作家 泉鏡花(いずみ きょうか)は、
女性崇拝者だったらしく話し相手がうっかり「女」と
口走るとたちまち不機嫌になりました。
彼にとって「女」は「御夫人」でなくてはいけなかったようです。
泉鏡花は、明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家で
母親が次女を出産直後に逝去し強い衝撃を受け、
その翌年、12歳の時に摩耶夫人像に母の面影を重ねて以来
彼が亡くなるまで摩耶夫人を信仰していたそうです。
また、強迫神経症ではと思えるような、
かなりの潔癖症に陥っていたようです。
鏡花は、生ものは一切口にしない主義で
貰い物の菓子をアルコールランプで炙って食べたり、
手掴みで物を食べる時は、掴んでいた部分は必ず残し捨てました。
お辞儀をする時に畳に触れるのが汚いと手の甲を畳に付け、
お手伝いさんには階段の掃除をさせるのに
一段一段専用の雑巾を使わせ、
外出時の着衣は帰宅後に全て捨てていたほどですが、
多くの不潔恐怖症の方は、自分のルールがあって
健康を少しでも脅かす可能性のあるものを排除するなら
同じように駄目なはずのものでもOKするものがあって
鏡花も煙草は煙管で愛用し、神仏の前では必ず土下座したそうです。
鏡花の潔癖症はもちろんですが、女性を崇拝する態度も
母親の死によって心に昇華されないまま残る
負の感情の影響によるものだと思われます。
オーガニックしか口にしないとか、
耳にすることが増えてきている菜食主義者やヴィーガンのように
信仰する宗教の戒律に従ってとか、
自分の価値観を貫いている場合と違うのは、
潔癖主義や不潔恐怖症などは恐れの感情が
本人の行動を主導している所です。
一方は、その主義を止めることはできるけれども
止めるつもりはないというだけで
一方は、その主義を止めたくても
止めることが出来ないという違いがあります。
鏡花の場合は、潔癖症の行動がかなりだと思うのですが、
私が少し調べた情報の中には、自分の拘りによって
本人が苦しんでいたという話がないようなので
そこまで酷い状態ではなかった可能性もあります。
なので本人よりも泉鏡花のルールに気を配った友人や知人、
特に奥さんが一番大変だったのではないでしょうか。