曇、18度、94%
おかげさまで57歳を迎えることが出来ました。この一年もまた、風邪もひかず、病院のお世話になることもなく過ごすことが出来ました。そして、初孫も元気にひとつきです。
毎年この日に、一番感謝をするのは母です。私も自分が母となり、以来、母に感謝するようになりました。いつも遠く離れていますから、電話で「お母さま、ありがとう。」と私が言うと、母は決まって「真奈さん、おめでとう。」と声が返ってきました。母が施設に入って以来、ここ3年は電話をとることが出来ませんので、お世話してくださる方に伝言します。母からの言葉は返ってきません。そして、その母が亡くなってちょうど7ヶ月が過ぎました。私をこの世に生み出してくれた母がいなくなったのだと、この7ヶ月にしてはじめて、その喪失感を味わいました。決して、仲のいい母娘ではありませんでした。いえ、確執、葛藤の多い親子関係でした。
今朝は、走りながらまだ明けやらぬ空に向かって、「お母さま、ありがとう。」と声を出して言ってみました。私には、「真奈さん、おめでとう。」と母の声が聞こえます。
この一年、母をなくしましたが、息子にはお嫁さんが来てくれました。そして、ありがたいことに孫まで授かりました。母は、息子のお嫁さんにも会いました。母にとってはひ孫の誕生することも知って逝きました。私にとっては鬼門の母でしたが、息子にはほんとに甘い母でした。結婚の報告も、孫が出来たことも、私が告げると、子供のように小さな顔をくしゃっとして喜んでくれました。
ああ、こうして人の営みは巡って行くものだと思います。これは男の人にはわからないかもしれません。子供産むことが出来る女が持つ輪廻感です。
さあ、毎年書きますが、今日が私にとっての元旦。この一年をどう生きて行くか、来年のこの日を少しでもよく迎えることが出来るか、今日は一日ゆっくりと考えてみたいと思います。
息子が家を離れて、20年。主人との生活は、親と過ごした時間の倍以上になりました。いつも、一番側で見守ってくれている主人に、ありがとう。その主人とモモさんと3人で昨日は散歩に出ました。香港は、花、新芽の季節を迎えています。母が好きだった、ネズミ餅の花が咲き始めています。母がネズミ餅と私に教えてくれたのですが、実はどうも違う名前の木のようです。それでも、この花が群れて咲くのを見ると、早春に菜採に母と出かけた夕方、ほの白く見えるこの花のかおりを思い出します。