

お話しする人物とプレゼンテーション内容が同時に見え、その会場に出席しているような状態ではあるが、よく言えば時間と空間を超越してリラックスした状態で参加できる。
しかし、時間をかけ、その会場まで足を運ぶ有益さが人間社会にはあるのである。


このメリットを良く感じなければいけないと思っていたところ、パソコンで入力機能で誤った読みでも正しく変換してくれる「オートコレクト」のことをふと思い出した。
ケータイは、けいたい ショーカイは、しょうかい
ほおせきは、ほうせき おおさまは、おうさま おうきいは、おおきい と正しく
漢字変換してくれるのである。
こんな機能を使い続けると、正しい日本語が使われなくなるのではないかと心配する。
最近の日本語の使い方も変換機能がレベルが向上し、便利になると、間違いが多くなるとともに、文章を創作することが苦手になるのではないかと心配している。
人間は、便利や効率を基軸に生きようとすると多くのところで退化してしまうのではないかと思ってしまう。
まさに、頭脳と
