私の前にいたのは、なんと石田直裕五段だった。
「石田先生、私先月の『世界の将棋』で、教えていただきました」
まさか同じ男性棋士に、こうも早く雪辱のチャンスが巡ってくるとは思わなかった。
私は3面指しの、右の席に座る。よって私の右にいた人は別の棋士担当だったが、
「石田先生、名寄ご出身ですよね。将棋の勉強に行かれる時は、いろいろ大変だったとか。本を読ませていただきました」
と挨拶していた。
定刻にはちょっと早いが、もう対局を始めることにする。
「手合いは何にしますか」
「角落ちでお願いします」
対局が始まった。
初手からの指し手。△6二銀▲7六歩△5四歩▲2六歩△4二玉▲2五歩△3二玉▲2四歩△同歩▲同飛△5三銀▲4八銀△2三歩▲2五飛(第1図)
前局の初手は△8四歩だったが、本局は△6二銀だった。私の▲7六歩に、△5四歩。なかなか飛車先の歩を突いてこず、これは前局の将棋を警戒されたのか、と思った。
私は飛車先の歩を切り、▲2五飛。おなじみの「一公流▲2五飛」である。

第1図以下の指し手。△4二金▲7八金△5二金右▲3六歩△7四歩▲3七桂△6四歩▲4五桂(途中1図)

△4四銀▲4六歩△8四歩▲6九玉△6三金▲5九金△6五歩(第2図)
この▲2五飛戦法、前局は惨敗したが、途中までは下手もうまく指していた。作戦が悪かったわけではなく、私の指し手が悪かっただけだ。それで、もう一度ぶつけた。
石田五段は慎重に駒組を進め、本気モードに感じた。
私は早々と▲3七桂とし、ちょっと早いが、▲4五桂(途中1図)と跳んだ。
指導対局で下手が使いこなせないのは、攻撃側の桂だと思う。これが存外取り残されることが多い。それなら早いうちに捌いてしまえ、という考えである。実際3月31日の大野八一雄七段との将棋では、早い桂跳ねが功を奏して快勝した。
石田五段は△4四銀と穏やかに上がる。これで桂をタダ取りされる心配はなくなった。
私は▲5九金と寄る。中原誠十六世名人発案の金寄りだ。
石田五段は△6五歩と伸ばす。角落ちは下手が位負けをしないほうがいいが、本局は低い陣形なので、この位は怖くない。しかし次の手は失敗した。

第2図以下の指し手。▲2四歩△同歩▲同飛△5五歩▲4七銀△7三桂▲6八銀△2三歩▲2五飛△8五歩▲9六歩△9四歩▲5六歩△同歩▲同銀△8六歩▲同歩△同飛▲7九玉(第3図)
私は▲2四歩と合わせた。△同歩▲同飛に、△2三歩なら▲4四飛△同歩▲同角で勝負する。前の大野七段戦でも考えた筋だ。
ところが石田五段は△2三歩とせず△5五歩。考えてみれば当然で、そんな簡単に下手の狙い筋にハマってくれるわけがなかった。
6筋に続いて5筋の位も張られ、さすがに息苦しくなってきた。私は銀を前線に繰り出すよりない。▲5六歩△同歩▲同銀。桂が跳ねた場合、5筋の歩を切っておくのは意外に重要で、のちに▲5四歩と垂らす筋が生じる。
石田五段は飛車先の歩を切ってきたが、すぐに▲8七歩は味気ないので、▲7九玉と寄った。

第3図以下の指し手。△7五歩▲9七角△8二飛▲7五角△7四金▲4八角△9五歩▲同歩△9七歩▲9四歩△8三飛▲9七香△9六歩(第4図)
石田五段は△7五歩。「世界の将棋」でも出てきた、プロっぽい歩突きだ。ここで▲8七歩が無難なのだろうが、私は歩得が好きなので、▲9七角からこの歩を取りに行った。
△7四金には▲4八角と、もちろんこちら側に引く。これは▲2六角と転回する味があるから、悪くはない。
ここで△8七歩と垂らされるのがイヤだったが、石田五段は△9五歩。端攻めも確かに嫌味だ。
▲9五同歩に△9七歩。ここでひとまず▲9四歩と伸ばした。端攻め側から見て、突き捨てた歩を伸ばされるのはイヤだろうと思ったのだ。石田五段は△8三飛。この2手は前局でも出現したが、今度は下手側に勝利の女神がほほ笑んでくれるだろうか。
私は▲9七香と歩を払い、石田五段は△9六歩。ここは迷った。

第4図以下の指し手。▲8四歩△同金▲9六香△9五歩▲5四歩△9六歩▲5三歩成(途中2図)

△5三同銀▲同桂成△同金(第5図)
第4図で▲9六同香は△8六飛がある。以下▲9三歩成△9六飛▲9七歩なら収まるが、上手に好手を指されたら終わりだし、読みがまとまらなかった。
とにかく本局は、制限時間30分である。石田五段がこちらの局面を見る。私は考えがまとまらないまま、非常手段?で、▲8四歩と打った。
石田五段は△8四同金。しかし上手の飛車金がヒドイ形になった。このまま戦いになれば、下手がうまくいくと思った。
▲9六香に△9五歩。これで上手が歩切れで、私はこの瞬間を待っていた。私は▲5四歩。大野七段戦にも出てきた垂らしで、これで銀桂交換が約束された。
△9六歩に▲5三歩成(途中2図)。ここで石田五段はさして考えず△5三同銀と取ったが、私は△2四香(参考図)を恐れていた。

これで飛車が死んでいるのだ。下手は▲4二と△同銀▲3五飛とするくらいだが、△同銀▲同歩の局面をどう見るか。下手は二枚換えになったが、直前に香損をしている。しかしその香は2四に打たせている。とはいえ下手陣は8~9筋にキズがあるし、上手に飛車を渡したのも痛い。
恐らくこの局面になったら、私が負けていたと思う。
本譜はこっそりと銀桂交換に成功し、第5図。ここで下手には絶好の手がある。もうおなじみの手である。

(つづく)
「石田先生、私先月の『世界の将棋』で、教えていただきました」
まさか同じ男性棋士に、こうも早く雪辱のチャンスが巡ってくるとは思わなかった。
私は3面指しの、右の席に座る。よって私の右にいた人は別の棋士担当だったが、
「石田先生、名寄ご出身ですよね。将棋の勉強に行かれる時は、いろいろ大変だったとか。本を読ませていただきました」
と挨拶していた。
定刻にはちょっと早いが、もう対局を始めることにする。
「手合いは何にしますか」
「角落ちでお願いします」
対局が始まった。
初手からの指し手。△6二銀▲7六歩△5四歩▲2六歩△4二玉▲2五歩△3二玉▲2四歩△同歩▲同飛△5三銀▲4八銀△2三歩▲2五飛(第1図)
前局の初手は△8四歩だったが、本局は△6二銀だった。私の▲7六歩に、△5四歩。なかなか飛車先の歩を突いてこず、これは前局の将棋を警戒されたのか、と思った。
私は飛車先の歩を切り、▲2五飛。おなじみの「一公流▲2五飛」である。

第1図以下の指し手。△4二金▲7八金△5二金右▲3六歩△7四歩▲3七桂△6四歩▲4五桂(途中1図)

△4四銀▲4六歩△8四歩▲6九玉△6三金▲5九金△6五歩(第2図)
この▲2五飛戦法、前局は惨敗したが、途中までは下手もうまく指していた。作戦が悪かったわけではなく、私の指し手が悪かっただけだ。それで、もう一度ぶつけた。
石田五段は慎重に駒組を進め、本気モードに感じた。
私は早々と▲3七桂とし、ちょっと早いが、▲4五桂(途中1図)と跳んだ。
指導対局で下手が使いこなせないのは、攻撃側の桂だと思う。これが存外取り残されることが多い。それなら早いうちに捌いてしまえ、という考えである。実際3月31日の大野八一雄七段との将棋では、早い桂跳ねが功を奏して快勝した。
石田五段は△4四銀と穏やかに上がる。これで桂をタダ取りされる心配はなくなった。
私は▲5九金と寄る。中原誠十六世名人発案の金寄りだ。
石田五段は△6五歩と伸ばす。角落ちは下手が位負けをしないほうがいいが、本局は低い陣形なので、この位は怖くない。しかし次の手は失敗した。

第2図以下の指し手。▲2四歩△同歩▲同飛△5五歩▲4七銀△7三桂▲6八銀△2三歩▲2五飛△8五歩▲9六歩△9四歩▲5六歩△同歩▲同銀△8六歩▲同歩△同飛▲7九玉(第3図)
私は▲2四歩と合わせた。△同歩▲同飛に、△2三歩なら▲4四飛△同歩▲同角で勝負する。前の大野七段戦でも考えた筋だ。
ところが石田五段は△2三歩とせず△5五歩。考えてみれば当然で、そんな簡単に下手の狙い筋にハマってくれるわけがなかった。
6筋に続いて5筋の位も張られ、さすがに息苦しくなってきた。私は銀を前線に繰り出すよりない。▲5六歩△同歩▲同銀。桂が跳ねた場合、5筋の歩を切っておくのは意外に重要で、のちに▲5四歩と垂らす筋が生じる。
石田五段は飛車先の歩を切ってきたが、すぐに▲8七歩は味気ないので、▲7九玉と寄った。

第3図以下の指し手。△7五歩▲9七角△8二飛▲7五角△7四金▲4八角△9五歩▲同歩△9七歩▲9四歩△8三飛▲9七香△9六歩(第4図)
石田五段は△7五歩。「世界の将棋」でも出てきた、プロっぽい歩突きだ。ここで▲8七歩が無難なのだろうが、私は歩得が好きなので、▲9七角からこの歩を取りに行った。
△7四金には▲4八角と、もちろんこちら側に引く。これは▲2六角と転回する味があるから、悪くはない。
ここで△8七歩と垂らされるのがイヤだったが、石田五段は△9五歩。端攻めも確かに嫌味だ。
▲9五同歩に△9七歩。ここでひとまず▲9四歩と伸ばした。端攻め側から見て、突き捨てた歩を伸ばされるのはイヤだろうと思ったのだ。石田五段は△8三飛。この2手は前局でも出現したが、今度は下手側に勝利の女神がほほ笑んでくれるだろうか。
私は▲9七香と歩を払い、石田五段は△9六歩。ここは迷った。

第4図以下の指し手。▲8四歩△同金▲9六香△9五歩▲5四歩△9六歩▲5三歩成(途中2図)

△5三同銀▲同桂成△同金(第5図)
第4図で▲9六同香は△8六飛がある。以下▲9三歩成△9六飛▲9七歩なら収まるが、上手に好手を指されたら終わりだし、読みがまとまらなかった。
とにかく本局は、制限時間30分である。石田五段がこちらの局面を見る。私は考えがまとまらないまま、非常手段?で、▲8四歩と打った。
石田五段は△8四同金。しかし上手の飛車金がヒドイ形になった。このまま戦いになれば、下手がうまくいくと思った。
▲9六香に△9五歩。これで上手が歩切れで、私はこの瞬間を待っていた。私は▲5四歩。大野七段戦にも出てきた垂らしで、これで銀桂交換が約束された。
△9六歩に▲5三歩成(途中2図)。ここで石田五段はさして考えず△5三同銀と取ったが、私は△2四香(参考図)を恐れていた。

これで飛車が死んでいるのだ。下手は▲4二と△同銀▲3五飛とするくらいだが、△同銀▲同歩の局面をどう見るか。下手は二枚換えになったが、直前に香損をしている。しかしその香は2四に打たせている。とはいえ下手陣は8~9筋にキズがあるし、上手に飛車を渡したのも痛い。
恐らくこの局面になったら、私が負けていたと思う。
本譜はこっそりと銀桂交換に成功し、第5図。ここで下手には絶好の手がある。もうおなじみの手である。

(つづく)