私の同級生に高校まで自転車に乗ったことがない男がいました。
そいつは私の友人の一人なのですが、
高校に通うためにどうしても自転車に乗らなくてはいけなくなったんですね。
その時、不謹慎と言いましょうか。まだ人間が出来ていなかったんでしょう。
そいつのことを心配するよりも、正直ワクワクしたと言うか、
どうするんだろうと、これは見ものだと思ったんですよね。
だって、私が自転車に乗るために取り組んだ時のことを考えると、
それはそれは、文字通り血の滲むような努力の末に、
勝ち取ったものだったからです。
まだ確か、小学生の低学年の頃、
補助輪を外し、親に手伝ってもらい、
親が忙しい時には、自分一人で何度も転び膝を擦りむき、
血を流して、何日も費やして痛みと共に勝ち取ったものでした。
多くの同級生が当時同じような思いをしたものです。
それを、高校に入ろうかという男が、
何度も転び、膝を擦りむき血を流し、
自転車の練習をする姿なんて、
ちょっとなかなか見れない風景だと思ったのですが、
何と彼は、1日で乗れるようになってしまいました。
私の運動神経が劣っていて、彼が優れているのではなく、
私は大きなものを見逃していたことに気付いたのです。
子供と高校生の運動能力の差。何週間と一日。
子供と高校生との運動能力にはこれほどの差があるということです。
あの頃、私の血の滲むような思いをしたことは、
いったい何だったんだろうかと驚愕したことを覚えています。
今思えば、本気で欲して取り組むものは手に入るということを、
身体で学んだ体験となっていると信じたいのですが、
その時は、驚愕、落胆、あの苦労は無駄だったのかーーーです。
何が言いたいのかと言うと、
今、難しいと感じているものでも、今、出来ないからと言って、
自分には無理だと完全に諦めてしまうのではなく
今、手にすることに固執せずに、ちょっと横に置いておくと、
未来の自分にとっては案外簡単に出来るものに
いつの間にか変わっていたりするものもあるということです。
だから、何でもかんでも大っきなことをすぐにやろうとばかりせずに、
今は、自分がちょっとしたやる気を出したら
出来ることに取り組んで、大っきなことは将来の自分に任せてしまうのも、
良い方法かと思います。
催眠療法&心理療法 神戸ストレスカウンセリング・ルーム花時計
そいつは私の友人の一人なのですが、
高校に通うためにどうしても自転車に乗らなくてはいけなくなったんですね。
その時、不謹慎と言いましょうか。まだ人間が出来ていなかったんでしょう。
そいつのことを心配するよりも、正直ワクワクしたと言うか、
どうするんだろうと、これは見ものだと思ったんですよね。
だって、私が自転車に乗るために取り組んだ時のことを考えると、
それはそれは、文字通り血の滲むような努力の末に、
勝ち取ったものだったからです。
まだ確か、小学生の低学年の頃、
補助輪を外し、親に手伝ってもらい、
親が忙しい時には、自分一人で何度も転び膝を擦りむき、
血を流して、何日も費やして痛みと共に勝ち取ったものでした。
多くの同級生が当時同じような思いをしたものです。
それを、高校に入ろうかという男が、
何度も転び、膝を擦りむき血を流し、
自転車の練習をする姿なんて、
ちょっとなかなか見れない風景だと思ったのですが、
何と彼は、1日で乗れるようになってしまいました。
私の運動神経が劣っていて、彼が優れているのではなく、
私は大きなものを見逃していたことに気付いたのです。
子供と高校生の運動能力の差。何週間と一日。
子供と高校生との運動能力にはこれほどの差があるということです。
あの頃、私の血の滲むような思いをしたことは、
いったい何だったんだろうかと驚愕したことを覚えています。
今思えば、本気で欲して取り組むものは手に入るということを、
身体で学んだ体験となっていると信じたいのですが、
その時は、驚愕、落胆、あの苦労は無駄だったのかーーーです。
何が言いたいのかと言うと、
今、難しいと感じているものでも、今、出来ないからと言って、
自分には無理だと完全に諦めてしまうのではなく
今、手にすることに固執せずに、ちょっと横に置いておくと、
未来の自分にとっては案外簡単に出来るものに
いつの間にか変わっていたりするものもあるということです。
だから、何でもかんでも大っきなことをすぐにやろうとばかりせずに、
今は、自分がちょっとしたやる気を出したら
出来ることに取り組んで、大っきなことは将来の自分に任せてしまうのも、
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