あんでるせんに行く前に、まずは旅行貯金である。今回は平日の旅行だから、できるのだ。駅前に川棚郵便局があり、入る。ここは何回か貯金したことがあり、同じ郵便局には原則的に入らないのだが、ほかに郵便局がない場合は、その限りではない。
1,218円を貯金すると、窓口のおばちゃんがティッシュをくれつつ、「カレンダーは要りますか?」と問うた。もちろん「はい」と答えると、おばちゃんがけっこう立派な中綴じカレンダーを2部くれた。
しかし私は年賀ハガキや切手の類を買ったわけではない。貯金はしたが、それは私のおカネである。郵便局に儲けはないのに、ここまでサービスをしてくれるのか? 私は恐縮してしまった。
まだ30分以上あるので、「まゆみ」に入る。コロナ禍が終わってもあんでるせんは軽食を再開しなかったので、いまやここでの昼食が定跡になっている。
今年は「サバ揚げ煮定食」を注文した。安定の美味さで、850円はお値打ちだった。
川棚バスセンター待合室のトイレを拝借し、しばらく経つと入場の時間となった。きょうも客が表で列を作っており、満員御礼というところ。
私はいちばん最後に入ったが、2階の店舗は客がひしめいており、私は名前も言えなかった。
しばらくすると奥さん?から、「大沢君、こっち」と呼ばれた。あんでるせんに通って26年、さすがに顔と名前は憶えてもらったらしい。
私の番号は「11」でけっこう早いが、ここはカウンター席の6~7人が最良で、あとはどうでもよい。ただ、2列目までは紙幣や硬貨を出せる利点がある。もちろん私もポケットに紙幣や硬貨をしのばせている。ただ、積極的には出さないつもりだ。
とりあえず席に座り入場料1,000円を払い、お冷やを飲む。壁にはチェキ写真が大量に貼られており、その大半が芸能人だ。将棋関係者もひとりいるはずだが、いまも貼られているかどうかは確認しない。
感心するのは、これだけ芸能界にあんでるせんが浸透していながら、その話題がネット上にはほとんど上らないことだ。
むろん、その筋のサイトを開けば載っているのだろうが、ふつうに生活するぶんには、目に入らない。たぶん芸能人も積極的には発信していないはずで、この秘匿性が、あんでるせんを聖地にしているのだ。
ひと休みすると、もうマジックの時間である。私は2列目のいちばん左となった。ここが私の位位置で、何度もここになっている。
今回も女性が多く、具体的に書くと、
マスター
――――――――――
女女女女女男男
私男男男女女女男
女女女女女女男男女
男
だ。1列目はカウンターに座り、2列目は立つ。3列目は長椅子の上に立ち、最後尾はテーブルの上に立つ。以上、総勢25名。満員は33人だから、平日とはいえ、少ない。大むかしは1日3公演だったから、むしろ1日の客は少なくなっている計算だ。それでいてマジックの時間は、むかしよりはるかに多くなった。ただし食事は提供しないから、店の利益率は高くなっている。差し引きの損得勘定は、よく分からない。
13時45分、マスターが登場した。丹波義隆似のマスターは、コロナ禍後でも黒いマスクをしているが、いまだに若い。奥さん?もそうだが、初見から25年経っているのに、風貌が変わっていないのは驚異だ。
対して私は年々老い、この1年はとくに頭髪が抜け、大惨事になっている。加えて視力の衰えもひどく、私が当てられて「このカードを憶えてください」と聞かれても、見える自信がない。
マスターは指環を所望する。これがオープニングの定番だが、客も定跡を知っているので、多くの指環が出される。6つ出ただろうか。
マスターは金魚鉢からプラスチックの球体をばらまく。これらの中に指輪が入っているかを確認するのだが、それがちょっと長ったらしかった。
ただ、ここを終えてからはマジックがスムーズに進む。マスターがお札を所望した。私はすぐにでも出せるのだが、初めて来た人が出すべきだろう。千円札はどこからか出て、壱万円札は、私の後方の女性が出した。
硬貨も所望された。私も一通り持っていたが、2枚目の5円玉は誰も出さないので、遠慮気味に出した。
マスターは千円札を指の上で斜めに立てた。そしてそれを丸めると、中空に浮かせた。さらに「ハウス!」と叫ぶと、その千円札がマスターの肩に乗っかる。私は26回目の鑑賞だが、それでも驚く。初見の彼女らは、それ以上である。
壱万円札はマスターがサインをして、持ち主に返した。マスターのサインはたいへんな価値がある。いい記念になったと思うが、一万円はけっこうな出費である。
マスターは100円玉をぐにゃっと半分に曲げる。大変な歓声がわき、マスターはそれを持ち主に返した。
ちなみに私は、歪んだ500円玉2枚と折れ曲がった50円玉を1枚持っているが、500円玉のほうは、ヒトに見せているうちに、1枚紛失してしまった……。
「まだ入口ですよ」とマスター。今回が初参加のひとたちを羨ましく思う。これから驚きの連続を体験できるからだ。私はそうした新鮮な驚きが得られない。
今回も人数分のカードが用意され、それを3番の女性が引く。私は昨年、初めて引かれなかった。今年は引かれればよいが、前述の通り、私の位置からカウンター方向を見るマジックの場合は、よくない。
マジックがいくつか終わると、マスターが「カズキミさん」とフイに呼んだ。これもよくあるパターンである。
「はい」と返事をすると、ほかの客が驚く。なんでマスターがあなたの名前を知ってるんだ? マスターはあなたの心を読んだのか? ということだ。
「カズキミ顔してますもんね。東京から来ましたか?」
「はい」
来た場所も分かるのかと、客がさらに驚く。
当然マスターは、予約時に名前を名乗らなかった人も、ズバリ名前を当てられる。ただ私自身は、ここが26回目なので、そこまで驚かない。
マスターはESPカードでいろいろやったあと、トランプのマジックに代えた。カードマジックは、一般のマジシャンのそれと似ているので驚かないが、それでも客の反応はよい。
私はいつものことだが、客が驚く反応を見て笑う立場だ。そう、私が心からゲラゲラ笑うのは年に1回、このときだけなのだ。それだけ、ふだんの生活がつまらないということだ。
3番の女性がカードを引く。「11」が出て、私が当たった。私は何を指示されるのか?
(つづく)
1,218円を貯金すると、窓口のおばちゃんがティッシュをくれつつ、「カレンダーは要りますか?」と問うた。もちろん「はい」と答えると、おばちゃんがけっこう立派な中綴じカレンダーを2部くれた。
しかし私は年賀ハガキや切手の類を買ったわけではない。貯金はしたが、それは私のおカネである。郵便局に儲けはないのに、ここまでサービスをしてくれるのか? 私は恐縮してしまった。
まだ30分以上あるので、「まゆみ」に入る。コロナ禍が終わってもあんでるせんは軽食を再開しなかったので、いまやここでの昼食が定跡になっている。
今年は「サバ揚げ煮定食」を注文した。安定の美味さで、850円はお値打ちだった。
川棚バスセンター待合室のトイレを拝借し、しばらく経つと入場の時間となった。きょうも客が表で列を作っており、満員御礼というところ。
私はいちばん最後に入ったが、2階の店舗は客がひしめいており、私は名前も言えなかった。
しばらくすると奥さん?から、「大沢君、こっち」と呼ばれた。あんでるせんに通って26年、さすがに顔と名前は憶えてもらったらしい。
私の番号は「11」でけっこう早いが、ここはカウンター席の6~7人が最良で、あとはどうでもよい。ただ、2列目までは紙幣や硬貨を出せる利点がある。もちろん私もポケットに紙幣や硬貨をしのばせている。ただ、積極的には出さないつもりだ。
とりあえず席に座り入場料1,000円を払い、お冷やを飲む。壁にはチェキ写真が大量に貼られており、その大半が芸能人だ。将棋関係者もひとりいるはずだが、いまも貼られているかどうかは確認しない。
感心するのは、これだけ芸能界にあんでるせんが浸透していながら、その話題がネット上にはほとんど上らないことだ。
むろん、その筋のサイトを開けば載っているのだろうが、ふつうに生活するぶんには、目に入らない。たぶん芸能人も積極的には発信していないはずで、この秘匿性が、あんでるせんを聖地にしているのだ。
ひと休みすると、もうマジックの時間である。私は2列目のいちばん左となった。ここが私の位位置で、何度もここになっている。
今回も女性が多く、具体的に書くと、
マスター
――――――――――
女女女女女男男
私男男男女女女男
女女女女女女男男女
男
だ。1列目はカウンターに座り、2列目は立つ。3列目は長椅子の上に立ち、最後尾はテーブルの上に立つ。以上、総勢25名。満員は33人だから、平日とはいえ、少ない。大むかしは1日3公演だったから、むしろ1日の客は少なくなっている計算だ。それでいてマジックの時間は、むかしよりはるかに多くなった。ただし食事は提供しないから、店の利益率は高くなっている。差し引きの損得勘定は、よく分からない。
13時45分、マスターが登場した。丹波義隆似のマスターは、コロナ禍後でも黒いマスクをしているが、いまだに若い。奥さん?もそうだが、初見から25年経っているのに、風貌が変わっていないのは驚異だ。
対して私は年々老い、この1年はとくに頭髪が抜け、大惨事になっている。加えて視力の衰えもひどく、私が当てられて「このカードを憶えてください」と聞かれても、見える自信がない。
マスターは指環を所望する。これがオープニングの定番だが、客も定跡を知っているので、多くの指環が出される。6つ出ただろうか。
マスターは金魚鉢からプラスチックの球体をばらまく。これらの中に指輪が入っているかを確認するのだが、それがちょっと長ったらしかった。
ただ、ここを終えてからはマジックがスムーズに進む。マスターがお札を所望した。私はすぐにでも出せるのだが、初めて来た人が出すべきだろう。千円札はどこからか出て、壱万円札は、私の後方の女性が出した。
硬貨も所望された。私も一通り持っていたが、2枚目の5円玉は誰も出さないので、遠慮気味に出した。
マスターは千円札を指の上で斜めに立てた。そしてそれを丸めると、中空に浮かせた。さらに「ハウス!」と叫ぶと、その千円札がマスターの肩に乗っかる。私は26回目の鑑賞だが、それでも驚く。初見の彼女らは、それ以上である。
壱万円札はマスターがサインをして、持ち主に返した。マスターのサインはたいへんな価値がある。いい記念になったと思うが、一万円はけっこうな出費である。
マスターは100円玉をぐにゃっと半分に曲げる。大変な歓声がわき、マスターはそれを持ち主に返した。
ちなみに私は、歪んだ500円玉2枚と折れ曲がった50円玉を1枚持っているが、500円玉のほうは、ヒトに見せているうちに、1枚紛失してしまった……。
「まだ入口ですよ」とマスター。今回が初参加のひとたちを羨ましく思う。これから驚きの連続を体験できるからだ。私はそうした新鮮な驚きが得られない。
今回も人数分のカードが用意され、それを3番の女性が引く。私は昨年、初めて引かれなかった。今年は引かれればよいが、前述の通り、私の位置からカウンター方向を見るマジックの場合は、よくない。
マジックがいくつか終わると、マスターが「カズキミさん」とフイに呼んだ。これもよくあるパターンである。
「はい」と返事をすると、ほかの客が驚く。なんでマスターがあなたの名前を知ってるんだ? マスターはあなたの心を読んだのか? ということだ。
「カズキミ顔してますもんね。東京から来ましたか?」
「はい」
来た場所も分かるのかと、客がさらに驚く。
当然マスターは、予約時に名前を名乗らなかった人も、ズバリ名前を当てられる。ただ私自身は、ここが26回目なので、そこまで驚かない。
マスターはESPカードでいろいろやったあと、トランプのマジックに代えた。カードマジックは、一般のマジシャンのそれと似ているので驚かないが、それでも客の反応はよい。
私はいつものことだが、客が驚く反応を見て笑う立場だ。そう、私が心からゲラゲラ笑うのは年に1回、このときだけなのだ。それだけ、ふだんの生活がつまらないということだ。
3番の女性がカードを引く。「11」が出て、私が当たった。私は何を指示されるのか?
(つづく)