第4図以下の指し手。▲7五飛△4四馬▲2三歩△7三香▲8五飛△2三銀▲8一飛成△6六桂▲8八金△8六歩▲同竜△6七銀(第5図)
私と同時に始めたほかの2局は、いずれも下手が苦戦に見える。ここで上手がよくなると、こちらに集中されてしまうからまずい。指導対局は、隠れた団体戦でもあるのだ。
第4図で私は▲7五飛と打ったが、カッコのつけすぎで、よくなかった。上野裕和五段(当時)に黙って△4四馬と引かれ、△7三香から△6六桂と反撃されては、雲行きが怪しい。
▲7五飛では▲5六香くらいだったか。以下△5五歩に▲4六金だが、これも変調か。
もっとも本譜△6六桂では、たんに△9九馬がイヤだった。次に△6六桂や△8九馬を狙い、これは逆転の雰囲気である。
△6六桂には▲8八金が地味な好手だったと思う。ここ▲6八金は△8八歩▲同銀△5八桂成~△8八馬がある。
とはいえ△8六歩で竜を戻され、△6七銀と打たれては、下手も気味が悪いが……。
第5図以下の指し手。▲7七金打△5五馬▲6七金△7六香▲同竜△9一馬▲6六金△3二玉▲4六香△3四銀▲3六香△2八飛▲3九金△2五飛成(第6図)
将棋は攻めてばかりでは勝てない。どこかで受けに回る手も必要で、そこを乗り切れば勝利が見えてくる。
第5図で下手陣に明快な寄りはないが、憂いを解消しておくに越したことはない。
私は▲7七金打と入れた。ここ▲7七金と節約する手もあるが、一枚でも自陣に駒があったほうが心強いと思った。
上野五段は△5五馬と出たが、これは間接的に9一の竜を狙っている。しかし私はその狙いに乗り、▲6七金以下▲6六金まで、上手の攻め駒を一掃した。
なお▲6六金では▲6六竜が形だが、上手の7二金を質駒にしておきたかった。
私は▲4六香と据え、いよいよ本丸に攻めかかる。
第6図以下の指し手。▲2六歩△同竜▲5五桂△4四歩▲同香△4二歩▲3四香△同歩▲2七歩△3五竜▲4二香成△同玉▲7二竜△同歩▲4三金△5一玉▲6三桂成(投了図)
まで、100手で一公の勝ち。
第6図で▲2六歩△同竜と竜筋を逸らし、▲5五桂。
上野五段の△4二歩はつらい辛抱だ。本局は下手に余裕があるが、切羽詰まった状況でこの類の手を指されると、混乱する。
本譜△3四同歩に▲4二香成△同玉▲7二竜とやると、△同歩▲4三金△5一玉▲6三桂成の時、△6六竜(参考図)があって逆転する。
よってその前に▲2七歩△3五竜と再び竜筋を逸らし、前記の順を決行した。このあたりは歩の使い方や質駒の利用など、我ながらうまく指せたと思う。
以下、▲6三桂成まで上野五段が投了した。最後は飛車角三枚が上手、金銀八枚が下手に渡る珍形となった。
「うまく指されました。(序盤で)グズグズしていると▲6六角~▲7七桂~▲8五飛と来られちゃうんだね。△5五歩と止めたんだけど、▲6五歩と来られて……」
と上野五段。「(第3図からの)△2八角では△2七角だったか?」
以下▲5九金に△5四角成と引き付ければ、確かに上手が手厚い。振り飛車の将棋でこの手順があるが、攻めの棋風(と思われる)の上野五段は、この順を軽視してしまったようだ。
「(△2八角のあとの)▲8五飛に△8四歩は飛車をブンブン回されて、面白くないもんね」
やはり上野五段も同じ順を考えていたのだ。それで△1九角成としたわけだが、下手は飛車が成れて指しやすくなった。
「いや、完敗でした」
過分な褒め言葉に、恐縮した。
続く午後3時半からの懇親会で、上野五段から記譜をいただいた。70手目▲7七金打と96手目▲7二竜が丸で囲ってあり、これが好手との意味だった。76手目▲6六竜としたいところを▲6六金とした手が生きたのだ。
私は上野五段に深く感謝した。
このころの私は、工場で最後の注文の仕事をしていて、現在とは別の意味で苦痛の日々だった。
この将棋をうまく指せたのは、根底に現実逃避があったからだと思う。それで集中して指せたに違いなく、皮肉なことであった。
なお上野現六段は、今年の将棋ペンクラブ大賞贈呈式で爆笑のスピーチをするなど、すっかり将棋ペンクラブのスターとなった。今後の活躍も期待しております。