沖縄での一人暮らし

延べ8年間、沖縄で一人暮らしをしました。歴史・自然・文化を伝えます。

大英博物館

2023-09-18 | 欧州
大英博物館 British Museumは、世界最大級の800万点の遺物、美術品、書物などが収集された、世界初の国立博物館。
古代エジプト、古代ギリシャ・ローマ、中東アッシリアの貴重な収蔵品を、誰でも入館料無料で観ることが出来る。
いったい、誰がどうやって収集したのだろうか。
 
博物館建設の経緯は、王室や上流階級相手の医師だったハンス・スローン郷が、自分の収集品や買取ったコレクションを、自分の死後、国立博物館を建設することを条件に国に寄贈し、1753年に大英博物館が設立。
17世紀の大航海時代、18世紀の産業革命による経済的優位、ナポレオン戦争勝利で、英国の領土が広がり、世界的収蔵品を入手した。
以下は、1801年から1868年にかけて、英国の国威発揚とともに、世界的文化財の研究・保存・展示のため収蔵されたもの
 
<チリ>
Hoa Hakananai’a イースター島の巨石像
1000~1200年頃に彫られたもの。
1868年、イギリスの調査船の乗組員が、南米チリ沖のイースター島を訪れ、Moai HavaとHoa Hakananai’aを発見。
彫像はイギリスに持ち帰られ、1872年に大英博物館に寄贈された。
<古代エジプト>
ロゼッタ・ストーン Rosetta Stone
1799年、ナポレオンのエジプト遠征の際、フランス兵士がロゼッタで発見した古代エジプトの遺物。
1801年、イギリス軍がエジプトに上陸しフランス軍を降伏させ、イギリスの所有物となり、大英博物館に。
一つの法令が、象形文字、日常語、古代ギリシャ語の3言語で刻まれており、欧州の学者達が解読を試みた。
1822年、フランスの学者シャンポリオンが解読に成功し、古代エジプト象形文字の記録の解読が可能になった。
1822年、フランスの学者シャンポリオンが解読した文字の対比表

ラムセス2世の胸像 Colossal bust of Ramesses Ⅱ
BC1292~1189年。古代エジプト最大の王と言われるラムセス2世の胸像。
1817年イギリスの外交官・コレクターのHenry Saltヘンリーソルトが発掘調査し取得。
<アッシリア>
翼のある人頭の雄牛像 Colossal statue of a winged human-headed bull
BC865-860年。アッシリア(イラク北部)のニムルド宮殿より出土した壁面レリーフ。左右一対(牛とライオン)で悪を防ぐ守護獣。横から見たときに4本になるよう、足が5本ある。
1850年、英国の考古学者オースティン・ヘンリー・レヤード卿が発掘。
アッシリアのニムルド宮殿描かれた壁面レリーフ
BC730-727年、ティグラト・ピレサー3世の頃。
1851年、英国の考古学者オースティン・ヘンリー・レヤード卿が発掘。

<トルコ>
ネレイド記念碑 Nereid Monument
BC390-380年。大理石の柱と海神ネーレイスの女性像。
1848年、英国の考古学者チャールズ・フェローズが、トルコ アンタルヤ で発掘。

<ギリシャ>
パルテノン神殿彫刻 Parthenon Marbles 
BC447-432年、古代ギリシャのアテネ、アクロポリス寺院にあるパルテノン神殿を飾っていた大理石の彫刻・彫像。
1801年~1812年、トマス・ブルース英大使(第7代エルギン伯爵Lord Elgin)が、ギリシャを支配していたオスマン帝国の許可を得て、神殿からはぎ取り、その後、大英博物館に譲渡。
「エルギン・マーブル」として、芸術破壊・略奪批判と文化財散逸防止擁護の論争に。

「はぎ取って持ち帰った」のは複雑な心境。パルテノン神殿が現存するだけに、戻すことが出来れば。

カリアティード caryatid(柱の役割を果たす女性の立像)
BC421~406年。アクアポリスのエレクテイオンの南ポーチにあるアーキトレーブを支えた6人の女性像の1人。
1816年、トーマス・ブルース(第7代エルギン伯爵)より購入。

エジプト、ギリシャ、チリからは、収蔵品の所有権と本国返還の争いがある。
 
大英博物館の以下のサイトは、とても役立ちました。
パソコンで、観客のいない博物館内を、自由に観ることが出来る(グーグルストリートビューで)。
収蔵品は、オンラインで検索でき、詳細を知ることが出来る。