蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

はてな

2014-02-03 | 日々のこと
とある趣味関係のSNS。
顔をアップしている人が、けっこういる。
わたしは、当然ながらアップしていない。
死んでもアップなどしない。
究極の個人情報だから。
しかし、考え方、感じ方は、いろいろあって、ひとそれぞれ。
アップするのが、おかしいわけではない。

で、そのアップしている人の顔を趣味の場(リアル社会)で、ちらほら見かける。
友人でもないし、気に入られてもいない他人なのに、その人の日記も読み放題。
その人の日記がまた、驚くべきことが書かれている。
なにかというと、他人の悪口。
名前こそ出していないが、趣味の仲間なら、すぐ、ああ、あの人のことね、とわかる。

まるで、子供だ。
人の悪口を、しかも、仲間内だけとは言えど、誰とわかるようなことを、堂々とアップするなんて、
わたしには理解できない。
内部事情も、ばらしまくり。
しかも、自分は、いつ、どこどこに顔を出します、みたいなことも公開している。
これって、わたしみたいに、覆面さんが、ごろごろしていたら、どう見ても、一方的情報の流れで、むこうは損だと思うのだが。
なぜ、そんな、アカの他人、不特定多数の人々に、自分のことをリアル世界で公開するのか、ほんとうに理解に苦しむ。
弊害はあっても、利点などないように思うのだが。
世の中、人には、いろんな人がいる。
わたしが、ヘンなのか?
実名、実顔写真アップのフェイスブックのようなものか。
なら、わたしがやはり、おかしいのだろう。

おかげで、わたしは、その人を知りもしないのに、大嫌いになっている。
話したこともないのに、毛嫌いしている。
そんな自分に不利になるようなことをどうしてするのだろうか?
不思議で不思議でしかたない。
もう、半世紀以上も生きてきた、大の大人なのに。

かっこつけて、いいカッコばかり、見栄を張って虚偽のことを書くならまだしも、
逆のこと、自分の評価を下げるようなことを書く真意がわからない。
それに同意する人々も、ちらほらいて、それも、わからない。
わからないだらけだ。

しかも、悪口グループのメインの賛同者である人は、わたしの日記にコメントを時折くれる人なのだが、
最近、リアルでごく近くに見かける、ある人物だと、うすうす気がついてきた。
そんな人には絶対に近寄らず、鉄のカーテン、鉄の塀を築き、絶対的な距離を保とうと思った次第だ。

知りもしない、わたしごとき他人に警戒されるなんて、ほんとうに、なんのためのSNSなのか、
さっぱり意味不明だ。

アタマの中には、はてなが、いっぱい。


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