梅雨入り前の猛暑?
本書は、2017年に出たが、積読になっていた。
やっと読んだが、藤原氏の、権力に対する執着にただただ脱帽。
権力を握ってもいいことばかりではないと思うのだが、それ自体が目的化していたか。
中臣鎌足(藤原鎌足)から、その歴史は、始まったが、その子供の不比等の時代から、その本格的な歴史は始まった。
不比等の子供兄弟4人が、伝染病(たぶん天然痘)で、次々と亡くなってしまう。
ふつうは、そこで、終わるのだが、その子供たちが、平安時代に続く藤原家の繁栄の礎を築く。
この力がどこからくるのかわからないが、本書を読むと、藤原家の宿命・執念としかいいようがない。
そして、血脈への執念。
”華麗なる一族”は、よく聞く言葉がだが、それが数百年続いたのだから、尋常ではない。
日本の古代史は、藤原家の歴史と言ってもいいぐらいだ(天皇家には失礼だが)。
そして、武士の時代にまで、繋がっていく。
ちなみに日本の古代はいつまでかという議論については、私は、当然鎌倉幕府ができた時までと思っていたのだが、本書によれば、、藤原道長前後とする説が主流のようだ。
確かに、道長・頼道以降、武士の台頭が見られ、貴族と天皇家が、愛憎を交えながら、国を支配していた時代は、急速に衰退に向かった感がある。
本書の後半は、やや事実の確認の積み重ね感が強いが、この積み重ねが、藤原家のすごさなのかもしれない。
大化の改新から400年以上、日本国の建設にかかわってきた。
途中、歴史の現場の現在の姿が、写真で登場するが、住宅街になっているところも多い。
ネガティブな意味ではなく、歴史の一齣に、溶け込んでいった結果と理解する。
道長、頼道とも、浄土宗に帰依し、覚悟の浄土だったという。
この精神が今も日本に根付いているように思うのだが、どうか。
本書は、2017年に出たが、積読になっていた。
やっと読んだが、藤原氏の、権力に対する執着にただただ脱帽。
権力を握ってもいいことばかりではないと思うのだが、それ自体が目的化していたか。
中臣鎌足(藤原鎌足)から、その歴史は、始まったが、その子供の不比等の時代から、その本格的な歴史は始まった。
不比等の子供兄弟4人が、伝染病(たぶん天然痘)で、次々と亡くなってしまう。
ふつうは、そこで、終わるのだが、その子供たちが、平安時代に続く藤原家の繁栄の礎を築く。
この力がどこからくるのかわからないが、本書を読むと、藤原家の宿命・執念としかいいようがない。
そして、血脈への執念。
”華麗なる一族”は、よく聞く言葉がだが、それが数百年続いたのだから、尋常ではない。
日本の古代史は、藤原家の歴史と言ってもいいぐらいだ(天皇家には失礼だが)。
そして、武士の時代にまで、繋がっていく。
ちなみに日本の古代はいつまでかという議論については、私は、当然鎌倉幕府ができた時までと思っていたのだが、本書によれば、、藤原道長前後とする説が主流のようだ。
確かに、道長・頼道以降、武士の台頭が見られ、貴族と天皇家が、愛憎を交えながら、国を支配していた時代は、急速に衰退に向かった感がある。
本書の後半は、やや事実の確認の積み重ね感が強いが、この積み重ねが、藤原家のすごさなのかもしれない。
大化の改新から400年以上、日本国の建設にかかわってきた。
途中、歴史の現場の現在の姿が、写真で登場するが、住宅街になっているところも多い。
ネガティブな意味ではなく、歴史の一齣に、溶け込んでいった結果と理解する。
道長、頼道とも、浄土宗に帰依し、覚悟の浄土だったという。
この精神が今も日本に根付いているように思うのだが、どうか。