年末に、夫の実家で8人分の布団の用意をした。
(夫の分は既に現在使用中)
で、いつもは、2階押入れ、2階寝室、1階押入れ、別棟押入れから、あれこれ季節や人数に応じて布団を引っ張り出して運び込む。
のではあるが、今回は、姑の寝室だった和室をリネン室(布団部屋)にしようと長女の提案に同意して、全部の布団、リネン類を1部屋に集中させた。
姑の寝室だった部屋の押入れを徹底的に片付けた上で、布団を入れようとした。
すると、押し入れから年末に発見した美しいお手紙に引き続き、姑の日記が奥底から出てきた。
これは大物だ。
ハードカバー製本、5年連記仕様。
全く同じ型の5年連記仕様の日記があと3冊、同じ部屋にある。
他の型のもある。
ということは、姑の晩年の少なくとも20年分は毎日毎日ぎっしり記録されていることになる。
ちなみに、わたしは3年連記が2冊(2016年から)、5年連記(2022年から始めた)が1冊。
この直近3冊は全て同じ型ハードカバー(A5ローラアシュレイ花柄)。
それ以前は1年毎に1冊。
小さな手帳の時もあるしA4サイズの時もあるし、年の途中から日記のバトンタッチをして2冊にまたがっている時もある。
後々、全然読まない(読みたくない)ところを見ると、読む為でも遺しておく為でもなく、書きながら自分で確認する為のようだ。
今年は、ダイアリーに加えて、(12年前にも、たまたま書いていた。といってもほとんど白紙のまま)単行本サイズの新潮社版、白紙のマイブックを記す。
ブログは柱となる、マイメモリー。
日記だらけだ。
わたしの神様はマイ日記か。
と、自分のことはさておき。
姑の5年連記日記、最新版が出てきたわけだが、どの本にも「(元号)何年とも西暦何年」とも表記されていないため、わかりにくいこと、この上ない。
別に読む気はないが。
舅のビジネスライクノートのほうが、ずっとわかりやすい。目録帳。
感情や感想、自分の視点は一切抜きで、淡々と項目毎に分類され、日付、事柄、関係者、金額等が記されている。
項目毎に、公的書類がファイルされているものもある。
さすが、(姑、曰く)優秀な番頭さんである。
それにしても、誰が見ても整然とまとめられ分かりやすい。
舅の手書きだが、書体が活字のようにキッチリしていることもある。
職業柄か。
舅はビジネス現役中はそういう仕事、管理をしていた。
まさに天職か。
仕事上でも、家庭上でも、1ミリも1円も狂いのない、きちんとした性質だった。
(大雑把、雑、の正反対)
とまあそれは良いとして。
姑の、年代の書かれていない5年連記の日記、挟まれている表などで、だいたいおよその年月はわかる。
が、最初のハードカバーの表紙から1ページめくっただけで、読むのをやめた。
よほど暇が有り余って何もすることがない時に少し読んでもよいが、、、。
今のところ、そんな余裕も気力もない。
読み解いて時代小説の題材にでもするのなら別だが。
体力もやる気もない。
わたしがいずれ、完全引退して引き篭もったら小説でも書きたいという、淡い希望があるが、すでに諦めている。
ではあるものの、一歩も外出しない、くたくたの、白髪の老婆おばあさんになって、一心不乱に小説を書くなんて、なんかシビれる。
自分の執筆部屋を想定したわけではないが、僅かながら徐々に、好みの設えにしようとしている。
時代ものの日本家屋に、わたしの実家から運び込んだ家具など、少しずつ加えられ、イメージが膨らむ。
だが、神戸の異人館内部や、作家の執筆部屋の展示にインスパイアされているだけで、実際には、快適な最新マイルームで背中を丸めてスマホをいじっていそうだが。
小説を書いている自分をうっとり想像しているだけであって、実際には気力や精神力、知力のいるものは、憧れだけに留まる。
大谷翔平が発するチームメイトへの鼓舞ではないので、わたしは憧れを超えなくてもよい。
と、正月4日。
遅れて年賀状が1通届いた。
昨今はわたしは年賀状は書かない主義で、先方から来た年賀状に対してだけ、返信の年賀状を出すことにしている。
昨日、来た年賀状の返事を書いて、夜、投函したばかり。
遅刻は困る。
返信のほとんどは、夫の業務挨拶兼用、お年玉くじ付き印刷済み年賀状をもらって、自分の名前を夫の横に無理矢理添える。
ただし、コメントはたっぷり書ける。
印刷された年賀状は、印刷部分は大概はもらった人は読まないから、手書き追加部分だけ個人宛てにメッセージが伝わる。
が、あまりにも夫業務・便乗年賀状では良くない人には、お年玉ハガキではない普通ハガキに手作りした。
そこに、1通だけまたチャチな幼児風、手作りで書くのが、めんどくさい。
それに、皆さんからはお年玉ハガキではない普通ハガキ年賀状は、1通も届いていない。
ではあるものの、今は郵便ハガキではなく、LINE年賀挨拶も少なくない。
と、だらだら独り言タイム。
ブログ作成と同時進行に、どんどんLINEの伝達やり取りが入り、行ったり来たりして、話がまとまらない。
今年はなんとなくわたしの転換期になるような気がする。