上】
*********************