日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「知っている」の意味-理解と疑問の大切さ-

2005-05-11 12:15:47 | 徒然
毎日新聞のWEB版に「発信箱」という、記者の方の署名入りのコラムがある。
このコラムを書くのは、決まった部署の記者の方ではなく様々な立場の記者の方が書かれている。
そういった意味では同紙の「記者の目」と似た感じがある。
大きな違いは、「記者の目」がその時々に起きた事柄を書いているのに対して、「発信箱」は記者の方が思い考えた記事内容ということ。
今日の「発信箱」に「理系白書」というブログを書いている科学担当の元村記者が「問い続けること」という内容で、コラムを書いている。

「どうしたらいいんですか?」という言葉を、やたらと聞くようになったのは気のせいだろうか?
そのくせ「それは、知っています」という人も多い。
「知っている」なら「どうしたらいいのか分かっている」と思うのだが、どうやら「知っていても、どうしたらいいのか分からない」ようだ。
別に意地悪をするつもりは無いのだが「知っているなら、自分で考えてやってみたら?」と答えると、「どうしていいのか分からないから、聞いているんです」と逆ギレさせることも、最近は多い。
「考えて行動する」ということが、苦手な人が増えているのだろうか?

「考えること」は、それまでの知識や経験を総動員して複眼的なモノの見方をする訓練なのだ。
ところが、それを放棄して「正解」だけを与えられる環境にいれば、「思考力」は圧倒的に低下し、「疑問を持つ」ことも、「相手を理解しようとする努力」も必要なくなってしまうのではないか?
そうやって考えると、昨今の「読解力の低下」等は当然の結果なのかも知れない。

「知っている」から一歩進んで「疑問に思うこと」「考えること」をすると、時間がかかるし学校の授業などでは「手間がかかる」だろう。
でも、仕事をする上では「知っている」ではなく、「疑問を感じ」、「考えること」が大切なのだ。
そんなことを、改めて気付かせてくれたコラムだった。