あいよっこの旅ログ:::Part2:::

「女性のひとり旅は冒険の始まり!」

自分の身の始末・自分の発言の後始末

2014-03-05 12:38:59 | 日記

 

     季節はずれの紅葉にびっくりした? 時期に合わずごめんなさい。

      この冬は雪が降れば車が出せず、山には怖くて行けず、かといってどこも冬枯れで

      撮影が困難なので~~す。  撮影はすべて2013/11/23

 

      写真上:桜井市 談山(たんざん)神社のイチョウ

 

 

 普段あまりTVドラマは見ないのですが、NHK朝ドラ「ごちそうさん」はタイミングがあうと見ています。なによりゆずのテーマソングがいいですね~、一緒に歌うとその日一日が楽しくなりそう。

 

 

 

 写真:門だけを裏から見ると・・・。

 

 

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 ドラマの前半では大阪に嫁いだ杏ちゃんが、小姑から「大阪人の始末」についてこんこんと説教される場面が多くありました。ここでは特に料理に関して「素材を使いきり、ゴミを出さない生活の知恵や生活態度」のことで、いまでいう省資源・環境維持というエコ生活につながる大切なことです。これについては「山上直子の誘惑する京都」でも同様のことを取り上げられています。

 

 

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 昨年12月に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、「見た目の美しさ、食材の豊かさ、栄養的なバランス、伝統的な行事とのつながり」に加えてこの「始末の精神」を意識しての活動・広報も大変重要なことと思います。

 

 

 

 写真:明日香の棚田

 

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 さて「始末」とはもともと字のごとく「始めから終わりまで、一連のこと」という中立的な意味ですが、現代では「後始末の悪い人」「仕事上のミスで始末書を書く」といった使い方からか「悪い、良くない印象」があります。「都合の悪い人を始末する」などはおだやかではありませんし。ことば本来の「始末」から見ると遺憾なことかも。

 

 

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 ところで年末年始に身内(義母と父)2人の不幸があったことはお伝えしましたが、葬儀・法事などを通じて「自分の身体の始末」について考えることもありました。日常の生活において私たちはモノを食べ、排出し、始末し、道具を使い、整理整頓をして、後始末をしつつ暮らすという「始末の連続」のなかにいます。

 

 

写真:明日香の棚田

 

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 言ってみれば炊事・洗濯・掃除・家族の管理や後始末() といった「家事」の多くがこの「身体の始末」のことだと気づきます。これまで家事の多くを担ってきた女性の労働の大きさは、現在子育て、医療、介護分野での人手不足を見ると推測できるのです。

 

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 さきごろNHKTV「あさイチ」でお墓の問題提起をしていました。(2014/1月放映)  関心を持つ年代の男性も見ているはずなのに、反応コメントやメールがほとんど女性だったのに驚きましたが、一般に自分が死んだ後のことを考える「終活」つまり「死後の生活や身体の始末」、に熱心なのも多く女性のようです。

 

 

写真:榛原町 鳥見山公園 つつじの名所で神武天皇の聖蹟などもあり

 

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かように女性は家制度・結婚制度から実家を離れ、婚家に入ること、あるいは家事で習得する「始末の方法」を通じて、「自分の身体の始末に関心を持つ」のかもしれません。だけど、男性は目の前の欲望やお金などには熱心なのに比べ、自分の身体そのものの始末には無頓着なのか、あるいはもてあましているのか、面倒がる傾向があると思えてなりません。もちろん一般的な話しです。

 

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「ゴミ部屋の中での孤独死」などの報道を見ると、やはり生前からの「自分の身の始末」(それと自分の発言の後始末も入れておこう)を意識することが大事だと思うし、それがまた「生きている自分を大切にする」ことに通じるのだとも思うのです。

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★☆★☆ 次回から「宮崎・鹿児島 南九州はあったかいな!」です ★☆★☆

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<o:p> </o:p>写真:榛原町 鳥見山公園 勾玉池

コメント
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