自分では思い通りにならないから、他に依存すると気が楽になる。
抱えきれないもの、こころの別部屋に入りきれないものを扉を開けて放出する。
その方法は、人それぞれだろう。
別の何かに熱中してその時間は忘れられても、根本治療にはなっていない。
また、じくじく痛み出す。
一人でどうにもならない時は、カウンセラーやセラピーや心療内科や、こころの専門家の助けを借りると、解決の糸口となる。
別のことに熱中して、その別のことにのめり込み、今度は依存症という新しい病理を生み出すこともある。
病は次から次へと形を変える。病の根本を治して完全治癒が難しいなら、病と共に共存共栄して生きていく。
根絶は諦め、一病息災。
あまり無理をしないから、悪くはない。
こころの病は、根源を探り出す。
自分は何をどう感じているのか、なぜ自分はそう感じるのか、経緯を遡って、こころのねじれを紐解き自分に問う。
トラウマだったりコンプレックスだったり、色々ある。
克服するのはとても難しいと感じる。
涙と時間が必要だ。
自分らしさを認めるのは困難。
認めすぎて自分に高い評価をする人もいる。
やりすぎると嫌われる。
劣るダメな自分も、かわいいと思って愛でる。
あまり周りと比べるのは良くないが、自分の過去と比べたりすると、どうしようもない。
日本だって栄光は過去になりつつある。
アメリカだってそう。
ヨーロッパだってそう。
スペイン艦隊がイギリスに敗れた時(1588年)に歴史は動いている。
順番順番。
トランプゲームと似たようなもので、誰かが勝って、誰かが負ける。
勝ったり負けたり。
栄光と転落。
そうやって時を紡いでいる。
とかなんとか、話しがぐーんと広がり過ぎて、身近な悩みや疑問にフォーカス出来なくなってしまうのが、いつものわたしの流れ。
シミや汚れを揉み洗濯しているようなもの。
すっかり元のようにキレくはならないものの、滲むか馴染むかして、あまりわからなくなっている。
誤魔化しているとも捉えられる。
しかし、なんでもかんでも、追及すれば良いというものではない。
外科手術か、漢方薬か。
切除か、融和させるか。
緩和というものもある。
温存、誤魔化し。
最近はレーザーをピンポイントに当てたり、手術も進化しているようだが。
と、相変わらず、話が脱線。
まずは、直近の目の前のタスクを今、こなす。
午前中に、だったり、今日中に、だったり、今週中に、だったり、今月中に、今年中に、今世紀中に、、、
さ、用事を溜めずに腰を上げよう。
(自分に言ってます)