![]() | いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1) いちえふ 福島第一原子力発電所労働記 (モーニングコミックス) |
クリエーター情報なし | |
講談社 |
・竜田一人
この作品は、今なお事故の収束からは程遠い状態にある福島第一原子力発電所の状況を、実際にそこで働く末端作業員の目から描いたものだ。ただし、描かれているのは事故の翌年の2012年の状況である。
著者は、福島の出身ではないが、事故当時東京にいて仕事に困っていたために、高給と好奇心、そしてほんの少しの被災地のためという義侠心から、現場作業に応募したという。
この手のものは、反原発的な立場から描かれたものが多い。私もタイトルを見た時は、これもそんな一冊かと思っていたが、読んでみると、そんなことはなく、実際の現場の状況をイデオロギーに染まることなく淡々と描いている感じを受けた。
実際、福島の事故にはトンでもといっていいほどの風評やデマが飛び交い、多くの「都市伝説」が生まれた。福島からの避難者が不当な中傷や差別を受けたのも、この日本国民の科学リテラシーのなさが大きく影響しているのではないだろうか。
事故当時の政治屋、お役人、東電のエライ人、マスゴミの報道姿勢などには、いろいろな点で憤りを感じざるを得ないが、現場で作業している人たちは過酷な環境の中で必死で頑張っているのだ。
防護服に身を固めての作業はものすごく過酷だ。何しろ終わった時には文字通り滝のような汗が服の下から出てくるのである。しかし、放射線の線量管理はきちんと行われており、作業員に放射線被害が出ないように配慮されている。
しかし、その一方で問題がないわけではない。放射線管理上の理由や作業の過酷さから、一人の人間が長時間作業することができない。だから全体としての進み方は亀の歩みのごとくなってくる。
また、原子力の現場の特徴というわけではなく、建設業全体の問題となってくる多重下請けの問題がある。本書の著者が最初入ったのがなんと8次下請けの会社だ。大きな建設現場には、原子力発電所に限らず、このような問題が出てくる。現実問題として、発注者が、8次下請けまで管理できるわけはない。この多重下請けの問題は、建設業一般の問題であって、原子力とは切り離して考えなければならないのではないだろうか。
ともあれ、この問題は、イデオロギーのみで発言してる人が多いと思うが、一度福島の現場で働いてみたらどうだろう。もちろん、現在の現場にも問題点は数多くあるだろう。この作品にしても、作者の目というフィルターを通っていることは否めない。しかしそれでも、実際のところはどうなのかということについて、いろいろな視点から見たデータが多く発信されれば、それぞれが自分の頭で考えていくための材料ができるのである。
戦時中ではないので、大本営発表をそのまま信じる必要などない。しかし、資源のない日本がどう進んでいけばいいのかは、他人任せにすることなく、国民一人一人がきちんと考えなくてはならないことだろうと思う。そのためには、特定のイデオロギーに取り込まれることなく、フラットな目で考え続けていかなければならないのだろうと思う。
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※初出は、「風竜胆の書評」です。