
約25km走行して国頭村に入りました。
2時間20分経過。あと半分あるよ。
スーパー島袋でパンを買って砂浜でいただく。
オクマビーチが見えた。

奥間を過ぎると、はるか先に目的地が見えたよ。
快適な海岸サイクリングは続きます。

辺戸(へど)岬まで、あと17km。
謝敷(じゃしき)という集落に、歌碑が立っていた。
謝敷いたびせに うちやりひく波の
謝敷みやらべの め笑れはぐき
意味は、
謝敷海岸の板千瀬に 打ち寄せる白波は、
謝敷乙女の ほほ笑む白い歯並みのようだ

海を見ながら、三線を弾いて、唄うのかな。
聴いてみたいね(^^♪
近くの海は、こんな感じ。

このトンネルを抜けると、岬はすぐです。
海岸の岩が、ゴツゴツしてきたよ。

本島最北端の辺戸岬に、着きました。
断崖絶壁の景色が、壮観です。
既に、4時間45分経っていました。

押し寄せる波が、結構激しいです。

遠くに、与論島が見えますか。

1952年のサンフランシスコ講和条約で日本が国際社会に迎えられ喜んだとき、切り離された悲痛な思いが、沖縄県民の心に残りました。
本土復帰を願って、はるか与論島を望みながら、かがり火を焚き集会を行なった。
条約から20年後、やっと本土復帰を果たした時、この地に「祖国復帰闘争碑」が建立された。

祖国復帰闘争碑
全国のそして全世界の友人へ贈る
吹き渡る風の音に、耳を傾けよ
権力に抗し復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ
打ち寄せる波濤の響きを聞け
戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
”鉄の暴風”止み、平和の訪れを信じた沖縄県民は
米軍占領に引き続き、一九五二年四月二八日
サンフランシスコ「平和」条約第三条により
屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた
…(中略)…
しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのでもなく
ましてや勝利を記念するためにあるのでもない
闘いを振り返り、大衆が信じ合い、自らの力を確かめ合い
決意を新たにし合うためにこそあり
人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の摂理の下に
生きながらえ得るために 警鐘を鳴らさんとしてある
2時間20分経過。あと半分あるよ。
スーパー島袋でパンを買って砂浜でいただく。
オクマビーチが見えた。

奥間を過ぎると、はるか先に目的地が見えたよ。
快適な海岸サイクリングは続きます。

辺戸(へど)岬まで、あと17km。

謝敷(じゃしき)という集落に、歌碑が立っていた。
謝敷いたびせに うちやりひく波の
謝敷みやらべの め笑れはぐき
意味は、
謝敷海岸の板千瀬に 打ち寄せる白波は、
謝敷乙女の ほほ笑む白い歯並みのようだ

海を見ながら、三線を弾いて、唄うのかな。
聴いてみたいね(^^♪
近くの海は、こんな感じ。

このトンネルを抜けると、岬はすぐです。
海岸の岩が、ゴツゴツしてきたよ。

本島最北端の辺戸岬に、着きました。
断崖絶壁の景色が、壮観です。
既に、4時間45分経っていました。

押し寄せる波が、結構激しいです。

遠くに、与論島が見えますか。

1952年のサンフランシスコ講和条約で日本が国際社会に迎えられ喜んだとき、切り離された悲痛な思いが、沖縄県民の心に残りました。
本土復帰を願って、はるか与論島を望みながら、かがり火を焚き集会を行なった。
条約から20年後、やっと本土復帰を果たした時、この地に「祖国復帰闘争碑」が建立された。

祖国復帰闘争碑
全国のそして全世界の友人へ贈る
吹き渡る風の音に、耳を傾けよ
権力に抗し復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ
打ち寄せる波濤の響きを聞け
戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ
”鉄の暴風”止み、平和の訪れを信じた沖縄県民は
米軍占領に引き続き、一九五二年四月二八日
サンフランシスコ「平和」条約第三条により
屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた
…(中略)…
しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのでもなく
ましてや勝利を記念するためにあるのでもない
闘いを振り返り、大衆が信じ合い、自らの力を確かめ合い
決意を新たにし合うためにこそあり
人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の摂理の下に
生きながらえ得るために 警鐘を鳴らさんとしてある

とってもキレイ過ぎ~~~!!!
空と海と周りの景色がマッチしてるぅー
和みますねぇー
沖縄は、北に行くほど自然が豊かですよ。
ゆっくりと時が流れていますよ。
綺麗ですね。私の沖縄のイメージはこれらの
青、緑、白です。でも、実際にはもっといろいろ
な色彩が豊かなのでしょう。
断崖はサスペンスドラマで、犯人がわかる時の
イメージですね。自然の美しい島なのに戦争の
犠牲になった島、基地の島という沖縄の大きな
一面が感じられました。
今夜はゆっくり拝見しています。
「祖国復帰闘争碑」
戦争で犠牲になった人々と生きて戦った人々、祖国復帰の為に戦った人々、
「祖国復帰闘争碑」を、読みながら胸を打たれています。
自然の美しい沖縄の景色が、一層深い哀しみを覚えます。
忘れては、いけないことと思いました。
「中秋の宴」・・・幻想的な首里城の宴ですね~!
琉球の古典芸能に魅せられました。
ありがとうございます。
最北は、この前の東村に行く右折のところまで・・・。
芽打ちバンダとかあるんですよね!!
オクマリゾートとか・・・。
ドライブにはちょいと・・・遠いな~。
呑み助なので・・・。
風をきって夢のような風景を見ながら
自転車こいでる風景が目に浮かびます。
沖縄に旅行に行ったら、サイクリングもしたくなりました。
沖縄の方々の苦しい思いが、教科書検定のあの
11万人と言う人々を動かしたんですね。
良く分からないけど、高校生の「おじい、おばあが嘘を教える訳が無い。」の言葉がとても印象的でした。
ずっと伝え聞いてるんだと思いました。
忘れてる何かを思い出させてくれました。
「サスペンスドラマの犯人がわかる時のイメージ」
なるほど、わかりやすい表現ですね。
沖縄の現実を受け取っていただき、感謝します。
復帰して35年を迎えました。戦争も、米軍統治時代も、祖国復帰運動も、語る人々が少なくなりました。
こうした記念碑は、時代に事実を伝えていくために欠かせないものなんですね。
首里城も素敵な場所なので、いつかお出かけください。
それはそれは沖縄に行かなくちゃいけない理由がまた一つ発見できましたね。
58号線の起点は鹿児島市です。種子島に渡り、国頭まで海の中を58号線は走っています。
このネタもひろしさんに提供しますので、現地踏査でご確認ください。
鉄道もない不便な場所に11万6千人もの県民が集結し、平和への思いや郷土の歴史を知りたい伝えたいと集まるエネルギーが沖縄にあります。
当日、テレビ局は全て中継していました。
平和祈念公園では5万人収容できないので宜野湾海浜公園が会場になったようです。
内地のスポーツイベントでも11万人はなかなか集まらないのに。
新聞の見出しも朝日は一面トップでしたが、地元紙は一面と最終面を合わせた両面でした。
高校生が読み上げた「真実を知りたい、学びたい、伝えたい。」「おじいやおばあが嘘をついているというのでしょうか。」は、聞く者の胸を打ち、文部科学省や教科書を執筆している人たちの心に深く突き刺さったと思います。