大雪の残る元旦に「長浜八幡宮」へ初詣に行ったものの、参道の端まで並ぶ人の列を見て八幡宮の神宮社である「舎那院」さんに初参りしたのですが、遅ればせながら「長浜八幡宮」へ初詣にまいりました。
しかし、元旦から1週間以上経ってはいても参拝に訪れる方は多く、駐車場への車列が出来ていましたのはコロナ渦による分散参拝の影響があるのかもしれませんね。
初詣が遅くなってしまったため、「長浜恵比寿宮(豊国神社)」では十日戎の宵戎が始まってしまいましたので2宮巡りということで参拝し、やっと新年がスタートした感覚があります。
ただし、コロナ渦につき露店などは出ていませんし、十日戎でも甘酒の振る舞いや恒例の新春餅巻きも開催されず、コロナ渦以降は毎年静かなお祭りになっている残念な状況です。
「長浜八幡宮」の一之鳥居は元旦にも通りましたが、1週間少々ですっかり雪が融けていて普通の靴で不自由なく歩けるようになっていました。
元旦の時はこの参道の行列が数分単位でどんどん長くなっていくといった感じで、当方のように諦めて帰る方も多かったのですが、さすがに参道まで並ぶほどの参拝者はおられません。
参道の途中にはおそらく雪の重みで倒れたのではないかと思われる倒木が灯籠までをもなぎ倒して横たわっていました。
痛々しい姿ですが、怪我人が出なかったのは不幸中の幸いということでしょう。
二之鳥居の前には手水があり、井戸には色とりどりの花が供えられています。
長浜八幡宮には3ヶ所の手水がありますが、それぞれに花が供えられ華やかな気分にさせてもらえます。
参道を90°曲がった二之鳥居の先には拝殿と本殿が一直線に並びます。
拝殿と本殿の前は混雑はしていませんでしたが、縁起物の売り場には長い行列が見えます。
石畳の横や屋根に若干の雪が残ってはいるものの、もうすっかり雪は融けています。
このまま雪が降らないといいのですが、雪はこれからが本番なので春の便りが待ち遠しくなります。
拝殿には竹の鳥居が設けられ、奥には注連縄が掛けられています。
吊るされた鈴にお賽銭を当てると幸運に恵まれるとあって、十円玉を投げてみるもののお酒の一斗樽の当たる始末というノーコンぶりは今年も相変わらずです。
本殿に参拝した後、境内を歩いて「都久夫須麻神社」へと向かう途中にもう一つ手水があり、ここにも色鮮やかな花が供えられています。
この井戸は、長浜曳山まつりに先立って行われる「裸参り」で若衆が飛び込んで身を清める井戸で、子ども歌舞伎の優雅な光景とは裏腹に男達が褌一丁で掛け声も勇ましく練り歩く荒っぽい祭りです。
放生池の中にある「都久夫須麻神社」は、琵琶湖に浮かぶ竹生島信仰の延長するものと思われ、市杵島比売命と弁才天を御祭神として祀り、龍神を祀る神事があるのも同じです。
毎年8月15日の夜にはこの放生池の中を龍が舞う古式神事「蛇の舞」が奉納されます。
さて、長浜駅の近くまで足を運ぶと、「長浜恵比寿宮(豊国神社)」の方から“商売繁盛で笹持ってこい!”の掛け声と江州音頭をミックスしたようなお囃子が聞こえてくる。
「豊国さん」は長浜城主となって出世していった豊臣秀吉の3回忌を偲んで建立された神社でしたが、江戸幕府に秀吉を祀ることを禁じられたため、恵比須神を祀ると見せかけて裏で秀吉を祀り続けたという神社です。
徳川四天王の井伊家の治める藩にありながら、なかなか骨太な対応ですが、井伊家も分かっていながら見逃していたのかもしれませんね。
秀吉を祀る神社だけあって手水の水は瓢箪から流れ出ています。
長浜曳山まつりの裸参りの時にはまずこの井戸で身を清めて豊国神社に参拝した後、八幡宮の井戸で再び飛び込んで八幡宮に参拝する流れとなります。
4月中旬の夜に井戸に飛び込むのはかなり冷たいことでしょうけど神事は4日間続けられます。
「長浜恵比寿宮(豊国神社)」の十日戎は宵戎ということもあってか参拝者はチラホラといったところで混雑はなし。
参拝所まで行くと柱の後ろにいる巫女さんが神楽鈴を鳴らしてくれるのが嬉しい。
本宮の前にはボランティア武将隊の『長浜武将隊 天下泰平』の方が2人武者姿も凛々しく出迎えて下さいます。
一緒に写真撮らしていただき、その際にもらった朱印が1枚目の画像で、その時は誰か分かりませんでしたが、兜の「前立」や長浜武将隊のTwitterからすると「石田三成」と「毛利勝永」のようです。
毛利勝永は、大河ドラマ「真田丸」で岡本健一が演じていた大坂の陣の武将で近江国長浜で誕生したとの説もある方のようです。
境内には「福万年亀」という名前から長寿に御利益のありそうな石があります。
後方の放生池の中には子供の姿が見えますが、水があるのに大丈夫かな?
放生池へ回り込んでみると、水深は浅いながらも池の水が氷結しています。
子供たちはこの上で遊んでいたのかと納得しましたが、何とも寒々した光景です。
放生池を渡った先には「豊公遺愛 夜泣虎石」が磐座のような姿で祀られています。
虎石には秀吉にまつわる伝承がありますが、それとは別に今年の干支の虎の名の付く石ですから縁起は良さそうですね。
恒例のお焚き上げも宵戎が始まったばかりで旧年のお札や笹などがまだ少ないのでしょうけど火は勢いよく燃え上がっています。
火を見ると熱さと共に気持ちが高まってくるのが不思議です。
しかし、元旦から1週間以上経ってはいても参拝に訪れる方は多く、駐車場への車列が出来ていましたのはコロナ渦による分散参拝の影響があるのかもしれませんね。
初詣が遅くなってしまったため、「長浜恵比寿宮(豊国神社)」では十日戎の宵戎が始まってしまいましたので2宮巡りということで参拝し、やっと新年がスタートした感覚があります。
ただし、コロナ渦につき露店などは出ていませんし、十日戎でも甘酒の振る舞いや恒例の新春餅巻きも開催されず、コロナ渦以降は毎年静かなお祭りになっている残念な状況です。
「長浜八幡宮」の一之鳥居は元旦にも通りましたが、1週間少々ですっかり雪が融けていて普通の靴で不自由なく歩けるようになっていました。
元旦の時はこの参道の行列が数分単位でどんどん長くなっていくといった感じで、当方のように諦めて帰る方も多かったのですが、さすがに参道まで並ぶほどの参拝者はおられません。
参道の途中にはおそらく雪の重みで倒れたのではないかと思われる倒木が灯籠までをもなぎ倒して横たわっていました。
痛々しい姿ですが、怪我人が出なかったのは不幸中の幸いということでしょう。
二之鳥居の前には手水があり、井戸には色とりどりの花が供えられています。
長浜八幡宮には3ヶ所の手水がありますが、それぞれに花が供えられ華やかな気分にさせてもらえます。
参道を90°曲がった二之鳥居の先には拝殿と本殿が一直線に並びます。
拝殿と本殿の前は混雑はしていませんでしたが、縁起物の売り場には長い行列が見えます。
石畳の横や屋根に若干の雪が残ってはいるものの、もうすっかり雪は融けています。
このまま雪が降らないといいのですが、雪はこれからが本番なので春の便りが待ち遠しくなります。
拝殿には竹の鳥居が設けられ、奥には注連縄が掛けられています。
吊るされた鈴にお賽銭を当てると幸運に恵まれるとあって、十円玉を投げてみるもののお酒の一斗樽の当たる始末というノーコンぶりは今年も相変わらずです。
本殿に参拝した後、境内を歩いて「都久夫須麻神社」へと向かう途中にもう一つ手水があり、ここにも色鮮やかな花が供えられています。
この井戸は、長浜曳山まつりに先立って行われる「裸参り」で若衆が飛び込んで身を清める井戸で、子ども歌舞伎の優雅な光景とは裏腹に男達が褌一丁で掛け声も勇ましく練り歩く荒っぽい祭りです。
放生池の中にある「都久夫須麻神社」は、琵琶湖に浮かぶ竹生島信仰の延長するものと思われ、市杵島比売命と弁才天を御祭神として祀り、龍神を祀る神事があるのも同じです。
毎年8月15日の夜にはこの放生池の中を龍が舞う古式神事「蛇の舞」が奉納されます。
さて、長浜駅の近くまで足を運ぶと、「長浜恵比寿宮(豊国神社)」の方から“商売繁盛で笹持ってこい!”の掛け声と江州音頭をミックスしたようなお囃子が聞こえてくる。
「豊国さん」は長浜城主となって出世していった豊臣秀吉の3回忌を偲んで建立された神社でしたが、江戸幕府に秀吉を祀ることを禁じられたため、恵比須神を祀ると見せかけて裏で秀吉を祀り続けたという神社です。
徳川四天王の井伊家の治める藩にありながら、なかなか骨太な対応ですが、井伊家も分かっていながら見逃していたのかもしれませんね。
秀吉を祀る神社だけあって手水の水は瓢箪から流れ出ています。
長浜曳山まつりの裸参りの時にはまずこの井戸で身を清めて豊国神社に参拝した後、八幡宮の井戸で再び飛び込んで八幡宮に参拝する流れとなります。
4月中旬の夜に井戸に飛び込むのはかなり冷たいことでしょうけど神事は4日間続けられます。
「長浜恵比寿宮(豊国神社)」の十日戎は宵戎ということもあってか参拝者はチラホラといったところで混雑はなし。
参拝所まで行くと柱の後ろにいる巫女さんが神楽鈴を鳴らしてくれるのが嬉しい。
本宮の前にはボランティア武将隊の『長浜武将隊 天下泰平』の方が2人武者姿も凛々しく出迎えて下さいます。
一緒に写真撮らしていただき、その際にもらった朱印が1枚目の画像で、その時は誰か分かりませんでしたが、兜の「前立」や長浜武将隊のTwitterからすると「石田三成」と「毛利勝永」のようです。
毛利勝永は、大河ドラマ「真田丸」で岡本健一が演じていた大坂の陣の武将で近江国長浜で誕生したとの説もある方のようです。
境内には「福万年亀」という名前から長寿に御利益のありそうな石があります。
後方の放生池の中には子供の姿が見えますが、水があるのに大丈夫かな?
放生池へ回り込んでみると、水深は浅いながらも池の水が氷結しています。
子供たちはこの上で遊んでいたのかと納得しましたが、何とも寒々した光景です。
放生池を渡った先には「豊公遺愛 夜泣虎石」が磐座のような姿で祀られています。
虎石には秀吉にまつわる伝承がありますが、それとは別に今年の干支の虎の名の付く石ですから縁起は良さそうですね。
恒例のお焚き上げも宵戎が始まったばかりで旧年のお札や笹などがまだ少ないのでしょうけど火は勢いよく燃え上がっています。
火を見ると熱さと共に気持ちが高まってくるのが不思議です。
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