賢い人がなぜ決断を誤るのか? 著:オリヴィエ・シボニー
なんとかバイアスと呼ばれるものを体系的に解説した、
人間の判断に何かしら影響を与えるものを網羅した本でした
非常に面白いというか、懇切丁寧に説明されなくても、
なんとなく知ってたわと思ってしまう(後知恵バイアス)内容でありました
これもまた、バイアスのなせるものか
確かに、あれこれ考えるときに
完全にこういう罠に落ちてんだなとつくづく思うのでありますし、
解説にもあるように、知ってるからといって避けられるわけではないというのが
まぁ、まったくその通りで、どうしたらいいもんだと
悩ましい問題でもあるんだが、敬愛するダン先生の話なんかも織り交ぜつつ
バイアスという、人間である限り逃れられない、
なんらかの影響というものについて、手法で解決を試みる事例がいくつか載っていて
これも楽しいのでありました
歯には歯をみたいな、バイアスに別のバイアスをぶつけて対消滅させるとか
これも、そういう結果のバイアスにさらされそうなんだが
なんとか、色々な影響を弱まらせて、正しい判断へと導かれるようにというのが
狙いなんだが、大変難しいことである
個人的に、信じたいものを信じてしまうこともあるし、
人としゃべるとき、一見正しそうな解りやすいストーリーやたとえ話をしてしまったりするし、
ある意味、人間社会を生きていく上で、これこそ、自分が影響を与える部分に
このバイアスを使っていることも多いのだなと
改めて思い知らされるところも興味深くて、
それをやめるべきか、でも、辞めたら仕事が大変になるかもと
そんなことを考えたりもするのであった
長く組織に携わることの弊害と利益を
どう折り合いつけさせるかが難しいと、これらのバイアスを見ていて思うのだけども
とりあえず習慣化、経験値、集団心理といった、
長くその場にいたというだけでまつわるものからは、
どうにか脱却するなり、検討しないといけないなと強く心新たにするばかりであった
とはいえ、そういう積み重ねによって、何か築き上げてきたのではないかと
思わなくもなかったりするんだが、その築いたものがバイアスという
ただの偏在を促す影響力だとすれば、むなしいという一言で終わってしまうのだけども
人間が生きていくうえで、それを避けることはできないし
行使しないでおくこともまた難しいというのは、なんとも悲しいことであるが
誰かが判断をするとき、自分がどうふるまうべきか
自分が決断する以上に考えさせられると思ったのであった
なんとかバイアスと呼ばれるものを体系的に解説した、
人間の判断に何かしら影響を与えるものを網羅した本でした
非常に面白いというか、懇切丁寧に説明されなくても、
なんとなく知ってたわと思ってしまう(後知恵バイアス)内容でありました
これもまた、バイアスのなせるものか
確かに、あれこれ考えるときに
完全にこういう罠に落ちてんだなとつくづく思うのでありますし、
解説にもあるように、知ってるからといって避けられるわけではないというのが
まぁ、まったくその通りで、どうしたらいいもんだと
悩ましい問題でもあるんだが、敬愛するダン先生の話なんかも織り交ぜつつ
バイアスという、人間である限り逃れられない、
なんらかの影響というものについて、手法で解決を試みる事例がいくつか載っていて
これも楽しいのでありました
歯には歯をみたいな、バイアスに別のバイアスをぶつけて対消滅させるとか
これも、そういう結果のバイアスにさらされそうなんだが
なんとか、色々な影響を弱まらせて、正しい判断へと導かれるようにというのが
狙いなんだが、大変難しいことである
個人的に、信じたいものを信じてしまうこともあるし、
人としゃべるとき、一見正しそうな解りやすいストーリーやたとえ話をしてしまったりするし、
ある意味、人間社会を生きていく上で、これこそ、自分が影響を与える部分に
このバイアスを使っていることも多いのだなと
改めて思い知らされるところも興味深くて、
それをやめるべきか、でも、辞めたら仕事が大変になるかもと
そんなことを考えたりもするのであった
長く組織に携わることの弊害と利益を
どう折り合いつけさせるかが難しいと、これらのバイアスを見ていて思うのだけども
とりあえず習慣化、経験値、集団心理といった、
長くその場にいたというだけでまつわるものからは、
どうにか脱却するなり、検討しないといけないなと強く心新たにするばかりであった
とはいえ、そういう積み重ねによって、何か築き上げてきたのではないかと
思わなくもなかったりするんだが、その築いたものがバイアスという
ただの偏在を促す影響力だとすれば、むなしいという一言で終わってしまうのだけども
人間が生きていくうえで、それを避けることはできないし
行使しないでおくこともまた難しいというのは、なんとも悲しいことであるが
誰かが判断をするとき、自分がどうふるまうべきか
自分が決断する以上に考えさせられると思ったのであった