出来れば見たくない絵

世界の多くの生命の掛かった伝染病をコマーシャルの合間を縫って笑いを入れて伝える 浮世の絵。 
 生命をないがしろにしては 大自然は成るように成る  それが自然。

     「失敗は成功のもと」とは言え 良い絵じゃない。出来れば見たくない。
   そのうち良い絵が見られるだろう。(肌寒い午後のワイドショーを見ながら)
 
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専門家の限界とはみ出し

今 大事な人は やたら衣を身に付けぬ生活者 庶民だろう。
  コロナでは専門家までもが衣に惑わされ 事態に向き合えないでいる。
  衣に守られず生命や生活そのものが存在である 庶民の感覚は自然そのもの。
   誰が?庶民や自然の代弁が出来ようか?
   
   勿論専門家を全面否定するものではないしその役割は重要なことは自明。
   ただ その限界を知るべきだが、今はそれを越えて はみ出している。
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浮世から現世へ


   コロナがこれまで見えなかったものを見えるようにしたようだ。
 自然 人間 国家 国際関係 文化 教育 政治 経済  価値観 生命 専門家・・・・
  古巣と浮世と古巣が 通してよく見える。
  これだけ見えるようにしてくれているのに 何で見ようとしないのか。
  緊急事態宣言でもロックダウンでも何でもいいが 検査もせずに何をする?
  
  医療体制が整っていないとするなら 侮ってるアフリカやイタリアと何所違う?
  アフリカやイタリアだって目前の困難に立ち向かっているのに この国は来年のお祭りや
  景気のV字型回復に思いを走らせる。
           
          正に浮いている。 
  
           だけどこれは絶望ではなく希望のそのもの。
      人類がこの浮世を現世に戻す初めての試みなんだから。
   試みに失敗は付き物。 『失敗は成功のもと』である。
   バカ殿から汲むなら それではないか?  本当に汲まれているだろうか?


  
  

  
     
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