森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

次の準備

2006-09-16 12:37:07 | 新米パソコン生活
昨日は降り続いた雨があがりましたね。でも、私の所ではそんなにすっきりと晴れてはいませんでしたよ。それでも重い雲が風に流され、形を変えながら通り過ぎて行きました。

早いもので、今年ももう9月、しかもそれも半ばですよ。どうしてこんなに月日は早く過ぎていってしまうのでしょうね。

他の人のブログ等を読んでいると、時々「一周年」とか「二周年」と言う言葉に出会う時がありますが、いつも信じられない思いに囚われるのです。

なんていうか、その素敵なブログをたった一年で作ってきたのかとひたすら関心してしまうのです。私は、たまたま頻繁に読まさせていただいているブログの方々は、皆長いキャリアを持っているのかと思っていましたから。

一年と言う時間はあまりにも早く過ぎて行ってしまうように感じますが、本当は多くの事がやれる時間があるのかもしれません。

でも、私には自信はありません。後、3ヵ月半で私のブログも一年がたってしまうわけですが、、私の中の「素敵な」と言う水準にはならないように思うのです。

実はブログを始めて3ヶ月ぐらいの時、早くも気持ちが行き詰ってしまったのでした。なぜなら、私の行動パターンは  興味行う考える と言う順番が多いからです。又は、やりながら考えるタイプかもしれません。そういうタイプの人の多くは、たぶんですが、その底辺に「勘」なるもの、または無意識の計算が働いていたりするのだと思うのです。

だから、ブログを開いたのは私にとっては大正解の出来事でした。何のためにブログを開いたのかについては、また別の機会に書いてみたいと思います。何も、もったいぶるような内容ではないですよ。でも、もし誰かがこの文を読んでくれていたとしたら、このような話ではそろそろ飽きてきてしまったのでは・・・(もう少し付き合ってくださいね。)

大正解なのに、何で行き詰ったかと言うと、ある日ラッタ君が行った「可読性」と言った言葉。(それについては7/19の記事を見てね。)

あきまへん、書いていて自分が飽きてきてしまいました。とにかくぐちゃぐちゃ悩んでいたときがあったのですよ。自分の悩みの過程というものを書くということは、自分をしっかり見つめなければならないわけですから、めんどくさくなって来ちゃいました。

まあ、とにかく悩んだりしながらも、これからもずっと続けていこうと思っているので、少しずつ整理整頓をしていきたいなとか思っているのです。


ところで、私の友人で、この前初めてブログ持っている人が見つかりましたが、ほとんどの人はブログどころか、パソコン自体が、1年前の私と一緒で「あなたの知らない世界」の産物です。

前にある友達に
「ブログ始めたんだ。」と言うと、
「何のために・・」と言われました。私は迷わず
「次の準備」と答えました。
「次って、次は何をするつもりなの。」
「サア、『次』はこれからやってくるものだから、何が来るかはわからないでしょ。」

ある時は、人は風に流される雲のように、形を変えながら過ぎていくものかもしれませんね。でも、いつも流される雲の上は真っ青な空がある・・・・





コメント (7)
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