蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

幽体離脱のその後で

2010-09-18 | 人生
社交ダンスでご一緒の、背筋がぴしっと伸びたK女史。
先日、ご家族に喜寿のお祝いをしてもらったという、ご高齢のご婦人だ。

年齢という枠にとらわれることなく、ファッションも、いつも美しくコーディネートされ、
彼女と同じブランドの服を、偶然、私も着ていることもある。

生活、生き方は、とてもアグレッシブ。

大きな病気、手術を3回経て、壮絶闘病経験をお持ちだ。
最後の大手術の時は、ICUにスパゲッティ症候群
(体中、何本もの管で繋がれている状態)で、幽体離脱を経験されたそうだ。

目の前には、亡くなったご主人が立っておられ、
「パパ、なんで、そんなところに、いるん?」とKさんは、思わず言ったらしい。

背中が、こそばいような感覚がして、エビが背中から、殻から抜け出ていくように、
自分の背中から、自分の体が抜け出していくのを感じたそうだ。
ベッドの両サイドにあるパイプを両手で持って、抜け出ないように、体を元のところに戻すように
ガタガタと揺れるのに耐えながら、必死で力を振り絞った。

その時の感覚は、今も鮮明に覚えているとのこと。

Kさん、当時61歳。

その大病を境に、彼女は、急にそれまでの人生を取り戻すかのように、元気に活動的になった。
大手術後、3か月しか経っていないのに、パース(オーストラリア)旅行に行った。
道無き道をジープで、ガタガタバンバン砂漠を長時間走る
全身上下にガッタンガタガタ、ボコボコ大揺れ、強行軍スケジュールをこなした。

そんなに長時間、大揺れしたら
大手術あとの、お腹の縫合部分が引き裂かれる恐れもあっただろうに、なんと、大胆な。

それを皮切りに、旅行に、趣味に、家庭に、パワー炸裂。

年に何度も海外、国内旅行に出かける。
今年の後半だけでも、ドイツ、ロシア、屋久島。
旅のお連れさんは、学生時代の同級生らしいが、彼女は独身なので、身が軽いそうだ。
いつも、ぱぱっと二人で、「行こう!!」と、出かける。
同級生だから、当然、二人は同じ年齢。
瞬発力、好奇心、行動力、頭が下がる。

私が息も切れ切れ、300ステップ階段なんて、スイスイ。
先月、私が旅したハロン湾は、アンコール・ワットのついでに、たーっと一気に駆け足で寄られたそうだ。
※(私はアンコール・ワット、ハロン湾は別々。でもハロン湾は、ラオスのついでに立ち寄ったが。
ベトナムも、一度にあちこち行かない方針。理由は、疲れるから。のんびり派で、根性無し)


三味線、クラシック・バレエ、バレー・ボール、社交ダンス、フィギアスケート、麻雀、・・・・
Kさんの趣味は、豊富。
歌舞伎や、お芝居、昼、夜、連チャンお出かけもよくなさる。

息子さんが、釣りバカ日誌のハマちゃんのように、いつも釣ってこられる大量の魚を
家で、ばっさ、ばっさとさばいて、お料理したり、
1升ものお米でお寿司を作って、高速道路をぶっ飛ばして、お知り合いに配ったり、
テキパキ大忙し。
同居されている息子さんご一家(成人のお孫さん2人も同居)には、頼りにされ、
お嫁さんとも大の仲良し。
(お嫁さんとは、お互い、趣味で家を空けることが多いので、同盟を組んで家事を協力し合う、盟友のよう)

海外旅行の出発当日でも、出発前に車であっちこっち、用事をこなしたり、なにしろ身が軽い。

大きな病気をすると、たいがいは、その後の人生は、守りのスタンスをとりかねない。
こんなKさんのように、人生を切り開くかのように、ご自分の時間を完全燃焼させ、なおかつ、
周りの人や、ご家族に愛され、信頼される、おばあちゃんもおられるのだ。

喜寿(77歳)と言っても、行動力、パワーは、私などとは比にならない。
分野は違うが、私の母も、すこぶるパワフル。
(この暑さで、義母のほうは、ちょっとパワー・ダウン、元気なしだが)


高齢者と言っても、千差万別。(健康、お金も、重要な要素)
しかも、大きな病気をしたり、大変なことがあった人のほうが、
何事もない人より、時間のありがたみを身をもって体験されている。

個体差が著しいので、私にはとてもマネできないが、
せめて、その一部分でも参考にしたい、
そんな人生の大先輩の一人だ。



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天然エアコンは、ご機嫌ななめ?

2010-09-17 | 無題
朝夕、ぐっと涼しくなり、
ああ、生きててよかった・・・(誇張表現は、私の専売特許)

異常気象の原因を、昨夜、TV番組(NHK)「クローズアップ現代」で
「スーパー猛暑の謎」と題して詳しく解説していた。
今、世界中で同時異常気象だそうな。
その異常気象が、他の国へと順々に影響を与えているとか。

同じような現象の年があったが、その時は冷夏だったそうだ。
理系・科学系が特に苦手な私だが、頑張って見た。
ただし集中力は、30分が限度。
あの番組は、30分なので、うまい具合に時間設定されている。


地味で、脚光が当たらないことを黙々と研究しておられる学者さん、
説明する時に用いる図の色使いが美しかった。
と、全く関係ないことを勝手に思いながら。
好きなことをピン・ポイントで、その道一筋で研究できるって、ある意味、幸せだ。


しかし
就寝中、涼しすぎて、寒い。
で、窓を閉める。

時間が経つと、なんだか暑い。
威勢よく、窓を開ける。

そのうち、寒くて目が覚める。
窓をぴしゃり。

うぅ~ん、暑苦しい。今、何時?
またもや窓をそぉ~っと開ける。


寒い→閉める→暑い→開ける→寒い→閉める→暑い→開ける

延々それを繰り返していると、朝になった。

こうやって、私の貴重な人生の持ち時間は過ぎていく。


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地獄を語ると、目がキラキラ

2010-09-16 | 人々の風景
心の中。
沸々と煮えたぎる思い。恐怖感。絶望感。
とあるブログにお集まりの面々、地獄絵描写のお上手なこと。
とても太刀打ちできません。

私にはそんな地獄経験がないから、ただひたすら感心するのみ。
ラオスのお寺で地獄絵を見たが、子供の頃に見た絵本を思い出した。
ありえな~い。
むしろ、誇張しすぎて面白い。

まあ、それはラオスのお寺で見た地獄絵であって、自分の心の地獄絵ではない。
自分には、心の地獄経験がないので、擬似想像するしかない。

それにしても、地獄を語る時、
心が壊れる時、鬼になる時、気が狂う寸前、追いつめられた瞬間
そういう苦悩・・・リアルな表現で、心の内を語る皆さま。

私は、やっぱり付いていけない。

分かち合える共通体験がない。


同じ苦悩、苦労を共有、理解しあい、傷口をなめ合うのは、
心の傷の回復を早め、癒し効果があるに違いない。

類は友を呼ぶ。

残念ながら、ラオスのお寺の地獄絵のように
幸か不幸か、私には、ピンとこない世界。
苦しみの渦中にいる、当の本人はああいうかんじなのだろうか。

そのブログの皆さんの地獄内容は
殺人や、病、戦争、民族の諍い、貧困、
借金苦、育児放棄、介護・・・そういった類のものではなく
夫の浮気。
その方向、一直線。

そのあたりが、ますます私の理解を超える。

たまたま私が幸せだっただけかも知れない。
単にパートナーの裏切りを知らないだけの、超・幸せもの(→のーてんき)、
という可能性だってあるが。
なので、通常者(女性問題で、苦悩経験なし)には肩身が狭い。

私はこうして、危機を乗り切った。
こういう努力で、家族は円満。
うちの家族は、最高に仲良し。

そういう話は絶対タブー。
なにしに来た?! とっととお帰り!という、目に見えない雰囲気。


普通の話題で話が進んでいても、誰かが、不倫・不和・地獄絵図の話題に切り替えた途端、
場の熱気は、一変する。
温度、急上昇。

私の地獄は、今、煮えたぎって、温度は400度。
殺してやたいほど憎い・・・あの人・・・
でも、私が悪かったのか、いや、相手の女性が・・・
ここは、踏ん張って、にっこり笑顔で勝負、いずれ夫も戻ってくるだろう・・・
(浄瑠璃や歌舞伎の題材になるのが、よくわかる・・・)


私は、こんなに幸せ、とか、
こんな素敵なことがあった、行ってきた、見た、よかった、
そういう内容は、
こころ(そして、できれば、時間とお金と健康)に不満がない人にしか響かない。


いやなら行かなけきゃいいだけです。そのブログに。
しかし皆さんの文章力に、ついつい見学に行ってしまう。

その地獄語りブログに、引かれるように見に行くのは
怖いもの見たさ? ホラー映画の気分? 
番町皿屋敷の見物人になったような、臨場感がスリリングなのか?
自分には及ばない火の粉を、ギリギリまで近くで体感しようとする見物客。

単なる俗悪趣味、覗き趣味だと言えよう。


さて、
ごく稀に気が向くと訪れる、また別のブログ。

ロンドン在住のこの方は、文化的なライフスタイル。
そして日常が、海外旅行。
日本に居ては体験できないようなミニ旅行に、あちこち行かれている。
ご自身のリアル写真を修正なしで、どんどんアップされている。
旅の風景、というより、ご自身のファッションやボディを惜しげもなく披露。
自信があおりなんだろうな。
多くの人に、ご自身を見ていただくことに、喜びを感じておられるのがよくわかる。

私にはありえないけれど、人それぞれ、個性が違って当たり前。
いろんな人が、いろんな生活をして、同じ時代に生きている。


どんな空気を吸うのかは、その人の自由選択。
どんな空気が、好きですか?
ぴったりお好みの空気がなければ、自分仕様のオーダーメイドで、
オリジナルを作っちゃいましょう。


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ナニ様発言

2010-09-15 | 無題
菅さんVS小沢さん
全国民が直接投票するわけじゃないから、それほど熱くなれないけれど
以前の自民党・密室・内定・順番制・総理大臣選びよりは、国民は関心を示したかも。


ブログ村「自分らしさ」にランキングされている中から
あちこち読み散らかす。
どれも初めて読むものばかり、つまみ食い。
どのブログも、ぴんと来ない。

お母さんを介護している方のブログを(初めて)ほんのちょっとだけ読む。
ご苦労様。
確かに大変で、頑張っておられ、優しい、とてもいい人なのだろうけれど、
読み物としては、惹かれるものがない。
(→※ナニ様発言1。
マリー・アントワネットでも、こんなことは言わないでしょう)

またまた初めての人の、人気記事としてランキングされていたブログを読む。
あんまり興味が、わかない。
何が人気記事の基準だか、さっぱり分からない。

要は、素人(あなたの街のブロガ―さん)を鼓舞することに目的があるのだろう。
(→※ナニ様発言2)

面白いものに出会うには、自分で汗を流して探すしかない。
(→※ナニ様発言3)


長い文章を見る。
ぞっとする。

読む気がしない。

・・・・・・・
ということは、私のブログは、いったいどうなる???
ぞ、ぞ、ぞ、ぞ、、、
やたら長い、しかも、超個人的宇宙から一歩も出ず、共通性、共鳴性ゼロ。

訪問されている方は、
「本日の文字数の多さ、長さ」をチェックされているだけかも?
絶対、そうに違いない。


他人さまのことを考える余裕なし。
今日も、迷走中。


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無の世界

2010-09-14 | 無題
さて、後ろから押されるようにして、パソコンの前に座る。
(誰も押してない・・・)

いつものお馴染みさんのブログを見る。
肩が凝らない、日常の風景。
ふむふむ。頑張っておられるようだ。

ニュースを見る。
受信メールをチェック。
別になんということ、なし。


少し時間の余裕があったら
最大手SNSの、いつものKさんのところにお邪魔する。

昨日、私がコメントを入れた記事に対する、Kさんのコメントをチェック。
いつもながらの意表を突くシュールな反応に、笑わせていただく。

この方、頭が良くて、なかなか高度で難解な感性・知識をお持ちで、
(ある程度、回を重ね、彼の嗜好の法則性を理解すると、案外、単純だったりするけれど)
Kさんにコメントを入れる方々も、ある水準以上の知識があるうえに、
鋭い感性とユーモアあふれるコメントの数々を発せられる。

私はいつも、ひとしきり話題が盛り上がったあと、「祭りのあと」的に
遅刻コメントを入れるのだが、(わざとじゃ、ありません)
幸か不幸か、結果的には、「流れ外してるぶり」「サエナイぶり」が、ゴマかされたようになっている。

知性派に付いていくのは、
絶対的・相対的・知能のギャップに起因する「背伸び」「無理」をしなければいけないので、
天然ぼけを装いながらも(正味、天然ですが)、
実は、ときどき、腰が重かったり、面倒くさかったりする。
でも、それ以上に、目の付けどころが個性的、独創的な面白さは魅力だ。

海外での街の風景にも、
ひとりでゆっくり、ぶらぶら街歩きをしないと見つけられないような
Kさんらしい視点がユニーク。
あと、地球の果ての、超田舎のへき地での悪戦苦闘ぶりが手に取るようにわかり、楽しめる。
(すみません。お仕事、ご苦労様です)

ちなみに、Kさんは、独身だと、私は勝手に想像している。
生活、家庭のニオイが、あまりにもしないので。

美意識、興味、感性に触れるもの、好き嫌い、そのあたりが、はっきりしていて、
今のご職業は天職かも知れない、と感じる。
「鶴の恩返し」の「おつう」さんのように、自分の羽をむしって布地に織り込むような
感性や考えをご自身の身を削って絞り出し、創り上げていくのは、たいそう疲れる仕事だが。

Kさんは、「ブログでは、好きなこと思い浮かべて、頭のリフレッシュしてるだけです」
と仰るかも知れない。
楽しまれているご様子が伝わってくる。

Kさんは、私のブログには1年に1回ぐらい見に来られたらいいほうなので、
恐らく、なにを書いてもご存じないだろうから、好きなように、のびのび書かせていただきました。

と、
Kさんのブログに立ち寄るといっても、ほんの数分。
次に移る。


ブログ村「自分らしさ」の、初めて見る他の人のブログを覗く。
あまり興味なし。

退屈になって、あれこれをキーワード検索して、ググる。
惹かれるもの、なし。

何してるんだ、わたし?

さあ、新規投稿!!と、背中を押される(押されてないって)


エンジンだけふかして、アクセルは滑りっぱなし。
毎日更新する必要もないし、
書きたいことが溜まったら、感情が溢れたら、書けばいいのに
「ネタもないのに更新する必要なし」と、ある日、リアル友に言われ、青菜に塩。


「無」は、「有」への懸け橋。
どんな時間も、どんなことも、
なにも無駄なことなどない、と私は勝手に思っている、
のだが・・・



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バチ当たりな妄想

2010-09-13 | 
かなり近しい姻戚関係の、あるご一家。
とっても、とっても羨ましい。

他人を羨ましがっては、いけません。
「隣の芝生は青い」のは、世の常。

しかし、何故、羨ましいかと言うと・・・

私が、こうだったらいいな、こうしたいな、楽でいいな。。。。。
そういう現象、行動、生活をされている。
あまり近くなければ、詳しく知らないので、心もちりぢりに乱れないのだが
悲しいかな、ごくごく近くで行動されているので、生活が手に取るようにわかる。


まず、娘さん。
未婚、OL、実家暮らし。
お勤めが長いので、ある程度、経済力もあり、肩身の狭い家事手伝いとは異なる。
長期休暇を取り、ご両親と仲良く、ご一家で頻繁に海外旅行などにお出かけ。
独身アラフォーに対する世間の風を、お父様が、しっかり盾となって遮っておられる。
御親戚のうるさ方の人にも、ちゃんと娘さんの生き方を援護し、真正面からフォローなさる。
こじんまりまとまった、結束の強いご一家。
特に母娘は、一心同体、なかよし、こよし。。。


本来、子供たちが独立して家を出た後は、年寄り二人、寂しくひっそり、
緩和役のいないギスギスした寒い家庭に、お互い、冷戦、家庭内別居もありえる。
そんな身を切られるような、かわいい娘さんとの別離もない。

娘さんの他にも、ご長男ご一家(別居、お子さん、あり)も、おられるので、
将来は、娘さん一人で、老親を見なければいけない緊迫感、重圧感、肩の荷の重さもない。

ただ、あと20年もすると、娘さんは定年、
日々、高齢のご両親との生活は、今とは違うものになっているだろう。
とすると、今がよくても、将来は???


次。
周辺事情と、経済事情。
生まれながらの運命・宿命により、経済的には恵まれ、豊かな老後。
しかし、通常は義務と権利がセットなのに対して、
負うもの、守り継承しなければならない重いものもなく、限りなく気楽、身軽な身の上。

奥さんにしてみると、お舅さん、お姑さんも、いないので、気を使わなくていい。
もちろん、介護の必要もなし。束縛されるものは、なにもない。
受け継がなければならない、面倒な諸々もない。

いいなーーーー。
羨ましいなああああ。
「権利」だけ享受、「義務」は、なし。


負担や義務のない、自由を謳歌。
自分たち家族のことだけを考えて暮らせばいいんだから。
他の家には、ちょいちょいと、お客さんみたいに訪ねて行けばいいだけ。


(さて、このあたりから、妄想が膨らむ・・・)

この「義務」というものがクセモノ。
田舎の風習、因習、ならわし。ひつっこく、やたらご丁寧なお付き合い。(冠婚葬祭)
その他もろもろ、古くさい、合理的でないことが、いっぱい。
とっとと、田舎を離れ、町に居を構えた、このご一家には、そんなものは付きまとわない。
田舎に残り(または、Uターンし)、跡を取る者に課せられた重責。
田舎の長男は、当たり前のごとく、愚直なまでに、それを全うしようとする。

そんな田舎の長男と結婚した嫁は、田舎の長男をまた再生。(→息子誕生)
嫁は、激しく心の中で葛藤する。
価値観の相違。
郷に入れば郷に従え?

しかし、郷に入らない選択肢もある。
郷に入らないんだから、郷にも従わない。

ひねりバージョンもある。
郷に入らないで、郷に従う。
都会からの、遠隔操作。
ちょっと現実味に乏しいのが難点。

郷に入り、郷に従わない、というものある。
これは、面倒くさいし、よけいなエネルギーを必要とするから、パス。

姑を看取った後、
息子(できれば、息子夫婦)だけ、ちょこんと郷に入れて置き去りにし、嫁は全力で逃げ出す。
老婆(=嫁)が一人で、郷から必死で逃げ出す先は、老人ホーム?
老人ホームに駆け込むことが、人生の後半の目標とは、いと哀し。
第一、潤沢な資金がないと、理想的な老人ホームには入れない。
それより、姑が嫁より長生きする可能性がある。
姑は、健康オタクだから、自己管理は完璧だ。


そんなことを言うと、またまた罰が当たるに違いない。
今度は、どんな罰?? あなオソロシや。
世の中には、自分のことも、親のことも、自分たちではどうにもできないぐらい、
困っておられる方々もおられるというのに。


「人は、自分のこころを映す鏡なり」

婚家には、そう、3代前のおばあさんが、書き遺した書がある。
いつも、それを見るにつけ、自分のこころの浅ましさ、貧しさに気づく。

別に何も迷惑も被害も被っていないのに、勝手に頭のなかの悪魔が、うろちょろ。
くだらないことを考えないで、
秋空、秋風のように、爽やかに、涼しい気持ちで、毎日を送りたいものだ。



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日本人にも分からない、歌舞伎

2010-09-12 | お出かけ
昨日は、歌舞伎に行った。
新歌舞伎座 新開場記念 杮落し興行 「二十一世紀歌舞伎組 公演」
難波から、上六に新しく会場が移った記念公演のようだ。
新しい商業施設もオープンし、賑わっていた。


ダンスの先輩でもある、経験豊かな人生の先輩M女史に、
歌舞伎を見に行く時の服装の体験談、アドバイスを伺うと、
「皆さん、オシャレして行ってるわよ」とのこと。
おめかしどころか、上質の服もない私だが、暑い時に、まとわりつく服は大嫌い。

ストッキングは、葬式・法要の時のみ着用。
汗ばむ皮膚に、あのチクチク感、引っ張り・ひっ付き・密着感が耐えられない。
(私は、今のところは、女性特有の冷え性とは全く縁がなく、
夏に靴下をはいている人の感覚が、わからない、たまたまラッキーな体質)

着物は、着る気、さらさら、なし。
(和顔なので、着物は似合うタイプだと思うけれど→ど厚かましい? 多分)

目的は、服の披露ではなく、歌舞伎なんだから、
疲れない適当な服で、と思いつつ、あれやこれやと悩む。

今年初頭、尾上菊五郎氏、富司純子氏、プラスご子息 五代目 尾上菊之助氏のパーティに、
場違いな格式のない服装で参加し、
ちぐはぐ感たっぷり、窮屈な違和感を感じた悪夢が甦ってくる。




出発、1時間前に、計画していた服とは別の服にし、バッグもアクセサリーも、ショールも、
一式、それに合わせて揃える。

アルル(フランス)にある、小さなご自分のアトリエで制作された自信作のショールは、
お花が立体的についている独創的なテイストだが、
2枚も買ったのに、1ユーロも値引きしてくれなかったもの。
わあ、やっぱり、これ、あのオーナー・マダムが一歩も譲らなかっただけあって、
素敵、かわいい、ファンタスティック!!と、うっとり。

それとも、ハノイで泊ったソフティル・ホテルのブティックで買った、
どこまでも深い光沢が美しいショールにしようか・・・
どっちも、捨てがたい・・・

そんな甘く切ない、ノスタルジーを感じている場合ではない。


しかし、出発30分前に、季節感を考え、当初、計画していた服にチェンジ。
最初に着ていた服は、汗、びっしょり。
外出もしていないのに、洗濯機行きとなった。
チェンジした服に合わせて、バッグやアクセサリーも、交換。
それらを取りに行ったり、用意するだけで、滝のような汗。

にもかかわらず、出発5分前に、急きょ、やっぱり、前の服がいい、と心変わり。
いやしかし、もう、時間はない。
いったい、どこがおかしい? うーーん・・・
ショート丈のチャコール・グレーのパンツ、これがシワシワなのがダメな理由なんだわ、
と、これだけでも替えよう、と、パール・グレーのパンツに履き替える。
いや、やっぱり、おかしい。またチャコール・グレーに。
ああ、もう、時間いっぱい。

バッグだけ、また替えて、あたふたと、荷物を詰め込んで、走って家を出た。
あ、あの小窓、閉め忘れた・・・!! 
もう、いい。なんでも、いい。

やんや、やんやと汗をかきかき、ばたばた出てきたが
さて、会場。



お知り合いの顔、顔、顔。
まあ、皆さん、業界でご一緒の方ばかり。
そうだ、今日は、ご招待歌舞伎だったのだ。(半額援助、半額自腹)

第一演目を観た後、さっそく、イヤホンガイドを借りた。

入場口手前に、イヤホンガイドが貸し出されていたのがチラリと見えたが、
美術館じゃあるまいし、日本人なのに、イヤホンガイドなんて恥ずかしすぎる・・・と
思い、借りなかったのだが。
女形が美しく舞い踊る場面は、それでよかった。
女性より美しい、舞い、しぐさ。
が、・・・
まるで外国語のようなセリフ、唄?を聞いて、さっぱり、わからん・・・と、
急きょ、ガイドを借りたが、それは大正解だった。

居眠りタイムは、イヤホンガイドを借りに行く直前の数分間?のみで、食い止められた。
(目が覚めたら、知らない場面になっていた)


他の観客の方々をちょいと見ると、イヤホンガイドは借りている人は見かけなかったものの
あっちで、船こぎ、こっちで、船こぎ。
見栄張らずに、こりゃ無理、と判断したら、さっさと借りたらいいのに。
やはり、ある程度のお年にもなると、よけいに抵抗がおありなんだろう。
(若い人も、船をこいでいたが)
ずっと、パンフレット(2000円也)を読みながら、舞台を観ている人もいた。

聞きづらい、分かりにくく難解なセリフを、和訳はしてくれるは、見どころを解説してくれるは、
演出のあれこれを説明してくれ、気付かないことをリアルタイムに手取り足とり?教えてくれるガイドは、
歌舞伎を立体的に、深く、楽しむのに、たいへん良い手助けになった。
歌舞伎初心者の方には、ぜひ、おススメ。

何度も足を運び、セリフまで暗記されているような方は、別だが。
ごひいきの役者がいて、通っておられるような・・・そんな通の方にとっては、
バカみたいと思われるかも知れないが、
通の方でも、歌舞伎関係者や伝統芸能関係者、古典の先生でもない限り、
あんな、何言ってんだかわからないような劇、最初からすんなり理解できるはずがない。

もし、初めて観て、好きだと感じても、内容について大変よくわかった、という人はいないと思う。
なんかわからないけれど、着物がキレイ、とか、節回しや、日本古来の打楽器が好き、とか、
感性、感覚的なことから入ったのだろうと想像する。



幕間に、わらびの里のお弁当を、ばばばと急いでいただいて、最期の演目「黒塚」を観た。
場内を真っ暗にし、光を効果的に使った舞台演出は満点。
ほとんど動きのない動作で、心の内面を表現している、と、イヤホンガイドでは解説されていたが、
あの解説がないと、私は、あくび、100連発だったに違いない。


いやーー、古典は難解です。
日本古来の伝統芸能、衰退することなく維持、発展してほしいと願うが
あれでは、ちょっと厳しいかなあ・・・と。
ビギナーに2回目、3回目と劇場に足を運ばせる、裾野を広げるための工夫・仕掛けが必要だ。


舞台両サイドに、外国劇のように、字幕スーパーのスクリーンを縦長に設置するとか
何か工夫が必要かも。
イヤホンガイドは、最小限度の出費で抑えられる、手っとり早い、優秀なサポートシステムだと感じる。


さて、さて、気になっていた、皆さまの服装。
ぜんぜん、どうってことなかった。
着物の人も2人見かけたが、洋服派も、ごく普通。オーソドックス。
目立つような方には、さほど御目にかからなかった。

人生の先輩、M女史の御言葉は、まるで役に立たなかったが、
気が張る服ではない楽な服装で出かけて、大、大、大正解だった。



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短くて楽しきかな、人生は

2010-09-11 | 無題
今日の「ゲゲゲの女房」
昨日、写真を2枚も使ってしまったので、本日の分、さて、どうしよう。

芝居や芸術に情熱を傾けた、水木しげるの父。
父の叔父もまた、パリで絵画の世界を追求していた。
絵画から漫画へと、ちょっこし変形したが
芸術家の血は、叔父から息子に受け継がれた、と、安心して、あの世に行く父。
家族に見守られながら、自宅で、枯れるようにして息を引き取るなんて、
出来すぎ感はあるものの、ああいった最期を迎えられる人は最高だろう。

自分の果たす役割は終え、すべて見届け、あの世に旅立つなんて、かっこいい。
実際は、そんなにうまくは行かないことが多いけれど。

遺された老妻もいるし、今後、一人身になり、ますます老いていく老妻は、
痴呆症になるかも知れないし、病気になるかも知れないし
家族のお荷物にもなりかねない。

ああやって、先に、この世とサヨナラする、オジイチャンは、幸せだ。
男性の平均寿命は女性より短いのは、神様からの贈り物?
女性に比べて、一人になると生きて行きにくい男性への、先に死なせてあげようという
ちょっとお節介で、マザコンがかった配慮?
太く短く、有事に活躍するように創られた、男性の宿命?

女性は、夫が亡くなった後、しばらくは落ち込んでも、
復活著しく、元気溌剌になっている人を何人も知っている。
いかに、家事をしない老後の夫がお荷物だったか。
夫がいないと、食事タイムに縛られることもなく、自由、気まま。
スポーツクラブでも、夫が待っているからと、夕食の支度にそそくさと帰る老妻たち。
案外、あれが生きがいなのかもしれない。
家で待っている猫に餌をやらなきゃあ・・・の、感覚?
自分という存在が必要とされていることが、生きがいになっているようだ。


子供は成長し、親を追い越し、やがて、老いて衰えた親のことを疎ましく感じる。
老いによる悲しみや、苦労を共に分かち合えるのは、
同じようなスピードで老いていく、夫や同世代の人々かも知れない。
子供や孫は、楽しみではあっても、依存できない。
年が行けば、子供をアテにせず(精神的にも肉体的にも経済的にも)、
自立する道を確保しなければ、生きていけない。
子供のお荷物、ご厄介には、誰もなりたくはない。
(でも、理想と現実は、違うことが常)
だからことさら、元気なうちに、色々用意しておきたいと切願する。


これからは、年寄り仲間を増やして、支えあって生きていかないと・・・
などと言っては、年寄り(老親)を抱える身にしては、順序、気が早すぎるか。
先に、あの老親を、あの世に元気にお送りしなければ・・・

老親は、まだピンピンしていて、自分の年齢を感じ取っていないのは有難いが、
権力やパワーが強すぎる老人は、引退の時機を失っている。
年相応に老人ぶってみても、周りが示す冷たい反応には、いささか気の毒ではある。
いつまでも、権力の座を確保したがるのは、生身の証拠。
生きる源みたいなものだから、そではそれで、いいんじゃないだろうか。
子供のオモチャを取り上げるように、老人から権力や役割を取り上げてしまっては
生気がなくなってしまい、しぼんでしまう。


楽しい人生は、ぱっと終わる。
自分の役割を果たしたら、この世には未練はない。
「老い」という自然の時期が来て、ぱっと散っての人生は、潔い。
あんな風にうまくいかないのが、人生。
その頃には、私は毎朝、毎夕、その日の気分で好きな香りの「お香」を選んで、焚き、
適当で間違いだらけのお経でもあげて、ついでにヘタな写経でもして、心の安定を図ろうか。


そろそろ暑さも峠を越すという。


とはいうものの、まだ暑いさなか、
今日は、歌舞伎に行く。
居眠りしないことを目標に(目標はあくまで低く)、行ってまいります。
さて、何分持つか??? 私の目。




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朝ドラは、のんびり路線

2010-09-10 | 時事&世の中
人は、将来、何になりたいかを考えて進路を選ぶ。
そのためには、専門学校や、職業訓練所、学校を選択し、学ぶ。
学校は進路だけのための無機質なものではなく、
同じ目標を持つ友人たちとの出会いや、語らいも生まれてくるだろう。

NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」では、長女は教師への道を目指し頑張っているが、
高校卒業を目前に、次女は、道を探しあぐねている。

頭が悪いから、大学も行けないし、
学校の進路調査票には、とりあえず、行けそうな短大の名でも書いておこうかと、悩む。
そこに、父は、「焦らんでもいい。自分の好きなことをしたらいい」と、楽天的。
祖父も、同じ。
人生は、短く儚いのだから、好きなことをしていたら、あっという間に終わってしまう、
なんと、楽しく、おもしろきかな、と。



早稲田出身の、このおじいちゃん(キャスト・風間杜夫)は、芸術愛好家で、夢多き人。
銀行を辞め(クビになり?)、後に映画館をオープンしたりするが、経営や仕事のほうは、今ひとつ。
苗字帯刀を許された元武家出身のコワい妻(キャスト・竹下景子)と、いいコンビ。

おっと、脱線。
今月で「ゲゲゲの女房」も、終わりなので、
われわれ年寄りオバサンは、とても寂しい想いをしているに違いない。

それは、そうとして・・・
その次女が、自分の行く道を探すわけだが・・・

長女が教員試験を受けると知った水木しげるが、離島に赴任する可能性もあることを知り
反対する。
こんな、おおらかなアドバイスがあるだろうか?
こんな親がある?
子供たちには、自分の仕事の手伝いをさせようと思っているようだ。


世の中には、会社経営者の御子息の方々に、親の事業の跡を取らせようとする親御さんも多い。
見習いとして、知り合いの同業会社に、勉強に出させることがあるようだ。
私は、それはそれで悪いとは思わないが、なぜ、知り合いの会社に行かせるのか不思議だ。

自分の会社や知り合いの会社より、もっともっとメジャーな大手の会社に入り、
ノウハウや直面するあらゆる前線に身を置き、目の当たりにして立ち向かい、勉強するほうがいい。
と、ここで、ああ、これは、マリー・アントワネット発言になってしまっている、と、自重自戒。

ゲゲゲの次女も、そうだが、
「あたし、勉強できないから、行ける大学もないし・・・」
と簡単に言い、親や祖父も、それをあっさり認める。
できないんじゃなくて、しないだけじゃないのか?
苦手なことは、避けて通っているだけじゃないのか?

したけれど、出来ないし・・・ってこと?
いったい、どれぐらい、したのか?

自分の力や希望に合わせて、自分の人生を決めることが出来るのは、素晴らしい。
あくせくすることもない。
親のプロダクションなり、自営業なり、あとを継げば、どうにか食べて行ける。

親って、そんなイージーな進め方をしてもいいの?
少なくとも、親をアテにしない、時代の流れでどうなるかわからないような今の親の家業、
いつまでも安泰とは限らないのだし・・・

じゃあ、田舎で、第一次産業につき、日本を根っこの所から支える?
国からの補助は少ないし、外国から安い品はどんどん入ってるし、
現金収入がなければ、子供に教育費すら払えないし。

別に、プラスアルファを望まなければ、教育費をかける必要もないのだが。
少子化がこれだけ進行するには、子供一人一人に、思うような教育がしてやれないから。
子供を育てられる、理想の環境が整っていない、と、女性たちが感じるから。

その思いは、人それぞれなのだが、多くの人が、似たような考えを持ったあげく、
少子化の波となって表れている。

(中には、少子化の波に、自分の都合で勝手に乗っかって、育児をせずに、遊び呆け、
個人の自由とやらを声高に叫んでいる人もいるが)


昔は、よかった・・・
そういう一言で、片づける気には、全くならない。
「ゲゲゲの女房」は、私の親の世代の話で、私とは、世代がひと世代違うわけで、
感覚も違って当たり前だろうけれど。

進路の悩み・・・あの扱い・・・私は、納得しないが
所詮、朝の連ドラテレビ、そんなに深刻に迫ってどうすんの?ってことだろうか?
昔のおじいちゃんたちの時代は、こういうかんじで、のびのび、のんびりやってたよ、と、
あっさり、たとえ懐古趣味に走っても、目をつぶってあげようじゃない、と思う。
朝の忙しい時間、そんなに目くじらを立てて、口に泡飛ばして、議論するような
そういう視聴者もいないだろうし、作り手側もそんな意図はないだろう。

いや、「おしん」の時は、影響、大だった(はず)→ちゃんと、見ていないが。

とどのつまり
見る側が、勝手に感じれば、いいことだ。
番組制作者は、話題性があり、視聴率さえ上がればそれでいいのだし。
この番組は、成功したと言える。


向井理クン、最近、ドラマでは、とんと、存在感はないけれど、
それにしても、今月で放映終了は、寂しい。


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知らず知らずに増大するもの

2010-09-09 | 無題
私がよく覗きに行くブログ。

ご自分の生まれや育ちを自慢し、嫁ぎ先のライフスタイルや貧しさをけなす方がおられる。

まだ、お若いのに。
これが、現在の日本なの?と、目を疑う。
実録ルポタージュのようで、リアリティ・臨場感があって、おもしろいのだが。

嫁ぎ先のオバアサンは、これこれ、こんなに貧しい生活をしてきた。
自分のオバアサンはその頃、こんなにモダンで優雅な生活をしていた。
そのレベル、質の差やいかに・・・??

自分は、嫁ぎ先の品のなさ、貧しさが耐えられない。
文化的生活を送って暮らした実家の常識が、あてはまらない。
そう嘆かれる。

そうか・・・深い・・・

逆の立場で、考えてみよう。
家に来た嫁。
なんだか、家のことを小馬鹿にして、蔑んでいるよう。
孫と一緒に食事や、会話、やり取りをしたいだけなのに、嫁は顔をひきつらせて、嫌がっている様子。
うちの可愛い息子(孫)に来てくれた嫁、可愛がりたいのに、なんだかバリアを張って、近寄らせてくれない。
なんでじゃろ? 忙しいんじゃろか?


若いお嫁さんに一言。
嫁ぎ先に全てを合わせろ、不潔な食生活や、衛生感覚まで合わせろ、とは、言いません。
優しい外面のお嫁さんのようですので、
うまく言い訳をつけて、距離をとって生活されていることだとは想像しますが。

嫁の地位が低いのなら、主張すればいい、と、前のブログで書きました。
地位などという問題ではなく、文化程度が合わない、優劣意識ということなら、
また別問題。

それにしても・・・
この若いお嫁さん、あなたは、いったい、お家では、どんな貢献をされているのでしょう?
もし、専業主婦なら・・・???


自分の実家を自慢し、嫁ぎ先を軽蔑する・・・こんな悲しいことはないと思う。
なんじゃらほい?
実家自慢の根拠は?
お金持ちだったって、こと?ですか?
それは、若いお嫁さん個人の力とは、なんの関係もないところのもの。
自慢する筋合いのものではないと思うけれど。
(そんなことを自慢するのは、むしろ恥ずかしい)
いっそ、それなら、あなたのご自慢のご実家に、
都心の新築タワーマンションでも買っていただいて、別居されたらおよろしいんじゃなくって?


私が嫁いで間もない頃、子供たちがまだ赤ん坊だったので、人の手が必要で、
嫁ぎ先にはちょいちょいお世話になった。

嫁ぎ先に毎日遊びに来る、お向かいに住む奥さん(おばあさん?)がおられた。
その奥さんは、私の想像を絶するような、
テレビに出てきそうな、漫画に出てきそうな奥さんだった。
ちりちり大仏様パーマ、金歯ギラリ、
眉毛はないけれど、無理やり眉ペンシルで、好きなラインを自由に作成。
目玉をぎょろり。笑い方も、すごい。
おっほっほ・・・とお笑いになっているのだけれど、あんなにあの笑い方が似合わない方はない。

義母さま、よく、あんあオバサマと毎日、遊んでいられるなあ・・・と、心の底から感心した。
よっぽど、友達がいないのか、便宜上お付き合いしているだけなのか、
どこがよいのか、さっぱりわからない、超田舎のおばちゃんだった。

田舎に行くと(引っ込むと)人材も乏しく、お付き合いする人の数や質も、バリエーションが狭まり、
大変なんだなあ・・・と、私は、おもしろくも、おかしくもない、オバサマ方の会話を聞きながら
とても、不思議な感覚に囚われた。
義母ともあろうお方が、こんなおばちゃんと・・・毎日、お付き合いしていかないと、いけないのか・・・・

ペチャクチャ話の内容も、あり得ないほど、私にはどうでもいいことばかりだった。
あんな話をして、一日、一日、過ごして行っているのかと思うと、むしろ感動した。(悪い意味で)

郷に入れば郷に従え。
義母も、こんな田舎に引っ込んで、こんな生活を余儀なく強いられているのか。
私の将来の縮図??
ありえない・・と、首を強く横に振る私だった。

義母も、義祖母も、姻戚関係の人々も、いい方ばかりで、嫌な思いは全くしなかった。
とても仲のいい、常識のある人々だった。(お世辞でもなんでもなく)
ただ、私には、あの生活は、無理。
あの、田舎の感覚は、無理。
ただ、それだけだ。
誰が良くて、誰が悪い、ではない。
お金がどうのこうの、でも、ない。


話は、うううーーんと、飛んでしまった。

ブログにお立ち寄りの若いお嫁さん、感覚的にはわからないことはないのだけれど、
なんだか、肝心な部分で、違うような気がする。
あなたのご実家が良くて、嫁ぎ先が悪いのではなく、
年代差や地域差、価値観の相違が歴然とあって、
その根本に憎悪が、ででんと、根っこに横たわっている。
それが日ごとに増大していき、一番、厄介なものに成長している。

憎んだり、自慢したり、そういうことじゃないと思う。
目標を同じ目線で見つめて、お互いに力を合わせて努力していけたら、いい。


仮に奥さんのご実家が、金持ちだったとしよう。
ついでに頭も良く優秀な家系で、血筋も良くて、誰もが認める名家だったとしよう。
嫁ぎ先は、貧乏で、学も教養も常識もなく、下品で卑しかったとしよう。
犯罪者を出していないのが、せめてもの救い、ぐらい、すごい家だったとしよう。
この両家で、結婚はありえる?
たとえ、都会で、縁あって若い二人は出会って結ばれたとしても、一時的なこと。
根っこの部分がこんなに違っていて、大丈夫???

まして、奥さんが、夫側の家をこんなに侮辱していて、家庭がうまく行く?
うーーーん・・・私には、わかりません。
夫や妻、当人が人一倍努力しないと、つり合い、バランスの取れない家同士の結婚が
ちゃんと継続するわけがない。


この若いお嫁さんの発言をいつも読ませていただいているが、
首を傾げることが多い。
他人さまのブログは、色々、勉強になる。


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