実生の松
小雨、15度、88%
花を活ける川瀬敏郎さんの本で、実生の松、つまり自然に落ちた種から芽生えた松の芽を根付きのまま使った作品を見たことがあります。自然の姿をいじらないで生けられた小さな松たち。大きな松になるのにも、この小さな苗があってのこと、そう思うと不揃いな松の姿に心ひかれます。以来、いつかはこの実生の松に出会いたいと思って来ました。
今年のお正月、我が家には松がありませんでした。ここ香港、枝物を活けることが少ない上に、松は日本人程大切な木ではありません。山に行けば、雑木とも思われるボサボサの松や、洋種の松があります。昨日は、花市にお正月用の松を探しに行きました。松は、手入れよくすれば2ヶ月はあの緑を保ちます。
香港の花市も、昔の切り花ばかりの花市から園芸全体を扱う花市へと変化しつつあります。切り花は、世界中から輸入されてきます。園芸用品はアメリカやシンガポールから。大きく店を広げている老舗の2店舗、ひとつの店が昨年から日本の花木を多く扱うようになりました。日本からはシンビジュウムが主に入って来るばかりだったのですが、モミジ、桜の枝もの、小さな盆栽まで売られています。
お目当ての松の切り枝を見つけました。日本と違って年末に込み合う花市ではありません。ただ早めに用意しておくと、この私が年末の時間に余裕が持てるわけです。松を片手に、日本からのものを多く扱う店に向かいます。日本からのものは、お値段が他の国から入って来るものより、10倍近くします。まあ、この時期から旧正月にかけては一番活気づく香港ですから、皆さん散財なさいます。
店に足を踏み入れるなり、声にこそしませんでしたが、ワーと叫びました。小さなコンテナに入った松の芽ずらりと並んでいます。よくよく見ると、コンテナの中には松ぼっくりが。 松ぼっくりから芽を出した松の幼い子供です。そして、実生の松を使った盆景も日本から輸入されています。初めて見る松の芽です。愛おしいやら、嬉しいやら。お高いけれど、思い切ってこの松ぼっくりから出ている芽を買おうと思いました。葉っぱの元気なものを物色していると、ひとつ上の段に、少し育った小ぶりな盆栽向けに矯められた松の子株が幾つかあります。お店の人に尋ねると、少し成長したものの方が扱い易いとのこと。松ぼっくりの倍の値段しますが、一本、買い求めて来ました。
先日、松ぼっくりのリースのことを書いた時、京都の友人が京都には松の小さな苗が花屋で売られていると知らせてくれました。流石京都です。松の苗に会えるのは、いつか京都へ旅する時までお預けとその時思いました。それがこんなに早く会えるとは。
家に帰って来て、粉引きの茶碗に入れ替えました。我が家は今年大きな大きな松を切りました。ずっとその事が心のどこかにありました。切った松は、私より永い年月を生きて来て姿よく実家の門を彩っていました。枯れてしまい切らなくてはいけないと分かっていましたが、木を切ることは心が痛みます。
この小さな松に、そんな気持ちを込めて育ててやろうと思います。大きくなあれ。