万能鑑定士Qの短編集II 「万能鑑定士Q」シリーズ (角川文庫) | |
クリエーター情報なし | |
KADOKAWA / 角川書店 |
・松岡圭祐
「万能鑑定士Q」シリーズで、唯一これだけが未レビューで積んであったものだ。清原絋さんの描く莉子ちゃんがひときわ色っぽくて目を引く。
さて、本書だが、タイトルの通り、5編の短編を収録した短編集である。どれも、事件の裏に潜むトリックを、万能鑑定士・凛田莉子がその知識を駆使して暴いていくというものだ。収められているのは、以下の5編。
1.物理的不可能
価値のある中国の切手が、輸送途中に何者かにすり替えられ、価値のないものに変わっていた。途中で切手をすり替えることは絶対に不可能ということで、嫌疑が金券ショップの店員・鴨嶺にかかる。
2.雨森華蓮の出所
莉子との対決に敗れて服役していた華蓮が、出所後に悪徳古銭商をお仕置きする話。華蓮のツンデレぶりは健在?
3.見えない人間
莉子は、高校時代の同級生だった吉野里香に誘われて、いっしょに映画のエキストラのオーディションを受けることになる。しかしそのオーディションには大きな秘密があった。
4.賢者の贈り物
OLの坂城紫苑は、二人の兄が窃盗を続けているということに悩んでいた。最近では、父までいっしょになり、どこに入るかを決めている。思い余って警察に通報するが、そのような窃盗事件は起きていないという。
5.チェリー・ブロッサムの憂鬱
ソメイヨシノに突然新種のウィルス病が発生。このままでは、すべてがクローンである世界中のソメイヨシノが全滅の危機に陥ってしまう。この事件でテンパっている「Uと3」(すまんαの方のネタだった)は、莉子といさかいを起こしてしまう。これは、「Uと3」が全面的に悪い(笑)。
このシリーズは、キャラの魅力と、莉子によるトリックの種明かしというのが売り物だろう。私も最初読んだ時には、莉子ちゃん今日もがんばっているなと面白く読んでいた。ところが、最近は別の楽しみに目覚めてしまっている。松岡氏の作品は、Qもαも「探偵」も「水鏡推理」もシリーズの全作品を読んだが、どうも不得意な分野があるようで、意外とツッコミどころが多いのだ。
他の作品のレビューで科学技術的に違うんじゃないかというところに突っ込んだところ、どこかのバカが無知丸出しで、何を言いたいのかよく分からないようなおかしなことを言っていた。反骨精神旺盛な私のこと、それからは、努めてツッコミどころを探すようにしている(笑)。
そういった目で改めて読んでみると、結構見つかるものだ。順にあげてみよう。
まずは牛込署で行われた捜査会議の様子だ。
<警視庁からの出向組を迎えての百人規模の会議が進行中だった。・・・(中略)・・・本庁からきたキャリア組は前の方に陣取り、・・・(中略)・・・前方で演説をぶつ警視庁捜査二課の警部の姿は・・・(以下略)>(p167)
ここで牛込署というのは、警視庁の所轄である。つまりは同じ組織内だ。だから本庁から所轄に来た人を「出向」とは呼ばない。この場合は「出張」とか「派遣」とでも呼ぶべきか。また本庁に務める人間がすべてキャリア組という訳ではない。キャリア組は数が少ないので、例え捜査本部に派遣されたとしても、「前の方に陣取り」というほど人数はいないだろう。また警部が前方で演説をぶっているとある。この警部の位置づけは明記されてないが、もし捜査本部の実質的な指揮を執っているのなら、それは、本庁から派遣された管理官で、階級は警視のはずである。
次に桜の「新種のウィルス」が発見されたときの記述。
<モニターに画像が映しだされた。生物顕微鏡で拡大されたその病原体は、・・・(以下略)>(p262)
ウィルスって、あまりに小さいため、「電子顕微鏡」でないと見えないはずだが。
次に、警察の捜査方法に関してだ。新種の桜ウィルスの捜査の際にこのような記述がある。
<賃貸の部屋なので、捜査令状を持たずとも大家の同意があれば室内をあらためられる>(p280)
<武装した警官隊はテナントのシャッターを開けにかかった。ここも賃貸だけに、オーナーの承認を得て突入が許可されたらしい>(p305)
これも、令状がなくてはだめでしょ。賃貸でも、賃借人にはその部屋の占有権があり、いくら大家だからといっても、賃貸している以上勝手に入ることもできないし、気軽に許可を出すこともできないはずだ。もっとも、最初の方は、住人は外国人で、既に帰国しており、部屋に残っているものは始末してくれと大家に電話してきたとのことだから、その時点で賃貸契約が消滅していると解釈できないこともないが。
私も、これが異世界SFとかだったら、少々おかしなことが書かれていてもツッコミはしない。しかし、あくまでもこの作品は、現実世界を舞台にしたものである。だから、不必要に変な記載をしてはいけないと思う(必要があるのなら、そこはしっかりと理屈付けをするべきだろう)。こういったものは、本来校閲者がチェックすべきものだと思うが、最近は出版不況などの影響でおざなりになっているのだろうか。
最後に「賢者の贈り物」で使われていたトリックで、特定の物件を選ぶことができることを検証してみたい。これは、二人の人間が、それぞれ文芸書と雑誌から適当な数字を言い、その数字から100の位をカットして、出てきた数字をもう一度雑誌のページから引いた答えの数字を、選びたい物件が掲載されている住所録のページにするというものだ。これには、常に最初に足した数字が100以上になるように誘導するという制約と、文芸書担当の者は、物件の掲載されている住所録の数字を100から引くというトリックが隠されている。この場合、住所録のページをA、雑誌のページをBとすると、文芸書担当の人間は、ランダムに選んだふりをしながら、100-Aの数字を言うことになる。これを雑誌のページと足して100を引くから結局仕上がりは、
(100-A)+B-100=-A+B
これを雑誌のページBから引くのだから、結局出てくる数字は、
B-(-A+B)=A
となり、誘導したい住所録の数字が出てくることになる。松岡作品は、このような頭の体操的な数理パズルがよく出てくるので、読者の方もそれを自分の頭で考えてみると一層作品を楽しめるのではないかと思う。
☆☆☆
※初出は、「風竜胆の書評」です。