労働法
賃金について考えます。
1 賃金とは何か 菅野276頁
①使用者が労働者に支払う
②労働の対価(任意恩恵的給付にあらず)
労働基準法11条で以下、規定されています。
第十一条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
2 賃金支払いに関する原則 菅野300頁
(1)総論
賃金支払いには、4つの大原則があり、強硬法規として、最高裁判所も頑なに厳格に守る判決を行います。
その4つは、労働基準法24条に規定されています。
(賃金の支払)
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
○2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
ア:通貨払いの原則
イ:直接払いの原則
ウ:全額払いの原則
エ 毎月1回以上1定期日払いの原則
この4つです。
この原則は、条文の趣旨から導くことができます。
趣旨:労働者の経済生活をおびやかすことのないように保護を図ること
以下、それら4つの原則を個別にみていきます。
ア:賃金支払い原則1:通貨払いの原則
(1)賃金は通貨で支払わなくてはならない(労基法24条1項)。
(2)通貨とは、日本国で強制通用力を有する貨幣のことであり、外国通貨や小切手での支払いも通貨払いとはいえないことになる。
(3)銀行口座振り込みの問題(振り込みは通貨ではないということになりますが、解釈によってクリアーされています。)
行政解釈においても(昭和50.2.25基発112号)も以下の要件のもとで適法とする。
①労働者の同意
②労働者の指定する銀行の本人名義の口座への振り込み
③所定給料日の午前10時頃には引き出せる状態にあること
イ:賃金支払い原則2:直接払いの原則
(1)代理人への支払は、禁止されています。
(2)債権譲渡は、できません。
たとえ、本人が承諾していてもダメで、その賃金をいったん本人に払い、本人が本人の債権者に渡す手順が要求されます。
小倉電話局事件 最3小判昭和43.3.12民集22巻3号562頁 百選7版42事件
ウ:賃金支払い原則3:全額払いの原則
(1)労基法24条1項但書は例外として、法令に別段の定めのある場合(公租公課の控除など)、事業場労働者の過半数を代表する者との協定(チェックオフなどの24協定:労働組合費を賃金から控除すること)がある場合を定めるが、この例外に関連して、以下の問題点を生じる。
原則:全額支払うことが原則、控除も許されない。(しかし控除禁止の例外として、控除が許される特定の場合がある。)
以下、例外が認められるかどうか?
(2)労基法24条1項但書の「控除」には「相殺」の意味を含むか? 菅野302頁
控除の意味に、相殺も含まれ、控除が許されないように、相殺もまた、許されない。
関西精機事件:最2小判昭31.11.2民集10巻11号1413頁
生活の基盤たる賃金を労働者に確実に受領させることが全額払いの趣旨であり、同原則は相殺禁止の趣旨も包含する。
(3)相殺が禁止される理由は何か
24条趣旨から考えられる⇒生活の唯一の糧である賃金を全労働者に確実に受領させることで生活を安定させることにある。このことからすると、相殺は許されないとすべきである。
以下、控除禁止に例外があるように、相殺禁止にも例外がある。
(4)例外その1:調整的相殺の問題
(問題点)
賃金計算の過誤などで、賃金過払いが不可避的に生じることがあります。
いちいち、過払い分を、労働者から回収するのではなく、後に支払われるべき賃金から控除(相殺)することができると、雇う側も雇われる側も便利です。
ただ、労基法24条1項の相殺禁止に反することにならないか。
(検討)
【判例】福島県教組事件 最1小判昭和44.12.18民集23巻12号2495頁 百選7版43、百選8版33
過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合」には調整的相殺は許される。
<理由>
必要性:賃金については賃金計算の過誤や遅刻欠勤等の賃金減額事由が賃金計算後に判明する等による賃金過払いは不可避的に生じる。
許容性:本来支払われるべき賃金は前に支払われており、労働者の経済生活の安定は害さない。
必要性、許容性から、調整的相殺は許される。
(5)例外その2:合意による相殺(相殺契約)の問題 菅野305頁
(問題点)
雇う側と雇われる側の合意による相殺(正確には、相殺契約)については、合意に際し、雇う側の意向が介在することから、相殺禁止を潜脱する可能性があるため有効性が問題になる。
(検討)
【判例】日新製鋼事件・最2小判平成2.11.26民集44巻8号1085頁 百選7版44事件、百選8版33事件
使用者が一方的に行う相殺とは異なり、当該相殺が労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するときには全額払いの原則に反しないとする。
菅野説(250頁)は、判例の解釈に疑問を呈す。
(6)例外その3:労働者の一方的相殺・賃金債権放棄 菅野306頁
【判例】シンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー事件
最2小判昭和48.1.19民集27巻1号27頁、百選7版45事件、8版34事件
労働者による一方的相殺は使用者が介在しないので全額払い原則に反しない。労働者による賃金債権の放棄も、労働者の自由意思に基づくものである限り全額払いの原則に抵触しない。
エ賃金支払い原則4: 毎月1回以上1定期日払いの原則
趣旨:賃金支払期日の間隔が長いことや支払日が一定にして労働者の生活の安定を図ることにある。
3 退職金 菅野292頁
(1)法的性質
①過去の労働の対価の側面、②功労報償的側面、の2面があるとされています。
(2)退職金不支給・減額条項の問題 菅野293頁
(問題点)
退職金はいつの時点で発生するのだろうか?既発生の退職金を減額するのだと、賃金支払いの原則(上記2)からして問題がありそうである。
退職金不支給・減額条項:一般に就業規則(退職金規定)においては同業他社へ就職した場合には退職金を不支給(または減額)としたり、懲戒解雇の場合には退職金を支給しない旨の規定を設けている。
これら規定は、
*退職金から損害賠償金を控除することにならないか(労基法24条違反 全額払いの原則で控除禁止に反する。)
*損害賠償の予定にならないか(労基法16条違反)
*同業他社への就業を制限することは公序良俗に反することにならないか(民法90条)
⇒退職金発生時期を法的性質としてどうとらえるかで、結論が変わってくる。
退職までにつみあがっているなら、違反の方向へ、退職時にパッと発生するなら、違反しない方向になる。
(検討)
ア学説
A説 具体的請求権説(退職までにつみあがっているとする説、賃金の後払い)
退職金は、勤務年数に応じて具体的に発生する。
但し、使用者は退職時までの支払猶予をいうことができる(抗弁権がある)。
⇒退職金は、在職中から請求権自体は発生しているので、いったん発生した退職金を減額または全額控除ということになるから、労基法24条、16条など違反の問題が生じる。
B説 不確定的権利説(判例・多数説、注釈上386頁)(退職時にパッと発生するとする説)
退職金額は退職時に勤務年数、退職理由などによって算定の上、具体的に決まるのであり、それまでは具体的請求権としては成立していない。
⇒あくまで退職金は退職後に発生するのであり、退職金の算定に当たっては、その際に、退職事由、勤務年数等を考慮することになるのだから同業他社への就職という事由を考慮した結果が退職金の減額という場合、そもそも労基法24条等の問題は生じない。
イ最高裁判所の判例
判例:三晃社事件:最2小判昭和52.8.9労経速958号25頁
一般に退職金は功労報償的性格があるのだから、功労の抹消に応じた半額減額没収条項も合理性がないといはいえない。
ただ、判例は、適用においては、退職金の趣旨、性格に照らした限定解釈をしている。
ウ懲戒解雇と退職金
*退職金を否定する例
ソニー生命事件 東京地判平11.3.26 労判771号77頁
今川証券事件 大阪地判平11.3.12 労半770号145頁
*退職金を命じた判例
過去の功労を失わせるほど重大な背信行為がないとして退職金の支払いを命じた例
日本コンベンションサービス事件 大阪高判10.5.26 労判745号42頁
*退職金の減額・不支給を是認するには、当該懲戒事由によって、これまでの勤続の功を無にするほどの著しく信義に反するような行為がなくてはならない。
(3)退職後!に判明した退職金不支給事由と退職金の支給
退職金請求権が発生したのち、退職金不支給に該当する事由が判明した場合。
素朴な感情からは、支給するのはおかしいと思えるが、
理論上は、賃金全額払い原則との関係があるため不支給とすることは容易ではない。
よって、取りうる手段。
*支給しない理由としては、裁判例のように権利濫用等の一般条項を用いる。
*支払いをした後、不当利得返還請求や損害賠償請求をすることは、可能(実効性やリスクは別にしても。)
*退職金請求権には影響を生じないとした裁判例
高蔵工場事件 名古屋地判昭59.6.8 労判447号71頁
*権利濫用を理由として退職金請求を否定したもの
モリタ事件 大阪地判平13.1.26 労判806号88頁
4 賞与(一時金) 菅野291頁~
(1)法的性格
基本的には支給対象期間における賃金
①功労報償的性質 ②生活補償 ③将来の労働意欲向上策
(2)特殊性
賃金ではあるが、賃金のように就業規則や賃金規定から自動的に決定されるものではない。
通常は、労使交渉や使用者の判断を経て、判断基準・方法や査定などの事情を加味したうえで発生する。
(3)支給日在籍要件の問題
(問題の所在)
一般に就業規則では賞与支給日(もしくは、その前の一定日)には会社に在籍するものであることを要するとしているが、賞与にも賃金の性格がある以上、このような規定の有効性が問題になる。
自己都合退職はともかく、定年による退職や会社都合退職なような場合には退職時期を選択できない点でより問題が大きい。
(検討)
ア学説
A説:在籍要件は、無効説
そもそも賞与には対象期間労働に対する賃金の性格であることから抽象的にも請求権が発生しているのであり、これを否定する在籍要件は無効である。
B説:有効説
賞与には、過去の賃金のみならず将来の労働意欲向上策の意味あることから、このような取り扱いも公序良俗に反しない。
イ裁判例、判例
【判例】いずれも有効とする
大和銀行事件:最1小判昭和57.10.7労判399号11頁百選46 自主退職の事案
カツデン事件:東京地判平成8.10.29労経速1639号3頁 定年退職の事案
5 サイニングボーナス問題
労働契約の成約を確認する(だからサイニング)とともに将来の労働意欲の促進のために支給される賞与
一定期間内に退職した場合、その全額を返還する約定になっているものがあり、労基法16条などに反しないか。
裁判例
日本ポラロイド事件 東地判平15.3.31 労判849号75頁
債務不履行による違約金または損害賠償の予定に相当するとして労基法5条、16条、民法90条に反するとしたものあり。
6 平均賃金(労基法12条) 菅野278頁
常用労働者については、算定事由が発生した日(ただし、賃金締切日がある場合には直前の締切日)以前の三か月間の賃金総額をその間の総日数で除したもの。