蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

自虐ネタ

2014-02-08 | ブログ
同じ感性の人というものは、いるものだ。
ある、別の趣味のSNS。
そこにわたしは、趣味の日記をたま~に書いているが、
そのSNSは、会員同士、日記に対してコメントのやりとりが盛んである。
コメントがあればあったで、いいのだが、そのコメント返しをしていると、蝶ブログを書く時間がなくなる。
時間がたっぷりあれば、両方できるのだが、時間制限がある場合、片方だけというのが、辛いところだ。
そのほかにも、用事がある時も、蝶ブログが書けない。
二日も続くと、いらいらする。これは、ブログ中毒症状。

で、その趣味SNS。
同じ感覚を持つ人がいて、非公開でメールを送ってきてくれた。
わたしは、その感想の一部に書かれていたことに対して、
一度も日記に書いたこともなければ、賛同も非難も、なにもしたことがない。
なのに、いきなりピンポイントで、特定のハンドル名を書いておられて、とても驚いた。


。。。で、ここからが、井戸端会議的、噂話や悪口、陰口の大好きな、おんなのオシャベリ。
陰湿的要素を含みますので、苦手な方はスルーしてください。

「あなたが、もし、○○さんのような日記を書かれると、違和感を覚えます」みたいなことが書かれていた。
一度たりとも、取り上げたことのない○○さんの名前をあげておられた。

その○○さんは、わたしとは違うタイプの人。
同じように楽天家ではあるのだが、なんというか、ちょっと違うのだ。
いつも、わたしの自虐ネタには、皆さんがコメントをお寄せくださるのだが、
○○さんは、「わたしは、あなたのようでなくて(わたしの卑下している、悩みの内容)よかったと、現状に感謝しています」
そういうコメントが多い。

例えば、内容は違うが「わたしには、お金もヒマも友人も、十分になくて、哀しいです」(あくまでも仮の例)
と、つぶやき内容の日記をアップしたとする。
すると、「わたしは、お金も時間も友人にも、十分に囲まれ満たされていて、毎日が楽しくて満足です。
あなたの日記を読んで、(あなたのように不幸でない)自分の幸せな状況に感謝しなければいけないと思いました」
というようなコメント。

わたしの、いじけた日記に対して、はじめて、その人からコメントをもらったときに、
「『パンがないから、ケーキを食べるわ』という状況ではないのが、哀しいです」
このようなかんじのコメントを返した。
(これまた、卑屈で、ひねて、ひんまがっているが)

彼女は、わたしとほぼ同世代で、初孫も、つい最近生まれたようだ。
いつも、ママと呼んでいる○○さんの母親に、家のことを任せておられるとかで、
自由に外出が出来る恵まれた状況。
天真爛漫な、マリーアントワネット的、お金持ちお嬢様のニオイ。
(このマリーアントワネット・イメージも、他者によって作為的に作られた像であろうけれど)

「自分がババなのに、ママって、あなた、いったい何歳?」
なんて、そんなこと、思ってはいけないが、思ってしまう、わたし。
その恵まれた○○さんに、『「じゃあ、ケーキ食べたらあ?」コメント』を時折いただいている。

べつにコメントをお寄せいただくのは、○○さんだけではないし、
○○さんも、しょっちゅうわたしの日記にコメントをくださるわけではないのだが、
「ありがとうございます。○○さんが、羨ましいです」という、コメントを返すこともある、わたし。
羨ましいのは、本音であるから、嘘ではないし、べつに、わたしは、ひんまがっていない。(はず)

そういうやりとりを見ての、メール内容だったのだろうか。
単に、わたしとは無関係に、別個に○○さんの日記をご覧になっての感想だったかも知れない。
いずれにしても、名指しで、指摘されたので、とても、どきっとした。
わたしの卑屈な思いが、行間からにょろにょろと、はみ出していたのに違いない。
ああ、やだやだ。

メールをくださった方は、わたしの日記が自虐的すぎて、時は苦しい気持ちになるそうだ。
そこまで追い詰めなくても・・・もうそれぐらいでいいのでは?と思ってしまうとか。
あれま、えらいこと。
わたし、自分以外の人も、同時に斬ってしまったのか。
またまた、前記事の「失敗」の再現か?

わたし、演出過剰なところがあるので、誤解を招くのかも。
ごめんなさいと、言いたい思いだ。

わたしが作り出した、べつのわたしが、一人歩きしているのだろうか。


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