雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

都道府県対抗女子駅伝

2025-01-12 18:27:00 | 日々これ好日

    『 都道府県対抗女子駅伝 』

   都道府県対抗女子駅伝は 京都が圧倒的な強さで優勝
   他にも 高校女子サッカー 高校女子バレーの
   決勝も行われ 寒さで巣ごもりしている身には
   楽しい一日だった
   小寒の間の頃が 一番寒いともいうが 今年は雪も多い
   明日は成人の日 天候も行事も 穏やかであって欲しい

                   ☆☆☆
   

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中関白家の姫たち ・ 望月の宴 ( 132 )

2025-01-12 08:17:36 | 望月の宴 ④

     『 中関白家の姫たち ・ 望月の宴 ( 132 ) 』


ところで、東宮(居貞親王)の一の宮を式部卿宮(敦明親王)と申されるが、広幡の中納言(藤原顕光)は現在では右大臣であるが、承香殿女御(ショウキョウデンニョウゴ・一条天皇女御元子)の御妹の中姫君(顕光の二女延子)に、この式部卿宮を婿にお迎えになった。
なんとまあ、古風な婚儀だと式部卿宮はお思いであったが、決してそれほどではなく、ごく無難な御有様であった。右大臣殿も若い頃からこれというほど目立つことはおありでなかったが、立派な方と評判の高かった閑院の大将(顕光の異母弟の朝光。兄を越えて昇進したが、45歳で正二位大納言で死去した。)は、大納言でお亡くなりになってしまったが、この殿は、このように長生きなさったので(この時67歳)、大臣にまでおなりになったのであるから、それも立派なことである。

式部卿宮は、この結婚にそれほど期待を寄せていらっしゃらなかったようだが、まったく思っていなかったほどに女君は美しく、ご気性も申し分なく、万事につけ不満もなく、夫婦の間の愛情は睦まじい様子なので、現在は、姉の承香殿女御をこの上ないお方として大切になさっていた父の大臣も、式部卿宮の北の方となった妹を大切なお方とお思いである。
式部卿宮も、もともとはたいそう浮気なお方でいらっしゃるが、この女君を、目下のところは心からお気に入られているので、まことに思いがけないことだと人々は取沙汰している。

かの帥殿(伊周)の大姫君のもとには、現在の大殿(道長)の高松殿(明子)がお生みになった三位の中将(頼宗)がお通いになっているとか、世間で噂されている。別に悪いことではないが、殿(伊周)がお考えの戒めには添わないことではある。
中将はたいそう好色なお方で、お見受けした女性をそのまま見過ごすことがないといった具合で、あちらこちらの御方々に仕える女房などにも声をかけたり、子さえお生ませなったりされているが、この大姫君のもとにお通いになり始めてからは、これまでとはまるで違うお心持ちのようだが、やはり、折々に他の女性との密会が止まないのは、どうも好感が持てないことである。
それでも、真剣にこの大姫君を愛していらっしゃって、一心にお尽くしになられたので、お仕えしている女房方は感激して涙し、姫君自身も手厚い心遣いに気後れなさるほどであった。
母北の方は、もともと中の君の方を可愛がっていらっしゃったので、何事につけ大姫君の婿殿には関心が薄いようにお見受けされた。

中の君には、中宮(彰子)から度々の出仕へのお誘いがあったが、亡き父帥殿(伊周)のご遺言が次々と破られていくことが悲しく、ただ今はとてもその気になれないご様子だが、見苦しくない程度の宮仕えならば応じてもよいかとお思いになっており、お労しいこととお見受けされる。
哀れなるこの世の中は、寝ている間に見る夢にも劣らぬ有様である。

       ☆   ☆   ☆

 

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鏡開き

2025-01-11 18:18:51 | 日々これ好日

      『 鏡開き 』

   今日は 鏡開きということで
   ぜんざいを頂きました
   わが家の鏡餅は 市販されているプラスチック製なので
   文字通り 鏡餅を開いて 小餅を取り出して頂いた
   正月気分が抜けきれないうちに 三連休がやってきて
   早くも 成年式のニュースも 伝えられている
   寒さと大雪が厳しいが 晴れやかな三日間であって欲しい

                  ☆☆☆
   

 

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安倍晴明という陰陽師 ・ 今昔の人々

2025-01-11 08:01:03 | 今昔の人々

     『 安倍晴明という陰陽師 ・ 今昔の人々 』


天文博士である安倍晴明という優れた陰陽師がいた。
幼い時から、賀茂忠行という陰陽師に師事してその道を学んだが、その才能はただならぬものであったという。
多くの逸話が伝えられているが、その幾つかを紹介しよう。

晴明がまだ若かった頃、ある夜のこと、師の忠行が下京の辺りに出掛けたが、晴明はその供をして車の後ろを歩いていた。忠行は車の中ですっかり寝入っていたが、晴明がふと前方を見ると、何とも恐ろしい鬼どもがこちらに向かってくるのが見えた。牛飼いに見えなかったが、晴明には百鬼夜行を見抜けたので、すぐに忠行を起こして伝えると、忠行は鬼どもがやって来るのを確認すると、術法でもってたちまち自分たちの姿をすべて隠し、無事に鬼どもを行き過ぎさせることが出来た。
これによって、忠行は晴明を特に可愛がり、あらゆる法を教えたが晴明も期待通りに受け継いでいった。そして、この道の一人者として公私にわたり重用されるようになった。

ある時、晴明の邸に、一人の老僧が訪ねてきた。十四歳ほどの童を二人連れていた。
「どういうお方でしょうか」と晴明が尋ねると、
「私は播磨国の者でございます。ご高名をお聞きして、ほんの少しお教え願いたくて、やって参りました」と老僧が答えた。
晴明は心の内で、「この法師は、この道でかなりの腕前のようだ。私を試そうとして来たようだ。このような者に試されて、まずい結果になるのもおもしろくない。反対に、少しなぶってやろう」と、いたずら心が起きて、「法師の供をしている童は識神(シキジン・式神とも。陰陽師に使われる下級の精霊。)であろう。もしそうであれば、ただちに隠してやろう」と思うと、心の内で念じて、袖の内に両手を入れて、印を結び、密かに呪文を唱えた。
それから法師に答えた。「分かりました。ただ、今日は時間がありませんので、後日よき日を選んでおいで下さい。何でもお教えしましょう」と。
それを聞くと法師は、喜んで帰っていった。
しばらくすると、法師が戻ってきて、邸のあちこちを探している。それから、晴明の前にやってきて、「私の供の童二人がいなくなりました。それを返していただきたい」と言った。
晴明は、「おかしな事を申される。私があなたの供の童を取ったりするものですか」と答えた。そこで法師は、晴明の術によるものと気付き、試そうとした無礼を詫びたので、晴明が術を解くと、二人の童は外から走ってきた。
法師は、「昔から、識神を使う人は大勢いますが、人の使う識神を隠すことが出来る人は聞いたことがありません」と言うと、ぜひ弟子に加えてくれと申し出た。

また、別の事であるが、広沢の寛朝僧正と申す方の僧房でお話を伺っていた時、若い公達たちも同席していて、晴明にいろいろと話しかけ、「あなたは、識神を使われるそうですが、即座に人を殺す事も出来ますか」と尋ねた。
晴明は、「いえ、そう簡単に殺す事など出来ません。しかし、少し力を入れさえすれば必ず殺す事が出来ます。虫などはごく簡単に殺せますが、生き返らせる方法を知りませんので、無益な殺生は避けています」と答えた。
ちょうどその時、蛙が五つ六つばかり池の辺りで飛び跳ねているのが見えた。
一人の公達が、「では、あの蛙を一匹殺して見せて下さい」と強く申し出た。
「罪作りなお方だ。そこまで仰せなら、試してみましょう」と言って、草の葉を摘んで、呪文を唱えながら蛙の方に投げると、草の葉が蛙の方に向かっていったかと思ううちに、蛙はぺしゃんこになって死んでしまった。
これを見ていた僧たちも公達たちも、真っ青になって震え上がった。

この晴明は、邸の中に人のいないときは、識神を使っていたらしい。誰もいないはずなのに、蔀が上げ下げされ、門が閉ざされたり開けられたりした。こうした不思議な事がたくさんあったという。
その子孫は今も朝廷に仕えていて、重んじられている。その邸は今も伝えられているが、つい最近まで識神の声らしいものが聞こえたと言っている。

このように、安倍晴明にまつわる不思議な話が多く伝えられているが、どうやら、大変な能力を持った陰陽師であったようだ。

     ☆   ☆   ☆
  ( 「今昔物語 巻二十四の第十六話」を参考にしました。)
 

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カーター元米大統領の国葬

2025-01-10 18:49:58 | 日々これ好日

   『 カーター元米大統領の国葬 』

 カーター元米大統領の 国葬の様子が伝えられていた
 バイデン大統領、トランプ次期大統領など
 生存している元大統領全員が 参列したそうだ
 日本からは 菅元首相が参列した
 バイデン大統領が 故人の『人格』を称える弔辞を述べたが
 現職大統領ということではなく カーター元米大統領と
 親交が深かったことから 遺族からの依頼があったからだそうだ
 それと あと二人の弔辞が 読み上げられたが
 それは 親交が深かった フォード元大統領とモンデール元副大統領のもので
 共にすでに亡くなっているが 生前に家族に弔辞を託していたそうで
 それが 読み上げられたそうだ
 カーター氏の 『人格』が偲ばれる国葬だったのだろう・・・

                     ☆☆☆

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言いたい放題 ・ 小さな小さな物語 ( 1842 )

2025-01-10 07:59:54 | 小さな小さな物語 第三十一部

年末年始の九連休とやらを終えて、社会が動き始めました。
ただ、今年は北国を中心に広い範囲で大雪に見舞われていて、一部の地域には警報も出されています。多難な船出のような気がしないでもありません。
一方で、経済団体新年祝賀会では、有力会社の社長などから、賃上げに対して前向きであるなど、概ね強気な姿が見受けられたように思います。
石破首相も、トランプ氏との面談は大統領就任後に延びたようですが、国際会議を除けば、初の外国訪問先として、マレーシア・インドネシアを選び出発しました。外交の成果は、そうそう即効性がある物とは思わないのですが、アセアン諸国との連携は非常に重要と考えられ、パフォーマンスではなく、地道な相互信頼を積み上げて欲しいものです。

ここ数年、ロシアによるウクライナ侵攻に代表されるように、各地での紛争が増加しているように思われます。また、銃火を伴うような紛争に至っていないまでも、かなり危険性が高まっているのではないかと懸念される地域も、その深刻さを増しているような気がします。
そうした国際情勢の中、いよいよ米国では、トランプ氏が大統領に就任します。すでに、大統領同然の発言が多数見られますが、正式に就任すれば、様々な発言していることに対して、どの程度具体的行動を取るのか、興味津々といいますか、戦々恐々といいますか、遠く離れた外野席からでも、その一挙手一投足が気になります。

トランプ氏は、大統領選挙に勝利すると同時に、現職大統領を上回るような存在感を示しています。
伝えられている、よく知られた発言だけでも、「ロシアとウクライナの戦争は、就任後24時間で終らせる」「中国ばかりでなく、カナダ・メキシコに対する高額関税、さらにすべての国に対して関税を課し国内産業を守る」「カナダを51番の州にする」「グリーランドを売り渡せ」「パナマ運河の管理を取り戻す」等々、相当思い切った、それも乱暴な、あるいは荒唐無稽と表現したいものまでも入っています。
この中に、わが国に関するものはありませんが、当然、これらに近い要求は覚悟をしておく必要があるかもしれません。
どれもこれも、どこかまで本気なのかと首を傾げますが、トランプ氏が発言すると、「冗談でしょう?」と言えないところが、何とも不気味です。それに、米国には、かつて、モンロー主義を唱えたり、アラスカをロシアから買い取ったという過去を有しているだけに、とても見過ごすことなど出来ないような気がします。

よく目にする言葉ですが、「私たちは、それぞれがそれぞれだけの物差しを持っている。そして、常に自分の物差しだけが正しいと思っている」と、多くの人が似たような言葉を残しているようです。
おそらく、そうした言葉を言い残した人は、「自分は公平だが、あいつは、自分勝手な主張ばかりする」といった気持ちから書き残したのではないかと思うのです。少々、性格の悪さが出てしまったかもしれませんが・・・。
いずれにしても、日常生活においても、このような経験をすることはよくある事ですが、時には、スルーしてみたり、涙を飲んで受け入れたり、強引に自分の物差しで決着させたものの苦い物が残ったりと様々ですが、何とか折り合いをつけ合うことが出来る人同士が、辛くも付き合いを続けられているのだと思われます。
ただ、これが、国家同士となりますと、なかなか深刻です。
どうやら今年は、そうした場面が数多く登場する年になりそうな気がしてなりません

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大寒波襲来

2025-01-09 18:10:39 | 日々これ好日

     『 大寒波襲来 』

   予報通りの 大寒波襲来となった
   大雪の地域からは 交通事故などの被害も伝えられている
   当地も 早朝は雪の予報だったが
   雪を見ることなく 冷たい雨で 日中は晴れ間が多かった
   しかし 今シーズンで 一番寒い一日になった
   日本海側を中心に なお大雪が予想されているので
   くれぐれも ご無理なさらないで下さい

                    ☆☆☆

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二条の姫君  ご案内

2025-01-09 08:00:48 | 二条の姫君  第一章

       二条の姫君  ご案内

時は鎌倉時代、鎌倉政権下の宮廷において、公卿の姫君として生まれ、上皇と結ばれながらも波乱の生涯を送った女性・・・
古典をベースにさせていただいた作品です。
少々長い作品ですが、ご一読いただきたくご案内申し上げます。

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賃金上昇時代到来か?

2025-01-08 18:59:21 | 日々これ好日

     『 賃金上昇時代到来か? 』
 
    今年も かなりのベースアップが 期待出来そう!!
    経済団体新年祝賀会で 多くの経営トップが表明
    但し わが国を代表するような 企業が多く
    さて 中小企業の多くも 追随出来るのだろうか
    それ以外にも 恩恵を受けるよりも
    物価の上昇だけが ボディブローのように
    ダメージを受けている人々も多い
    さて 今年の 庶民の幸福度や如何に??

                ☆☆☆ 

   

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朝川渡る ・ 万葉集の風景

2025-01-08 08:00:24 | 万葉集の風景

       『 朝川渡る ・ 万葉集の風景 』


 人言を 繁み言痛み 己が世に
        未だ渡らぬ 朝川渡る

          作者  但馬皇女

( 巻2-116 )
     ひとごとを しげみこちたみ おのがよを
             いまだわたらぬ あさかわわたる

歌意は、「 人の噂が あまりにうるさくわずらわしいので わたしがこれまで 渡ったことのない 朝川を渡っています(涙を流しています) 」
朝川は、浅い川のことのようです。つまり、浅い川は徒歩で渡るので、袖が濡れる・・涙で袖が濡れる、ということのようです。


* 作者の但馬皇女(タジマノヒメミコ・ ? - 708 )は、天武天皇の皇女です。母は、藤原鎌足の娘です。
掲題の題詞には、「 但馬皇女、高市皇子の宮に在す時に、ひそかに穂積皇子に接(ア)ひ、事既に形(アラ)はれて作らす歌一首 」とあります。
この題詞は、実に多くのことを伝えてくれています。

* 高市皇子( 654? - 696 )も穂積皇子( ? - 715 )も、異母兄にあたる人物です。穂積皇子と但馬皇女の生年が不詳ですので年齢関係が良く分りません。ただ、穂積皇子は第五皇子ですので、他の皇子の生年から推定して、676 年か少し前と考えられ、但馬皇女もその前後と推定できます。その前提に立てば、高市皇子は、但馬皇女より20歳ほど年長ということになります。

* 高市皇子は、壬申の乱においても父(大海人皇子=天武天皇)の片腕として働いており、兄弟姉妹たちの中で抜きんでた立場であったと考えられます。
そこで、「但馬皇女、高市皇子の宮に在す時」をどう解釈するかですが、多くは、妻の一人であったと推定しているようです。時期など分りませんが、但馬皇女が十代半ばの頃の事ではないでしょうか。そうだとすれば、養女のような形で世話をしていた可能性も考えられます。
いずれか分りませんが、但馬皇女は穂積皇子と恋に落ちます。高市皇子が生前の時ですから、おそらく二人とも十代だったのでしょう。

* 二人の一途な恋物語は本稿では割愛いたしますが、忍ぶ恋が周囲に漏れて噂となり、但馬皇女は、まるで開き直るように「朝川渡る」決断をしたのです。「朝川渡る」には歌意にあるような意味が秘められているのでしょうが、但馬皇女は、まさに、浅いとはいえ流れの速い川を必死になって渡って、穂積皇子のもとを目指そうとしたのだと思うのです。
切なくも必死な皇女にエールを送りたいような気がするのです。

     ☆   ☆   ☆

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