徳川家康の嫡男となった秀忠は数えで19歳になった
家康は55歳だから、36歳の子だ
順番で言えば三男だが、嫡男信康は遥か昔に切腹を申し付けて殺した
次男の秀康は、なぜか家康が馴染まず、秀吉の人質として大坂に送ったが、秀吉夫婦は養子の一人に加えて可愛がってくれた
今は結城家へ養子に入って、結城秀康と名乗っている
秀忠は大坂城の主となった淀殿の末妹「江」を娶っているが、結婚生活を経験している6歳年上の妻には子ども扱いされて頭が上がらない
もともと温厚な青年で、果たして戦国の世にあって荒々しい三河武士団を統率できるか疑問とされている
しかし家康は55歳とはいえ、健康そのもので病気一つせず、気色の充実したること天下無双の大名であるから、まだまだ秀忠は学ぶ余裕がある
家康も、秀忠を学ばせるため本多正信に指導させることが多くなった
それで、秀忠はこの頃、政治や戦に対しても理解を深めだしている
「父上、なぜに太閤様は唐入りにこだわるのですか? 私が見るに大名の多くが迷惑がっているようにしか見えませぬが」
「それはのう、時代が大きく変化してきたからじゃ、もはや国内の政(まつりごと)だけでは太守の役目は果たせぬ」
「それは、どういうことでしょうか」
「南蛮人が、我が国にくるようになってからもう50年にもなる、最初は興味本位であったが、南蛮人が九州の諸大名に取り入って、キリスト教を広めるようになってから問題が出てきたのじゃ」
「はい」
「織田信長が南蛮人に興味を持ったのは、鉄砲をはじめとする進んだ機械と言うものを独占しようとしたからじゃ、その頃、交易の条件としてキリスト教の布教をポルトガルは要請した。 信長は、それに応じた、そして我が国で初めて大掛かりな組織化した鉄砲隊を作った、それで強敵武田を滅ぼし、日本統一まで進んだのだ」
「織田様を呼び捨てとは・・・」
「ははは、もはや織田様などと言うことはない、呼び捨てるがよいのだ、但しお前と儂だけの時に限るがな・・・信長はわが長男信康、おまえの兄を罪なき罪で腹を切らせた悪人じゃ、わしもあの頃は力がなく従わざるを得なかった、築山(家康の正室、信康の母)とて殺すことは無かったのだ、可愛そうなことをした」
「・・・・・」
「話を戻そう、信長と南蛮人の付き合いは、そこまでだった、ところが信長の後を継いだ太閤殿下は南蛮人のずるさに気が付いた」
「それは?」
「キリスト教信者を増やせばどうなる? 儂が岡崎に戻って間もなく、家臣団を二分した宗教戦争がおこって、儂も危ういところであった
一向宗門徒の反乱じゃ、あの本多正信、蜂屋までもが儂を襲ってきたのだぞ
わかるか? 宗教とはとてつもない力を持つのじゃ、そなたも気を付けて肝に命じるがよい、あの時、一揆に味方した儂の家来は『主従はこの世でだけでのこと、仏との縁は未来永劫、死んだ後も続く』と申したのじゃ
これを南蛮人のキリスト信者が同じことをやればどうなる、キリシタンは死んでデウスに会うことを喜びとする、しかも自害は禁じられているから、死ぬためにしゃにむに挑んでくる、これは恐ろしいことじゃ
既に九州の大名の多くが信者になっておる、中国、畿内、奥州でさえ広がっておるのじゃ」
「そうでありましたか、たしかに恐ろしいし油断なりませぬな」
「太閤殿下は、それに気づかれた、しかも交易の方も密かに、九州の日本人男女を奴隷として南蛮やユーロペ、メヒコまで売り飛ばしているそうじゃ
それに殿下が激怒したのだ、そして南蛮人の追放、キリスト教布教の禁止を始めたのだ、だが唐入りのこともあって、今一つ厳しくされぬから、まだまだ隠れて布教しておるのだ」
「南蛮とは、いかなる意味なのですか?」
「良いところに気が付いたのお、南蛮とは『南に住む、蛮族』という意味だ
もともとルソンより南には九州くらいの島が多くあって、そこには裸の蛮族が数多住んでおるそうじゃ、それを南蛮人と本来はいうのじゃが
そこにポルトガル、スペインの白人がやってきて、武力で南蛮族を従えて奴隷の如く扱っておるのだ
我が国では、今ではその蛮族ではなく、そこを占領しておる白人たちを南蛮人と呼ぶのだ」
「なるほど、そうでありましたか・・・しかし蛮族も気の毒でありますね」
「そうよ、だから殿下は南蛮人に対して並々ならぬ敵対心を持っている、南蛮人はルソンまで自分たちのものにした、そして次に我が国と、明国を狙っておるのだ」
「そうなのですか」
「そうじゃ、ところが我が国が一大武装国家であることに気づいて、メヒコや天竺、ルソンを支配したようにはいかぬことに気づいた、それで武力ではなくキリスト教を広めて、大名や領民を扇動して国内反乱をさせようと方針を変えたのだ、だがそれも殿下は気づいて阻止しようとしている、だがまだぬるい」
「でも、なぜ唐入りなのですか」
「それは、南蛮人も明国を狙っているからだ、明国は都の北京は守りが固く、人間も多いから兵も50万、100万はいるらしい
だが、国が広すぎてまとまりがつかず、南の方では人種もまるでちがうようで皇帝に従わぬ豪族が多いらしい
兵も多いばかりで、戦は決して上手ではないことは此度の戦でわかった
殿下は30万の兵が上陸すれば、北京を落すことが出来ると確信したのだ、南蛮人にとられる前に取ってしまおうと真剣に考えておるのだ
唐国を破れば、南蛮人はもはや我が国に手出しはできぬと考えるだろう
下手すれば、本国にまで攻め寄せると思うかもしれぬ
ユーロペは遠いから、こちらにいる南蛮人の軍隊などわが軍10万で攻め寄せれば、圧政に苦しむ蛮族も立ち上がって、わが軍に味方するであろう、簡単に追い出すことが出来よう
ユーロペの南蛮人から、真の南蛮人を解放して我が国に硝石や金属などの取引をさせるのだ、ポルトガル人から買うより何倍も安く入り、関税も取れる
そして軍船を大量に作って、大砲も作り、天竺へ攻め入ってポルトガル人を追い払う、そうすれば我が国は、朝鮮、唐国、天竺、南蛮、ルソンまで自由に往来できるようになる
そこまでせずとも、ルソン、ゴアなどの南蛮人が降伏して我が国に朝貢すれば許すと殿下は申しておるのだ」
「壮大な話ですね、実現できるのでしょうか」
「そうよのう、殿下の寿命次第じゃ」
「殿下はいつ頃亡くなりますか」
「それはわからぬ、だが儂の方が長生きするのは確かであろうよ」
「父上は本当にお元気ですから、薬の調合まで自らやっておられますしな」
「若いころから養生しておる、儂の父は体が弱く国をまとめることができなんだ、それで今川に国を取られて儂は苦労したのじゃ
そなたも儂を見習うがよい、長生きすれば良いこともあろう、健康ではつらつとした姿を見せておくだけでも家臣は安心して働くものじゃ、死ねば負けじゃよ」
「秀忠肝に命じます」
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