写真:住宅内から表門を通して外を眺める(ポスターが残念!)
賀名生(あのう)梅林は奈良県三大梅林のひとつです。2月20日に訪れた時は咲き始めという状況でしたが、その後お天気がいまいちで、行くことがかなわないまま季節が終わりそうです。今年の梅は雨や寒さにたたられましたね~。
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堀家住宅を訪れる前に、すぐ東裏手にある「五新線軌道跡」に寄りました。明治末期に五條⇔和歌山・新宮の約120kmを結ぶ壮大な鉄道計画がありましたが、紆余曲折の末、未完のまま廃止となりました。軌道跡は道路となり、現在は路線バスのみが通行しています。ご存知のように河瀬直美監督の映画「萌の朱雀」で題材にされ一躍有名になりました。(写真左・右)
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さて「ロマン薫る隠れ里・西吉野をゆく」のツアーで、あいよっこが最も期待していたのは、もちろん南朝・後醍醐天皇ゆかりの場所「堀家住宅(賀名生皇居跡)」と「賀名生の里歴史民俗資料館」でした。
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堀家住宅は国指定重要文化財ではありますが、現在も家人が住んでいらっしゃるので見学には予約が必要です。このツアーで拝見でき、当主から説明もあることはとても嬉しいです。実際にお話は興味深いものでした。
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ここには延元元年(1336)に後醍醐天皇が吉野に向かう途中に立ち寄ったとされ、その後皇子の後村上天皇はじめ、長慶・後亀山という南朝天皇の行在所(あんざいしょ:仮の宮廷)とされたと伝わります。
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いよいよ時間となり、がっしりとした門扉が内側からおごそかな感じで開かれました! 表門は二階建ての茅葺で、「皇居」という扁額が掲げられています。天誅組で有名な吉村虎太郎の筆と伝わり、実物は歴史民俗資料館に保存され、こちらはレプリカです。(写真左)
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「南天が多いでしょう。南天屋敷と呼ばれていました」などと当主の堀元夫さんは、まず庭の説明から始めました。主屋の前に横に伸びるりっぱな松の木は、「養生しようにも、どこに根があるのかわからない」というミステリーがあるそうです。(写真下)
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玄関を入ると左手には土間・台所と続き、右手には「整形六間取り」と呼ばれる客間が6つきちんと並んでいます。一番奥東の「ロクジョウの間」でお話を聞きました。
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「現在全国に重要文化財に指定されている民家は350軒あり、そのうち125軒に人間が住み生活している。国宝と違って、修繕・維持管理のために10~20%を自己負担する必要があり、個人で守っていくことはとても大変」と話します。(続く)<o:p></o:p>
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