火星からの侵略―パニックの心理学的研究 | |
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金剛出版 |
・ハドリー・キャントリル、(訳)高橋祥友
1938年10月30日、今考えるととても信じられないような事件がアメリカで起こった。ラジオで放送されたラジオ劇の宇宙戦争(H.G.ウエルズ原作)を聴いた人が、本当に火星人が攻めてきたと思って、多くの人が大パニックに陥ったとされている。
しかし、同じ放送を聴いても、正しくラジオドラマだと判断した人も多かった。それではパニックに陥った人とそうでない人との間にはどのような違いがあったのか。本書は、それを心理学的に解き明かしたものである。
原書が最初に出版されたのは1940年。日本でも、川島書店から、1970年に斎藤耕二氏と菊池章夫氏の訳で「火星からの侵入」という邦題で発売され、この方面を学ぶ者にとっては参考書の一つとなっているようだ。ただし、川島書店のホームページを見ると、この本は「長期品切」扱いになっており、読みたければ、図書館で探すか、古書を手に入れるかしかないだろう。ところがうれしいことに、今回訳者を変えて、別の出版社から発売されたのである。
本書には、元になったラジオドラマの脚本を掲載したうえで、どのような人がこれをドラマではなく本当の出来事だと判断したのか、パニックにならなかった人はどのような人なのかを詳細に分析している。
脚本を読む限り、この放送は、最初と最後そして放送中にもこれがH.G.ウエルズ原作の宇宙戦争のドラマであると断っている。また、新聞のラジオ番組欄には、このことがはっきりと載っているのである。それにも関わらず多くの人がパニックに陥ったのだ。
パニックに陥った人とそうでない人を分けたのは、高度な学校教育を受けているかということと、批判力の有無といったファクターが大きいようである。まあ、どこの国にも、自分の頭で考えることをせずに、流れてきた情報を鵜呑みにする連中がいるということだろう。我が国でも、オイルショック時のトイレットペーパー買い占め事件や東北大震災時の風評被害などを見ると、そんな人間はかなりいるのではないかと思うのだが。
本書が教えるのは、そのようなパニックに陥らないためには、情報の中にある矛盾点を探したり、他の情報と突き合わしてみたりすることが有効であるということ。事実、パニックに陥らなかった人は、番組での人々の移動速度が速すぎることに気づいたり、他のラジオ局でこのような大ニュースが報道されていないのはおかしいと思ったりして新聞のラジオ番組欄を確認したのである。
なお、この事件で全米100万人以上の人がパニックに陥ったと言われているが、「この「火星からの侵入」事件は大げさに語られすぎており、現実にパニックが起きていたとしても、かなり限られた範囲の人々であったであろうと考えられている」(注)というのが最近の説のようである。そうはいっても、本書に述べられていることは極めて興味深い。
(注)放送大学テキスト「危機の心理学」(森津太子、星薫)p100
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※初出は「本が好き!」です。