2月7日、中田宏樹八段が死去した。享年58歳。
将棋界には3人の「中田八段」がいるが、最も「玄人受け」する将棋が宏樹八段だったと思われる。
中田宏樹八段は1985年四段。デビューからよく勝ち、1986年度は40勝14敗で、羽生善治四段といっしょに勝率第一位賞(.741)を獲得した。
1991年、第32期王位戦で、谷川浩司王位への挑戦権を得る。第1局、第2局と連勝して世間をあっと言わせた。惜しかったのは第5局。二枚竜を作って必勝の局面を作ったが、寄せ損ねて逆転負けした。七番勝負はこの敗戦が響き2勝4敗で敗退したが、もし第5局を勝っていたら、新たなタイトルホルダーが生まれていたかもしれない。
2002年、第15期竜王戦で、挑戦者決定三番勝負に登場。だが、阿部隆七段に1勝2敗で敗れ、長蛇を逸した。
そして最近、中田八段の将棋で注目されたのが、2019年・第32期竜王戦の、ランキング戦4組・藤井聡太七段戦だった。
将棋は相矢倉になった。序盤から中田八段の構想が冴え、終盤まで来て中田八段の必勝形。
そこで藤井七段に、棋史に残る銀捨ての鬼手が出た。中田八段は▲同竜と取ったが、これが痛恨の敗着。藤井七段に逆転の一手が出て、中田八段は涙を呑んだ。
中田八段は公式戦通算770勝で、自慢の勝局はいっぱいあるはずだ。だが中田八段には、痛恨の敗局に名局が多かった。
冒頭に戻り、私は恥ずかしながら、中田八段が休場していたことを知らなかった。そんなに体調が悪かったのか。
それにしても58歳は早い。喪主がご母堂というのも虚しさが募る。独身主義者だったのか離婚経験者だったのかは知らぬが、「独身者は既婚者より寿命が短い」という事実を突きつけられた気がして、あすは我が身と、胸が締め付けられる思いだった。
携帯電話もパソコンも持たなかったとは素晴らしい。周りに迎合せず、自身が信じる道を突き進んだ。
日本将棋連盟は10日、中田八段に九段を追贈した。孤高の九段に、合掌。
将棋界には3人の「中田八段」がいるが、最も「玄人受け」する将棋が宏樹八段だったと思われる。
中田宏樹八段は1985年四段。デビューからよく勝ち、1986年度は40勝14敗で、羽生善治四段といっしょに勝率第一位賞(.741)を獲得した。
1991年、第32期王位戦で、谷川浩司王位への挑戦権を得る。第1局、第2局と連勝して世間をあっと言わせた。惜しかったのは第5局。二枚竜を作って必勝の局面を作ったが、寄せ損ねて逆転負けした。七番勝負はこの敗戦が響き2勝4敗で敗退したが、もし第5局を勝っていたら、新たなタイトルホルダーが生まれていたかもしれない。
2002年、第15期竜王戦で、挑戦者決定三番勝負に登場。だが、阿部隆七段に1勝2敗で敗れ、長蛇を逸した。
そして最近、中田八段の将棋で注目されたのが、2019年・第32期竜王戦の、ランキング戦4組・藤井聡太七段戦だった。
将棋は相矢倉になった。序盤から中田八段の構想が冴え、終盤まで来て中田八段の必勝形。
そこで藤井七段に、棋史に残る銀捨ての鬼手が出た。中田八段は▲同竜と取ったが、これが痛恨の敗着。藤井七段に逆転の一手が出て、中田八段は涙を呑んだ。
中田八段は公式戦通算770勝で、自慢の勝局はいっぱいあるはずだ。だが中田八段には、痛恨の敗局に名局が多かった。
冒頭に戻り、私は恥ずかしながら、中田八段が休場していたことを知らなかった。そんなに体調が悪かったのか。
それにしても58歳は早い。喪主がご母堂というのも虚しさが募る。独身主義者だったのか離婚経験者だったのかは知らぬが、「独身者は既婚者より寿命が短い」という事実を突きつけられた気がして、あすは我が身と、胸が締め付けられる思いだった。
携帯電話もパソコンも持たなかったとは素晴らしい。周りに迎合せず、自身が信じる道を突き進んだ。
日本将棋連盟は10日、中田八段に九段を追贈した。孤高の九段に、合掌。