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イノチェンティのミニと北欧の機織り機なんてどこにも関係のないようなこのふたつ、実は、私が20代の頃欲しかったものです。
イノチェンティのミニといっても、ピンと来ないかもしれません。イギリスのミニクーパー(今はBMWミニ)がイタリアのイノチェンティのボディーをのっけていた頃の車です。今でも、ミニは人気の車ですが、イノチェンティのミニは、もっと小さく、走る姿は滑稽でした。それもそのはず、イギリスが経済車として考えた車です。既に生産中止の車です。今ではBMWの傘下で、何やら立派なミニに変身しています。BMWのミニを見てもちっとも欲しいと思いません。古いミニも中古車で売りに出ています。皆さん丁寧に手入れをしています。イノチェンティのミニをお持ちの方に聞くと、その維持費はかなりのものだとか。車内を覗くと、丸窓の計器が見事な配列です。ゾクゾクとしてきます。
北欧の機織り機、白木で出来た大きな座って織るタイプのものです。もう30年以上前のことですが、この北欧の機織り機を売っている店が東京にありました。あの前に座って、織ってみたいなあと思います。いえ、織物なんてなんにも知りません。ただ、縦糸を張って横糸を潜らすその単純そうに見えて、その実織り手の手の温もりや感情が表れそうな織りがしてみたかったのです。
そんな事思ってみたところで、イノチェンティも機織り機も買えるような我が家の経済ではありませんでした。考えてみると、若い頃の私は自分の身の程もわきまえず、あれ欲しい、これ欲しいとよく口にしていました。実際の生活は、普通の生活です。外車なんてありません。スバルです。機織り機なんてありません。身の幅で出来る編み物です。
この秋口、日本で改築をしている家がやっと出来上がり始めました。床の色、天井の高さ、図面で見るのとは違う実態感を持って家を眺めます。家の中の写真を主人と見ながら、照明のことや視界を遮るためにカーテンか障子かなどと話していました。すると、急に主人が、「2階には機織り機を置いたらいい。」と言います。私、心底びっくりしました。30年以上前に私が欲しいと言っていたものを覚えていてくれたのです。確かに、あの当時の私はいつか機織り機をと思い続けていました。30年経ちました。未だに、織物には興味があります。ところが、目下の興味は日本の地端織りです。寒い北欧の長い冬を思いながら白木の機織り機を思います。その同じ感情が、日本の雪国の地端織りを思わせます。織り上がるものの色も風合いも全く違いますが、私の中では同じ線上に並んでいます。
先週の日曜日、久々に主人と夕食を外でとりました。顔なじみのお店の人が案内してくれたのは、窓際の席。香港の狭い道を行く車や人がすぐ横に見えます。いつも不思議に思うこと、新車が発表されると、余程車好きの方か、お金に余裕のある方でしょう、その真新しい車が香港の道を走っています。ベンツ、アウディー、マセラティ、もちろんポルシェも。ベンツの新車が横を通りました。そんな話をしていると、主人が、今の車の調子を聞いてくれます。そりゃあ、ふるいふるいマツダのロードスターに比べれば、今のBMWのZ4は遥かに乗り易い。車体は重いけど、力が違います。坂道を上がって家に向かう私にとってはありがたいことです。そう話すと、「じゃあ、日本に帰るときは、持って帰ればいい。」と云ってくれます。私が、慣れ親しんだものと分かれることが辛いのをよくご存知です。
そうそう、マツダを買うときも、BMWに買い替えるときも、いつも、ミニは?と聞いてくれたのも主人です。30年以上の間に、私は、北欧の機織りから日本の機織りに目が行きました。車も、イノチェンティのミニは諦めて、他の車種を選びました。それなのに、ずっと昔の私の言葉を主人は覚えていてくれます。
きっと、機織り機は買いません。今すぐ帰国ではありません。Z4を帰国の荷物に入れるかどうかは、運賃次第です。時に、イノチェンティのミニや北欧の機織り機を欲しかった頃の私の心の中を思うと不思議なことに何処からともなく元気の玉が飛び出してきます。