勉強より難しいこと

 

 国難にあっては 生活者の情報の適否を読み解く力が必要だが 

  裸の王様を見破った子供のように ありのままを見られる市民の目に戻せば良いだけで特別な勉強は要らない。 だから難しい。

  勢力争いに組み込まれ分断され 予断無しの見方が如何に難しいことか。 政治家や役人そして専門一般的な「専門家」は細分化された知識と予断の塊か?と言いたいぐらい。

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国難は 一人一人が問われてる

    皆が遭遇している国難は
       一人一人の立場が細分化され 各個人の見解がバラバラになり 加えて勢力争いに組み込まれており、現状の全体的な関係が認識しづらくなっていることにある と考えられる。政府や監視役の野党やマスコミ 生活者である市民も同様である。

  先ずは自らの立場と置かれてる現状の確認を各界各層は 急ぐべきだが‥無理ならばやっぱり危機の増大を受け容れるしか無いかもしれない。

  結局は前進するものの 一人一人が問われてる。国難は何処吹く風で コマーシャルや娯楽は相変らずだが これで元気や勇気がもらえるだろうか?

  爆撃されてるさ中に 買い物を促されたりお笑いに興じてるようなものだ。煽っている人は責任を感じてほしい。

  

   

  

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