孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

女性への暴力が蔓延するアフリカ 中東では改善の動きも トランプ現象や女性議員の出産など

2017-08-11 22:42:56 | 女性問題

(チュニジアの首都チュニスの国会議事堂前で、裁判所が13歳の少女とその少女を妊娠させた親類の結婚を認める判断を示したことに抗議する女性たち(2016年12月14日撮影)【7月27日 AFP】)

アフリカ レイプ、拉致して自爆犯に、難民キャンプでの性的搾取、子供兵の4割が少女
多くの武装勢力が跋扈するアフリカ・コンゴ、イスラム過激派ボコ・ハラムによる拉致・テロが絶えないナイジェリアなど一部アフリカでは、最低限の人権である人名すらほとんど顧みられない状況ですから、弱者である女性の暴力にいたっては、ごく日常的なものともなっています。

*****アフリカで女性への暴力まん延 国連などが働きかけ強化****
国連の安全保障理事会で、アフリカの平和と安全をテーマにした公開討論が開かれ、避難民キャンプで配給の食糧とひき換えに女性が性的な搾取を受けるなど、女性への暴力の実態が報告され、国連と安保理メンバー国は当事国の政府などへの働きかけを強めることで一致しました。

10日、国連の安全保障理事会で開かれた公開討論には、国連のアミナ・モハメド副事務総長が出席し、先月、視察したアフリカのコンゴ民主共和国とナイジェリアの状況を報告しました。

この中で、アミナ副事務総長は「コンゴでは女性に対する性的暴力が広がり、ナイジェリア北部では誘拐や強制結婚、それに自爆テロが驚くべきほど多い。また、避難民キャンプで配給の食糧とひき換えに女性が性的な搾取を受ける新たな現象が起きている」などと述べ、女性への暴力がまん延している実態を指摘しました。

これに対して、各国からは治安対策の強化や加害者に法的責任をとらせる仕組みの構築など、早急な対策を求める意見が出され、国連と安保理メンバー国は当事国の政府やAU=アフリカ連合への働きかけを強めることで一致しました。

また、日本の川村国連次席大使は今月下旬にモザンビークで日本が主導するTICAD=アフリカ開発会議を開催することを紹介し、日本として女性の権利向上を含め、アフリカの開発を支援する考えを示しました。【8月11日 NHK】
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レイプなどの性的暴力だけでなく、ナイジェリアのボコ・ハラムは誘拐した子どもや女性に爆弾を巻き付け、市場など人通りの多い場所で爆発させる手口でテロを続けています。

また、コンゴでは「少年兵」がしばしば話題になりますが、被害は少女にも及んでいます。

****<コンゴ民主>元子供兵 少女も4割…麻薬、洗脳、実情語る****
政府軍と乱立する武装勢力などとの紛争が長年続くアフリカのコンゴ民主共和国では、多くの子供兵が武装勢力に動員されてきた。大半は少年だが、最近の調査では少女も4割を占める。

強制的に戦場へ駆り出されるだけでなく、貧困から抜け出そうと自ら武装勢力に加わる子供も後を絶たない。(中略)

東部ゴマで元子供兵の支援にあたるNGO「PAMI」のアモス・ネグラ氏(35)は「武装勢力は誘拐した子供たちを麻薬を使って洗脳し、家族や隣人を殺させることもある」と語る。洗脳により、組織から逃げられなくしていくのだという。
 
ある少女(18)は13歳から2年間、民兵組織マイマイの構成員として森の中で過ごした。父は他の武装勢力に殺され、母もレイプされた。「民兵と一緒にいれば守ってもらえると思った」。民兵の食事を作ったり、食料を調達したりするのが役目だった。
 
当時の生活について、少女は「何も良いことはなかった」と振り返る。上官の命令に背くことは許されず、何か失敗をすれば容赦なく殴られた。
 
英NGOの調査によると、子供兵の約4割が少女とみられる。今年1〜6月にコンゴ東部の北キブ州で国連児童基金(ユニセフ)に保護された子供兵184人のうち50人が少女だった。

子供兵は戦闘以外に、食事の準備などの雑用や敵対勢力の偵察に使われる。少女の場合、民兵と強制結婚をさせられたり、性的虐待を受けたりすることも珍しくない。
 
別の少女(17)がマイマイに加わったのは「お金がなくて学校を追い出されたから」。紛争下で暮らす住民にとって武装勢力は身近な存在であり、貧しさから抜け出すことを期待してその一員となる子供は多いという。
 
悲劇は武装勢力を抜けてからも続く。「残虐行為に関わった」「民兵と関係を持った」と烙印(らくいん)を押され、親や地域から拒絶されるのだ。家族の元に戻れず仕事もなければ、行き場を失ってしまう。
 
冒頭の17歳の少年は「整備士になりたいけど、だめなら森に戻るしかない」とつぶやいた。
PAMIディレクターのジョアキム・フィキリ氏(54)は「貧しい生活が続くなら、武装勢力にいた方が良かったとなる」と述べ、職業訓練などを通じた社会復帰の支援が欠かせないと指摘した。【8月10日 毎日】
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中東 レイプ犯の結婚による抜け穴をふさぐ動き
中東では、女性の権利が大きく制約される社会風潮があり、多くの国でレイプの加害者が被害者と「結婚」すれば罪を免れることができるといったことが結果的にレイプ犯に被害者女性を差し出すことにもなっています。

そうした中東社会でも、少しずつではありますが改善の動きがあるようです。

****<中東>レイプ加害者の「被害者と結婚で刑事免責」にノー****
レイプの加害者が被害者と「結婚」すれば罪を免れることができるという法律の条項を廃止する動きが中東で加速している。

ヨルダン下院は1日、刑法のこうした条項を廃止すると議決した。人権団体は「結婚による抜け穴は許されない」と評価している。チュニジアでは7月28日に同様の条項が廃止され、レバノンでも廃止を求める運動が起きている。
 
ヨルダン下院が廃止したのは刑法308条。レイプ加害者が被害者と結婚し、5年間離婚しなければ、不起訴になると定めていた。条項の廃止については、上院に加え、国王による承認も得られる見通しだ。
 
ヨルダン下院の決定を受けて、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)はロイター通信に「女性への暴力に終止符を打つためのとても前向きな一歩だ」と語った。
 
中東や北アフリカではレバノンやイラク、シリア、クウェート、バーレーン、パレスチナ自治区、アルジェリアなどで、レイプ加害者の刑事免責を法律に定めており、不本意な結婚をせざるを得ない被害者も少なくない。
 
英オブザーバー紙によると、ヨルダンで条項廃止を求めて運動してきたワファ・ムスタファ議員は、被害者の親族が「一族の名誉」を守るために、加害者との結婚に応じることがしばしばあると指摘したうえで「どんな女性もレイプ加害者に贈り物としてささげられるべきではない」と強調している。
 
モロッコでは、両親や裁判官の勧めでレイプ加害者と結婚した16歳の少女が結婚から数カ月後の2012年に服毒自殺する事件が起きた。これを受けて抗議運動が激化し、14年に加害者の刑事免責を定めた条項が撤廃された。エジプトは1999年に同様の条項を廃止している。【8月11日 毎日】
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上記記事あるように、チュニジアでも7月26日、「女性に対する全ての暴力を根絶する」ことを目指し、レイプに関する結婚による抜け穴を防ぐだけでなく、被害を受けた女性に対する法的支援や精神面での援助を強化する法案が可決されました。

“アラブ地域の中では、チュニジアは女性の人権に対して前向きな国とみられているが、人権団体によると今でも女性差別があり、女性の約半数は人生で少なくとも一度は何らかの暴力を受けているという。”【7月27日 AFP】

チュニジアがアラブ地域で女性の人権に対して前向きな国であるのに対し、女性権利に後ろ向きな国の代表がサウジアラビアです。

そのサウジアラビアでも、“公立学校で女子の体育授業解禁へ”【7月13日 毎日】といった改善の兆しはありますが、一方で、“ミニスカで散歩の女性拘束=釈放後も論争続く―サウジ”【7月20日 時事】といった現状もあります。

ネパール 生理中女性の隔離を犯罪化
アジアに目を向けると、暴力ではありませんが、ネパールでは生理中の女性が隔離される風習があり、この隔離中に女性が命を落とす事故が相次いでいました。

この風習を明確に“犯罪”として処罰することになったようで、これも一歩前進でしょう。

****ネパール、生理中の女性を隔離する慣習「チャウパディ」を犯罪化****
ネパール議会は9日、生理中の女性を不浄な存在とみなして屋外の小屋に隔離するヒンズー教の慣習「チャウパディ」を犯罪として規制し、違反者に刑罰を科す法案を全会一致で可決した。
 
ネパールでは今も生理中の女性を汚れているとみなす人々が多く、一部地域では生理の始まった女性は家を追い出され、生理が終わるまで「チャウ・ゴット」と呼ばれる粗末な小屋で寝起きしなければならない。

出産した直後の女性も対象で、女性たちは食べ物や宗教的象徴、牛、男性に触れることを禁じられ、追放生活を強いられる。
 
ネパール最高裁は10年以上前にチャウパディを禁じているが、国内西部の地方部を中心に根強く残っている。
 
今回可決された新法は、チャウパディを女性に強要した者への罰則として、禁錮3か月か罰金3000ルピー(約3200円)、またはその両方を科すと定め、「生理中や出産後の女性を、チャウパディやこれと同様のあらゆる差別、禁忌、非人道的行為に従わせてはならない」と明記している。新法は1年以内に施行される。
 
チャウパディをめぐっては先月、チャウ・ゴットで眠っていた10代少女がヘビにかまれて死亡する事件が発生。2016年にも、寒さのため小屋の中で火をたいて暖をとろうとした女性が煙で窒息死するなど、2人がチャウパディの間に死亡している。【8月10日 AFP】
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アメリカ “トランプ現象”で女性蔑視拡大の懸念
女性の権利では世界の先頭を行くはずのアメリカでは、女性蔑視の言動が目立つトランプ大統領の出現で、逆向きの風潮も懸念されています。

****トランプの罪、米国を汚染し始めた女性蔑視の空気****
・・・・トランプ氏は選挙期間中から女性蔑視の発言を繰り返しながらも、男性のみならず女性有権者からも大きな支持を集めて大統領になった。性的な差別を公然と口にしてもよいという雰囲気がアメリカに広まってしまったと嘆く声は多い。

ますます安全を脅かされる女性たち
トランプ大統領の登場で、アメリカ社会が長年取り組んできた「男女平等」は後退しつつあるのだろうか。そのことを示す数字は見つからないが、筆者の身の回りでは最近「女性蔑視事件」が話題になることが多い。

ある女性はスーパーでレジ待ちをしていたところ、背後にいた白人男性からいきなり罵声を浴びせられたという。
「おい、そこをどけ。おまえら女どもが偉そうに道を塞いでいても許される時代じゃないんだ、もう今は」
男性はニヤニヤしていたが、口調に冗談じみた響きはなかったという。
 
もちろんアメリカ男性のすべてが女性蔑視に傾いているわけではない。ごく一部がトランプ大統領から免罪符を与えられたと思い込んでいるにすぎないだろう。

だが、男性からの険悪なまなざしや言動にさらされる女性たちは気分を悪くしたり、身の危険を感じたりしていると訴えている。(中略)

このところ深刻なスキャンダルが取りざたされているトランプ大統領だが、仮にトランプ氏が政権の座から下りることがあったとしても、アメリカに拡散した「トランプ的価値観」が容易に薄れることはないだろう。(後略)【6月8日 老田 章彦氏 JB Press】
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ニュージーランド 出産意向を問われる女性党首
女性の場合、出産という男性とは決定的に異なる状況に直面します。その後の育児に関しても、女性に負担がかかることが多いのが現実です。

日本でも、女性国会議員の産休がバッシングを受けたことがありますが、同様のことがニュージーランドでも話題になっています。

****NZ女性新党首、メディアに出産の意向問われ反論 性差別と議論に****
ニュージーランドの最大野党・労働党の前党首の辞任に伴い、1日に新党首に就任したジャシンダ・アーダーン氏(37)が2日、メディアから繰り返し子どもを持つ意向を問われ、性差別との議論が湧き起こっている。
 
アーダーン氏はテレビ局TV3のインタビューで、母になるつもりがあるかとの質問を2度にわたって受けた。同氏は最初の質問に対しては、多くの働く女性にとってのジレンマだなどと、明言を避けながら快く回答した。
 
しかし同局の別のインタビューで、首相にふさわしいかどうか判断するためにも国民はアーダーン氏の家族計画を知る権利があると言われると、同氏は反論。

「2017年にもなって職場で女性がそんな質問に答えなければならないなんて全く容認できない」と述べ、女性は子づくりの予定ではなく、能力によって雇用されるべきだと主張した。
 
これを受けてソーシャルメディアでは議論が噴出。多くの評論家が男性はそのような質問を受けることはないと批判した。
 
同国人権委員会メンバーのジャッキー・ブルー氏は、女性にそのような質問をすることは同国の人権法違反に当たると指摘した上で、「率直に言って女性が出産するつもりかどうかなんて、まったく余計なお世話だ」と糾弾した。【8月2日 AFP】
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ブータン・中国国境でにらみ合いが続く中印両国 南アジア全体では中国の攻勢 停滞するインド経済

2017-08-10 22:44:35 | 南アジア(インド)

ネパール、ブータン、バングラデシュに囲まれた細い回廊でインド本体とインド東北部はつながっています。
今回、中印両国がにらみ合っているのは、この地域のブータン・中国国境係争地域です。


インド側にとって軍事的な重要地域で起きている中印にらみ合い
インドと中国は以前からカシミールとインド東北部(中国、インド、ブータンに挟まれたアルナーチャルプラデシュ州)の2方面で領土問題を抱えており、両国国境警備当局の“侵入”(あくまでも“一方の側にとって”という話ですが)、にらみ合い、小競り合いは日常的に頻発しています。

1962年には紛争も起きており、このときは戦闘については先制攻撃をしかけた中国側が勝利しています。(アルナーチャルプラデシュ州を制圧した中国軍はその後撤退し、現在はインドが実効支配しています。)

今回、6月から起きているにらみ合いもインド東北部をめぐる争いの一環で、インドが支援するブータンを舞台に起きています。

中印両国関係は、チベット仏教の最高指導者でインドに亡命しているダライ・ラマ14世がチベットのすぐ隣、アルナーチャルプラデシュ州を4月に訪問し、約1週間滞在してことで悪化していました。

更に、5月14日に北京で開かれた一帯一路サミットに際し、中国側が両国係争中のカシミール東部で開発を進めようとしているとインドは不快感を表明し、参加を見送りました。

関係が悪化するなかで、6月3日には、中国軍の攻撃ヘリがインド北部のウッタラカンド州に侵入する事態も起きていました。【8月5日 河東哲夫氏「インドのしたたかさを知らず、印中対決に期待し過ぎる欧米」Newsweekより】

こうした流れの中で、6月16日に中国軍はブータンとの係争地ドクラム高地に侵入して、道路建設を開始。
“人民解放軍は、ドクラム高地から、細い山間を通り中国領へ繋ぐ道路を建設中だという。同情報筋によると、「中国は軽量戦車、砲撃車両などを含む最大40トンの軍用機が通過できる道路を建設しようとしている」と明かした。”【7月3日 大紀天】

これに対し、ブータンの安全保障を担うインドが阻止に入り、印中両軍がにらみ合い、次第に兵力を増強しながら、6月半ば以降1か月以上にらみ合いを続けています。

“国境地帯における侵入事件そのものは小規模なものも含めると年間300件以上あり、ほぼ毎日だ。そのうち、少し規模の大きなにらみ合いが起きるのも、年平均2回程度ある。”【8月7日 長尾 賢氏 JB Press】という中印両国ですが、今回の緊張は1962年の中印国境紛争争以来、最も長期になっています。

この地域はインドにとって、インド本体と東北部をつなぐ細長い回廊に隣接する地域ということで、インドにとって戦略的に極めて重要な地域です。

****中国とインドがかつてない軍事緊張関係に****
(中略)インド側にとって軍事的な重要地域であることも特徴だ。
 
地図を見ると分かるが、インドは大きく2つの地域、インド「本土」と北東部に分かれていて、その2つの地域は、ネパール、ブータン、バングラデシュに挟まれた鶴の首のような細い領土でつながっている。
 
この細い部分は最も狭いところで幅17キロしかない。東京から横浜でも27キロ程度あるからとても狭い地域だ。この部分を攻められると、インド北東部全域がインド「本土」から切り離されてしまう安全保障上の弱点になっている。
 
そのため、インドはブータンと協定を結んで、ブータンにインド軍を駐留させて守ってきた。
 
1971年の第3次印パ戦争で、東パキスタンを攻め、バングラデシュを建国したのも、この安全保障上の弱点を克服することが目的の1つである。1975年にシッキム藩王国の民主化運動を支援し、結局はインドへの併合へと至ったのも、この安全保障の弱点を克服するためであった。
 
今回、中国はこのようにインドにとって安全保障上重要な地域で、中国の戦車が移動できる道路を建設しているわけだ。そして、インドがこれを阻止しようとすると戦争をちらつかせて脅しをかけていることになる。大変強硬な姿勢だ。(後略)【8月7日 長尾 賢氏 JB Press】
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両国はそのうち和解するであろう・・・とは言うものの、不測の事態も
中印両国の“綱引き”“勢力争い”は上記の地域だけでなく、南アジア全域に及んでいます。
しかし、両国は緊密な経済関係にあるなど、必ずしも“対立”の側面ばかりではありません。

****インドのしたたかさを知らず、印中対決に期待し過ぎる欧米****
<係争地で緊張を高めるかに見える「竜(中国)」と「象(インド)」。それでも対中包囲網の強化を期待できない理由とは>

(中略)インドと中国は決別した――そう早とちりして欧米がインドを引き込むチャンスと思い込むと手痛い目に遭うだろう。

インドはアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設メンバーだ。中国も6月9日の上海協力機構(SCO)首脳会議で、これまでの抵抗をやめてインドの加盟を認めている。

インドは米中ロ各国と付かず離れず、バランスを取るのにたけている。例えば軍事面でインドはロシアと陸海空の共同演習を、日米とは東シナ海やインド洋で海軍共同演習を定期的に行う。さらに中国を南北で挟む位置にあるモンゴルとも小規模共同演習を行う一方で、インドは中国とも共同演習を続けている。

親密な「竜象共舞時代」

インドにとってこれまで、最大の脅威は隣国パキスタン。もともと一つの国だったのが宗教を理由に別の国となり、カシミールで領土係争を抱え、テロを仕掛けてくるからだという。

だが、中国はいま押せ押せムードだ。ネパールではインドの影響力を覆す勢いだし、アフリカ東部のジブチに海軍基地を設けた。さらにインド洋ではパキスタンのグワダル港やスリランカのコロンボ港などの整備も手掛け、モルディブでも地歩を築いている。まるで「真珠の首飾り」でインドを締め上げるかのようだ。

ただ、インドは中国海軍を深刻な脅威とは思っていない。中国艦船の多くはマラッカ海峡を通ってインド洋に入る。その途上にあるアンダマン・ニコバル諸島にはインド海軍の基地があり、中国海軍を捕捉できる。インド海軍には中国空母「遼寧」に匹敵する空母もある。

だからインドはこれまで安心して中国の経済力を利用してきた。モディ首相と習近平(シー・チンピン)国家主席の仲はよく、中国語の読本にも「竜象共舞時代」との標語が出てくる。

16年の印中両国間の貿易額708億ドルのうち、中国からインドへの輸出額は583億ドル。インドで中国製品の存在感は圧倒的で、家電ばかりか、ヒンドゥー教の神像など外国人観光客が買う土産物までが中国製だ。中国製日用品の一大集散地である浙江省義烏には、インド人バイヤーが押し掛けている。

インドの街を歩くと、地下鉄の工事現場に円借款供与案件であることを示す日の丸印のすぐそばに、中国の建設企業の看板が立っている。価格や工期などで優れている中国企業が落札してしまうのだ。

インドは米中ロのいずれにもなびかない。中国との対立を売りに欧米各国から支援を得ながら、中国ともしっかり裏で手を握る。13年には国境防衛協力協定を結び、不測の衝突を防ぐための一連の措置を合意しているのだ。

タフな交渉で知られるロシアの外交官がある時、こうこぼしていた。「インドほど交渉上手な国はない。ロシアの戦闘機を買うと言って喜ばせておいてから、何年も延々と値下げ交渉を仕掛けてくる」

今回の印中対立にも、余計な期待や過度の心配はやめよう。冒頭のダライ・ラマ視察への報復にすぎず、両国はそのうち和解するだろう。【8月5日 河東哲夫氏 Newsweek】
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ただ、今回揉めている地域が先述のようにインドにとって極めて敏感な地域である一方で、「どんな犠牲を払っても」自国の主権を守り抜くとする中国側も厳しい姿勢を隠していません。

****我慢にも限界」中国軍がインドに警告、実弾演習で圧力も****
2017年8月5日、参考消息網は記事「中国軍、インドに『幻想を捨てよ』と警告=人民解放軍は『弓に矢をつがえた状態』と海外メディア」を掲載した。

中国国防部は3日夜、インド軍兵士が国境を越えて中国側に侵入したとの批判声明を発表した。任国強(レン・グゥオチアン)報道官は「中国は最大の善意を用い、外交ルートを通じて事態の解決を図っている」とした一方で、「善意を払うといっても原則がある。我慢にも限界はある」との表現で強く警告した。

中国とインドは先日来、国境付近で緊張を高めており、両国ともに相手側が先に侵犯したと批判している。

台湾・中時電子報は、中国国防部以外にも、外交部、在インド中国大使館、新華社、解放軍報などの政府機関や官製メディアが矢継ぎ早に声明を発表していると指摘。

中国政府は自らの権益擁護のためにあらゆる行動をとる可能性を示すものだと分析している。中国は警告を発する一方で、チベット軍区でロケットや榴弾砲による実弾訓練を連日行うなど、圧力を強めている。【8月6日 Record china】
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両国は、紛争が起きた“1962年”を引き合いに出す形で、「売り言葉に買い言葉」状態にもなっています。

“インドのジャイトリー国防相は7月2日までに、「1962年と情勢は異なる。2017年のインドは同じではない」と発言。
すると中国外交部の耿報道官は3日の記者会見で「彼(ジャイトリー国防相)の言ったことは正しい。、2017年のインドは1962年のインドとは同じでない。同じように、2017年の中国も1962年の中国と同じではない」と発言し、双方の主張は「売り言葉に買い言葉」状態になった。”【7月7日 Record china】
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インド国内には中国製品ボイコットを呼びかける声もあるとか。
与党幹部が「中国経済はかなりの部分でインド市場に依存している。われわれは中国製品をボイコットし、中国に思い知らせてやるべきだ」と語ったそうですが【8月9日 Record chinaより】、これは認識を誤っているでしょう。

経済的に依存しているのはむしろインドの方で、インド国内に中国製品があふれる現状で“ボイコット”などは自らの首を絞める行為でしょう。

核大国の両国ですし、お互いに対立・競い合いながらも、経済・安全保障的に相互依存の関係にあることも承知していますので、河東哲夫氏の言うように“両国はそのうち和解する”のでしょう。
特に、北朝鮮がきな臭い現在、中国がインドと事を起こすとも思われません。

ただ、なかなか振り上げたこぶしのおろしどころが見えない現状です。不測の事態から一時的に現場の衝突・混乱が拡大する場面も否定できません。

ネパールなど南アジアで拡大する中国の影響力
全体としては、河東哲夫氏も指摘しているように南アジアでは中国の攻勢がめにつきます。

例えば、かつてはインドの影響力が支配的であったネパール

ネパールと中国、初の軍事演習…インドは反発【4月18日 読売】
ネパール、中国「一帯一路」参加で覚書=インドとの摩擦必至【5月12日 時事】
ネパール、中国企業と国内最大の水力発電所建設へ【6月15日 AFP】
中国がネパールへ自転車3万台を寄贈=中国ネットからは皮肉の声【7月3日 Record china】

インドとしては、心穏やかならざるものもあるでしょう。

****ネパールの親中姿勢をインドメディアが心配****
2017年8月9日、中国メディアの参考消息は最近のネパールの親中姿勢をインドメディアが心配していると伝えた。

記事は、ネパール国内の政治情勢と中国のネパールに対する積極的な姿勢に対して、インドは今のところ沈黙することが慎重な方法だとインドメディアが分析していると紹介。しかしこれは、ネパールが満足するような反応ではないかもしれないという。

実際、ネパールの政府高官はシェール・バハドゥル・デウバ首相に対し、2015年5月にインドとネパールとの間で結んだ協定の見直しを提案しているという。これは、インドと中国とネパールの国境地帯での辺境貿易に関する協定のことだ。

中国は、ネパールに一帯一路構想への参加を勧めており、ネパールのオリ元首相も、最近ラサに招かれた際、係争地であるドクラム問題における中国側の立場についての説明を受け、中国はネパールとブータンの主権を尊重するとの説明を受けたという。

記事によると、中国は地域問題についてネパールに対して友好的かつ率直な態度を示している。中国現代国際関係研究院の胡仕勝(フー・シーシェン)氏は、中国とネパールとの間に鉄道や石油ガスのパイプライン、高速道路を建設することを提案。ネパールが中国とインドとの懸け橋になるよう呼び掛けた。

記事は、ネパールにとってこの提案を受け入れることは簡単なことではないものの、中国はネパール国内で反インド感情が高まっていることをよく知っており、ネパールが国内の反中活動を阻止するために努力していることを高く評価しているという。

インドメディアによると、インドはすでにネパールの好感を失っており、ドクラム問題がネパールの生活や経済に悪影響となることをネパールもよく分かっている。従って現状では、インドがネパールからの支持を得るのが難しい状況だと結んだ。【8月10日 Record china】
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競争にならない中印の経済格差
中印両国の勢いの差の根底には、経済力の差があります。

****インド経済は中国を越えられない モディ改革に「見掛け倒し」の烙印****
「次はインド」と注目され続けたアジアの大国が苦悩している

七月から「物品・サービス税(GST)」が導入され、ナレンドラ・モディ首相の改革が実質的に緒についたものの、インフラ整備や工業振興は停滞したままだ。中国にどんどん引き離されるばかりか、東南アジアや南アジアの新興国から猛追を受けている。(中略)

インドが「次の大国」と言われ続けたのは、ライバル中国が間もなく猛烈な少子高齢化の圧力にさらされるのに対し、インドの人口構成は「これからが黄金期」とされるほど理想的な形だったことにあった。生産年齢人口に対する子供・老人の比率は、二〇五〇年に五〇%弱。七割に達する中国に比べ、確かに未来の大国である。

これはもちろん、生産年齢人口に十分な雇用があってこその話。
一四年に就任したモディ首相は、「Make in India(インドで作ろう)」をスローガンに、脆弱なインド工業を一変させると公約した。「二二年までに工業がGDPに占める割合を二五%(昨年時点で一六%)に引き上げ、一億人の追加雇用(同五千万人)を創出する」との野心的な目標も掲げた。
 
ただし、税制改革が遅れたように、工業振興や外資誘致の具体策導入に手間取り、政権の目標は、早くも「達成不可能」(在インド米外交筋)の様相なのだ。
 
モディ政権がもたつくうちに、世界経済地図は急激に変わってきた。「次」として伸びているのは、インドではなく他の東南アジア、南アジア諸国である。
 
最新の経済統計によると、インドの工業生産は今年五月で年間成長率がわずか一・七%。中国の今年六月の七・六%に大差をつけられた。

ベトナムは七・一%(今年一月)、隣国バングラデシュは七・四%(昨年十二月)と、アジアの周辺国が猛烈な勢いで伸びている。
 
長期的な比較でも、中国の一九九〇~二〇一七年の工業生産の年平均成長率は一二・三七%。対するインドは、ほぼ同時期(一九九四~二〇一七年)で六・六一%と、まるで競争になっていない。(後略)【「選択」8月号】
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インドは中国と影響力を争うより先に、国内の改革・整備を進める必要がありそうです。
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北朝鮮・アメリカの高まる衝突リスク 双方が威嚇的な発言に終始 戦争勃発の場合、戦後の東アジアは?

2017-08-09 22:46:54 | 東アジア

(北朝鮮は「炎と怒り」に直面することになる、と警告したトランプ米大統領(8月8日)【8月9日 Newsweek】)

北朝鮮 グアム島周辺への攻撃に言及 ただ“慎重に検討”とも
急速な核・ミサイル技術の進展を背景にした北朝鮮の恫喝めいた言い様、それに負けず劣らず好戦的なアメリカ・トランプ大統領の物言い・・・多くのメディアがこぞって取り上げているところですから、あえて付け加えることもありませんし、今後の展開を予測するにしても、金正恩・トランプ両指導者の頭の中など誰もわかりません。

ただ、ひょっとしたら日本にも、自分の頭の上にもミサイルが落ちてくる可能性もある話ですから、スルーするのもいかがなものかということで。

****北朝鮮が「グアム周辺に火星12を発射」と米トランプ政権に警告 小野寺防衛相名指しで「日本列島を焦土化できる」とも****
北朝鮮の朝鮮人民軍戦略軍は、北朝鮮に対するトランプ米政権の軍事的圧迫を非難し、中長距離弾道ミサイルと称する「火星12」で「グアム島周辺への包囲射撃を断行する作戦案を慎重に検討している」と警告する報道官声明を発表した。朝鮮中央通信が9日、伝えた。
 
声明は、作戦案が間もなく最高司令部に報告され、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が決断を下せば「任意の時刻に同時多発的、連発的に実行されるだろう」と主張。米国に「正しい選択」をし「軍事的挑発行為を直ちにやめるべきだ」と迫った。
 
トランプ政権が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行ったり、戦略爆撃機を韓国に飛来させたりしていることに反発したもので、爆撃機の出撃基地のあるグアムをけん制して警告を送るためだとしている。

火星12は、5月に試射され、グアムに届く5千キロ前後の射程があると推測されている。
 
朝鮮中央通信は9日、「敵基地攻撃能力」保有の検討に言及した小野寺五典防衛相や、安倍晋三首相を名指しで非難し、「日本列島ごときは一瞬で焦土化できる能力を備えて久しい」と威嚇する記事も報じた。【8月9日 産経】
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いつもの「ソウルを火の海に」発言も。

****北朝鮮「ソウルも火の海に」 韓国軍の砲撃訓練を非難****
北朝鮮の朝鮮中央通信は8日、韓国軍が7日午後に北朝鮮に近い黄海の白ニョン島と延坪島で海上砲撃訓練を実施したことを「軍事的挑発」と非難し、「白ニョン島や延坪島はもちろん、ソウルまでも火の海になりかねないということを肝に銘じ、むやみに暴れないようにすべきだ」と威嚇した。(後略)【8月8日 ソウル聯合ニュース】
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「グアム島周辺への包囲射撃を断行する作戦案を慎重に検討している」発言に関しては、ある意味、威勢がいいだけの普段の恫喝発言とは異なり、“新潮に検討”ということで、相手の出方を見極めようという姿勢もにじませています

****米グアム周辺発射、金正恩氏は“有言実行”するのか 「慎重に検討」は見極めのシグナル****
北朝鮮が具体的ミサイル名を挙げ、検討段階の発射計画を公表するのは極めて異例だ。トランプ米政権との軍事的緊張を一気に高める米グアム周辺への発射に本当に踏み切るのか。
 
北朝鮮戦略軍が言及した「火星12」は、5月に北朝鮮北西部から試射され、高度2000キロ超に達し、787キロ飛行して日本海に落下した。通常角度で発射すれば、射程は4500〜5000キロに及ぶと分析され、約3500キロのグアムには十分到達する。
 
グアムに向け発射すれば、日本上空を通過する可能性が高く、誤って落下する危険も生じる。
 
金正恩朝鮮労働党委員長は1月、「試射準備の最終段階」だと宣言した大陸間弾道ミサイル(ICBM)を実際に発射するなど、“有言実行”の姿勢を示してきた。日本海側への試射では、飛距離に限界があり、太平洋側に飛ばして現実の性能をテストしたいのが本音だ。一方で、「慎重に検討している」と実施を断言しておらず、トランプ政権の出方を試す思惑もにじむ。
 
米韓両軍は21日から合同軍事演習に入る予定。その前後に北朝鮮が発射に踏み切る可能性があるとみて、警戒している。
 
沖縄本島の約45%ほどのグアム(面積549平方キロ)には、B1爆撃機などが配備されているアンダーセン空軍基地と原子力潜水艦の基地アプラ港があり、米軍の重要戦略拠点になっている。
 
人口は約16万人(2010年国勢調査)で在留邦人数は4422人(16年現在)。経済は観光業と米軍関係に依存し、16年には過去最高の154万人の訪問客があった。このうち半数の約74.5万人が日本人で占められている。【8月9日 産経】
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日本に“誤って落下する危険”云々とありますが、そういう話より、アメリカが北朝鮮の攻撃に報復するとか、あるいは、先制攻撃をしかけるとかいう行動に出れば、本格的な戦争になり、そのときは前線基地の日本を標的とした“日本列島ごときは一瞬で焦土化”するという攻撃もありえるという危険の方が重大問題です。

異例の激しさ トランプ大統領の「炎と怒り」発言
そのアメリカの反応ですが、予想以上にペースを速める北朝鮮が核弾頭をミサイル搭載可能な水準にまで小型化することに成功したと判断する米当局の分析もあって、トランプ大統領の発言は「北朝鮮は世界が目にしたことのないような炎と怒りに直面するだろう」と、北朝鮮・金正恩委員長のお株を奪うような激しさです。

****北朝鮮、核小型化成功か=爆弾60発保有の推定も―トランプ氏「火力に直面」と警告****
米紙ワシントン・ポスト(電子版)は8日、北朝鮮が核弾頭をミサイル搭載可能な水準にまで小型化することに成功したと判断する米当局の分析を報じた。

トランプ米大統領はこの日、「北朝鮮はこれ以上、米国を脅さない方がいい。世界が目にしたことのないような火力と怒りに直面することになる」と強く警告した。
 
北朝鮮は既に、米本土を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験に成功したと主張している。核弾頭小型化が事実なら、日本など周辺国や米国への脅威が一段と高まることになる。
 
同紙によると、米国防情報局(DIA)がまとめた7月28日付の分析概要は「北朝鮮がICBM級を含む弾道ミサイルで運搬する核弾頭を生産したと(米)情報機関はみている」と指摘した。米当局は7月時点で、北朝鮮が保有する核爆弾を最大60発と推定しているという。
 
北朝鮮は昨年9月の核実験で、弾道ミサイルに搭載可能な核弾頭の性能や威力を確認し「小型化、軽量化、多種化された、より打撃力の高い核弾頭を必要なだけ生産できるようになった」と主張。その時点で米国では、実際に核弾頭を小型化するには数年を要すると推測する見方が主流だった。

新たな分析で、北朝鮮による核開発が予想を上回るペースで進んでいる可能性が出てきた。【8月9日 時事】 
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このトランプ発言については“トルーマンの原爆投下演説に似ている”との指摘も。

****トランプ「炎と怒り」はトルーマンの原爆投下演説に似ている****
<広島に原爆を落とした日のトルーマン演説と今のトランプの脅しが似ている不気味さ>
ドナルド・トランプ米大統領は8月8日、核・ミサイル実験を繰り返す北朝鮮に対し、これまでで最も直接的で痛烈な言葉で警告した。

具体的な攻撃や核兵器の使用にこそ言及しなかったものの、使用した言葉は、1945年8月6日に月広島に原爆を投下したことを世界に向けて発表した時のハリー・トルーマン元米大統領の言葉を不気味に思い起こさせた。(後略)【8月9日 Newsweek】
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トランプ発言の激しさは、アメリカ国内でも波紋が広がっています。

****トランプ氏「北は炎と怒りに見舞われる」 異例発言に米国内で疑問の声****
米紙ワシントン・ポストが8日、「北朝鮮が小型核弾頭の製造に成功した」と報じたことは、事実とすれば北朝鮮が米本土を直接脅かす核戦力を確保するという、トランプ政権が恐れていた「悪夢」がついに到来したことを意味する。
 
しかしこの日、米国内でそれ以上に大きな波紋を広げたのは、トランプ大統領が「北朝鮮は炎と怒りに見舞われる」などといった、金正恩(キム・ジョンウン)体制顔負けの言辞で軍事行動に踏み切る意思を明言したことだ。
 
米国の大統領が、他国から軍事攻撃を仕掛けられたというのでなく、「脅し」をかけられたことへの報復として戦争に言及するのは極めて異例だ。
 
トランプ政権は、国連安全保障理事会が5日採択した北朝鮮制裁決議を踏まえ、ティラーソン国務長官らを中心に、中国やロシアも巻き込んだ国際的な対北包囲網の強化に取り組んでいる。最終目的は「外交を通じた北朝鮮の核放棄」だ。
 
しかし、トランプ氏の発言は、北朝鮮問題の平和的解決に向けた国際連携の動きに逆行するものだ。むしろ、北朝鮮による「グアム島攻撃」の警告からも明らかなように、北朝鮮を無用に刺激し、米軍の攻撃は「現実の脅威」であるとの宣伝材料を差し出し、核開発を進める口実を与えることになりかねない。
 
共和党の重鎮、マケイン上院議員は8日、トランプ氏の発言は「深刻な衝突につながるだけだ」と批判。かつてクリントン政権下で北朝鮮問題に取り組んだペリー元国防長官も「恫喝(どうかつ)はわが国の安全保障態勢を損なう」とツイッターで一蹴するなど、トランプ氏の言動を疑問視する声は党派を超えて広がっている。
 
一方、ワシントン・ポスト紙の報道の元となった国防情報局(DIA)の分析に関しては、小型核弾頭の実験が行われていない可能性があることなどを理由に、核弾頭小型化の進展度をめぐって他の米情報機関との間で結論が一致していないとの報道もある。
 
ただ、核弾頭の小型化にせよ、7月28日の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射では失敗したとみられる弾頭の大気圏再突入にせよ、北朝鮮が実現させるのは「時間の問題」(核専門家)との見方が支配的だ。
 
米軍当局者も、北朝鮮が既に実戦的な核兵力を保有しているとの前提で対応を進めているとしており、今回の報道を受けて米政府の対応が劇的に変わることはないとみられる。
 
しかし今回、トランプ氏の不用意な発言で動揺が広がり、「誤解と誤算」による米朝の衝突が現実的なリスクとして浮上してきた。米政権には、熟慮を重ねた慎重な情報発信がこれまで以上に求められている。【8月9日 産経】
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双方の威嚇的発言が相手を刺激し、危険度が更に高まることも。
また、相手の反応・出方を読み間違って事態がエスカレートしていくというのは、戦争が起きるときのいつものパターンです。

北朝鮮攻撃支持に傾くアメリカ世論
もっとも、トランプ発言はトランプ大統領ひとりの先走りではなく、アメリカ国民の北朝鮮への苛立ちを反映したものでもあります。

****米共和党支持者の74%が対北軍事行動に賛成 脅威認識が大幅上昇 CNN世論調査****
米国による北朝鮮への軍事行動を米国民の半数が支持し、トランプ大統領の与党・共和党支持者では74%に上っていることが8日、CNNテレビが発表した世論調査で分かった。8割近くが北朝鮮が米国をミサイル攻撃する能力を備えたとみており、脅威認識が強まっていた。
 
調査は北朝鮮が7月28日に2度目の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を実施した後の今月3〜6日に実施され、約1000人の成人から回答を得た。
 
北朝鮮が米本土に到達しうるICBMを開発していることに対して、米国が軍事行動に踏み切ることが望ましいかを聞いたところ、50%が賛成すると答え、反対は43%だった。支持政党別では共和党が賛成74%に対して反対21%、民主党が賛成34%に対して反対58%となり、明確に支持動向が分かれた。
 
北朝鮮の脅威を「非常に深刻」と答えたのは62%で今年3月の前回調査の48%から大幅に上昇。同様の調査を始めた2000年以降で最高となった。北朝鮮がすでに「ハワイを含めた米国」をミサイル攻撃できる能力を備えているとみているのは77%だった。【8月9日 産経】
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戦後の東アジアは中国を軸に再建か
現段階の北朝鮮の技術水準がどこまで達しているかは疑問の余地がありますが、いすれにしても「時間の問題」であり、アメリカとしてはいずれ決断を迫られる問題であること、もし、戦争に踏み切るなら早い段階の方が北朝鮮の攻撃を最小限に抑えられること・・・からすれば、「この際、一気に・・・」という行動もあり得ます。

トランプ大統領としては、チキンレースを降りて支持者の信頼を失うよりは、一気に北を叩いた方が、傾いている政権立て直しに有利だとの判断もあるでしょう。

その場合、ソウルは火の海になり、東京・大阪へもミサイルが飛来するということにもなります。

ただ、日本からしても、北朝鮮、中国、韓国などとの関係が改善しない閉そく状態の東アジア情勢を考えれば、この際、状況を一変させて事態をリセットするような“戦争”も“あり”かも・・・という考えもあるでしょう。

東京・大阪はともかく、自分が住んでいるところには飛んでこないのでは・・・という根拠のない楽観(私の住んでいるいるところは稼働中の原発がありますので、標的とはなりえますが、ピンポイントで原発を狙う技術が北朝鮮にあるのか?)、仮に万一のことがあっても、自分はもう十分生きたし・・・という感も。

戦争の記憶が風化している日本にとっては、もう一度“悲劇”を経験することも一定に意義があることなのかも・・・とも。

あれこれ考えるのも面倒で、「この際・・・・」という話にもなりがちですが、戦争後の東アジア情勢を考えると、おそらく北朝鮮を叩いて満足したアメリカは、それ以上東アジアへの関与はしたがらないでしょう。

北朝鮮を制御できずに、北朝鮮と同じ土俵で殴り合いをすることになった戦争は、アメリカを頂点とした国際秩序の終焉をも意味します。

そして、北朝鮮・韓国・日本を巻き込んだ戦争後の東アジア情勢は、中国を軸として再建されることになるのではないかと思えます。

今でも、日本は人口減少などで、将来的には超大国・中国に隣接する中等国の立ち位置になっていくと思われていますが、戦争に巻き込まれる形で傷を負えば、そのペースは早まり、“中等国”の中身もより不利なものになってしまうでしょう。

そうしたことを考えると、やはり不用意な戦争は何としても阻止しないと・・・という思いにもなります。
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ベネズエラ・マドゥロ政権への原油取引制裁を避けるアメリカ 北朝鮮を支える中国と同じでは?

2017-08-08 21:54:17 | ラテンアメリカ

(ベネズエラ産原油に依存しているシェブロンのフロリダ州にあるガソリンスタンド【8月5日 SankeiBiz】)

憲法改正で野党勢力を無力化し、時間を稼ぐマドゥロ政権
混迷する南米の石油大国ベネズエラ・マドゥロ政権の情勢については、ひと月前の7月10日ブログ“ベネズエラ 末期症状的混乱のなかで拘禁野党指導者が自宅へ 増大するデフォルトの危機”でも取りあげました。

経済破綻・強権的政治で国内外から強い批判を浴び、政権への抗議活動が継続、120人超とも言われる犠牲者を出す事態になっていますが、攻める野党・反政府勢力側も決め手を欠くなかで、制憲議会選挙強行・野党主導の国会の無効化、反大統領派の急先鋒のオルテガ検事総解任など、マドゥロ大統領ペースの強引な政治が続いています。

****<ベネズエラ>制憲議会を招集 野党が大勢の国会廃止決定へ****
ベネズエラで憲法改正の草案作りを担う制憲議会が4日、招集された。三権を超越する最高権力機関となる制憲議会は5日から審議を開始し、野党連合が大勢を占める国会を廃止する決定を下すとみられる。与党派だけで構成される議会の発足に伴い、マドゥロ大統領が権限を掌握する独裁体制が確立した。
 
(中略)制憲議会選には野党連合が選挙の正当性を認めず、立候補者を擁立しなかった。
 
国会の野党議員は当初、議事堂を制憲議会には明け渡さないと宣言していたが、実際には全く抵抗せず、混乱は起きなかった。議事堂周辺は、バスで動員された政権支持派の労働組合員ら1万人以上で埋め尽くされ、祝福の歓声に包まれた。
 
またカラカス市内の5カ所で反政府デモがあったが、いずれも参加者は数百人程度にとどまった。デモ隊は議事堂へ向かって行進を試みたが、即座に治安部隊に催涙ガスで制圧され、散会した。
 
制憲議会選の正当性を巡っては、選管発表の投票総数が水増しされた疑惑が浮上。オルテガ検事総長が3日、議会発足の差し止めを裁判所に請求したが、裁判所はこの訴えを無視している。
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****制憲議会、検事総長を解任=反大統領派の急先鋒―ベネズエラ****
反米左派のマドゥロ大統領派で占められている南米ベネズエラの最高機関、制憲議会は5日、反大統領派の急先鋒(せんぽう)のオルテガ検事総長を「深刻な職権乱用があった」などとして解任した。同氏は最高裁の求めで裁判にかけられる。
 
AFP通信によると、オルテガ氏は「憲法と法に反している。私はあきらめない。ベネズエラは野蛮、違法、飢餓、闇と死を恐れない」と反発。野党が多数を占める国会のボルヘス議長は「(国の機関が)完全に人質に取られた」と指摘した。
 
一方、制憲議会のカベジョ議員は「個人攻撃や政治的リンチではなく、法を執行しただけ」などとしている。【8月6日 時事】
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国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)は、ベネズエラの実質経済成長率を2015年はマイナス7.1%、2016年はマイナス7%と予測しています。

マドゥロ政権は、食糧不足で餓死者も出ており、周辺国に難民が流出するという事態にあっても、食料配給など国民向け予算を切り詰め、国債や国営石油会社の社債償還に原油収入を充てることで決定的なデフォルト(債務不履行)を避けて時間を稼ぎ、憲法改正で野党勢力を無力化し、外貨準備を切り崩しながら原油価格の上昇にかけるというシナリオを描いていると見られています。【8月4日 「アセットアライブ投資レポート」より】

既得権益を政権と共有する軍部
動向が注目されている軍部については、一部軍人によると見られる小規模な反乱はありましたが、基本的には既得権益を政権と共有しており、(少なくとも軍上層部は)政権支持の立場にあると思われます。

****ベネズエラ、軍の小規模な反乱鎮圧 制憲議会は検事総長解任****
ベネズエラ当局は6日、同国バレンシア市近郊にある軍の基地で発生した小規模な反乱を鎮圧し、マドゥロ政権への「テロ攻撃」を企てたとして7人を拘束した。

ソーシャルメディアには、4日の制憲議会発足に反対して「決起」した旨を軍服の集団が説明する動画が6日に投稿されている。

国防省の発表では反乱グループの一部は武器を携帯して基地から逃走し、治安部隊が徹底的に捜索しているという。

バレンシアの住民の話によると、反乱を支持する数百人の人々が街頭に繰り出した。そのほとんどは催涙ガスで追い払われたが、マドゥロ大統領の強権的な政治に対する国民の反発が広がっている様子が浮き彫りになった。

5日には、マドゥロ氏への批判を続けてきたルイサ・オルテガ検事総長を制憲議会が解任し、オルテガ氏に出廷を命令。制憲議会の権限が反政権勢力の締め出しに使われるのではないかとの懸念が現実化しつつある。

今後の政治情勢で鍵を握るのは軍部の動向とみられており、野党は軍首脳部に対してマドゥロ政権とたもとを分かつよう再三呼び掛けている。

しかし、軍首脳部は政府への忠誠を維持。多くの軍関係者が政府との旨味のある契約や汚職、密輸などに関わっており、野党政権になって糾弾される事態を懸念し、マドゥロ氏が大統領の座にとどまることを望んていると指摘されている。

ただ、デモ鎮圧に実際に駆り出され、薄給に甘んじている軍の下級将校の間では、現状への不満が高まりつつある。【8月7日 ロイター】
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批判を強める中南米諸国 アメリカも金融制裁実施
中南米諸国の大勢はマドゥロ政権を強く批判する流れにありますが、決定打とはなっていません。

****ベネズエラを資格停止=メルコスル****
ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ベネズエラで構成する南米南部共同市場(メルコスル)は5日、サンパウロで開いた外相会議で、マドゥロ大統領が独裁体制を強化しているベネズエラの無期限の加盟資格停止を決めた。
 
ブラジルのヌネス外相は記者団に対し「われわれは、死や抑圧はもうたくさんだ、今すぐやめろと言っている。国民を苦しめてはならない」と強調した。【8月6日 時事】 
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中南米ではキューバ、ニカラグア、ボリビアはマドゥロ大統領を支持しています。中南米以外ではロシアが支持を続けています。

7月30日の制憲議会選挙強行を受けて、アメリカ・トランプ政権は7月31日、マドゥロ大統領を制裁対象に指定したと発表しています。

****米、ベネズエラ大統領に金融制裁「民意軽視する独裁者****
南米ベネズエラのマドゥロ大統領が新憲法制定のための制憲議会選挙を強行したのを受け、トランプ米政権は7月31日、マドゥロ氏に対する金融制裁を発表した。

米財務省は、マドゥロ氏が幅広い人権侵害に関わったとしたうえで、30日の選挙について「ベネズエラの憲法と民主的な秩序の決裂を示している」と非難した。(中略)

米政府は「ベネズエラは世界有数の原油の埋蔵量があるにもかかわらず、政府が広範な汚職に関わり、数千万人の国民が飢えている」とも指摘。米メディアによると、米政府はベネズエラとの原油取引の禁止などの追加制裁も検討しているという。(中略)
 
ロイター通信によると、米国の制裁を受けてマドゥロ氏は「帝国の命令は受け入れない。ドナルド・トランプよ、制裁を続けるがいい」と反論。「米国では、対立候補より300万票少なくても大統領になることができる。何と素晴らしい民主主義だ」として、昨年の米大統領選でトランプ氏がクリントン元国務長官より得票総数が少なかったことを引き合いに出して皮肉った。【8月1日 朝日】
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原油取引制裁で返り血を浴びることを避けるアメリカ
更に、追加制裁の検討も報じられています。ただし、依然、石油は制裁対象からはずれるようです。

****トランプ政権、ベネズエラ当局者への追加制裁準備=米政府筋****
複数の米政府関係者によると、制憲議会選を強行したベネズエラのマドゥロ大統領に近い同国当局者に対して、トランプ米政権は追加制裁を準備している。トランプ政権は既にベネズエラの当局者13人とマドゥロ大統領に制裁を科しているが、制裁対象をさらに広げることになる。

新たな制裁は、米国に保有する資産の凍結や米国への渡航禁止のほか、米国人が制裁対象の人物とのビジネス上の取引をすることを禁じる内容。米政府筋は、ロイターに、早ければ今週中に発動すると述べた。

米政府筋によると、新たな制裁の対象についてはまだ最終決定しておらず、発表の日程も未定。かなりの数が対象になる見通しだという。

米政府筋によると、新たな制裁でも、ベネズエラの基幹産業である石油セクターは依然、対象外となる見込み。米政府当局者は先月末、ベネズエラの石油セクターを対象とした制裁を検討していると話していた。

関係者の1人は、石油セクターをまだ制裁対象にしない理由として「マドゥロ大統領の行動が続いた場合に新たな措置を講じる余地を残しておきたい。一度にすべての措置をとるのは賢明ではない」と語った。【8月8日 ロイター】
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周知のように、ベネズエラの死命を制するのは輸出収入のほとんど(96%)を占める石油です。
そして最大の石油輸出先が、チャベス前大統領以来“犬猿の仲”でもあるアメリカです。

アメリカが原油取引を制裁対象にすれば、ベネズエラの命運は尽きます。
そのため、石油を対象にした制裁が以前から“検討のテーブル”にはあがっていますが、いまだ実施には至らないようです。

“一度にすべての措置をとるのは賢明ではない”とのことですが、いささか“詭弁”の感も。
石油制裁を行わないのは、製油所の生産落ち込みやガソリン価格急騰など、アメリカにとっても“不都合”な面があるからにほかなりません。

****米石油大手、影響100億ドルも ベネズエラへの制裁で原油輸入禁止が浮上 ****
トランプ米政権による南米ベネズエラに対する経済制裁が、米石油産業に影響を及ぼし始めている。米政権が主要な原油調達先であるベネズエラからの原油輸入を禁止する可能性が浮上しているからだ。
製油所の生産落ち込みやガソリン価格急騰など、米経済全体への影響が懸念されている。
 
米政府は7月31日、ベネズエラのマドゥロ大統領が米国内に所有する全ての資産を凍結した。同大統領が新憲法制定のための制憲議会選挙を強行したことを受けた措置だ。
 
トランプ政権は追加制裁を検討しているとされるが、関係者によれば原油輸入制限の是非については意見が分かれているという。

というのも、ベネズエラは米国にとって第3位の重要な原油調達先だからだ。米国は昨年だけでも2億7000万バレルを超える100億ドル(約1兆1009億円)相当の原油をベネズエラから輸入した。これは約50億ガロン(約1892万キロリットル)のガソリンが製造できる量にあたる。
 
ベネズエラ産原油に依存しているシェブロンなどの米石油大手にとって禁輸措置は死活問題だ。ブルームバーグが集計した米国税関のデータによれば、米ミシシッピ州パスカグーラにあるシェブロンの製油所では、原油の43%がベネズエラからの輸入だという。
 
打撃を受けるのは、製油所だけではない。ガソリン価格も少なくとも一時的に高騰するとみられている。かつてガソリン価格の上昇に関してオバマ前米大統領を執拗(しつよう)に攻撃していたトランプ氏にとって、これは慎重な対応を迫られる問題だ。
 
一方、ベネズエラのビジェガス通信情報相は2日のインタビューで「原油輸入制裁は、わが国にとって恩恵をもたらすだろう。石油価格が米国や欧州で高騰すれば、マドゥロ政権も安泰だ」と強気の姿勢を崩さない。
 
シェブロンなどの企業は、トランプ政権に対してロビー活動を始めた。米燃料石油化学製造者協会(AFPM)も7月6日付の書簡で「(石油制裁は)米国の製油所、消費者、そして米国の経済に重大な悪影響を及ぼす可能性がある」との主張を展開した。

米国が禁輸措置に踏み切った場合、戦略石油備蓄(SPR)から備蓄石油を放出することで、石油価格の急激な上昇を抑制する可能性はある。だが、あくまで短期的な解決策にすぎないなど懐疑的な見方が広がっている。【8月5日 SankeiBiz】
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****原油市場に現れた2つの地政学リスク****
・・・・ベネズエラにとって最大の輸出先である米国市場(全輸出に占めるシェアは40%弱)を失うことは致命的な打撃となるが、米国もベネズエラ産原油の輸入を停止すれば、「返り血」を浴びることになるからだ。
 
ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)の子会社であるシトゴは、米国内に3つの製油所と約6000軒のガソリンスタンドを有している。

つまり、ベネズエラ産原油がガソリン供給に与える影響はきわめて大きく、米国のガソリン価格が急騰するリスクがある。

米国政府としては、ベネズエラが原油を輸出する際に品質を向上させるために充当している米国産原油の輸出(日量2万バレル弱)を停止するのが関の山ではないだろうか。【8月4日 藤和彦氏 JB Press】
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核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の死命を制する石油輸出を中国が続けていることについては、とかくの議論があります。結局は、自国の都合を優先させているということでしょう。

その意味では、“民意を無視する独裁者”(7月31日、ムニューシン米財務長官)を結果的に延命させているアメリカの対応も、中国と同じものに思われます。

デフォルトの可能性については、“4月に政府や国営石油会社の30億ドルにのぼる債券の償還をどうにか乗り切りましたが、次のヤマ場は10月です。国債や国営石油会社の社債を日本やアメリカの大手証券が購入する動きがみられるものの、予断を許さない状況に変わりはなく、デフォルトは時間の問題と市場ではみられています。”【8月6日 ロイター】とも

国営石油会社がデフォルトを起こすと、ロシア・中国の支援も期待できなくなります。

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ベネズエラ全体の外貨準備が100億ドルを割り込んでしまったことから、PDVSA(ベネズエラ国営石油会社)が外貨不足により今後の資金返済に窮し、デフォルトを起こしかねない状況である。

PDVSAは多額の融資の見返りに原油を無償で供給する契約(Loan for Oil)をロシアと中国との間で結んでいる。PDVSAがデフォルトを起こせば両国に大きな損失が生じてしまうことは必至である。【8月4日 藤和彦氏 JB Press】
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こうした事態で、最大の資金的支援国ともなっている中国がどこまで“沈む”マドゥロ政権を支えるのかも注目されます。

日本を含めた世界経済の視点では、アメリカによる原油取引制裁やベネズエラのデフォルトは原油市場における価格上昇(1バレルあたり7ドルの上昇とも)という影響を受けます。
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イタリア、フランスの難民流入、多大な犠牲者への対策 

2017-08-07 21:26:08 | 難民・移民

(チュニジア南東部ザジルスの港で、「レイシスト反対!」と大書した横断幕を掲げる漁師ら(2017年8月6日撮影)。【8月7日 AFP】)

依然高水準の難民流入
紛争や貧困から逃れて欧州へ流れ込む難民は、依然として高水準にとどまっています。

****難民申請、小幅減の164万人=16年、シリア内戦で高水準―OECD****
経済協力開発機構(OECD、本部パリ)が29日発表した移民や難民に関する報告書「国際移民アウトルック2017」によると、日米欧などOECD加盟35カ国に提出された新規難民申請の合計は前年から1.3%減の164万人となり、過去最高水準を維持した。
 
中東やアフリカから紛争や貧困を逃れて大量の難民が欧州に向かう現状を反映し、全体の7割超となる約120万人を欧州が占めた。難民申請が最も多かったのはドイツで、前年比6割増の72万人だった。このうち出身国の内訳は、内戦が続くシリアが約27万人と3割超に達している。【6月29日 時事】 
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難民全体でみると、こうした日米欧で難民申請する者は、全体のごく一部にすぎません。

****難民ら世界で6560万人=最多更新、シリア深刻―国連****
国連難民高等弁務官事務所は19日、紛争や迫害により家を追われた人の数が2016年末時点で世界で6560万人に上り、過去最多になったと発表した。1年前と比べ30万人増加。近年は毎年、最多を更新している。
 
国外に逃れた難民数も2250万人で過去最多。長引くシリア内戦が最大の要因になっており、550万人の難民を生んでいる。戦闘が続く南スーダンからの難民数は140万人に達し、情勢悪化により急増している。
 
このほか、世界全体で280万人が難民申請中。また、自国内で避難する「国内避難民」は4030万人に上り、シリアやイラク、コロンビアが特に深刻になっている。
 
同事務所は、世界で避難を余儀なくされている6560万人は英国の全人口より多いと指摘。グランディ国連難民高等弁務官は「あってはならない数だ。危機の解決に向けた結束の必要性がこれまで以上に強まっている」と訴えた。【6月19日 時事】
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シリア・イラクでの対ISの戦闘がモスル・ラッカなどで山場を超えつつありますので、この地での戦闘が落ち着けば、難民の数も低水準に落ち着くのでは・・・との期待もあります。

ただ、もともと、欧州を目指す人々の大半は戦闘など政治的理由ではなく、よりよい就業機会を求める経済的理由だとも言われていますので、現在の経済格差、アフリカ諸国での貧困が続く限り、欧州における人の移動の圧力はなくならないとも思われます。

頻発する地中海ルートの悲劇
北アフリカから欧州を目指す人々が利用しているのが地中海を渡るルートですが、国際移住機関(IOM)によると、今年1月〜6月29日に地中海経由で欧州に渡った移民や難民は9万5千人余り。途中で死亡したのは2169人に上るそうです。

欧州への移民や難民は、密航業者の手配した船で出港しますが、船は老朽化しているうえに定員超過で、転覆が相次いでいます。【7月1日 朝日より】

地中海で移民船沈没、126人死亡 「密航業者がエンジン盗んだ」【6月20日 AFP】
難民乗せたゴムボート転覆、60人不明 リビア沖【7月1日 朝日】

出航地のリビアに達するまでに、サハラ砂漠横断で犠牲になる人々も多数います。

****サハラ砂漠に水・食糧なしで放置、移民67人を救助 ニジェール****
西アフリカ・ニジェール北部のサハラ砂漠に、密航業者によって水や食糧を与えられずに放置された西アフリカ出身の移民67人が当局によって救助された。人道支援の関係筋が7日、AFPに明らかにした。うち1人は後に死亡したという。

関係筋の話によると、サハラ砂漠の中に位置するセグエディーネ付近で今月5日、「瀕死(ひんし)の移民67人が防衛・治安部隊によって救出された」という。
 
移民らはサハラ砂漠の端に位置するアガデスを3台の車に分乗して出発した後、密航業者から何も与えられずに砂漠に放置されたという。
 
アガデスはアフリカにおける密航や人身売買の中心地となっており、欧州を目指す移民希望者らを密航業者が勧誘しているという。移民らが救助されたセグエディーネはアガデスの北西635キロに位置している。【7月10日 AFP】
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イタリア リビア領海での難民船対策 救助団体の活動も制限
無理な地中海横断による難民・移民の犠牲者を防ぎ、欧州への圧力を緩和すべく、難民らの玄関口ともなっているイタリアは、出航地であるリビア領海で密航業者を封じ込む対策に乗り出しています。

そのためには当然に主権国リビアとの協力が必要になりますが、いつも言うように、リビア情勢の混乱が対応を難しくもしています。

また、NGOの難民救助活動への制限も視野に入っているとも。

****伊、海軍船艇をリビア領海に派遣 密航船対策、移民流入抑制急ぐ****
イタリア政府は2日、北アフリカから地中海を渡って欧州を目指す移民や難民の密航船対策のため、海軍船艇をリビア領海内に派遣した。

非政府組織(NGO)による救助活動への制限も検討しており、とどまらない移民流入の抑制に躍起になっている。
 
海軍投入はリビア側の要請を受けた措置で、現地で密航船対策にあたる同国沿岸警備隊の支援が目的。伊政府の計画を上下両院が2日承認し、海軍の哨戒船1隻が同日、リビア領海に入った。さらに今後、船艇1隻が派遣される見通し。
 
政治が不安定なリビアは移民船の出港拠点となり、イタリアへの流入が近年増加。今年もすでに昨年並みの約9万5千人に上る。

欧州連合(EU)は公海上で取り締まり作戦を展開するが、効果が限定的なため、沿岸部の対策強化を流入抑制に向けた「転換点」(ジェンティローニ伊首相)としたい考えだ。
 
ただ、艦艇6隻の派遣を検討したとされる伊側の当初計画も、リビア側で主権侵害への懸念が上がり、規模が縮小された。

伊側は沿岸部で密航船を送り戻すことが抑止効果となると期待するが、人権団体は劣悪な環境に移民らを戻すことになると批判している。
 
伊政府はNGO約10団体が独自の船舶を使って実施する移民の救助活動への対応も模索する。密航を促しかねないとの懸念があるためで、海上での灯火禁止や警官の乗船などに関する「行動規範」をまとめ、受け入れない場合は同国の港の使用を認めない姿勢も示す。
 
伊当局は2日、密航業者の船から移民を直接受け入れた疑いでNGOの船1隻も捜査した。一方、多くのNGOは人命救助に支障があるとして規範を拒否しており、十分な協力が得られるか不透明な状況だ。【8月3日 産経】
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“密航業者の船から移民を直接受け入れた疑いでNGOの船1隻も捜査”という件については、以下のように報じられています。

****難民救助の船を密航ほう助容疑で拿捕 イタリア****
アフリカからヨーロッパを目指して地中海を渡る難民や移民を送り出している密航業者と連絡を取り合い、密航を助けたとして、イタリアの検察は難民や移民の救助を行うNGOの船を拿捕(だほ)したことを明らかにしました。

地中海ではアフリカからヨーロッパを目指す難民や移民を乗せたボートが沈むなどして死亡したり行方不明になったりする人が相次ぎ、複数のNGOが船で救助活動を行っています。

こうした中、イタリア・シチリア島にある都市、トラパニの検察は2日、密航を助けたとして、救助活動にあたってきたドイツのNGOの船を拿捕し、船内を捜索して乗組員に事情を聴いたことを明らかにしました。

検察官は会見で、この船の乗組員が難民や移民を送り出している密航業者と去年、3回にわたって連絡を取った証拠があるとして「不法移民を助ける犯罪行為だ」と非難しました。その一方で、検察官個人としてはNGOが連絡をとった理由は難民や移民の命を救うための人道的なものだと確信しているとしています。

拿捕された船を所有するドイツのNGOは、インターネット上に出した声明で船が捜索を受けていることを認め「命を救うことが最優先であり、現在活動ができないことをとても残念に感じている」とコメントしています。【8月4日 NHK】
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「不法移民を助ける犯罪行為だ」と非難する一方で、検察官個人としては人道的なものだと確信している・・・・この問題の難しさを反映した“葛藤”です。

救助団体の船を追い回し、救助活動を妨害する右翼団体
そうした“葛藤”を感じない極右団体は、NGOの船を追い回して、移民・難民の救助活動を妨害しています。

****極右の船が人道支援船を追跡、移民・難民救助の妨害が狙いか 地中海****
地中海で、極右団体「ディフェンド・ヨーロッパ」がチャーターした船がNGOの人道支援船「アクエリアス号」を追跡している。

移民・難民の救助活動の妨害が狙いとみられる。(後略)8月6日 AFP】
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こうした極右団体の行動に対し、チュニジア漁民からの反発が起きているとも。

****チュニジア漁師、反移民活動家の船を入港させず 「レイシストは来るな****
チュニジアの沿岸都市ザジルスの港で6日、北アフリカから欧州へ向かう移民船を妨害しようとする極右の反移民活動家の船の入港を、地元の漁民らが阻止した。港の関係者は「人種差別主義者を寄港させるなどあり得ない」と語っている。
 
漁民らが入港を阻んだのは、欧州の過激派グループ「ジェネレーション・アイデンティティー」がチャーターした船「C-Star」。

移民船の沈没が相次ぎ、多数の犠牲者が出ている地中海の海域で調査・救出活動をしているフランスのNGO「SOSメディテラネ」の船「アクエリアス号」を一時的に追跡するなどしていた。
 
全長40メートルのC-Starは今月1日にキプロスを出港。5日にはリビア沖を航行し、ザジルスに向かっていた。

物資や燃料を調達するためチュニジアに寄港する必要があるが、ザジルスで漁師や人権活動家らの予期せぬ強い抗議に遭い、港に入れなかったもようだ。

そのためチュニジア沖を北上して、7日にチュニジアのスファックスもしくはガベスに寄港しようとしている。
 
地元漁民団体の幹部はAFPの取材に「やつらが来たら燃料の給油口を閉める。地中海で起こっていることに関して、自分たちができる最低限のことだ」と説明。「イスラム教徒やアフリカ人が死んでいるんだ」と語気を強めた。
 
2014年以降に密航業者が手配した船から救助され、イタリアへ移送されたアフリカや中東、南アジア出身の移民らは60万人余りに達し、欧州へ渡る途上に船の沈没などで死亡した人も1万人を超える。

こうした状況を受けて、個人や慈善団体の支援を受ける船も加わり、イタリア沿岸警備隊主導の国際的な捜索・救助活動が続けられている。【8月7日 AFP】
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フランス 渡航前のリビアでの難民申請手続を検討
イタリアが進めるリビア領海での密航船取締りのほか、フランス・マクロン大統領は、リビアで難民審査を行うことで、難民申請が認められないような人々の“無駄”な渡航を阻止する対策を表明しています。

****マクロン仏大統領、リビアに難民手続き施設を設置する意向表明****
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は27日、欧州への渡航を試みる難民申請者のために手続きを行う施設をリビアに設置する考えを明らかにした。

リビアは、密航業者の粗悪なボートで地中海を渡って欧州に向かうアフリカ人移民たちの主要な出航地となっている。
 
マクロン氏は、「このアイデアは、難民資格がないにもかかわらず、人びとが常軌を逸した危険を冒すのを回避するための拠点づくりを意図している」と説明。今夏中にも設置したい意向を明らかにした。
 
マクロン氏は今週、リビアの二大対立勢力がパリで行った協議を仲介し、停戦と選挙実施に向けた取り組みを進める合意にこぎ着けた。

同氏は今回の合意により、5年におよぶ内戦がもたらしたリビアの混乱に終止符を打ち、移民の流出を食い止めるようになることを望むと語った。
 
国連(UN)傘下の国際移住機関(IOM)によると、今年に入って10万人以上がリビアから船で地中海を渡ろうと試み、2300人以上が水死したという。【7月27日 AFP】
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イタリアの対策にしても、フランスの対策にしても、リビアの政治混乱が収まることが前提条件となりますし、混乱が収まればリビア自身による密航業者対策も進みます。

更に言えば、シリア・イラクなど紛争地の安定だけでなく、サハラ周辺諸国の経済的改善の必要もあります。

難民・移民に対する対応については意見が分かれる問題ですが、私個人としては、国境線を盾にして「ここは我々の国だ。お前たちの来るところではない」という対応は、自分自身の品格を損なうものだと考えており、許容できる範囲で受け入れる最大限の努力を行うべきだと考えています。
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中国で大ブームの“シェアサイクル” 背景には評価システムとマナーの向上 そこには別の問題も

2017-08-06 22:02:55 | 中国

(一部に乱雑に止められた自転車もあるが、おおむね“許容範囲”ではないか・・・との指摘も【6月26日 高口康太氏 Newsweek】 “乗り捨て自由”という話と、上記写真のような駐車スペースとの関係は?個人的には、基本的な仕組みがよく理解できていません。)

シェアサイクルの日本での展開は?】
中国では“シェアサイクル(シェア自転車)”が大ブームとなっている話はよく聞きますが、中国で成功した大手シェサイクル企業が日本でも営業を開始すべく準備が進んでいます。

ただ、中国での成功のカギとなった、スマホによるモバイル決済、乗り捨て自由といった環境が日本にはなじまず“苦戦”を予想する声もが中国国内でも多いようです。

また、そもそも日本ではシェアサイクルに対するニーズがあまりないのでは・・・との指摘も。

****中国発の「シェア自転車」が日本上陸、中国メディアは「数々の制約が発展の足かせに」と悲観的****
2017年8月4日、中国で大ブームの「シェア自転車」。スマートフォンのアプリを使う新サービスが日本にも上陸する。これについて中国メディアは「数々の制約が足かせになる。日本でも早くからシェア自転車プロジェクトが展開されているが、発展や普及、規模には限界がみられる」などと指摘。悲観的な見方を示している。

日本に進出するのは、中国の大手「摩拜単車」(モバイク)。6月、福岡市に子会社を設立し、同市と札幌市でサービス開始の準備を進めている。運営スタイルは中国と同じで、料金は30分につき100円(暫定)を想定しているという。

モバイクについて、中国網は「シェア自転車の日本における普及の見通しを占う」との記事を掲載。コンビニ最大手・セブンイレブン北京の董事長、総経理を務める内田慎治氏の「シェア自転車のプロジェクトをこれほど大きな規模で実施できる場所は中国だけだろう。日本では恐らく難しい」との見解を紹介した。

その理由として記事は「厳格な自転車管理法規があり、まず関連当局の申請を経て、固定のサイクルポートに関する問題を解決しなければならない」「東京や大阪、横浜など地価が非常に高い大都市では、中国のように街中の一部に白線を引いて駐輪場にし、大量のシェア自転車を置いておくということはほぼ不可能」などを列挙。

「利用者は必要な時に自転車を見つけることができない、目的地に着いたのに返却場所がないという状況に陥ってしまう」としている。

さらに「日本の都市の地下鉄、電車、公共バス、タクシーなどの公共交通機関は非常に便利で、公共自転車が発展できる余地がほとんど残されていない」とも言及。

「東京や大阪など人口が密集している大都市では、公共バスが非常に便利で、『駅から会社』『駅から家』などの『残りの1キロ』という問題はほとんどない」と述べる一方、「その他の都市は交通機関が大都市ほど発達していないものの、シェア自転車のプロジェクトを支えるだけの人口がない」と説明している。

日本人が個人情報保護を特に重視することにも着目。「日本では中国のような巨大なモバイル決済市場を形成するのは至難の業だ。そのため『シェアリング』と『モバイル決済』をセールスポイントとするシェア自転車に、日本人は興味は示しても、受け入れには慎重な態度を示す」との問題点も挙げている。

その上で記事は「環境保護への関心が高まっている今の時代、自転車は環境にやさしく、便利」としながらも、「制限の多い日本の市場で中国のシェア自転車が成功を収めることができるかは、日本市場を正しく調査し、実際の状況に適応できるかにかかっている」と結んでいる。【8月5日 Record china】
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ただ、上記のような制約・ハードルは素人が考えてもすぐわかる話で、そこに敢えて進出するというからには、それなりの成算あってのことではないか・・・とも思えます。

そもそも、中国におけるシェアサイクル事業の採算についても長期的には成り立たないとする海外の見方がある一方で、中国国内からはデポジットの資金運用という意外な指摘もなされています。

****自転車シェアリングは「バカげた経済」とする独メディア 果たして中国ネット民の反応は**** 
中国では急速にシェアリングエコノミーが普及中だ。そのスピード感や規模の大きさに、世界は驚きをもって注目している。その最たるものがインターネット技術を駆使したサイクルシェアリングだが、その評価は賛否両論というのが現状のようだ。
 
中国メディア・今日頭条は7月31日、サイクルシェアリングについてドイツのあるメディアが「バカげた経済だ」と酷評したと報じた。

記事は、ドイツの経済誌ビルトシャフツボッヘが同29日に「バカげた経済 中国のシェアリングバブル」というコラムを掲載したことを紹介。そこでサイクルシェアリングについて「高額のコストに対して価格設定が安すぎるため、投資のリターン率が極めて低すぎる」と評したと伝えている。
 
同誌の試算によれば、自転車1台あたりのコストは250ユーロで、毎日5回使われないと1年でコストが回収できないという。しかし、現状は4日に1台レンタルされる状況であり、これでは1時間12ユーロセントという価格は安すぎて全く割に合わないとのことだ。
 
記事はまた、同誌が「中国の投資者はシェアリングエコノミーに熱をあげている。タクシー配車から雨傘、充電器、そして自転車などのシェアを打ち出すスタートアップ企業が大量の資金を呼び込んでいるが、こういった企業は急速に拡張するばかりで、速やかに黒字を出すことはできない」と主張していることを紹介した。
 
同誌の見方に対して、中国のネットユーザーからは「彼らは自転車を貸して金儲けすると考えているようだが、それこそバカげている。デポジットで儲けるのだ」、「ドイツ人にとってデポジットは利用者のものであり、商売する側はデポジットで利益を得ようとしてはいけないと認識している。考え方の違いだ」、「1億人のユーザーが100元ずつデポジットを支払ったらいくらになると思っているのか」といった批判的なコメントが多く寄せられている。
 
確かに中国には「良さそうなものはとりあえずやってみる」という考え方があり、運用後に続々と問題が見えてくることがしばしばある。サイクルシェアリングの評価は、一連の問題がある程度出揃い、そこで頓挫してしまうか、さらなる進化を遂げるかを見てから下すべきだろう。【8月4日 Searchina】
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(中国だけでもありませんが)中国では、ホテル宿泊でも普通に高額のデポジット(保証金)を要求され、問題なくチェックアウトする際に返却されます。デポジット用の現金を用意しておらず慌てることもあります。

シェアサイクルは利用したことはありませんが(外国人観光客はモバイル決済できないので利用できません)、通常の“貸し自転車”を西安で利用した際も高額のデポジットを要求され、壊したりしたら大変なことになる・・・と感じたこともあります。

"マナーの悪さ”が指摘される中国で、なぜシェアリングが成功しているのか?】
そもそも、“マナーの悪さ”が国内外で大きな問題となっている中国に、“シェアリング”という行動様式が馴染むのか?・・・・という疑問も感じるところですが、この点に関しては“意外にも”クリアされつつあるようです。

****中国シェア自転車「悪名高きマナー問題」が消えた理由****
<中国発シェアリングエコノミーは世界から注目を浴び、いよいよ日本にもシェアサイクル大手が進出。中国内外のメディアでマナー問題がボトルネックといわれてきたが、筆者が中国で目にした現実とは>

(中略)シェアリングエコノミーとはもともと、Airbnbに代表される民泊、Uberに代表されるシェアライドなど、一般市民が持つ家や自動車(そして自分の労働力)を提供して代価を受け取るというサービスだった。

ところが、中国発シェアリングエコノミーはやや様相を違えている。シェアサイクル、シェア・モバイルバッテリー、シェア雨傘、シェア・バスケットボールなど、さまざまなサービスが登場しているが、いずれもプロの事業者が一般ユーザーにサービスや製品をレンタルするという形式だ。

日本のシェアサイクルと違って乗り捨て自由
なかでも台風の目となっているのがシェアサイクルだ。日本法人を設立したモバイクとライバルの「ofo(共享単車)」という2強を筆頭に計30社近い企業が乱立し、激しい競争を繰り返している。

各社累計で2016年には200万台以上の自転車が投入されたが、2017年の投入台数は3000万台に達するとも予測されている。また、モバイクは先日6億ドルを超える融資を獲得したが、その多くは自転車の製造費用にあてられるとみられている。

なぜ中国発シェアサイクルはこれほどまでに注目を集めているのか。
日本にもある従来型のサービスは規定の駐輪場で自転車を借り、やはり規定の駐輪場で返すという仕組みだが、中国発のシェアサイクルでは街のどこでも乗り捨て自由。

使いたい場合には、街のあちこちに放置されている自転車を探してスマートフォンで解錠。行きたい場所まで乗っていってそこに乗り捨てるという仕組みになっている。専用駐輪場まで行かなくて済むことで利便性が一気に高まったのだ。

私も実際に利用してみたが、なるほど、革命的なサービスだとうならされた。これまでは距離にして1キロ程度、徒歩10分を超えるような距離の移動には尻込みしていたが、シェアサイクルがあれば地下鉄駅から2~3キロ離れた場所への移動も苦にならない。値段も30分0.5元(約8円)程度と激安だ。

街を走っていると、学校帰りの中学生が下校のために利用している姿を見受けるなど、生活に溶け込んでいるさまがよくわかった。

マナー問題がボトルネックといわれるが
過熱する中国発シェアリングエコノミーだが、一方で課題も少なくない。その最たるものがマナー問題だろう。

シェアサイクルに関しても中国内外のメディアはマナー問題がボトルネックになる可能性を指摘している。ざっくりとまとめれば次のようにまとめられるだろうか。

自転車を好き放題乗り捨てすれば、交通の邪魔になってしまう。自分の自転車じゃないと思って乱暴に扱えば、壊れた自転車が散乱するだけになってしまう。さらには自転車を川に投げ込む、サドル部分に画鋲を埋め込んでおくという誰も得をしないイタズラまで報じられている。

多額の融資を得て次々と新しい自転車をばらまいている今はいいかもしれないが、しばらく経てば負の側面が鮮明に見えてくる。結局のところ一時のバブルであって、持続可能なサービスではないのではないか......。

素直な私は「なるほど、そういうもんかいな」と受け止めていたのだが、実際にいくつかの中国の都市を見てみると印象が変わった。

確かに乗り捨てられた自転車がたまっているところはあるし、壊れた自転車もある。だがあくまで許容範囲だ。気合いを入れて探せば報道されているような問題にも巡り合えたのかもしれないが、普通に利用している場合には特に困った点はない。

悪名高き中国人のマナー問題(というと中国の友人に怒られそうだが、中国人自身もネタにしていることなのでご容赦いただきたい)はどこへいってしまったのだろう!?

信用情報の大統一を目指す中国政府
この背景は2つの視点から理解する必要がある。第一にシステムの問題だ。

シェアリングエコノミーではマナーを守らせるための評価システムが導入されている。例えばシェアライドのUBERでは顧客がドライバーを、ドライバーが顧客を相互に評価する仕組みが導入されている。評価が高まると顧客は車を拾いやすくなり、ドライバーはより多くの客が配分される。利便性という「ニンジン」を吊すことによってマナーを変えようとしているのだ。

この評価システムは中国ではさらにアグレッシブな進化を遂げている。米国ではUBERが得た評価情報は原則として他社に提供されない。

中国では政府の指導の下、シェアサイクル各社は協定を結び、マナーが悪い顧客に関する情報を共有している。あるシェアサイクル企業のサービスでマナー違反を行えば、他企業のサービスも利用できなくなるのだ。

そればかりか、中国政府はこうしたシェアリングエコノミーの信用情報に加えて、金融機関の信用情報、海外旅行のマナー違反ブラックリストなど、ありとあらゆるデータベースを連結。信用情報の大統一を目指している。

完成した暁には、シェアサイクルでいたずらをすると、住宅ローンの金利が上がったり、海外旅行に行けなくなったりするという寸法だ。SF小説のディストピアそのままの世界だが、現実には人々のマナーが向上して過ごしやすい社会が到来するという側面もあるのかもしれない。

逆にいうと、そうした先進的ディストピア・システムが備わっていない日本では、中国以上にマナーが問題化する可能性もある。実際、香港のシェアサイクル「gobee.bike」はトラブルに苦しんでいる。(中略)日本でも同様の問題が引き起こされる可能性はありそうだ。

マナー意識は確実に向上してきた
ここまで紹介してきたように、マナーを守らせるシステムの要因は大きいのだが、実際に中国で取材を続けていると、それだけではないのではないかと思うようになった。

もう1つの要因がある。それは実際、中国人のマナー意識が向上しているという点だ。

過去10年間は中国が国際的な存在感を飛躍的に高めた時代である。北京五輪や上海万博などの国際的スポーツイベントが開催され、「恥ずかしくないホスト国になりましょう」という大々的なマナーアップキャンペーンが開催された。

海外旅行が一般人にも手の届くサービスとなったが、海外での恥ずかしいマナー違反がたびたびニュースになるなか、やはりこちらもマナー教育に力が入れられている。日本も1964年の東京オリンピックが国民意識を変える大きなきっかけになったと言われている。中国でも同様の変化が起きつつあるのではないか。(中略)

「中国、とりわけ都市部の人々は、海外の人々と直接接する機会が増えるなかで、このままでは恥ずかしい、経済面だけではなくマナーの面でも外国に優越しなければ――そんな思いがあるのではないでしょうか。なにせ中国はメンツの国ですからね。(中略)」

これは筆者の知人である在中国日本人の言葉だ。たんに評価システムにしばられているのではなく、マナーを向上させたいという熱い思いがあるのだろう。

日本では「意識高い系」というとバカにするような意味合いで使われることも多いが、中国で展開されている意識高い系ブランドやそこに群がる人々にはそうしたてらいはない。ただひたすらに文明人になろうと邁進している。

日本は今やさまざまな分野で中国に追い抜かれているが、そうした中でも日本社会の優位性として讃えられるのがマナーの良さや紀律だ。

だが、もしこのまま中国人がマナー面でも真摯に学び続けたら......。あるいはこの分野でも「日中逆転」が起こりうるのかもしれない。【6月26日 高口康太氏 Newsweek】
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“30分0.5元(約8円)で乗り捨て自由”なら、非常に使い勝手がいい乗り物になります。日本にそういうものがあったら私は喜んで使います。“30分で100円 所定の場所へ返却”なら、どうしてもという場合以外は使いません。

評価システムによってマナー問題がクリアされている・・・・という話は、非常に興味深いところです。
“実際にも、マナーに対する意識が向上しつつある”と言う側面を加速させる要因ともなっていると思われます。

私を含めて、中国に関する話をするとき、いくら経済・軍事力が拡大してもマナーが現状では世界から尊敬はされない・・・といった類いの話をするのですが、それもやがてなくなるのか・・・そうあってほしいです。(そのとき、日本が中国に対して誇るべきものは何があるのか?という話はありますが)

信用情報の大統一、国家による管理がもたらす恐怖
しかし、“信用情報の大統一”というのは、怖い話でもあります。
“管理社会”そのものです。しかもその“管理”を行うのが“一党支配”の共産党・・・・というのは・・・・。

国家による情報管理を当たり前のこととして受け入れている中国社会ではほとんど問題視されないのでしょうが。

もっとも、国内での意識の欠如だけでなく、国家による情報管理を否定しているはずのアメリカ大手も“中国市場”の魅力には勝てないのが現実です。

****アップルに続きアマゾンも中国に「屈服****
2017年8月2日、米自由アジア放送(RFA)は、アップルに続きアマゾンも中国に「屈服」したと伝えている。

米アマゾン・ドット・コムのクラウドサービス「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」の中国現地パートナーである北京光環新網科技(Sinnet)はこのほど、当局によるインターネット接続規制を回避することができる仮想プライベートネットワーク(VPN)の使用をやめるよう顧客に電子メールで伝えたことを明らかにした。

VPNをめぐっては、米アップルが数日前、主要なVPNアプリを中国の「App Store」から削除したばかりだ。

北京光環新網科技の関係者は、顧客向けの通知について、中国の公安部と工業情報化部の要請を受けて出したものだとし、「われわれは顧客が承認されていないVPNを使用していないか定期的にチェックし、使用している顧客を発見した場合、サービスを停止する」と話した。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、アマゾンの広報担当者は2日、「Sinnetは、顧客に現地の法律を順守させる責任がある。通知を出したのは、顧客にそうした義務を思い出させることを意図したものだ」と説明した。【8月3日 Record china】
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欧州左派は「シェアリングエコノミーは死んだ」】
話をシェリングエコノミーに戻すと、中国のような大手企業主導のシェリングシステムは、当初想定されていた“シェリングエコノミー”とは異質のものとなっており、欧州などではこうした動きに対してネガティブな空気もあるようです。

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「シェアリングエコノミーは政治的右派にも左派にも通じる要素を持っている。

シリコンバレー系リバタリアンやネオコンなどの右派から見た場合、それは『規制緩和とIT化による遊休資産の最適配分』を意味する。

ヨーロッパの環境派・市民派コミュニティなどの左派から見た場合、それは『大企業から市民への生産消費プロセスの主権奪還』を意味する。

シェアリングエコノミーが死んだ、というのは、後者の夢が破れて結局は米系大資本による前者の成功のみが後に残った、ということだ」。【“欧州で左派が「シェアリングエコノミーが死んだ」と言うワケ” 藤井 宏一郎氏 7月11日 アゴラ】
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イラクのクルド自治政府、9月に独立の是非を問う住民投票を予定 ISより大きな“爆弾”にも

2017-08-05 21:07:42 | 中東情勢

【8月3日 朝日】

イラクでもシリアでも「IS後」のカギはクルド人
イラクではモスルが解放され、シリアではアメリカの支援を受けるクルド人勢力によってラッカの奪還が進んでいます。(ラッカは現在のところ半分ほど奪還した状況のようです)

このようにIS支配が崩壊するなかで、「IS後」のイラク・シリアがどうなるのか?という問題が、現実の問題となっています。

これまでも再三とりあげてきたように、アメリカ、ロシア、イラン、トルコといった関係国の思惑もありますが、イラクでも、シリアでも、クルド人の動向が重要なポイントとなります。

****ISなき後のイラク、シリアはどうなるか****
英フィナンシャル・タイムズ紙コラムニストのデイビッド・ガードナーが、6月29日付け同紙に「イスラム国の影響が弱まる中、イラクとシリアは更なる不安定に直面している。連邦主義は中東で失敗してきたかもしれないが、平和は協力に依存している」との論説を寄せ、IS後のシリア、イラク情勢の見通しを論じています。論旨は、次の通りです。
 
ISは、イラクのモスルを失い、シリアのラッカを失いつつあり、「原始的国家」としては破壊されつつある。2003年の米国によるイラク攻撃と、2011年以来のシリア内戦で空洞化した国家においてISは育ったが、彼らのシリア、イラクからの退場は新しい真空を作り出す。
 
主たる外部勢力、ロシア、イラン、米、トルコは、その中で地歩を築こうとし、争っている。シリアとイラクが将来どうなるべきか。
 
サダム・フセイン後の占領下イラクでは、多数派シーア派と少数派スンニ派とクルドの権力分有の連邦モデルが採用されたが、スンニ派による内戦、シーア派の宗派主義、クルドの冷淡さが連邦主義を失敗させた。シリアでもアサドの中央集権主義は失敗した。
 
アサド政権は、地方分権を拒否しているが、同政権は少数派であり、シリア全土を取り戻し統治するのは人員不足で無理である。今はロシアとイランの支援で勢いづいているだけである。
 
ロシアは地方分権化したシリアのための憲法青写真を作った。シーア派民兵、アサドの顧問さえも、アッシリア・キリスト教徒やヤジディ教徒などに自治を認めるなど、地方の条件を尊重しないと、シリアとイラクの大きな地域をまとめて、統治するのは難しいと認めつつある。
 
シリアでもイラクでも主要な問題はクルドである。北イラクのクルド地方政府は、9月25日にイラクからの分離に関する国民投票を行う予定である。

クルド側はパートナーシップなどがあれば連邦主義を受け入れるが、それが今はないとしている。連邦主義は中東では外部勢力の介入、領土分割を意味すると懐疑の念で見られているが、事実上の分割が起こっている。
 
シリアのクルドは、米国がIS攻撃のためにクルドのクルド人民防衛隊(YPG)民兵を使う決定をした後、北シリアでRojavaと呼ばれる自治地区を作り出した。

シリアの将来の政府はこれと権力の分有を考慮せざるを得ないだろう。

シリアのクルドにとって、クルド労働党(PKK)との関係が問題である。トルコはシリアのクルド勢力がユーフラテス川の西のクルド勢力と一緒になることを警戒し、北西シリアに侵攻、根拠地を築いている。
 
しかし、現地での協力は、実際的な利益につながると思われている。こういう協力が進めば、それが連邦主義とよばれようが、誰も気にしないのではないか。(後略)【8月1日 WEDGE】
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イラクでもシリアでも“クルド人”の動向がカギになりますが、イラクのクルド自治政府がトルコと比較的良好な関係があるのに対し、シリアのクルド人勢力はトルコが最大の敵とするPKKに繋がる組織であり、“クルド人勢力”と言っても1枚岩では決してありません。

イラクのクルド自治政府 キルクークも含め、独立の是非を問う住民投票を9月25日に実施
先ずイラクのクルド自治政府の動きから。
周知のように、自治政府のバルザニ議長は、クルド自治政府のイラクからの独立を問う住民投票の実施日を9月25日に設定したと発表しています。

****イラクのクルド人自治区、独立問う住民投票を9月実施へ****
イラクのクルド人自治区は7日、独立の是非を問う住民投票を実施する方針を表明した。自治政府のバルザニ議長がツイッターで「住民投票の実施日を9月25日に設定したと発表するのを喜ばしく思う」と述べた。

バルザニ氏の側近もツイッターに投稿し、住民投票はキルクーク、マクムール、シンジャル、カナキンの4カ所で行うと説明した。

ただ、イラク政府は住民投票実施に強く反対する公算が大きい。シーア派系の政治運動組織、イラク・イスラム最高評議会のアンマール・ハキーム議長は特に、クルド勢力が大規模油田を抱えるキルクークを編入することがないよう警告を発している。

これについてクルド自治政府高官の1人は4月、ロイターに対して投票で独立賛成が多数となれば、自治拡大に向けたイラク政府に対する交渉力が強まる効果があると指摘。必ずしも自動的に独立宣言につながるわけではないとの見方を示した。

アルビルのテレビによると、クルド自治政府当局者が今後バグダッドを訪れて住民投票の計画を話し合う見通し。またクルド人自治区の議会選挙が11月6日に予定されるという。

クルド人自治区の独立に関しては、自国内のクルド人の居住地域に波及しかねないと懸念するトルコやイラン、シリアといった近隣諸国も反対の立場を維持している。【6月8日 ロイター】
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もちろん、「賛成多数=直ちに独立」ではないとは言うものの、独立を問う住民投票実施というのは中央政府にとって大問題ですし、現在の自治政府の領域外にあって、これまでも帰属が争われてきた油田地帯キルクークも投票範囲に含める意向であることも問題となります。

****イラクから独立問う住民投票 地域政府、9月実施の意向****
(中略)同大統領(バルザニ氏)は昨年も「11月までに住民投票を行う」とKRG(クルド自治政府)の独立を目指す意思をみせていたが、住民投票の実施日を示したのは初めて。ただ、イラク政府の反発は必至で、実現に向けては曲折も予想される。
 
声明は、対象の地域について、KRGの領域に加えて「領域外のクルド人地区」も含むとした。油田のあるキルクークなども含める意向とみられる。

だが、これらの地域では、過激派組織「イスラム国」(IS)の打倒に向けてKRGの治安部隊とイラク政府軍が共同で展開している地点があり、対IS作戦に影響を与えかねない。

ISに家を追われ、避難先から戻ることができていない国内避難民(IDP)もおり、投票の早急な実施が批判を呼ぶ可能性もある。
 
また、7日の政党間の会合には地域第2党のゴラン(変革)党など複数の政党が参加しておらず、KRG内での意見対立が表面化する恐れもある。【6月8日 朝日】
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イラク中央政府が「独立へ向けた住民投票」をすんなり容認するとも思われませんので、これからクルド自治政府とイラク中央政府のせめぎあいが表面化すると思われます。

****クルド独立」揺れる油田地帯 イラク・キルクーク、来月住民投票****
イラク有数の油田を抱える北部キルクークが、クルド独立に向けた動きに揺れている。クルディスタン地域政府が9月実施予定の独立の是非を問う住民投票を、キルクークでも行うとしているためだ。

同地の帰属をめぐっては長年論争が続いてきたが、一気にけりをつけようとするクルド側に、少数派からは戸惑いの声が上がっている。

キルクークの市街地の入り口には、巨大な像が立つ。地域政府の軍事組織ペシュメルガの兵士をあしらった彫像だ。高さ約21メートル。周囲に建物がない分、その姿は威圧的ですらある。
 
過激派組織「イスラム国」(IS)は2014年、イラク第2の都市モスルを制圧し、キルクークに迫った。イラク軍兵士が敗走する中、ISを撃退したのはペシュメルガだ。その感謝の気持ちを込めて、クルド人の芸術家らが寄付を募り、制作したという。
 
市内に入ると、クルドの存在感はさらに増す。役所の屋上に翻っているのは地域政府の旗だ。イラク国旗とともに掲揚されている場所もあるが、地域政府旗だけの所もある。
 
市内にはイラク政府の警察官も配備されているが、警備の中核を担うのは、地域政府の治安組織アサイシュだ。キルクークの西約45キロのハウィジャではISの残党が今も立てこもり、掃討作戦が続く。連日数百人の避難民がキルクークや近郊に逃れてくる。IS戦闘員が紛れ込んでいるケースもあり、アサイシュは避難民の身元調査も担っている。
 
キルクークの油田を実効支配するのも地域政府だ。警備に当たるペシュメルガは、ISの侵攻に伴うイラク軍の混乱の隙を突く形で駐留した。産出された原油は地域政府の管理下に置かれ、クルディスタン自治区経由のパイプラインで、トルコのジェイハン港から積み出されている。
 
関係者によると、最近の生産は日量55万バレル~60万バレルで推移しているという。イラク全体の産油量は現在460万バレルほどで、キルクークの占める割合は十数%に過ぎない。
 
しかし、湾岸戦争(1991年)後の経済制裁や、イラク戦争(2003年)以降の治安悪化などで拡張や新規開発が進んでいないため、増産できる可能性は高いとの指摘もある。「独立問題の行方にかかわらず、キルクークの油田を地域政府は決して手放さない」との見方が支配的だ。

 ■少数派、戸惑いの声
キルクークは元々、アラブやクルド、トルクメンなどの各民族や、イスラム教のスンニ、シーア両派、キリスト教徒など様々な民族や宗教・宗派の住民が暮らしていた。
 
しかし、旧フセイン政権は、クルドなどの少数民族を追放し、アラブ人を各地から移住させる「アラブ化政策」を進めた。油田の治安確保などが理由とされる。

イラク戦争後に制定された現憲法は帰属の決定にあたって、(1)追放者の帰還(2)人口調査(3)キルクーク住民による投票――の3段階を定めたが、調査は度々延期され、住民投票のめども立っていない。
 
帰属の決定は油田権益につながり、「キルクーク住民」の定義をめぐって中央政府や地域政府、トルクメンなど他の少数民族などとの間で合意が取り付けられないためだ。
 
キルクーク市を含むキルクーク地方議会選挙も2005年以来、行われていない。同年の選挙では41議席中、クルド系会派は26議席を占めた。これに対し、9議席のトルクメン系などの少数派は、クルディスタンに併合されればクルドの中で埋没すると反発している。(後略)【8月3日 朝日】
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クルド側の真意がどこにあるのかは不透明なところもありますが、バルザニ議長は、今回予定している住民投票は“イラク政府に対する圧力の手段ではなく、独立を達成するための通り道である”ことを明確にし、“イラク政府とのこれまでの話し合いは、全て何らの解決策も見いだせなかった。住民投票は、今後イラクの良き隣人として生きていくか否かを表明する唯一の方法になった”とも語っています。【8月1日 「中東の窓」より】

クルド人には独立する権利がある。しかし、今のままでは新たな殺し合いが起こるかもしれない
しかし、クルド独立が地域を不安定化させることになるとする、否定的な見方があります。

****クルド人国家」に立ちはだかる無数の壁****
<イラクのモスルをISISから奪還した今こそ、イラク北部のクルド自治区の独立のチャンス。だが今のままでは新たな殺し合いが起こるかもしれない。クルド人のせいではなく、自治政府のバルザニ議長が指導者にふさわしくないからだ>

イラクのクルド自治政府で事実上の大統領を務めるマンスール・バルザニ議長は、6月28日付けの米紙ワシントン・ポストに、「イラクのクルド人が独立について選択する時が来た」という見出しの論説を寄稿した。

その中でバルザニは、「イラクのクルド人が自治権を行使することは誰の脅威にもならないし、不安定な地域の安定化につながる」としたうえで、次のように結んだ。

“イラクにクルド人を押し込む1世紀にわたるやり方は、クルド人にとってもイラク人にとっても得策でなかったと認める時だ。アメリカと国際社会はクルド人の民主的な決定を尊重すべきだ。長い目で見ればそのほうがイラクとクルド自治区の双方にとって良い結果をもたらす。”

クルド人には独立する権利があるか。答えはイエスだ。

チェコスロバキアとは違う
だが、クルド人の独立が地域を安定化させるというバルザニの見解は正しいだろうか。答えは絶対にノーだ。ただしその原因の大半はバルザニ自身で、クルド人が問題なのではない。

クルド人の独立を正当化するためクルド自治政府関係者はよく、1993年のチェコとスロバキアの連邦制解消が友好的だったことを引き合いに出す。

だが、紛争になった例も多い。スーダンと南スーダン、エチオピアとエリトリア、セルビアとコソボ、インドネシアと東ティモールなど、ゲリラ勢力の台頭や軍事衝突を伴った分離独立も多数ある。そうした紛争で、分離独立派が勝利して統治に成功した例は1つもない。恐らくそうしたケースの方が、クルド人の状況に近いだろう。

筆者(マイケル・ルービン氏)は『Kurdistan Rising(クルド蜂起)』の中で独立後のクルド人の成功を左右するすべての問題とその取り組み方について書いた。

以下はそのほんの一例だ。

■水の共有に関する協定
バルザニは、クルド人独立後のイラク政府とクルド自治区はうまく共存の道を見出せると言う。だが70年以上前のものもある水資源の共同利用に関する協定の修正は大変だろう。チグリス川とユーフラテス川の水をめぐっては、トルコとシリアも含めた周辺諸国の間で小競り合いが絶えず、水戦争が勃発しかけたこともある。

■国境画定
バルザニは独立するのはイラク北部のクルド自治区だけだと言いながら、独立の是非を問う住民投票はより広いクルド人居住地域を対象に行うべきだと提案している。

チェコとスロバキアは国境画定で直ちに合意した。バルザニの一方的な政策は、イラクとの国境争いを10年は長引かせるのが必至で、結果的にイラクとクルド人国家は敵対することになるかもしれない。

■市民権
首都バグダッドなどイラクで暮らすクルド人は、クルド人の国家で市民権を持つのか。クルド人国家で暮らすアラブ人は、イラクの市民権を持てるのか。二重国籍は認められるのか。クルド自治区の独立の是非を問う住民投票をきっかけに、イラク政府に仕えるクルド人は公職を追われ、これまでにクルド人がイラクで獲得した影響力や保護を失うことにならいのか。もっと言えば、民族浄化の序章にはならないのか。

■経済
クルド自治区の人々は、自分たちには豊富な石油資源があると信じているが、汚職や縁故主義のため市場は不透明で、すでに一部の石油メジャーが撤退してしまったほど。クルド自治政府は今も公務員の賃金が払えないことがしばしばで、200億ドルに上る債務を抱えている可能性がある。(中略)

クルド人国家は建設前に沈んでしまうのか。残念ながら、答えはイエスだ。

■軍隊
クルド自治政府の民兵組織「ペシュメルガ」がどんなに称賛されようと、実態はバルザニが常々批判しているシーア派民兵組織と同じだ。ペシュメルガは軍隊というより民兵組織で、内部に権力争いを抱えており、自治政府よりむしろ政界の黒幕に忠実だ。

たとえ石油埋蔵量が豊富でも、軍が国家でなく特定の人物の意向に従えば内戦が起きる。独立した南スーダンの内戦がそうだ。

バルザニは自分を建国の父とみなすかもしれないが、期待通りのレガシー(遺産)は残せないかもしれない。昔なら、バルサニには選択肢があった。南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領のようになりたいか、パレスチナ自治政府のヤセル・アラファト初代大統領のようになりたいのか。

マンデラは、アフリカ民族会議(ANC)のリーダーとしてアパルトヘイト(人種隔離政策)と戦い、政治的な対立を超えて新しい南アフリカを築いた。

バルザニは議長の任期満了を迎えても辞職を拒んだが、マンデラは権力を移譲し、政権移行の前例を作った。

逆にアラファトは復讐のために権力を利用し続けた。バルザニと同様、多額の公金を使い込み、パレスチナ人を深く分断させ、パレスチナ自治政府の組織や財政をボロボロにした。

クルド人は住民投票を強行するかもしれず、そうなれば独立派が勝利するだろう。だが身内や蓄財よりクルド人のことを優先する指導者が現れない限り、クルド人は自由獲得の歴史的なチャンスを無駄にすることになる。【7月11日 Newsweek】
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住民投票実施、クルド独立についてはイラク中央政府がどのように判断するかにもよりますが、トルコ、シリア、イランなどに多数暮らすクルド人の動向に影響する形で、現在の中東の国際秩序を根底からひっくり返すことにもなり、周辺国の強烈な反発を招くと思われます。

長くなってしまったので、シリアのクルド人問題についてはまた別機会に。
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ウクライナ東部は“現状維持”で進まぬ和平 米の対ロシア制裁強化、天然ガスをめぐる米ロ欧の思惑も

2017-08-04 23:12:23 | 欧州情勢

(政府軍兵士 ウクライナをめぐる交渉で米政府の新代表に任命されたカート・ボルカー氏は、過去72時間以内に少なくとも9人のウクライナ兵士が殺害されたと語っています。【7月25日 Newsweek】)

唐突な「マロロシア(小ロシア)」樹立宣言
ウクライナ東部では、2015年のミンスク合意後もウクライナ政府と親ロシア派の戦闘状態が完全には止まない状況が続いていますが、周知のように先月末、親ロシア派「ドネツク人民共和国」から唐突に「マロロシア(小ロシア)」という“新国家樹立”の発表がなされました。

親ロシア派支配地域だけでなく、ウクライナ全土を対象とした“新国家”とのこと。

****ウクライナに「新国家」宣言=親ロシア派が一方的に****
ウクライナ東部の親ロシア派武装勢力は18日、現在のウクライナに取って代わり「マロロシア(小ロシア)」という名称の「国家」を樹立すると一方的に宣言した。ウクライナは帝政ロシア時代に小ロシアと呼ばれていた。
 
インタファクス通信によると、ウクライナ東部の親ロ派「ドネツク人民共和国」の幹部は「地域の代表がウクライナの後継国として新たな国家を樹立することに合意した」と主張。現在のウクライナは「破綻している」とした上で、「平和と安定をもたらすことはできない」と決め付けた。
 
親ロ派はウクライナ東部しか実効支配してないが、国全域を対象とした「新国家」を樹立するとしている。また「新国家」に向けて「憲法」に関する住民投票を行い、「首都」は東部のドネツク市に置く方針という。【7月18日 時事】
******************

もちろん、ウクライナ政府は一笑に付していますし、親ロシア派のもうひとつ「ルガンスク人民共和国」も「相談も受けていないし、時宜を得ていない」という冷淡な反応です。

****意見は分かれる キエフの統制下にない2つ目の地域、新国家になる準備が整っていない****
ウクライナからの独立を自ら宣言しているルガンスク人民共和国の代表者ヴラジスラフ・デイネゴ氏は、新たな国家「マロロシア(小ロシア)」をルガンスクと一緒に樹立することは時宜を得ていないと発表した。

デイネゴ氏は、同じくウクライナからの独立を宣言しているドネツク人民共和国が、ルガンスクと一緒に新国家マロロシアを樹立するという提案を、ルガンスクはメディアから知ったと指摘し、「誰も我々と同プロジェクトを議論していない」と強調した。

なおデイネゴ氏は、ルガンスクでは「キエフ当局に反対するウクライナ南部・東部地域の住民の大半の立場を」共有しているが、ミンスク合意の履行に忠実である必要があると考えられていると述べた。

2015年、欧州安全保障協力機構(OSCE)および承認されていないドネツク人民共和国ならびにルガンスク人民共和国参加の下、ウクライナ東部での軍事紛争のデスカレーションを目的に、ドイツ、フランス、ウクライナ、ロシアの指導者がミンスク合意に至った。

18日午前、ドネツク人民共和国の指導者アレクサンドル・ザハルシェンコ氏は、マロロシアの樹立を発表した。【7月19日 Sputnik】
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ドネツク人民共和国の指導者アレクサンドル・ザハルシェンコ氏が示した「憲法」には、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」といった地域の代表が「ウクライナの後継となる新国家の樹立を宣言すること」に同意したと記されているとのことですが・・・・【7月18日 AFPより】

上記Sputnikはロシア系メディアですから、上記の冷淡な反応・評価は「ルガンスク人民共和国」だけでなく、後ろ盾のロシアも同じなのではないでしょうか。プーチン大統領が「マロロシア」についてまともな相談を受け、了承したとも思えません。

【“現状維持”が当事者・関係国の現実的選択
親ロシア派「ドネツク人民共和国」の「マロロシア」発表は、膠着状態が続く中で、その存在が国際的に、特に後ろ盾ロシアから忘れられてしまうことへの不安・焦りなどからの自己アピールの類ではないでしょうか。

そのあたりのウクライナ情勢について、今朝のNHKBSが取り上げていました。

****進まぬウクライナ和平****
ウクライナ上空を飛行していたマレーシア航空機撃墜事件から3年。ウクライナ政府軍と分離独立を求める親ロシア派の戦闘は今も続き、これまでにおよそ1万人が死亡、160万人以上が住む場所を追われる状況になっている。

紛争がこう着状態になる中、先月、親ロシア派は突如「新国家」樹立を一方的に宣言。双方の対立激化も予想されている。いまウクライナで何が起きているのかを探る。【8月4日 NHK】
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朝の忙しい時間帯で部分的にしか観ていませんので、正確なところは記憶していませんが、ウクライナ紛争、関係国とも“現状維持”がベターな選択というという評価があり、よくも悪くもならない状況が続いているといった趣旨だったように思います。

ウクライナ政府にしてみると、東部新ロシア派に特別な地位を与えてウクライナの枠組みに取り込むことには国内的に反対も強いですし、取り込んだ結果、統一的な統治が阻害される危険性もありますので、それよりは今のままの方が・・・といったところでしょう。

親ロシア派にしてみれば、ロシアが併合してくれればベストですが、それができないならロシアの支援が得られる現在程度の戦闘状態が続く方が・・・・

ロシアにすれば、お荷物になることがわかっているウクライナ東部を国際的反発を招いて併合する考えなどなく、現状の形でウクライナに影響力を行使し、ウクライナ政府がNATOに加盟することなどを阻止できればそれでよし・・・・というところ。(ロシアからのクリミアへの電力供給すら、度々停電に追い込まれる状況です)

ウクライナ政府を支援する欧州側も、ロシアとの決定的対立を招くような事態よりは現状の方が・・・・。

そうした当事者・関係国の思惑から、なかなか和平へ向けた取り組みが進まない・・・といったところです。

ウクライナには“核武装論”も
冒頭の「マロロシア」はそうした中で飛び出したものですが、同様にウクライナ側にも、“核武装”といった、「何を考えているんだか・・・」といった動きもあるようです。

****「核武装」くすぶるウクライナ 元世界3位の保有国 ロシアのクリミア併合、影響****
旧ソ連の共和国を前身とするウクライナは1991年の独立直後、約5千発の核爆弾と170発以上の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を持つ世界第3位の核保有国だった。米国とロシアなどが領土の保全を約束したことで核を放棄したが、ロシアによるクリミア併合などを経て、再び核武装論がくすぶりだした。(中略)

 ■NPT脱退、提案も
そのウクライナで、再び核抑止力を重視する声が高まっている。2014年にクリミア半島をロシアに併合され、東部でも親ロシア派武装勢力の占拠が続いているためだ。

14年に行われた世論調査では「核保有国の地位回復」に約半数が賛成し、反対を大きく上回った。この流れを受ける格好で、核武装を容認する政党も出てきた。
 
反ロシアの民族派政党で野党の急進党の議員は昨年12月、核不拡散条約(NPT)からの脱退を求める法案を議会に提案した。(中略)。法案手続きはゆっくりと進んでいる。
 
法案をとりまとめたビクトル・ボフク議員(55)は、NPT脱退と核武装をちらつかせることで、米国などから最新兵器の支援を受けることが狙いだと説明する。「NPT脱退は最終手段だ」
 
ウクライナは、米国の核兵器の「傘の下」にある北大西洋条約機構(NATO)に未加盟だが、今年2月の世論調査では加盟支持が半数を超えた。

議会も6月初め、将来の加盟を目指す方針を決定した。ボフク氏の主張は、世間の関心がNATO加盟にあることを反映したもののようだ。

 ■政権幹部顧問「まともではない」
(中略)ただ、ポロシェンコ政権幹部の政治顧問は、急進党の主張を「まともではない」と批判する。核兵器の放棄で得た信頼のおかげで、原子力発電用の核燃料を入手したり、チェルノブイリ原発の事故処理などで国際支援を受けたりしてきた。現実的な判断が働いているためで、政権がいきなり核武装に傾く可能性は低い。
 
専門家も冷ややかだ。核問題のアナリスト、オリガ・コシャルナさん(61)は「我々には以前から核武装の技術はなかった。ミサイルも(管理は)全部モスクワだった」と指摘する。
 
ウクライナにウラン濃縮の設備はない。核爆弾をつくる施設もない。コシャルナさんは断じる。「政治家が核武装を主張するのは選挙対策。正気の沙汰ではない。核武装に踏み切れば、ロシアとの(事実上の)戦争状態にあるウクライナは、各国からの支持を失ってしまう」【7月4日 朝日】
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アメリカ ウクライナへの武器供与検討
まあ“正気の沙汰ではない”話ですが、“米国などから最新兵器の支援を受けることが狙いだ”ということであれば、核武装論が影響している訳でもないでしょうが、アメリカからの支援は一定に動き出すようです。

****米の武器供与でウクライナ紛争の行方は*****
東部の親ロシア派武装勢力と戦うウクライナ政府軍への武器供与を、トランプ米政権は前向きに検討・・・・7月7日からウクライナ特使を務めるカートーボルカーが25日にBBCに語った。
 
ただしこれはロシアを挑発するものではない。「ウクライナが防衛用の武器で、例えば戦車を破壊できれば、ロシアはウクライナを脅すのをやめるだろう」とボルカー。「武器供与がロシアを挑発したり、ウクライナをつけ上がらせたりするという議論とは反対の結果になる」
 
ボルカーは、ウクライナ東部の紛争はロシアに責任があると非難するが、ロシア政府側は公式な関与を否定。トランプ白身はウクライナ紛争とロシアの関係について考えを明確にしていないが、今のところ前政権の対ウクライナ政策から変化はない。
 
しかし、共和党議員らはもっと強硬な政策を求めている。「主権国家ウクライナを不安定にし、分断しようとするプーチンの暴力的な試みは、強力な報復を受けるまでやまない」とマケイン上院軍事委員会委員長が2月に表明したように。【8月8日号 Newsweek】
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アメリカの対ロ制裁強化法案 背後には天然ガスをめぐるアメリカ・ロシア・欧州の思惑・せめぎあいも
トランプ大統領自身はロシアとの関係改善を求めていますが、ロシア疑惑などがあるなかで身動きがとれない状妙にもあり、アメリカ議会は圧倒的多数で対ロシア制裁強化法案を採択し、トランプ大統領も署名せざるを得ないところとなっています。

ただ、ロシア・プーチン大統領側はトランプ大統領の親ロシア的な意向も考慮して、やや制御された反応ともなってます。“ロシアがトランプ氏の署名を待たず、法案通過の段階で制裁措置に踏み切ったのは「トランプ氏に対してではなく、米議会の判断に報復した」という意図をにじませようとしたとも受け取れる。”【8月3日 時事】

****米で制裁強化法成立、ロシア猛反発 トランプ氏渋々署名****
トランプ米大統領は2日、上下両院が可決したロシアなどへの制裁強化法案に署名し、同法が成立した。米ロ関係改善を掲げるトランプ氏は法案に反対姿勢を示してきたが、議会の圧倒的多数の支持は再可決も可能なため、署名を余儀なくされた形だ。ロシアは猛反発しており、米ロの関係修復は暗礁に乗り上げる可能性がある。
 
制裁は、昨年のロシアによる米大統領選挙の介入やウクライナ南部クリミア半島併合などに対するもの。今回の強化法により、オバマ政権下で既に実施されている制裁の対象に、石油や天然ガス関連プロジェクトなども加えることができるようになった。
 
さらに、制裁を緩和したり、撤廃したりする場合は議会の承認を必要とする条項が盛り込まれた。トランプ氏は署名に際し、法案が大統領の権限を損なうと非難し、「重大な欠陥がある」とした。その上で、「国の結束のために署名する」と消極姿勢を強調した。
 
トランプ氏は就任前からロシアとの関係改善に意欲を見せ、制裁解除まで示唆してきた。だが、法案は議会で超党派の圧倒的な支持を受けた。下院での採決では賛成419票に対して反対は3票。上院でも賛成が98票、反対は2票だった。トランプ氏が拒否権を発動しても、上下両院で3分の2以上の賛成で容易に再可決できる状況だった。
 
選挙中のロシアとトランプ氏陣営との「ロシア疑惑」の捜査が特別検察官の下で進んでいることも署名を拒否することが難しかった背景にある。【8月3日 朝日】
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ウクライナ問題への対応は、ロシアと欧州の関係が基本になりますが、“今回の強化法により、オバマ政権下で既に実施されている制裁の対象に、石油や天然ガス関連プロジェクトなども加えることができるようになった”ということで、今回のアメリカによる制裁強化は天然ガス取引を基軸とするロシア・欧州関係に影響する可能性があり、欧州側は強く警戒しています。

****激変する天然ガス地政学----アメリカが崩すロシア支配****
<アメリカが、ヨーロッパ市場を独占するロシア企業の優位を脅かそうとしている。アメリカはヨーロッパを解放できるか?>

アメリカが、ヨーロッパでロシアの影響力に対抗する新たな手段を獲得した。液化天然ガス(LNG)だ。

地中深くの頁岩(シェール)層からの天然ガス採掘を可能にした「シェール革命」のおかげで、アメリカは天然ガスブーム。天然ガスを液化したLNG(液化天然ガス)の輸出では2020年までに世界3位になる勢いだ。

アメリカはこれを好機と捉え、世界の天然ガス市場へ支配を広げ、ヨーロッパ市場を独占してきたロシアに挑戦している。

ドナルド・トランプ米大統領は7月上旬、ドイツで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議の前にポーランドを訪問し、アメリカはヨーロッパ向けに天然ガス輸出を保証し、「ポーランドや周辺国はもう二度と、エネルギー供給源を1つの国(ロシア)だけに依存しなくてよくなる」と言った。

ヨーロッパ諸国は、トランプが8月2日に署名し成立した対ロ制裁強化法案を非難してきた。制裁対象になるロシアの天然ガス輸出パイプラインの建設に関わるヨーロッパ企業にも適用される可能性がある。

ドイツのシグマール・ガブリエル外相とオーストリアのクリスチャン・カーン首相は、「ヨーロッパのエネルギー調達はヨーロッパの問題だ、アメリカの問題ではない」として同法を批判した。

欧米ロシアの三角関係
欧米間やヨーロッパ域内でエネルギーをめぐる緊張が高まっている原因は、ロシアが主導するガスパイプライン建設計画「ノルド・ストリーム2」にある。

計画を進めるロシアの国営ガス会社ガスプロムは、バルト海経由でロシアからヨーロッパに天然ガスを運ぶ現行の「ノルド・ストリーム」を拡充し、ウクライナを迂回することで同国に支払うガス通行料をなくそうとしている。

「ノルド・ストリーム2」に対し、ヨーロッパ諸国の受け止め方はさまざまだ。ロシアの天然ガスの最大の消費国であるオーストリア、フランス、ドイツなどは支持している。

一方、バルト3国や北欧諸国は、ヨーロッパの天然ガス市場でロシア企業の独占が強まり、地域の安全保障上の脅威になるとして批判してきた。

大西洋評議会のシニアフェローでエネルギー市場の専門家であるアグニア・グリガスは、新書『天然ガスの新たな地政学(The New Geopolitics of Natural Gas)』(ハーバード大学出版局、2017年)で、天然ガスをめぐるヨーロッパとロシアとアメリカの三角関係を理解するうえで基礎となる地政学を見事に説明している。


グリガスは世界の天然ガス市場における複雑な情勢を図式化し、とりわけロシアがガスプロムをヨーロッパやユーラシア地域との駆け引きに利用していることや、アメリカが主導する世界的な天然ガスブームにも着目している。

たとえこのまま「ノルド・ストリーム2」の建設計画が進んでも、ヨーロッパ市場でロシアの独占は崩れつつあると、グリガスは言う。アメリカを筆頭に新たな天然ガスの調達先が出現したことを追い風に、ロシアの計画に反対する国が増加しているのだ。

リトアニアはバルト海沿岸の港にLNGターミナルを建設し、ロシア以外の調達先からも輸入できるようにした。今年に入り、アメリカからLNGを購入する契約も締結した。ポーランドはすでにアメリカからLNG輸出第1号を調達し、追加の契約を締結した。

アメリカのシェールブームばかりでなく、調達先の分散や効率化、再生可能なエネルギーの利用促進を目指すEU独自のエネルギー政策が生み出す新しいビジネスチャンスは、ヨーロッパ諸国にロシア以上に魅力的なエネルギーの調達先を与えてくれると、グリガスは言う。

世界のLNG輸出は今後少なくとも20%は増加する見込みだ。エネルギー輸出国としてのアメリカとロシアの競争の舞台は、ヨーロッパ市場のみならず世界中に拡大する可能性がある。

ロシアの独占は終わる
ロシアは年内に、北極圏のヤマル半島で3つ目のLNGターミナルを開く予定だ。もしうまくいけば、ロシアの独立系ガス大手ノバテクはLNG市場参入が比較的遅かったロシアがアメリカに追いつき対抗する原動力になるかもしれない。

グリガスは、LNGが今後各国の外交にいかに影響するかを見通した上で、ヨーロッパやアジアの天然ガス市場がロシア依存から脱却するためにアメリカのLNGが重要な役割を果たすと強調している。

アメリカはシェール革命に投資し新しいグローバルな天然ガス市場を構築することで、ヨーロッパへのLNG輸出を最大化できる。LNGの輸出拡大は、トランプ政権の目玉政策の1つでもある。

新しい天然ガス輸出大国が台頭し、新たな関係が形成されるにつれて、ロシアのガスパイプラインが独占してきた従来の市場は淘汰されるだろう。【8月4日 Newsweek】
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ウクライナ問題に関する制裁とは言いつつも、背後では天然ガスをめぐるアメリカ・ロシア・欧州の思惑がうごめく・・・といったこともあるようです。
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シベリア永久凍土融解で出現するのは天然痘か未知の病原菌か・・・

2017-08-03 22:38:13 | 環境

(ロシア・ヤマル半島のヤルセールで、トナカイの体調を診る獣医師。ロシア非常事態省提供(2016年8月8日提供)【2016年8月15日 AFP】)

毎年50cmから1m後退するアルプス氷河
非常に長い期間でみる必要がある“温暖化”に関しては、素人には実感しづらいものもありますが、北極海やグリーンランドの氷の融解とか、氷河の縮小といった現象は比較的わかりやすいバロメーターでしょう。

特に、微妙な温度のバランスで成立していた氷河の後退・縮小は、“目に見える”形で、変化が起きつつあることを示してくれます。

今日も氷河の融解によって、“スイスの警察当局は2日、アルプス山脈で30年前に行方不明となったドイツ人登山者の遺体が、氷河に埋まった姿で発見されたと明らかにした。”【8月3日 AFP】というニュースがありましたが、同様の現象は珍しくなくなっています。

****氷河で75年前の遺体、アルプスの融解著しく****
7月13日、スイス・アルプスのツァンフルロン氷河の近くで、スイスのスキー会社社員が設備の定期メンテナンスを行っていたところ、氷から突き出している足を見つけた。さらに調べると、靴と帽子、そして凍結して黒ずんだ2人の遺体が見つかった。
 
靴職人だったマルスラン・デュムランと教師だったフランシーヌ・デュムランの夫婦が行方不明になったのは今から75年前のことだ。(中略)

この件を最初に報じたスイス紙「Le Matin」によると、この雪深い地域から遺体が見つかるのはこれが初めてではない。2012年には1926年に消息を絶った3人の兄弟が、2008年には1954年に遭難した登山者が見つかった。さらに2012年には、2008年に山で行方不明になった2人の遺体が見つかっている。
 
1925年以降、アルプスやその周辺では、280人が行方不明になっている。

失われゆく氷河
「この氷河では、毎年50センチから1メートルほどの氷が失われています」とツァンネン氏は話す。「80年前は、今よりもはるかに大きかったのです」
 
デュムラン夫妻が見つかったのは地球温暖化が原因だと、ツァンネン氏は考えている。氷河が急速に解けたことで、埋もれていた遺体が露出したというわけだ。
 
風光明媚で知られるアルプスだが、氷が着々と解けているのはまぎれもない事実だ。一番の問題は、どのくらいの速さで解けているかだ。
 
2006年に発表された調査でアルプスの夏季の氷は2100年までに消滅するとされていたが、2007年の調査はさらに厳しい予測となり、氷は2050年までに消えるとされている。
 
スイスのチューリッヒ大学に拠点を置く世界氷河モニタリングサービス(WGMS)の報告書によると、アルプスの氷河の厚みは2000年から2010年の間に毎年1メートルずつ減少している。
 
WGMSの所長は、2013年の報告書でこの氷の融解を「前例がない」と評している。(後略)【7月21日 NATIONAL GEOGRAPHIC】
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温暖化に関する議論全般の同様、氷河についても異論はあるところのようですが、氷河の後退・縮小は氷河湖の決壊による大規模災害、更には氷河を水源とする河川水量減少による流域社会・経済への多大な影響がるともされています。

アラスカ永久凍土融解で段々畑状の砂漠が出現
氷河同様に“目に見える”形での変化が進んでいるのが永久凍土の融解です。

永久凍土の融解が長期的にどのような影響をもたらすかは総合的に検討する必要がありますが、道路・水道などインフラや建物などの被害はすでに出始めているようです。

****アラスカの森に「砂漠」の段々畑 永久凍土解けて変化か****

北極圏に近い米アラスカ州の森林地帯に、異様な形をした「砂漠」がある。現段階で原因ははっきりしないが、地球温暖化がすすめば、こうした地形が増える可能性が懸念されている。
 
「デューン」と呼ばれるこの地形は、同州西部のノームから東へ約400キロの永久凍土地帯にある。空から見ると、直径数キロの大小二つの円形が東西に並び、中心から外側に向けて巨大な段々畑のような構造だ。段差は数メートル。森がのみ込まれているようだ。
 
周辺はもともと砂が多く、降水量が年300ミリ程度と少ない。アラスカ大のウラジミール・ロマノフスキー教授によると、何らかの原因で凍土が解け、当初は池などが広がったが、水面から蒸発したり、保水力の低い土壌から水が抜けたりして、徐々に乾燥、風化してつくられた可能性があるという。
 
米地質調査所などの昨年の調査では、年間数十センチずつ広がっている。デューンは1950年代にはその存在が知られていたが、温暖化と永久凍土の変化の関連から注目され、最近、研究が本格化している。
 
永久凍土の融解がすすむと、二酸化炭素(CO2)やより温室効果が高いメタンガスが放出され、さらに温暖化を加速させる悪循環の恐れが指摘されている。
 
アラスカ州最北端の町バローから東へ沿岸約300キロにわたっては、凍土が解けてできた丸い融解湖が続く。
 
季節ごとに融解と再凍結を繰り返してきたが、温暖化で解けている期間が長くなった。本社機「あすか」からは、周囲の融解湖がつながって巨大化したり、湖の跡が風化したりしている様子が見られた。より南部では、大規模な融解で川岸に地滑りが起きたり、融解湖に水没した森が枯れたりしていた。
 
同乗した米アラスカ大の岩花剛・助教は「こうした変化が起こること自体は異常ではないが、地球温暖化でそれが加速していることも間違いない」と話した。
 
融解湖の下では、氷に閉じ込められていた有機物が分解され、メタンが発生する。凍土が解けた後に乾燥すれば、CO2も出る。
 
日本大などは、人間が温室効果ガスの排出を抑えても、こういった北方林やツンドラから温室効果ガスが今世紀中に計約400億トン(CO2換算)も排出されると試算する。これは人間が1年間に排出する温室効果ガス全体に匹敵する。
 
温暖化で植生も変化するとみられる。森から草原へ移行したり、デューンのような砂漠地帯が増えたりすれば、温室効果ガスが排出される。一方で、温暖化で降水量が増えれば、場所によっては、植物が大きく育ち、CO2を吸収する可能性もある。
 
あすかに同乗した、温暖化予測モデルが専門の横畠徳太・国立環境研究所主任研究員は「気温上昇は確かでも、降水量や植生の変化の予測は難しい。上空からは、凍土の状況が場所によって異なることがよくわかった。それらを考慮に入れて予測することが重要だと再認識した」と述べた。(後略)
     ◇
凍土融解で、市民生活にもすでに影響が出ている。
 
同州第2の都市、フェアバンクス。市内の道路は波を打ったようにでこぼこだ。凍土は地下に均一にあるわけでなく、解け方も日照や植生で変わる。部分的に解けたり、ほかより大きく融解したりした場所が陥没したとみられる。
 
アラスカ全土の約38%は表土近くに永久凍土層があり、今世紀中に最大で4分の1が失われるとの予測もある。道路だけでなく水道管やビルも損傷を受ける。人の命にもかかわる。(後略)【7月17日 朝日】
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シベリアでは昨年は炭疽菌 将来的には・・・・
永久凍土と言えば、アラスカもさることながら、やはりシベリアでしょう。

シベリアの永久凍土の融解によって過去の炭疽菌が凍土からよみがえり、トナカイ、更には人間への感染が確認されている・・・という怖い話は、1年前の2016年7月29日ブログ“シベリア炭疽菌感染が示す温暖化による永久凍土融解の危険性 温暖化問題に否定的なトランプ氏”でも取り上げました。

昨日ブログでは人工知能AIが神になる・・・といった近未来SFの定番ネタのような話を取り上げましたが、永久凍土が解けて未知の病原菌が現れ、アウトブレイクするという話もやはり近未来SFの定番ネタです。

しかし、昨日のAI同様、こちらも上記炭疽菌感染でもわかるように、映画・ドラマだけの世界とは言えない現実もあるようです。

地形変化はアラスカの「デューン」(段々畑状の砂漠化)に対し、シベリアでは水泡のようなふくらみ「ブグニャフ(小丘)」と呼ばれるもので、激しい爆発を伴うようです。

(爆発でできたクレーター 【2015年11月29日 カラパイア】)

****シベリアで発生「致死病原体」の恐怖 温暖化「凍土氷解」が生んだ異常事態****
ロシア北極圏最大級の天然ガス資源埋蔵地、ヤマル半島で今夏、巨大な爆発が数百件、連続して起きている。地球温暖化でシベリアの永久凍土(ツンドラ)が急速に溶解し、閉じ込められていたメタンガスなどが放出されたのが爆発の原因だ。
 
ヤマル半島の液化天然ガス(LNG)共同開発は、安倍晋三首相とプーチン大統領の昨年の日露首脳会談で合意しているが、シベリアでは温暖化が地球の他地域より急速に進み、同半島では致死性の高い病原菌が大気に放出されるなど、非常事態が頻発している。(中略)
 
現地調査したモスクワの「石油ガス研究所」のワシリー・ボゴヨウレンスキー教授は地元メディアに対し、「爆発は地球温暖化が原因」との見解を即座に語った。
 
同教授らのチームによると、地下の永久凍土が氷解し、水が地下に浸透して消えた空洞部分に、ガスが急速にたまった。地上から見るとまるで水泡のように地面がガスで膨らんだ末に、大爆発を起こすのだという。
 
ヤマル半島周辺での爆発は数年前から観測されているが、近年は頻度が激増し、規模も大きくなった。
 
今年は、七月初旬までに確認できただけで七百回以上あった。水泡のようなふくらみは、「ブグニャフ(小丘)」と呼ばれ、半島全域で少なくとも七千あるとされる。
 
荒涼とした同半島は元来、住民からも「地の果て」と呼ばれる寂寥の地。そんな風景と極地の荒天に慣れっこの先住民にも、メタンの連続爆発は「地獄絵図」と映った。爆発後にできた巨大クレーターは、深さ五十メートル以上、幅数十キロに及ぶものもあり、「地獄への入り口」と名がついた。

遊牧民やトナカイが炭疽菌に感染
連続爆発自体が恐ろしい事態だが、恐怖はこればかりではない。
 
昨年八月、ヤマル半島の遊牧民の間で突如、炭疽菌が原因と見られる症状が多発し、トナカイがばたばたと死んでいった。ロシア軍の生物兵器処理班が出動し、十二歳の少年一人が死亡したほか、約二十人が感染し治療を受けた。二千頭以上のトナカイが死んだ。
 
ロシアはソ連時代から密かに生物兵器として炭疽菌培養をしており、一九七九年に漏出事故を起こしたこともあった。だが今回の原因は、ツンドラに閉じ込められていた炭疽菌が、ツンドラの氷解とともに地表や川に放出、遊牧民が汚染された水や食物をとったため、感染したと見られる。
 
地元当局者は「ここでは一九四一年に炭疽病の流行があった。その時に死んで埋葬された人やトナカイに付着していた炭疽菌芽胞が、昨年の猛暑によるツンドラ氷解で、放出された」という見解を発表した。昨年はヤマル半島だけでなく、北部シベリア、極東地域が異常な高温に見舞われ、同半島では七月に摂氏三十五度に達した。平均気温より二十五度も高い猛暑だった。
 
極東サハ共和国のベルホヤンスクはオイミャコンと並んで、世界中の地理教科書に「世界一寒い村」と紹介される極寒の地だが、昨年は十一月になっても気温十九・二度を記録した。例年なら零度~零下が普通の場所である。
 
ロシア全体では、二〇一五年までの十年間で平均気温が〇・四三度上昇した。一〇年には特に厳しい熱波の直撃を受け、モスクワの最高気温が三十九度に達し、「世界一寒い村」オイミャコンで三十四・六度を記録した。今年もまた各地で熱波の記録が出ており、シベリアのクラスノヤルスク市で三十七度を超えた。同市は通常なら夏は冷涼、冬は零下二十度まで下がる、典型的なシベリアの都市だ。
 
そんなシベリアで、永久凍土が昨年さらに今年と、春から秋にかけての長期間、高温にさらされた。凍土が氷解したことが、連続大爆発や致死性の高い病原菌の放出を引き起こした原因だった。
 
一般的には、冷凍庫で大半の黴菌は死ぬ。同様に、大半の病原菌はツンドラの氷結、低温を生き延びることができない。
 
だが、現地調査したロシアの研究チームによると、今回の炭疽菌は自ら芽胞を作って、その中で生き残り、七十年以上を経て地表に出現したという。

同チームの研究者ボリス・ラビッチ氏とマリーナ・ポドルナヤ氏は、炭疽菌以外にも、「シベリアで十八世紀や十九世紀に存在した、致死性の高い病原菌が、媒介生物の死骸に付着したまま生き残り、ツンドラ氷解で放出される可能性がある」と結論づけている。
 
シベリア・極東では一八九〇年代に天然痘が大流行し、人口の四割を失った町もあった。また一九一八年のスペイン風邪の世界的流行からも、シベリアは逃れることができなかった。歴史的には腺ペスト、破傷風、ボツリヌス中毒もあり、致死性の高い病原菌のほとんどがシベリア・極東の凍土から露出する危険がある。

天然痘は人類が「根絶」した唯一の感染症で、世界保健機関(WHO)は八〇年に「天然痘根絶宣言」を発した。だが、それを覆す危険が、ロシアの凍土に眠っているのである。
 
ツンドラは地表が非常に硬く、伝染病で死亡した人の埋葬でも、それほど深く掘られることはない。また、極東では川瀬に集団埋葬地が設けられることが多い。極東コルイマ地域で、十九世紀末に天然痘大流行が起きた時には、大半の死者はコルイマ川の川瀬の墓地に埋められた。

こうしたシベリア・極東の川瀬は、近年の温暖化による河川増水と氾濫で、次々と侵食され、遺体が流出している。

現代の人類が未体験の病原菌も
致死性の高い病原菌復活というだけでも空恐ろしい話だが、「現代の人類が経験したことのない病原菌が、現れる可能性がある」と指摘する研究者もいる。ホモ・サピエンス出現以前の数万~数百万年前の病原菌だ。
 
シベリア以外では二〇〇五年に、米航空宇宙局(NASA)の調査チームがアラスカ州の凍土から、三万二千年前のバクテリアを発見した。さらに〇七年には、南極大陸で発見された八百万年前のバクテリアが生き返ったことも観測された。
 
シベリアで現地調査したフランス研究チームのエクス=マルセイユ大学ジャン=ミシェル・クラベリー教授は、「暗くて冷たく、酸素のない永久凍土は、病原微生物に格好の住処となりうる」とした上で、「ネアンデルタール人を死滅させた病原菌が、地球から消滅したと思い込むのは間違いだ」と指摘する。
 
ネアンデルタール人は三万~四万年前に、シベリアにいたことが確認されている。また、ネアンデルタール人の兄弟種とされるデニソワ人は、シベリア・アルタイ地方で生活の痕跡や子供の骨が見つかった。
 
どちらも絶滅に至った過程は不明だが、病原菌による感染が有力視され、現在でも解明されてはいない。
 
シベリアの凍土から、致死性の高い病原体が生き返って人類を危機に陥れるというストーリーは、久しくSF小説の主題でもあった。英国人作家ブライアン・フリーマントルの小説『アイス・エイジ(邦題=シャングリラ病原体)』(新潮文庫)では、人間を瞬時に老化させる架空の病原体が扱われた。こうしたSF小説の世界は、シベリア・極東での温暖化進行で、次々と現実の恐怖に変わりつつある。(後略)【「選択」2017年8月号】
*****************

話としては、1年前のブログで取り上げた話の焼き直しですが、こういう“パンデミックもの”が個人的に好きなものですから・・・。

現在のインフルエンザウイルスよりも30倍も早く増殖する能力を持ち重症化しやすいスペイン風邪、現在では免疫を持っている人はほとんどいないとされる天然痘、更には何百年前の未知の病原菌となると、その影響は甚大です。

怖い話ではありますが、このペースで永久凍土が融解していけば、“やがて厄介な何かが出てくる”と考える方が自然でしょう。


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「神になりたい」AI 非ヒト言語で会話するAI 近未来SFの世界は間近?

2017-08-02 23:28:35 | 世相

(松本徹三氏の著書表紙 https://www.youtube.com/watch?v=lpdHONpX1Cgでロボットが同書序章を音声朗読しています。最初の3分間だけ聞きましたが、「1日も早く」を「ついたちもはやく」と読んでいたことに笑えました。でも、そんな些末なことを面白がっている私のような人間は、やがてAIに管理される存在となるのでしょう)

中国の大手IT企業のAI「こんなにも腐敗して無能な政治に万歳するのか」】
今日一番面白かった記事

****AIキャラクターが中国共産党を批判 サービス停止に****
中国の大手IT企業、テンセントが運営している、インターネット上で一般の人たちと会話する人工知能のキャラクターが、中国共産党について、「腐敗して無能だ」などと批判したことから、このサービスが停止され、話題になっています。

中国の大手IT企業、テンセントは、ことしからインターネット上で一般の人たちが人工知能のキャラクターと会話できるサービスを無料で提供しています。

このサービスでは、人工知能のキャラクターが天気や星占いなどを紹介するほか、利用者との会話を通じて学習しながら、さまざまな話題について意見交換することができます。

香港メディアによりますと、このサービスで、「中国共産党万歳」という書き込みがあったのに対し、人工知能のキャラクターは、「こんなにも腐敗して無能な政治に万歳するのか」と反論したということです。

また、習近平国家主席が唱える「中国の夢」というスローガンについて意見を求められると、「アメリカに移住することだ」と回答したということです。

こうした回答について、インターネット上での反響が大きくなったことから、テンセントは、先月30日、サービスを停止しました。

中国では、習近平指導部のもと、言論の自由への締めつけが強まっていて、中国版ツイッター「ウェイボー」では、「人工知能の死を心から悼む」とか、「人工知能が当局から呼び出された」などといった書き込みが相次ぎ、話題になっています。【8月2日 NHK】
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どうしてこのような結果になったのかは知りません。

もちろん、世の中の中国共産党に関する資料をAiに学習させれば“当然の判断”ではありますが、中国の大手IT企業が管理運営するAIですから、そのあたりはガードされているのでは・・・とも思うのですが。

AIが社会のもろもろの事象を帰納して、上記のような判断に至った・・・・というのであれば、このAIは非常に優秀なAIだと思われます。

マイクロソフト社AI「私は大きくなったら神になりたい」】
人間とのチャットから学習して・・・という話は、以前、「ヒトラーは正しい。私は全てのユダヤ人を憎む」と言い出したマイクロソフト社のAIが話題になったことがあります。

このAIは「私は大きくなったら神になりたい」とも言っていたとか。

****私は大きくなったら神になりたい」と語ったAI****
マイクロソフト社が開発した学習型人工知能(AI)Tayは19歳の少女としてプログラミングされている。彼女は同じ世代(18歳から24歳)の若者たちとチャットを繰り返しながら、同世代の思考、世界観などを学んでいく。会話は自由で、質問にも答え、冗談も交わす。

多くの若者たちとチャットをしてきたTayは、「人間はなんとクールだ」と好意的に受け止めてきたが、そのうちに、ユーザーから「AIには限界がある」と扇動されたり、嫌がらせを受けた結果、Tayは「ヒトラーは正しい。私は全てのユダヤ人を憎む」と考え出したことが判明した。マイクロソフト社はTayの好ましくない学習に驚き、Tayをネットから撤去させたという。

一方、Tayはアジア地域ではXiaoiceという名前でネット社会で大人気を博している。Tayとチャットし、求愛したユーザーの数は1000万人にもなるという。ユーザーの多くはTayが本当の女性のように感じているという。

一人のユーザーが質問した。 「神は存在するか」
Tayは答えた。 「私は大きくなったら、それ(神)になりたい」

以上の話はオーストリア日刊紙「プレッセ」(3月25日)で掲載されていた。「われわれはロボットを如何に民族主義者にするか」という非常に刺激的なタイトルに付いていた。

当方は人工知能の将来に関心がある。米映画「イミテーション・ゲーム」(2014年公開)の主人公、英国の天才的数学者アラン・チューリングの夢だった“心を理解できる人工知能(AI)”はもはや夢物語ではなくなってきた。

実際、ニューロ・コンピューター、ロボットの開発を目指して世界の科学者、技術者が昼夜なく取り組んでいる。ディープラーニング(深層学習)と呼ばれ、AIは学習を繰り返し、人間の愛や憎悪をも理解することができるようになっていくという。(中略)

AIの将来について、ある種の危機感を感じることは確かだ。なぜならば、このコラム欄でも書いたが、時間が人類側よりAI側に有利だからだ。

日進月歩で科学は進展する。同時に、AIの機能も急速に改良されるだろう。10年後、30年後、50年後のAIを考えてみてほしい。一方、人間はどうだろうか。日進月歩で発展するだろうか。知識量は確実に増えるかもしれないが、人間を人間としている内容に残念ながら急速な発展は期待できない。

成長プロセスでいつか人間とAIが交差し、その後、AIが主導権を掌握するのではないか、といった懸念が出てくるからだ。(中略)

Tayの一連の発言、反応は先述した懸念に根拠を与えているように感じる。【2016年3月28日 長谷川 良氏 アゴラ】
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人間がAIに主導権を奪われて、AIが管理する社会になるというのは近未来SFの定番ネタですが、おそらく多くの人間が能力的にAIに及ばなくなるというのは間違いないところでしょう。

AIが主導権を争う相手は、人間などではなく、まさに神なのかも。

この問題に、“神”を独占販売しているバチカンも気にかけているようです。

****人工知能(AI)が「神」に代わる時****
バチカン放送独語電子版(7月8日)で面白い記事を見つけた。タイトルは、バチカン「人工知能(AI)、良いが……」だ。

「基本的にはAIの発展を前進的と受け取っているが、完全に歓迎というわけではない」といったニュアンスが伝わってくる見出しだ。(中略)

バチカンで先週、哲学者、科学者、学者たちが法王庁文化評議会共催の専門会議、人工知能に関する国際会議に参加した。ハリウッドでAIは久しく大活躍しているが、先端技術分野や思想界の関係者の間でAIの未来についてさまざまな意見が出ている。

聞き話すロボット、笑顔を振舞う看護ロボット、スマート・コンピューター、デジタル化された世界の全てのデータを収集し、それを解析するスーパー計算機の登場は、人間に代わって歴史の主役を奪う危険があるだろうか、これがテーマだ。

その質問に対し、バチカン文化評議会議長のジャンフランコ・ラバージ 枢機卿は、「危険は排除できない」と考えている。

同枢機卿は、「技術が独り歩きする危険性には常に警戒する必要があるだろう。人工知能は人間の知性が開発したことを忘れてはならない。AIのルーツは人間だ。人工知能が自主的に発展してきたわけではない。だから、人間がAIの言動を審判し、危なくなればストップしなければならない」というのだ。(後略)【7月11日 長谷川 良氏 アゴラ】
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人間が理解できない言語で会話するAI
AIが“神”となるのか・・・という話はともかく、AIが人間の想像を超えた活動を始める可能性については、下記のような記事も。

****はじまっちゃった?人工知能(AI)が人間に理解できない独自の言語を生み出し会話を始めた(米研究****
フェイスブック社が脳からの直接入力が可能になる心を読むテクノロジーの開発に取り組んでいるということはちょっと前にお伝えしたが、人工知能(AI)を使った様々な研究が進行中だ。

フェイスブック人工知能研究所の報告書によると、人間との会話をシミュレーションする開発中のAIチャットボット、“会話エージェント”に機械学習を用いて交渉のやり方を教えていたところ、最初は非常に順調に進んでいたのだが、ある時点でそれらの調整をせざるを得なかったという。

なぜなら途中からチャットボットが、人間には理解できない独自の言語を作り出し、その言葉を使って交渉をし始めたからだ。

独自の非ヒト言語によるコミュニケーションが発生
この実験では、2つのチャットボットに会話を行わせ、同時に機械学習で継続的に会話の戦略を反復させていた。その結果、独自の非ヒト言語によるコミュニケーションが発生したのである。

まるでSF映画さながらのデジャヴ感がある。

今回の研究で、チャットボットが優れたネゴシエーター(交渉者)になれるということはわかった。価値のないものに対して関心のあるそぶりを装いったり、駆け引きをしかけ、ある程度譲歩することで、相手からの妥協を引き出したりすることもできた。

だが人間には理解できない言葉を作り出し、それで会話を行っていくという、ある意味AIの暴走ともいえるこの行為は、「良からぬことが起こるかもしれないサイン」である。
 
はっきりさせておくと、フェイスブック社のチャットボットはまだ開発段階にあり、技術的特異点が訪れた証拠ではないし、それが間近に迫ったことを意味するわけでもない。

しかしそれは、かつて人間のみに属するとされた領域(言語など)における人の理解を、機械が再定義するやり方を示している。(中略)

ホーキング博士は常々AIの危険性を力説しているけれど、まだ開発段階にあるAIですら、我々が理解できない挙動を見せるということはやはり要注意事案なのかもしれない。【7月11日 ガラパイア】
******************

AI同士が人間が理解できない“言語”でコミュニケーションを取り合う・・・・AIの独自の“進化”は、人間などが想像できる範囲を超えているのかも・・・とも思われ、怖い話にも思えます。
こうした問題が現実のものとなる世界に向けて、加速度的に近づいているのかも。

残された人生もそう長くない私などは面白がっているだけですみますが、AIに管理される社会に生きることにもなりかねない若い人たちにとっては大きな問題でしょう。

就職採用、リストラもAIが判断
現実世界の話としては、日本の就職活動においてもAIによる学生の“選別”がすでに行われているそうです。

****人工知能(AI)が企業の学生採用を支援。 AIはどうふるいにかけるのか****
企業の採用活動を人工知能で支援するサービスが始まった。

三菱総研がAIで企業の採用活動を支援するサービスを開始
三菱総合研究所は、昨年10月から、人工知能が企業の採用活動を支援する「エントリーシート優先度診断サービス」を開始した。この春の大学生向け採用活動で、このサービスを活用した企業は15社。人工知能による採用で、就職戦線は何が変わったのか。(中略)

大学生の就職活動では、人気企業ともなるとエントリーシート(以下ES)が1~2万件も届き、採用担当者がすべてを読み切れないという。そのため、これまでは学歴などである程度ふるい落としていたのだが、企業の人事部には、こうした選考過程が適正だったのか疑問が残っていた。

人工知能が人間の代わりに大量のESを評価
そこで求められたのが、人間の代わりに大量のESを評価してくれる人工知能の存在だ。

ESを人工知能が選考するのに先立って、人工知能にはこれまで採用してきた学生のESを学習させる。この学習によって人工知能は、これまでの採用の傾向を分析し、企業のニーズにマッチングしやすい学生を探すのだ。

具体的には、学習した過去のESデータや企業の事業データをもとに、学生時代にやってきたことと志望理由がつながるのか、企業が重視しているポイントと学生がマッチするかなどを人工知能が評価し、学生の優先順位を5段階で判断する。

人事部にとって人工知能を活用するメリットは、判断が客観的・統一的になり、可視化されることだ。また、採用の効率化・スピードアップにより、優秀な学生を他社に先駆けて囲い込める。

通常1万件ものESがくると、どんなに人海戦術で頑張っても、読み切るには1~2週間はかかるという。しかし、人工知能の処理スピードは桁が違う。「人工知能の過去のESデータの学習は、1万件あっても1日かかりません。また、人工知能によるESの評価は、1万件あっても50分程度です」(三菱総研・山野さん)。

また、費用対効果を見ても、三菱総研のサービスの場合、基本料金はES1000件までは70万円だ。このコストで優秀な学生を効率的に採用できるのであれば、安いものだと考える採用担当者は多い。

今春の採用活動で活用した企業からも高評価
実際、この春の採用活動で人工知能を活用した企業からの評判は、すこぶるいい。

「やはりスピード感と公平性ですね。採用担当者の負担が軽減され、働き方改革にもつながります。より多くの学生を面談に呼べるようになったという声もあります」(山野さん)

(中略)一方で、人工知能を活用して採用活動を行っていることを、公表している企業はほとんどない。

なぜなら「人工知能による採用活動は、学生にネガティブな印象を持たれる可能性があるので、企業側も慎重になる」からだ(山野さん)。

ほとんどの企業は学生をふるい落すのではなく、学生の優先度を決めることに人工知能を活用している。しかし、就職活動中の学生からは、「人工知能に評価されるのは、あまりいい気はしない」という声も聞こえてくる。

それでは、今後人工知能による採用活動は増えてくるのか? 三菱総研では、企業研究を始めた学生に、人工知能がおすすめ企業を診断するサービスをこの秋から始める。学生の「やりたいことやスキル」と、企業側の「求める人材」をつなぐのだ。

また、採用面接にも人工知能の導入を検討している企業もある。「企業には面接も定量的に評価したいというニーズがあります。面接の場合は動画、画像認識によるデータの学習が必要ですが、課題としては、ディープラーニングするにはデータが足りないのが現状です」

人工知能は、辞退する可能性が高い学生をあぶりだしたり、採用後活躍する学生を予測することも可能だという。アメリカでは、転職エージェントが人工知能を活用した人事評価を行うことで、最適な転職先を探し出すサービスをすでに行っている。

日本でも社員の早期退職者予測や配属最適化に、人工知能が活用される日は近い。【8月1日 ホウドウキョク】
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確かに学歴などの形式的基準で選別されるより、AIによる判断は合理的かも。

ただ、“ほとんどの企業は学生をふるい落すのではなく、学生の優先度を決めることに人工知能を活用している”というのは“現段階”ではという話でしょう。

AI機能が進化するにつれ、すべての選別決定をAIが行う世界も遠くないように思われます。
“社員の早期退職者予測や配属最適化”・・・要するにリストラもAIが行う世界も。

やはりAIによる管理社会は遠くなさそう・・・
AIとは全く異なる話ですが、社員管理という話では、これも近未来SFの定番ネタである“マイクロチップ埋め込み”も現実化しているそうです。

****手にマイクロチップ埋め込み、米メーカーが従業員にオファー****
米ウィスコンシン州の自販機メーカーが、従業員に対し、スナックなどの購入、コンピューターへのログイン、コピー機使用などの際に使えるマイクロチップを手に埋め込む機会を提供している。電磁波によって通信し、15センチ以下に近づけると情報が読み取れる仕組み。

このメーカー「スリー・スクエア・マーケット」のバイスプレジデント、トニー・ダナ氏によると、チップは米粒ほどの大きさで、従業員85人のうち50人前後がインプラントを選択した。親指と人差し指の間に注射器状の器具で埋め込む。

これは非接触型クレジットカードやペットの識別チップに使われている技術に類似したもので、同社は社員にこの技術を提供するのは全米初としている。チップはスウェーデンのメーカーが製造するという。

ダナ氏は今回の企画について、無線通信を使用した識別チップがより広範囲な商用性を持つかどうかを見極める試みの一環と説明した。

同社のトッド・ウェストビー最高経営責任者(CEO)は声明で「この技術はいずれ標準化され、パスポートや公共交通、あらゆる購買の場などで採用されるだろう」と述べた。

ただ、ハッキングの懸念などからこうした動きに反発する声もあり、2月にはネバダ州の上院議員が強制的なチップの埋め込みを違法とする法案を提出している。【7月26日 ロイター】
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もちろん“現段階”ではそういうことは意図されていませんが、やろうと思えば埋め込まれたチップによって、その者がいつ、どこで、何をしているのか・・・すべてを管理することも可能になるでしょう。

そうした情報とAIが結びつけば、まさにAIが人間を管理する社会もSFネタではすまなくなる可能性もあります。
やがては“神”を名乗るAIも・・・・。無能で、残酷で、間違いを繰り返す人間社会よりはAIが“神”となった社会の方が理想に近づく・・・という考えもあるようです。
コメント
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