一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

第3回 大いちょう寄席(後編)

2019-10-29 00:05:37 | 落語
木村家べんご志の羽織姿も貫禄十分。こちらも本職の噺家のごとくである。
「木村家べんご志でございます。
先ほどの俳句の詩吟は、いいですね。
……短くて」
私たちはドッと笑う。「言ってる意味が分かりますよね」
べんご志、将棋のほうは冴えないが、落語になると実にキレがある。
「私は高座名でも分かる通り弁護士をやってまして、今年72ですからもう半世紀になるんですが……皆さん子供の頃はヒーローがいたと思うんですが、私は月光仮面でしたね。こうオートバイに乗って、白装束でね。毎週テレビを楽しみに観ていました。
だけどいつの頃からか、月光仮面の生き方に違和感を覚えましてね」
私たちは笑う。「月光仮面に生活感を感じないんですよ。だって、悪者を退治しても、被害者から謝礼をもらわないんですよ。オートバイに乗るのだって、ガソリン代が要るでしょう? これじゃマズイだろうと」
フムフム、と私たちは頷く。「私は別のヒーローを探しました。そこで目を付けたのが、弁護士ペリー・メイスンですね。彼はしっかり謝礼をもらう。これなら生活できますナ」
仏家シャベル同様、マクラだけで聴かせる。
「だけど依頼人には殺人の容疑がかかっていて、どの証拠も彼のことを犯人と示している。ペリー・メイスンはその証拠をひとつひとつ覆して、依頼人を無実にするんですナ。
……毎週ですよ」
ワハハハ、と私たちは笑う。なるほど木村家べんご志は、ハナシの最後にぼそっと下げを言うパターンなのだ。
「それで私は弁護士になろうと思ったんですね」
べんご志は22歳で司法試験に合格し、今に至る。司法を面白おかしく説く著書も多数だが、2007年に上梓した「キムラ弁護士、ミステリーにケンカを売る」は名著だ。これもペリー・メイスンの影響があるのだろう。
噺に入る。今日の話は「宿屋の富」。神田馬喰町の流行らない宿屋に、ある男が宿泊する。男は貧乏臭いナリだが、これは世を欺く姿で、実は使い道に困るほどおカネがあるという。もちろん大ウソである。
そこで宿屋の主人は、副業で売っていた富札の、最後の1枚を男に勧めた。料金は一分である。一分は1/4両だから、かなりの高額である。しかし男は購入し、「金が邪魔でしょうがない」と言った手前、「もし一等の千両が当たったら、半分の五百両を主人にやる」とまで約束した。
しかし男は、これが最後の所持金だった。男はヤケになって、湯島天神に赴く。ちょうど富札の抽選が終わったところだった。
男が番号を確認すると、「子の一千三百六十五番」。一番富の一千両が当たってしまったのだ……。
べんご志は、この男の困惑と喜びを、巧みに演じる。なるほど本当に宝くじに当たったら、こんな反応をするのではと思われた。
「長照寺の和尚に頼んで……」のフレーズも大いちょう寄席バージョンで、相変わらず芸が細かい。
しかし私はといえば、飯野愛女流初段との投了の局面がチラチラと脳裏に映り、難しい顔をしていた。寄席で寄せを考えているのだからどうしようもない。
何となく下げが入り、会場は爆笑のうちに終わった。べんご志は腹から声が出ていて、とても聞きやすかった。落語の玄人と素人の差は声量、と私は信じるが、べんご志はその溝をかなり埋めつつあると思った。
これで「第3回 大いちょう寄席」は終了である。今年も面白い演目ばかりだった。
時刻は16時過ぎ。予定を30分オーバーし、これから懇親会となる(1,000円)。湯川恵子さんが「まだお席がありまーす」と言って回るが、私はこれで退席せざるを得ない。飯野女流初段との食事会が待っているからだ。
来年も大いちょう寄席は行われるだろうが、平日開催であろう。そして来年も私が出席するようだと、人として本当にまずい。いやもう今の時点で、すでにまずいのだが。
コメント (2)
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