一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

私が選ぶ「1dayトーナメント」名局ベスト3

2012-10-06 00:11:07 | LPSAイベント
劇団民藝の俳優・大滝秀治が2日、亡くなった。87歳。
日本の名優を10人選べ、と言われれば、私は即座に大滝秀治を選ぶ。上っ面の演技ではなく、役の中にのめり込む、気迫がこもった、魂の演技が好きだった。合掌。

LPSA主催の1dayトーナメントは、7、8日に行われる「ファンクラブカップ」で50回を迎えることになった。今回は50回記念として、歴代の優勝者が一堂に会し、グランドチャンピオンを決めるという。これは楽しみだ。
そもそも「1dayトーナメント」は、LPSA設立時から行われた、LPSAの名物企画である。この棋戦の主な特徴は、
1.トーナメント戦を1日で消化し、優勝者をその日に決める。
2.公開対局をすることによって、観客がナマの勝負を目にすることができる。
3.イベントを併設し、女流棋士との交流が深められる。
等が挙げられる。
私も公開対局があるたびに会場に足を運び、その熱戦を目にしてきた。
そこできょうは、過去49回の中で、私の印象に残った名局ベスト3を発表する。

第1位<第19回>「フランボワーズカップ」決勝
2008年12月23日
於:文京シビックセンター
中井広恵女流六段VS船戸陽子女流二段

第1位は、2008年に行われた「フランボワーズカップ」決勝戦を、迷うことなく挙げる。
常勝・中井女流六段に、この半年前にLPSAに移籍した船戸女流二段が挑むという、話題性たっぷりの顔合わせだった。
このときの模様は、「将棋ペン倶楽部」2009年秋号に「聖夜前日のドラマ」という題で掲載された。以下に抜粋してみよう。


聞き手の石橋女流王位が、
「中井さんはLPSAの公認棋戦で30勝ぐらいして、1敗しかしてないんですよね」
と、恐ろしいことを言う(後日調べると、19勝1敗だった)。しかし船戸女流二段も、ここまで9勝2敗である。常勝同士の一騎打ちとなったわけだ。
しかし前述のとおり、進行の石橋女流王位はじめ、観客のほとんどが船戸女流二段を応援していた。LPSAに移籍してからの彼女の活動を、ファンは知っている。みんなが船戸女流二段に、2008年有終の美を飾ってほしいと願っていたのだ。
局面。中盤まで中井女流六段が銀得で優勢だったが、船戸女流二段も中井女流六段の馬を取り、形勢を盛り返す。
実に面白い、一進一退の終盤戦となった。しかし、つねに中井女流六段が半歩リードしている気がする。
船戸女流二段が左手で口元を覆う。胃からせりあがってくるものを堪えているかのようだ。
すこしうるんだ眼で盤面を凝視する。その姿は、凄絶なまでに美しい。
いっぽうの中井女流六段も、優位を保っているはずなのに、その表情は険しい。
解説の郷田九段も、ふたりの指し手を見守る回数が増えてきた。「分からない」を連発する。
攻防手の応酬のあと、中井女流六段が船戸玉を受けなしに追い込んだ。
これは中井女流六段が余したか――そう思った瞬間、バキィ!!という駒音が会場に響いた。
△8五角!
起死回生、すごい捨て駒が出た!
「あっ、これは…」と郷田九段。郷田九段はじめ、誰もこの手に気が付かなかった。ただ一人、船戸女流二段だけが、この筋を読んでいたのだ。
▲8五同玉に△7六竜! 以下はどこへ逃げても、先手玉は詰みとなる。ここで中井女流六段の投了となった。船戸女流二段、堂々の優勝なる!
この瞬間、私は涙があふれてくるのを止められなかった。自分の将棋はもちろん、ヒトの将棋で涙を流したのは初めてだった。それは、華麗な捨て駒で大豪を討ち取った、劇的なフィナーレということはあったろう。しかし私たちは、LPSAに移籍してからの船戸女流二段の活動を、ここに重ね合わせたのだ。
「将棋って、こんなに面白い競技だったんですね」
郷田九段が放心したようにつぶやく。藤田女流1級は、
「ワタシ、船戸さんを好きになっちゃいました!」
と叫んだ。
船戸女流二段の眼にも、涙があふれていた。それは美しい涙だった。


中井女流六段の王者の風格、船戸女流二段の凄絶な美しさ。緊迫感あふれる戦いを、我ながらよく捉えている。解説を日本将棋連盟の郷田真隆棋王が務めていたのも懐かしい。
終局時の、割れんばかりの拍手。船戸女流二段の、感極まっての涙。船戸女流二段にとっても本局は、生涯随一のメモリアル将棋だったと思われる。

第2位<第19回>「フランボワーズカップ」準決勝
2008年12月23日
於:文京シビックセンター
中井広恵女流六段VS松尾香織女流初段

第2位は、同カップの準決勝・中井-松尾戦。この日は全局熱戦で、プロの将棋を心ゆくまで堪能した。1dayトーナメント49回の歴史の中で、最も記憶に残る闘いだった。
ではこれも、「将棋ペン倶楽部」から抜粋しよう。


振り飛車党の松尾女流初段が3手目に角道を止めたので四間飛車と思いきや、5手目に▲6八銀と上がる。このとき聞き手の藤田女流1級は素通りしていたが、私にはピンとくるものがあった。
9手目▲7八金でも、藤田女流1級は何も言わない。しかし私はここで確信した。
松尾女流初段は相矢倉を志向している、と。
11手目▲4八銀が指され、ここで初めて場内がどよめいた。しかし私は、心の中でガッツポーズをしていた。
これには伏線があった。金曜サロンでは、閉席後に将棋仲間で遅い夕食を摂りに行くのだが、この前の週では、指導対局講師の松尾女流初段も同席してくれたのだ。
これは極めて珍しいことなのだが、食事会に女流棋士が混じれば、話も弾むと同時に、「餌食」にもなる。私たちは、
「LPSAの棋士は得意戦法が限られてるから、ファンも食傷気味。だからいつもの振り飛車でなく、矢倉なんか指してくれると、新鮮味が出て嬉しいんだよなあ」
というようなことを言った。
それを早くも松尾女流初段が実践してくれたので、私は心の中で歓声をあげたのだ。これは多分、あの食事に同席していた棋友も、同じだったと思う。
ただ、あとで分かったことだが、松尾女流初段はふだんから矢倉の研究もしていたらしい。今回はそれをぶつけるに格好の相手だ。
現に本局では、松尾女流初段が居飛車党かと見紛うばかりに、その指し回しは絶妙を極めた。
中盤▲5四歩と突き出した手が、角道を通して飛車銀両取り。これで松尾女流初段が大優勢となった。以下も徐々にリードを拡げ、あとは▲4六桂と金取りに打てば、あらかた後手玉は寄りだ。
絶対王者は時としてヒールとなる。今回のメンバーでいえば、LPSA女流棋士で圧倒的な強さを誇る、中井女流六段がその役割を担っていた。この対局、会場の半数以上は、松尾女流初段を応援していたのではなかろうか。
しかしここから松尾女流初段が乱れる。貴重な飛車で▲8二飛と王手を掛けたが、△6二歩との交換になっては大損をした。
さらに松尾女流初段は背後からの秒読みに追われ、その後も疑問手を連発する。たちまち形勢は接近するが、こうなれば、流れは中井女流六段である。最後は松尾女流初段が自玉の簡単な3手詰を見落とし、必勝の将棋をあたら棒に振ったのだった。
ああ……。このときの私の落胆をなんと表現したらいいのだろう。自分が負けたときより、悔しかった。
うしろに植山悦行七段がいらしたが、私は七段の立場もわきまえず、
「松尾先生、何やってんですか! 必勝だったのに!」
とブチまけた。


本文でも少し触れているが、松尾女流初段は矢倉を裏芸としており、「松尾矢倉」と呼ばれていた。
しかし終盤勝ちになってからの乱れぶりは目を覆いたくなるほどで、大魚を逸した松尾女流初段をまともに見られなかった。

第3位<第34回>「けやきカップ」決勝
2010年3月22日
於:府中グリーンプラザ
島井咲緒里女流初段VS藤田麻衣子女流1級

中倉彰子・宏美姉妹のおひざ元、府中での1dayトーナメントである。
この年の3月をもって藤田女流1級が現役引退、およびLPSAを退会することが決まっており、いくぶん感傷的な雰囲気が漂う決勝戦だった。
「けやきカップ」のレポートは、当ブログの2010年3月24~26日にエントリした。ここでは26日のエントリを、一部再掲しよう。


42手目△7四歩と突いたところで、解説が中座真七段、聞き手が中倉女流二段に交代する。
さっそく中倉女流二段が
「島井女流初段は前局で穴熊を指して、暴力的な将棋で殴り倒しました」
と、平然と言う。そういう中倉女流二段もけっこう穴熊の暴力を振るっていると思うのだが、まあ人間、自分のことはよく分からないものだ。それはともかく、相変わらず中倉女流二段の話は過激で面白い。NHK杯将棋トーナメントでの聞き手は、相当自分を抑えていたのだろう。
将棋は中盤の難所に入っている。△7三の角が4六に躍り出て、これが5七の飛車取りになるとともに、その陰にいた7二の飛車が7七の馬を直射した。
▲5六飛に△7七飛成! ▲同桂にも角を逃げず、△7六歩と追撃の手を緩めない。「シマイ攻め」の面目躍如だ。▲7六同飛に△5七角成。ここで▲6八銀と一枚入れるかと思いきや、藤田女流1級は▲7二歩! 両者の持ち味がよく出ている、華やかな攻め合いだ。
会場内は満席に近い。私の後ろには椅子が追加されている。
藤田女流1級が▲3一飛と6一の金取りに打った。しかしこれ、その瞬間だけ気持ちがいい緩手。島井女流初段はおまじないのように△4一歩と打つ。これを藤田女流1級が不用意に▲同飛成と取ったのが疑問で、すかさず△1四角と詰めろ飛車取りに打たれては、大きく形勢が傾いた。
私ならここで嫌気がさして投了、というところだが、藤田女流1級は▲5八銀と打って頑張る。
しかし△5八同馬▲同金△4一角と飛車を取られ、その角に再び1四に飛びだされた手がまたもや詰めろとなっては、これは大勢決した。
ところが、藤田女流1級が▲6五桂と玉の逃げ道を開けた手に対し、島井女流初段が△7六飛と打ったのが、負ければ敗着という不用意な一手。▲7六同飛△同歩に、▲8一金△同玉▲7三桂打と迫られ、一気に詰むや詰まざるやの局面になってしまったからだ。
先ほどまでなら、ここで△9一玉と寄る手があるから何でもなかったのだが、いまは横に利く駒を渡してしまったので、▲8一飛で詰んでしまう。3日前のエントリでも書いたが、島井女流初段にはこうしたスッポ抜けがあるのだ。
仕方がないから、島井女流初段は上部に逃げる。追撃する藤田女流1級。どこへ逃げても詰みそうな気がするが、島井玉はスレスレのところを生き延びる。
際どい攻防が続き、▲7五香の王手に△6四玉。このとき、島井女流初段が水分を口に含んだのが見えた。
あれは昭和63年放送の第38回NHK杯将棋トーナメント戦・大山康晴十五世名人対田丸昇七段(当時)戦で、終盤必勝だった田丸七段が大山玉を捕まえ損ね、大山玉が9八まで逃げ延びたことがあった。そのとき大山十五世名人が「やれやれ…」とお茶を口に含んだ光景を思い出した。
ここで藤田女流1級が投了し、島井女流初段の嬉しい優勝となった。決勝戦にふさわしい、実に見応えのある1局であった。


これは終盤がスリリングで、最後の詰むや詰まざるやの局面は、手に汗を握った。これが公開対局の醍醐味であろう。

1dayトーナメントは毎月開催を続けていたが、2010年4月「グリーントーナメント」を開催予定だったものの、どこぞのバカ団体から横ヤリが入り、中止に追い込まれた。
それがケチの付け始めか、2010年は10回開催。翌2011年は激減し、5回しか行われなかった。
変わり映えしない出場女流棋士、当時は真新しかったネット中継が現在では当たり前になった、LPSAの女子将棋大会へのシフト…など、1dayトーナメントにおける環境が変わってしまったのだ。
これから1dayトーナメントがどこに行くのか分からぬが、ネット中継のある8日は、自宅でゆっくり楽しもうと思う。
コメント (2)
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