心の扉 神戸カウンセリング花時計

心理療法や催眠療法、ストレス解消や悩み等メンタルに関するもの、そして日常の出来事を自由気ままに掲載します。

ティ・ブレイク

2018年11月13日 | 名所めぐり(京都)

 

上御霊神社の拝観を終えて、

西門から西へと延びる通り(上御霊前通り)を

徒歩で移動して、

応仁の乱のもう一つの激戦地へと向かいます。

 

 

 

妙覚寺

 

その道中にある妙覚寺の門前に到着。

 

妙覚寺は、織田信長の常宿でしたが、

歴史的大事件の本能寺の変の際は、

織田信長の嫡男の織田信忠が妙覚寺を宿舎とし、

織田信長は、本能寺を宿舎としていました。

 

明智光秀謀反の知らせが妙覚寺の信忠の元に届き、

信忠は、少数の軍勢を率いて駆けつけようとしましたが、

時すでに遅しで信長の元に向かうことを諦めて、

妙覚寺から、より強固な二条御所へと入り

明智軍との戦いに備えます。

 

現在の妙覚寺は、豊臣秀吉の命により、

あった場所から現在の地に移転しています。

 

妙覚寺は、普段は非公開となっていて

今年の特別公開は11月1日からなので、

拝観可能となるのは、もう少し先です。

(本日は、10月の終わり頃です。)

 

ここ妙覚寺にも綺麗な庭園があるようなので

一度位は、拝観してみたいと思っている寺院の一つです。

 

 

 

妙覚寺 大門

 

非公開のはずなのですが

山門は解放されていたので境内の中へ入ってみます。

 

 

 

境内

 

広い敷地の正面奥に見える建物まで前進。

 

 

 

「祖師堂」

 

この後、お目当ての庭園のある建物前まで行ったのですが、

「拝観は出来ません。」の看板が設置されていたので、

今回の探索は、ここまでにして目的地へと向かうことに。

 

妙覚寺から応仁の乱の激戦地へ向かう道中に、

以前、訪れた名勝庭園を有する本法寺があります。

 

 

 

本法寺

 

ここも今回の目的地ではないのですが、

時間的にもゆとりがあったので、

予定になかった名勝庭園を再訪問することにしました。

 

 

 

多宝塔(京都府指定有形文化財)

 

本法寺は、多宝塔だけでなく、

伽藍の多くが京都府指定有形文化財となっています。

 

 

 

光悦翁手植松

 

 

 

拝観受付所

 

 

 

 

本法寺の霊宝、宝物が常設展示されている

講堂内の部屋は、撮影禁止。

 

 

 

講堂と十の庭(つなしのにわ)

 

 

 

 

 

 

回廊

 

私は、仁和寺で初めて回廊を歩いた時に気が付いたのですが、

このような回廊を歩くのが好きなようです。

 

 

 

書院

 

 

 

巴の庭(名勝庭園)

 

 

 


 

私が名勝庭園のある書院に到着した時に、

一人の50代の男性しか拝観していませんでした。

 

その男性と30分程度だったでしょうか、

目の前の巴の庭のことを忘れて、

応仁の乱の話で盛り上がり楽しい一時を過ごしました。

 

「秋の日の 巴の庭に いざなわれ。」(作者、私)

 

本法寺拝観を終えて、少し歩くと、

茶人として有名な千利休の

裏千家と表千家の家元の邸宅があります。

 

 

 

裏千家 家元の邸宅「兜門」

 

 

 

 

 

 

表千家 家元の邸宅の表門

 

 

 

 

表千家の立派な表門は、

紀州徳川家から拝領したものだそうです。

 

表千家、裏千家の前の道には、

着物を上品に着こなした方々の姿を見かけました。

 

町の風景に着物姿の人が加わると

その場の京都感が増すと言うか、

空気が和に染まる感じがします。

 

表千家の家元の邸宅には、

不審庵と名付けられた茶室と庭園、

裏千家の家元の邸宅には、

今日庵と名付けられた茶室と庭園があり、

共に国指定名勝を受けています。(一般には非公開)

 

表千家の表門の前で着物姿で記念撮影をしていた

数人の団体の一人の女性の方に尋ねたら、

茶道の免状を頂きに来たと話してくれました。

 

応仁の乱の激戦地は、この少し先にあります。

 

 

 

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上御霊神社

2018年11月11日 | 名所めぐり(京都)

相国寺を出て向かったのが、

相国寺のすぐ北隣りにある上御霊神社で、

応仁の乱の勃発地と言われる場所です。

 

 

 

上御霊神社 南門(四脚門)

 

四脚門は、伏見城の四脚門を

移築したものと伝えられています。

 

車で参拝に来た人は、この四脚門を通って

境内に駐車できるようですが、

そんなに広いスペースがあったように思えないので、

参詣する方は、歩いて訪れた方が良いかと思います。

 

 

 

上御霊神社

 

神社の西側(神社正面)の鳥居には、

金色に輝く菊の御紋がはめ込まれています。

 

 

 

楼門(西門)

 

この大きくて立派な楼門は、江戸時代中期に再建されました。

 

 

 

狛犬

 

楼門の前に鎮座する狛犬に、

とんがりコーンのような見事な角が

生えているのが気になって少し調べてみました。

 

飛鳥時代に日本に伝わった時には、

獅子と言われ左右の像は同じ形でしたが、

平安時代になると、左右が異なる姿の

獅子と狛犬の像が対で置かれるように。

 

朝廷における儀式作法の根源・由来・を究め

古来よりの慣習を後の世代に

残さんとした1221年の『禁秘抄』の記述では、

 

本殿側から観て獅子を左、狛犬を右に置き、

獅子は色黄にして口を開き、

狛犬は色白く口を開かず角ありとなっているようで、

 

鎌倉時代後期には様式が簡略化されたものが出現し始め、

昭和以降のものは左右ともに角が無いものが多く

口の開き方と雄と雌を表す部分以外に

外見上の差異が無くなっているとのことです。

 

 

 

手水舎

 

上御霊神社の手水舎には龍の代わりに、これ何だろう。

 

 

 

舞殿

 

 

 

舞殿・拝殿

 

 

 

拝殿・本殿

 

本日のこの時間(正午)の境内には、

私以外に人の姿は無しでした。

 

今日の朝早くの錦天満宮、午前中の廬山寺はまだしも、

天候も良く参拝の人が増えそうな時間となってきた

相国寺でも参拝する人の姿は少なく、

ここ上御霊神社も私一人。

 

なんだかモーゼになった気分。

 

 

 

福寿稲荷神社

 

 

 

絵馬所

 

 

 

御車社

 

ちょっと確実でないので申し訳ありませんが、

私の記憶では、右の柵の部分に牛車の写真があったので

牛車の車庫かと思われます。

 

 

 

御霊合戦の石碑

 

1467年の1月18日、

この上御霊神社内にあった森の中に陣を敷いた畠山政長と

同族の畠山義就(よしひろ/よしなり)との戦いが始まりました。

 

この御霊合戦と呼ばれる畠山家の家督戦いが発端となり

京都を焼き尽くす応仁の乱へと戦いが拡大していきます。

 

この畠山家の家督争いもまたややこしい流れで、

時の将軍、足利義政が畠山家の家督継承者を

義就と認めたり、政長と認めたりで、

二転三転した挙句の末の御霊合戦です。

 

 

 

本殿 北側

 

畠山家の家督争いは、応仁の乱が終結した後も

なんと10年以上も続いたようです。

 

私の勝手な畠山義就の人物像なんですが、

この人、イギリスのパブで暴れた困った人達と

同じような暴れん坊の印象を持ってしまっています。

 

義就行くところ戦ありで、

応仁の乱を終結するための講和についても

最後まで反対していた一人ですし、

 

応仁の乱が終息した後も義就行くところ戦ありで、

業を煮やした住民や農民が「いい加減にしろ!」と

一揆を起こして追い出した位なんですよね。

 

もしかすると、畠山の家督を得ることに

執念を燃やしていただけなのかもしれませんが。。。

 

現在の上御霊神社は、

その昔に政長が多数の軍勢を率いて

陣を構えた広い敷地は姿を消していて、

ごく普通の神社の敷地程度となっています。

 

 

 

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怒れる人

2018年11月10日 | 雑感・愚見

2007年、大阪での出来事、

上司にお菓子を贈った部下(31歳)が、

お菓子に手を付けられていないことに激怒して大暴れ!

パソコン22台を壊して起訴されたそうです。


怒りの感情は、

自分が理解されてはいないと感じたり、

尊重されてはいないと感じたりする時に、

また、自分の期待通りの結果とならない時等に、

湧き上がる感情の一つです。


怒りの感情を使うことで、

自分に向けた相手の気持ちや行動を

是正しようとするものですが、

自分に向けて発することもあります。


怒りの感情を表すことは、

決して無条件に非難されるようなことではなく、

自分を守るために大切な行為の一つです。


とは言え、

怒りの感情は、攻撃的な感情表現なので

適切に使われないと自分の身に跳ね返って

自分を窮地に追いやることにもなりかねません。

 

怒りの感情には、

相手を攻撃したり、非難したり、否定したりする

意味合いが含まれるので、

怒りの程度が、相手にとっても適切である場合には、

相手も受け止めやすくなりますが、


過度なものになると、

相手は、攻撃、非難、否定の部分を

強く感じ取ることになり、

相手側の自分を護るための反撃が始まります。


その反撃にまた反撃と対立が激化してしまうと

接点を持ちたくない人物、または自分の敵として

その人の中で処理されてしまうことがあります。(断絶)

 

例えば、道を尋ねた人に、

「ちょっと急いでいるんだけど。」と言われる位は、

申し訳ないとか、余計なお手間を取らせてとか、

恐縮する気持ちをまだ持てますが、


その人が、道を丁寧に教えてくれた後に、

「人に迷惑かけても平気な奴かな。あんたは。」

なんて言葉が付け足されたとすると、

善意と感謝のやり取りになるはずが、

「はあ!世間には、あんたみたいに、

いちいち嫌味を言うクソ野郎がいるよね!」

なんて、攻撃と反撃のやり取りになりかねません。

 

相手への過度な振舞いは、

お値段以上と感じる商品やサービスを提供したり、

相手の予想より一段階大きいお礼を述べたりするような、

善なる行為に限ります。

 

過度な怒りを発することが常態化している人が、

同僚ならまだしも上司となると、

対処することは相当やっかいなことになります。

 

同僚の場合には何とでもなりますが、

上司の場合には、今自分は人間修行の道場に来ているとか、

滝行の苦行の真っ最中なんだと理解して乗り越えるか、

 

自分がどうこうではなく

この人は、そういう人なんだと

上司の言葉や態度を真に受けず、

さらには、

上司が改心することを期待せずに、

屈服からではなく諦めとか見放しの気持ちで、

日頃から皆でヨイショをして煽てるか、


あるいは、

社会全体がパワハラを大きな問題との認識になっているので、

証拠を残して会社に問題を提議して

真正面から対処するしか無いような気がします。


そして、同僚であろうと上司であろうと、

その人の内なる苦しみや弱さを理解してあげて下さいと、

言うつもりは毛頭ありませんが、

過度な怒りの原因を物凄く簡単に言うなら

八つ当たりです。


家で奥さんにボロクソ言われて

イライラした心理状態で出社して、

抑え込んでいた怒りが、

ちょっとした刺激によって

本当は関係のない人に向かって

つい放出されたと言うのなら、

まだ分かりやすいですが、


もっと前からその人の心の中で昇華出来ていない

記憶と怒りの感情からの八つ当たりの可能性が高いので、

キレることが常態化している人は、

そのことに気が付き、

改善の取り組みをする必要があるだろうし、


キレる人の心の中の本当の対象者の身代わりにさせられ、

受けた精神的なダメージから回復しきれない場合には、

自分の傷ついた心を立て直すための取り組みを

する必要があります。


また、ちょっと路線が違ったケースとして、

2010年にイギリスの会員制のパブで、

ナッツの最後の一袋を巡って始まった乱闘に、

最終的に参加した人数が50人。


盛大になった乱闘を鎮めるために警察が出動し、

催涙スプレーを散布する出来事があったそうです。


これも迷惑な人達、困った人達ですが、

50人のキレる集団と言うより、

お酒を飲んで自制心が緩み、

日頃のストレスを発散するチャンスに

男性50人が飛びついたという所でしょうか。


つまりは、暴れたかっただけのような気がします。


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相国寺 開山堂庭園

2018年11月09日 | 名所めぐり(京都)

相国寺には、方丈庭園の他にも素晴らしい庭園が

開山堂にあります。

 

 

 

相国寺 開山堂庭園

 

 

 

 

開山堂庭園には、白砂に岩が配されている箇所と、

奥の築山となっている箇所との間に、

「龍淵水(りゅうえんすい)」という水路跡があります。

 

今は水路に水は流れていませんが、

創建当時は、実際に水が流れていたようです。

 

 

 

 

 

 

 

開山堂の庭園は、

白い砂を縁取る緑との組み合わせが上品で綺麗で、

腰を下ろして長く眺めていると

心が洗われていくような感じがします。

 

私が、この庭園から受けた上品で煌びやかな感じは、

清水寺の成就院「月の庭」と似ているように思いました。

 

 

 

勅使門と方丈

 

 

 

法堂

 

 

 

鎮守

 

 

 

天響楼(てんきょうろう)

 

2011年に中国の大相国寺との友好の証として建てられた鐘楼、

日中関係が悪化している今日、

この鐘は、どんな音色を響かしているのだろうかと思う。

 

 

 

浴室

 

これで相国寺を後にして、

相国寺近くの次の目的地へと向かいます。

次の目的地も応仁の乱との関係が深い場所になります。

 

 

 

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相国寺

2018年11月07日 | 名所めぐり(京都)

 

廬山寺を出て、次の目的地の相国寺を目指して歩きます。

 

相国寺は、応仁の乱の史跡として外せない寺院で、

廬山寺から北へ歩いて15分位でしょうか。

 

 

 

京都御苑 石薬師御門

 

 

 

 

京都御所参観に心惹かれているのか、

御苑内にちょっとだけ足を踏み入れました。

 

 

 

相国寺 総門

 

相国寺は、臨済宗相国寺派の大本山で

京都五山の第二位に列せられています。

 

ちなみに、

第一位は、天竜寺。第二位が、ここ相国寺

第三位は、建仁寺。第四位は、東福寺。

第五位は、万寿寺。

別格として、南禅寺。となっています。

 

室町時代、第三代将軍の足利義満によって創建され、

金閣寺や銀閣寺は、相国寺の山外塔頭なんですよね。

 

 

 

放生池(ほうじょうち)

 

相国寺は、11年間続いた応仁の乱で

細川勝元の東軍が本陣を構えた場所で、

最も激しい戦とされる相国寺の戦いの場所となり、

この放生地にはおびただしい東軍、西軍の

武士達の遺体が浮かんだと聞いています。

 

 

 

境内

 

ずっ~と奥に白い建物の庫裡が見えます。

現代の相国寺の境内もかなり広いですが、

相国寺関係の方が言うには、

応仁の乱の当時の敷地と比べると、

現在の敷地は、36分の1の広さだそうです。

 

現在の敷地の36倍って、

信じがたい広さなので上手くイメージ出来ません。

煙草の箱の何個分?東京ドーム何個分?

おそらく北海道と同じ位の広さだと思うのです。

 

 

 

法堂 前庭園

 

禅寺は、総門、三門、仏殿、法堂、方丈等の

重要な建物が一直線に並ぶように配置されているのですが、

現在の相国寺には、法堂の前に有る筈の三門と仏殿は、

消失してではなく、焼失してありません。

 

 

 

法堂(はっとう) 【重要文化財】

 

1605年に再建された相国寺の法堂は、

日本最古の法堂建築です。

 

応仁の乱では、ここ相国寺だけでなく、

南禅寺、永観堂、妙心寺、建仁寺、伏見稲荷、

世界遺産となっている清水寺、天竜寺、仁和寺等、

その他にも多数の寺院が、

戦火に巻き込まれて焼かれています。

 

応仁の乱は、突っ込みどころ満載の大きな戦で、

例えば、関ケ原の合戦の途中で、

東軍の総大将の徳川家康が、

「俺、東軍の大将やめて、今から西軍の大将になるわ。」

なんて訳の分からないことをやる訳はありませんが、

応仁の乱では、そんな馬鹿なことが起きたんですよね。

 

応仁の乱は、家督争い、後継者争い、貿易の利権争い等、

全国の武将達の思惑が違う争いが絡み、

もう誰と誰が、何のために戦っているのか

ほんと分からない破茶滅茶な争いと化し、

 

困ったちゃん達の最大級の極みが、

東軍の総大将を務めていた足利将軍の弟が

ヘソまげて「俺、降りた。」で、

しばらく姿を消したかと思えば、

西軍の総大将として合戦に復帰です。

 

 

 

洪音楼(こうおんろう)

 

11年間も継続した応仁の乱(1467年~1477年)から

約100年経過した京都に織田信長が

上洛した時(1568年)に、

その荒廃ぶりに驚いたと記録があるようです。

 

約100年間も本格的な復興ができずに

ほぼ放置状態になっていたようで、

そのダメージは相当なものだったようです。

 

信長、秀吉、家康が京都の復興に尽くしたことで

現在の京都の歴史的建造物があるようです。

 

 

 

手水舎(ちょうずや)

 

 

 

弁天社

 

参道を挟んだ向こう側に法堂があります。

 

 

 

法堂 横側

 

 

 

 

相国寺の敷地内を近所の住民らしき人が

生活路のような感じで通り抜けしていた姿を見かけたので、

確かなことではありませんが、

特別公開期間外でも伽藍の建物は

外側からなら観ることが出来そうです。

 

 

 

相国寺 庫裡(くり)

 

庫裡の横で特別公開の参拝受付をすまして、

法堂の内部、方丈庭園、開山堂庭園の拝観に向かいます。

 

最初は、法堂の内部の拝観で、

内部の撮影は禁止となっているので

残念ながら写真はありません。

 

吹き抜けのような高い天井を見上げると、

八方睨みの龍が描かれていて、

床に示された特定の位置で手を叩くと、

天井図の龍の鳴く声が聞こえる

「鳴き龍」となっています。

 

「バシン!」「クェ~~ン」

「バシン!」「クェ~~ン」

 

私の柏手を打った音に遅れて、

龍の鳴く声が法堂内部に響き渡ります。

 

泣き龍の仕組みは、

緩やかに湾曲している天井と固い床との関係で

音が反響するようになっているそうです。

 

鳴き龍も素晴らしいですが、

法堂の建物自体が圧巻の迫力があり、

「いや~凄かった!」

 

 

 

方丈庭園

 

 

 

「華頭窓(かとうまど)」または、「火灯窓(かとうまど)」

 

 

 

 

受付近くで庭園を撮影していると、受付をしてくれた方が、

「皆さんあちらの窓からよく撮影していますよ。」

と教えてくれました。受付の人GJ!(お気に入りの一枚)

 

 

 

 

方丈前庭は、白砂を敷きつめ禅の根本の教え「本来無一物」、

(執着すべきものは一つも無い。)を表しています。

 

 

 

 

まだ開門して直ぐのせいなのか、

ここ相国寺でも拝観者が少なくて、

お陰でゆったりと拝観も出来ましたし、

色々なポイントから撮影も出来ました。(ボツ写真も多し)

 

 

 

方丈庭園 勅使門と法堂

 

 

 

 

白砂の白に苔の緑がアクセントとなり、

白砂の白が一層映え、苔の緑も一層映えて見えます。

 

 

 

方丈「観音菩薩」

この観音菩薩の絵に近づいて観ると

通常の絵のような線で描かれておらず、

総て観音経の経文の細かな文字を連ねて描いています。

 

 

 

方丈「白像図」

 

 

 

方丈西庭園

 

 

 

 

 

 

裏方丈庭園 杉戸絵

 

 

 

裏方丈庭園【京都市指定名勝】

 

 

 

 

細長い庭園の真ん中の谷に枯流(かれながれ)が通っています。

枯山水は、白砂で池や海等を表現していますが、

ここは岩や細かな石と木々とで枯れた川を表現しています。

 

方丈正面の前庭ではなく、

方丈の裏(北側)にある庭園が

京都市指定名勝となっているのが面白い所です。

 

 

 

坪庭

 

方丈の東側には、このような坪庭がありました。

方丈庭園の次に開山堂庭園に向かいます。

 

 

 

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廬山寺

2018年11月05日 | 名所めぐり(京都)

京阪本線・神宮丸田町駅で下車をして

寺町通を北へと歩いて、

次の目的地の「源氏物語」の作者、紫式部と所縁のある

廬山寺に向かいます。

 

御金神社と廬山寺のことは、

東京の友人から聞いて興味を持った神社とお寺です。

 

 

 

京都御苑 寺町御門

 

今日の最後に時間と体力にゆとりがある様なら

京都御所を参詣するつもりなんですが、

ちょっと難しいかなとも思っています。

 

 

 

 

寺町通り左手の京都御苑に心を奪われると、

どこに向かっていたのか忘れてしまいそうなので、

ほどほどにしなければなりません。

 

 

 

京都御苑 清和院御門

 

この清和院御門は、

「京都御苑」の東側の中央に位置する御門だからなのか、

ここにだけ京都御苑の案内板がありました。

 

廬山寺を通り過ぎないようにと、

しばらく歩いては、立ち止まって地図を見て、

不安感が高まったら、立ち止まって地図を見て、

廬山寺に到着です。(イエーイ!)

 

全くの初めての場所に一発で到着できるんですから

ほんと地図って役に立つなと、

今更ながらバカみたいな感動をしました。

 

 

 

廬山寺

 

立派な石標が建っている門は、表門ではないようなので、

やっぱり隣の表門から入山します。

 

 

 

廬山寺 山門

 

廬山寺は、源氏物語の作者「紫式部」の

住居があった敷地に建立されていて、

「源氏物語」「紫式部日記」「紫式部集」の殆どが、

この地で執筆されたのだそうです。

 

 

 

大師堂

 

私は、廬山寺の建物は、

紫式部の家だったと勘違いしていまして、

紫式部が住んでいた建物は、残っていないんですよね。

(残っていたら国宝かも。)

 

 

 

拝観受付所

 

廬山寺の境内に足を踏み入れての印象は、

どこにでもある町のお寺のような雰囲気ですが、

堂内に入ると一味違いました。

 

 

 

本堂

 

此処も朝早くの所為なのか、

参拝者は私の他一名だけだったので

縁側中央に腰を下ろして、

ゆったりと庭園を鑑賞することが出来ました。

 

もう一人の男性は、物凄いカメラで

何枚も何枚も撮影していたので、

廬山寺から依頼されたプロのカメラマンかと尋ねたら、

普通の観光客でした。

 

 

 

源氏庭

 

昭和40年11月に境内に紫式部邸宅跡を記念する

顕彰碑が建てられたことに合わせて作庭した源氏庭。

 

 

 

 

源氏物語に朝顔の花(現代の桔梗)が書かれてあるそうで、

紫式部に因んだ庭には、その桔梗が植えられており

6月末から9月初め頃まで静かに紫の花が咲きます。

 

 

 

 

10月も終わりの今日の源氏庭に、

ちらほらと咲いていた紫の花は、何の花なんだろう。

 

本堂に展示されている

「紫式部日記」「源氏物語」の絵巻(複製品)の

流れるような文字を、私は読み取れませんが、

当時の時代の雰囲気は感じ取ることが出来ました。

 

今回の京都巡りは、応仁の乱」の史跡巡りが目的で、

錦天満宮も廬山寺も、その道中に立ち寄りました。

でもまああれです。

応仁の乱では、京都中が燃えちゃってますから、

錦天満宮も廬山寺も史跡と言えるかもしれませんが。。。

 

 

 

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ドネアvsバーネット

2018年11月05日 | ライフ

WBSSバンタム級トーナメントで

私が注目していたのは、

井上尚弥選手とドネア選手。


そのドネア選手の初戦は、

バーネット選手が4ラウンドに腰を故障して

試合続行不可能となってドネア選手のTKO勝ち。


仕方がないと言うしかないのですが、

面白い展開の映画の途中で、

映写機が故障した時のような感じなんですよね。

 

でもまあドネア選手が勝利したことで、

井上選手とドネア選手が決勝で対戦する

私にとってのドリームマッチに近づきました。


それと、前々から井上選手について、

一つ気になっていたことがあって、

誰か詳しい人に御教授してもらえたら嬉しいのです。


それは、井上選手が

右のストレートを打つときに、

右肘を開いて打っていることが多いように

私には見えます。


通常、パンチに自分の体重を乗せるためには

脇を絞って打つ必要があるのですが、

脇を開いて放つパンチで、あの打撃力は一体?


あれは、井上選手の身体の癖なのか、

それとも、

「ショベル・フック」とか「スマッシュ」と言われる

フックとアッパーの中間のパンチのように、


ストレートとフックの中間の新しいパンチを

井上選手が放っているのかも。。。


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心が奪われると

2018年11月04日 | 雑感・愚見

ある日、突然、封筒が届きます。

 

封筒の中身には、JRA日本中央競馬では

年間に少なくない八百長が行われていて、

その八百長が行われるレースの

一着馬情報を提供すると書かれています。

 

そして、何月何日の第何レースがそれで、

一着馬は、○○と書かれています。


受け取った人は、そんな馬鹿な話はあるものかと

信用はしていませんでしたが、

何となく気になって新聞を見ると、

封筒に書かれていた馬が一着になっていました。


偶然だろうと思いつつも、

少しは気になっていた男性の元に

二通目の封筒が届き、

同じように一着の馬の名前が書かれていて、

書かれていた馬が、また一着となります。


偶然で二回連続で勝馬が当たる訳が無いと、

もしかすると本当の情報ではないかと

信じ始めた男性の元に3通目の封筒が届きます。


内容は、次からの勝馬の情報は、

会員になって頂いた方にだけ提供するということ。

社会に漏れてはいけない情報なので

会員数は限らせてもらっているということ。

会員になるためには、

保証金200万円が必要ということ。


欲に目がくらんだ男性は、

詐欺グループにまんまと200万円を

だまし取られました。


これにはカラクリがあって、

詐欺グループは、出走馬が少ないレースを適当に選び、

出走馬が8頭だとしたら、一頭に付き800通、

その馬が一着になると書いて送ります。

800×8頭分で全部で6,400通の封筒を送ります。


すると800人の人が、ピタリと当たった勝馬が

書かれた封筒を受け取ることになります。


二通目の封筒は、その800人にだけ送られ、

同じように100人ずつに勝馬を分けて送れば、

100人に、二連続の勝馬情報を送れることになります。


偶然ではあり得ない結果を提供され、

信じてしまい騙される人が出てしまいます。


そのような詐欺事件があったことを

誰かが言っていたなと

記憶の片隅に残っていたのですが、

2002年に、その原理を応用したのか、


「浮気をばらす!」と書いた封筒を

200人以上に送り付けて、約60人から

合計2,200万円をだまし取った

44歳の男が埼玉県警に逮捕された事件がありました。

(ちょっと浮気率、高過ぎないか。)


競馬の方は、金銭欲が強い刺激を受けて、

浮気の方は、ピンチで心が動揺してしまって、

冷静に客観的な思考力、判断力を働かすのを

忘れてしまったようです。


忘れ物もそうで、何かに心が奪われていた時に

人は、忘れ物をしてしまう確率が高まるそうで、

すっーと何かに集中してしまう人(好奇心の強い人)は、

要注意かもしれません。


天才と言われる人に集中力が高い人が多いようで、

あの長嶋茂雄さんが、自分の子供を球場に忘れて帰ったのは

有名な話ですね。


将棋の羽生さんも一局の対局を終えて、

何か忘れて帰ったことがあっても

おかしくなさそうですが、どうなんでしょうね。


詐欺師に騙されないように、

また、忘れ物をしないように、また少しでも減らすためには、

上に書かせて頂いたような心の動きをしないことなのですが、

言うは易し行うは難しの分野になるかと思います。


と言うのも、詐欺師と接点を持つことは

日常でそうあるものでもありませんし、

忘れ物は、本人に痛手が少ないことに起きることが多いので

自分の心の動き(癖)を頑張って変えようとまでは

思わないからなんですが、

人は、ちょっとした失敗をする位が

丁度良いような気もします。

 

私の場合は、椅子から立って6歩ほど歩いて

冷蔵庫の前に来た時に、

「あれ、何をしに来たんだっけ?」と、

忘れている時がありますが、

これは、天才ゆえに集中力が高いのではなく、

ただ注意力が散漫になっているだけです。

 

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錦天満宮

2018年11月03日 | 名所めぐり(京都)

今回の京都名所巡りは、

いつもの友人とではなく

私、単独での京都巡りとなります。

 

午前8時過ぎには京都/阪急河原町駅に到着して

阪急河原町駅から歩いて数分の距離にある

錦天満宮に向かいました。

 

錦天満宮

鳥居の両端が壁にめり込んでいることで

有名な錦天満宮の鳥居を

実際に観るのは今日が初めてなんですよね。


昔、ミスター・マリックが

コインに一本の煙草を通したのと同じように

鳥居の一部が完全に壁を通り抜けています。

 

このようなことになったのは、

錦天満宮の参道が、江戸時代に魚市場として栄え、

時代と共に参道を含めた

辺り一帯繁華街へと発展し、

建物が高くなった結果だそうです。


この形に決着するまで天満宮側と建築側双方が

「困った。困った。」の状況だったと思いますが、

古典落語の三方一両損のように、

互いが少しづつ負を受け持ったことで

見事に決着したんでしょうね。


両者の懐の広さに乾杯です。

 

錦天満宮の入り口

錦天満宮の参道は、「京都の台所」と呼ばれる

390m続く錦市場商店街と発展を遂げ、

今や外国人観光客にも人気エリアとなっています。

 

錦天満宮・手水舎

無味、無臭、無菌で飲用としても利用できる

京都名水の一つ「錦の水」

どんな味なのか飲んでみようかと思いましたが、やめました。

 

錦天満宮 拝殿・本殿

朝早いこともあって境内に観光客の姿はなく、

錦市場商店街に関係する人だと思うのですが、

時折、スーツ姿の人が入れ替わり境内にやって来ては、

真剣に参拝していました。

 

日乃出稲荷神社

菅原道真を祀る天満宮の中から

由緒深い全国の25社を順拝する

菅公聖蹟二十五拝という風習があるそうで、


第一番の京都・菅原院天満宮から始まり、

第2番の錦天満宮

そして、

奈良、大阪、兵庫、香川、広島、広島、山口、

福岡の太宰府天満宮へと至り、

再び大阪へと戻り、

順拝の締めとなるのが、

全国の天満宮、天神社の総本社の

京都の北野天満宮となります。

 

今日の鴨川

錦天満宮を後にして、

京阪本線の祇園四条駅に向かいます。

今日も鴨川は穏やかです。

 

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ドネアvsバーネット

2018年11月03日 | ライフ

WBSSバンタム級トーナメントは、

井上尚弥選手が衝撃の1RKO勝利で幕を開けました。

 

そして、イギリスの現地時間11月3日の21:00に、

(日本時間、11月4日の5:00)

 

WBSSバンタム級の屈指の好カードが、

WBAスーパー王者のバーネット選手vs

階級王者のドネア選手試合が行われます。


ドネア選手は、素晴らしい選手で

The Filipino Flash'フィリピンの閃光」との異名を持ち、

日本語で「閃光」と書いた鉢巻をして試合入場する位に

大の親日家でもあります。


井上尚弥選手が、ドネア選手のフットワークとかフェイントを

参考にしていたと公言していて、

以前、ドネア選手から直接指導を受けたことがあります。


井上選手は、「アジアの至宝」と言われる

パッキャオ選手からもフックの打ち方を

直接指導を受けていましたね。

 

パッキャオ選手と同じライトフライ級で

プロのキャリアをスタートした井上選手は、

第二のパッキャオ選手となることを

ボクシング界から期待されていますが、

ちょっとね。後にも先にもパッキャオのような選手は、

もう出てこない気がします。


何せ、ライトフライ級でデビューした選手が、

各階級の最強と称された選手をなぎ倒しながらの

11階級上のスーパーウエルター級で王座獲得ですから

一応6階級王座と紹介されますが、

実質11階級王座なので漫画の世界の選手です。


結果としてそうなれば凄いですが、

パッキャオ越えを目標にして無理な闘いをして

身体を壊してしまうことを心配します。


話を元に戻して、WBSSの試合、

全盛期のドネア選手であるなら

勝利は間違いありませんが、

現在の年齢が36歳なのが不安材料です。


私もドネア選手の一ファンなので

ドネア選手の勝利を望んでいるのですが、

試合結果は、如何に。

 

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