雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

エリザベス英女王の御葬儀 ・ 小さな小さな物語 ( 1579 )

2023-02-02 15:17:40 | 小さな小さな物語 第二十七部

「エリザベス英女王の御葬儀が間もなく行われる」というニュースを見ながら、この記事を書いています。
今月8日に、滞在先のスコットランドのバルモラル城で逝去されたエリザベス英女王につきましては、その生涯やエピソードなどが詳しく報じられていました。25歳で即位され、在位が70年7月に及ぶ期間は、まさに第二次世界大戦後の歴史を見守られていたかに見えます。
「君臨すれども統治せず」という言葉がありますが、英国の政治体系を語る時によく耳にしますが、とはいえ、政治に直接関与しないといっても、その動向は国民の多くが注視しており、今なお君主を兼ねている国家もあり、旧宗主国も含めて、様々な面で無意識で過ごすことは出来ないでしょう。
また、イギリスという国家が、第二次世界大戦により大きな痛手を受け、その立て直しという課題は、女王としての苦難もあったのではないでしょうか。また、家族や一族のスキャンダルもあり、またそれを、面白おかしく報道されるという時代の流れに胸を痛められることもあったのではないでしょうか。

しかし、逝去されてから葬儀が行われる本日までの、国民の多くの方々や、世界各地からのニュースを見ますと、エリザベス女王の偉大さが浮かび上がってきました。
逝去から葬儀に至るまでの諸行事の様子は、伝えられるその一端だけでも、映画のシーンが薄れてしまうほど感動的なものでした。
また、14日から始まった市民の弔問は、一時は25時間待ちとも言われるほどの列を成し、その長い時間を、国民の方々は、女王と最後のお別れが出来ると感動しながら並んでいる様子は、衝撃的な姿でした。

まもなく始まる葬儀には、世界各国の元首や首脳の参加は500人に及ぶと伝えられています。
わが国からは、天皇 皇后 両陛下がご参列なさいます。両陛下におかれましても、イギリスは特別ご関係の深い国だと報じられていますので、意義深いことと察しられます。
エリザベス女王の戴冠式には、皇太子時代の上皇さまが参列なさっていることも、いっそうの親しみを感じてしまいます。
亡き女王のご冥福と、チャールズ新国王の弥栄をお祈り申し上げたいと思います。

イギリスもわが国も、「立憲君主国」とされているようですが、当然その形体には大きな違いがあります。
世界には多くの「王国」が存在していますが、そうした国の多くも「立憲君主国」とされています。
ただ、一口に立憲君主国と言っても、その形態は様々のようです。長い伝統を誇るわが国の皇室ですが、昨今、いくつかの問題も浮上しています。特に、女性天皇、あるいは女系天皇の是非を巡っては、なかなか意見の調整は難しそうです。
とはいえ、私たちの国家が「立憲君主制」を守っていく上では、この問題は解決させなくてはならないことでしょう。
余談になってしまいましたが、間もなく、エリザベス英女王の葬儀が始まります。報道によりますと、世界中で40億人がテレビ放映を見ると言われています。私もその一人として、台風の風雨の音に怯えながら、厳粛な儀式を拝見させていただきます。

( 2022.09.20 )

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秋の夜長 ・ 小さな小さな物語 ( 1580 )

2023-02-02 15:16:38 | 小さな小さな物語 第二十七部

今日は「秋分の日」に当たります。
秋分の日は、秋のお彼岸でもあり、お墓参りに行かれる人も多いことでしょう。
お彼岸の由来を考えれば、当然仏教行事ということになるのでしょうが、お墓参りなどに行かれる人も、宗教がどうのと言うより、ご先祖供養といった意味合いが強いのではないでしょうか。
また、世界の多くの地域で栄えていたと考えられる古代文明は、ほとんどが天文に関する高い知識を有していたようです。当然、太陽の運行から春分の日や秋分の日を昼と夜とが等しい日として、特別視していたのではないでしょうか。それは、仏教が誕生するより遙かに遡る頃の事でしょうから、彼岸といったような認識はなくとも、大切な日とされていたのでしょう。

俳諧の世界では、「彼岸」と言えば春のお彼岸のことを指し、秋の場合は、「秋彼岸」とか「後(ノチ)の彼岸」とか言うようです。
因みに、表題にさせていただきました「秋の夜長」もそうですが、秋の文字が入った季語には美しい言葉がたくさんあります。「暮れの秋」「今朝の秋」「行く秋」「長き夜」など、歌が詠めない私ですが、何となく詩情が湧いてくるような気がします。
ただ、これは何かで読んだ記憶なのですが、短歌を詠む場合には、「秋の夕暮れ」という言葉は避けた方が良いそうです。清少納言は、かの枕草子で『秋は夕暮。・・・』と書いていますように、秋の夕暮れがすばらしいと古来認められていることで、少々出来が良い程度の歌では、「秋の夕暮れ」を使うのは百年早い、と言うことらしいのです。

ここで、自作の秋の詩などを紹介させていただくと格好が良いのですが、力及びませんので、大好きな有名な俳句を七首紹介させていただきます。
『 秋深き 隣は何を する人ぞ 』 松尾芭蕉
『 この道や 行く人なしに 秋の暮れ 』 松尾芭蕉
『 荒海や 佐渡に横たふ 天の川 』 松尾芭蕉
『 月天心 貧しき町を 通りけり 』 与謝蕪村
『 名月を とってくれろと 泣く子かな 』 小林一茶
『 露の世は 露の世ながら さりながら 』 小林一茶
『 肩に来て 人懐かしや 赤蜻蛉 』 夏目漱石

さて、秋分の日を過ぎますと、一日一日夜の時間が長くなっていきます。「秋の夜長」という言葉は、一般的に、明日から立冬(今年は11月7日)の前日までの期間を指すようです。
日が短くなっていくことによって、家の中にいる時間が長くなっていき、生活パターンが少しずつ変化していくことを指しているのでしょうが、人工の光があふれている現代においては、その変化を感じることはほとんど無いかもしれません。
しかし、もしかすると、太古の昔から脈々と受け継がれている私たちの体内時計は、意外にしっかりと季節の変化を刻んでいるのかも知れません。
せっかくの「秋の夜長」です。読書もいいでしょう。日頃親しむことが少なくなった名曲に接してみるのもいいでしょう。そして何よりも、もしかすると減少気味になっているかも知れない人との会話を、ほんの少しだけ増やしてみるというのは如何でしょうか。

( 2022.09.23 )

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小さな小さな物語 目次

2023-02-02 12:54:58 | 小さな小さな物語 第二十七部

        小さな小さな物語  目次


     NO.1581  近くて遠きは
        1582  国破れて山河あり
        1583  人と人との間は微妙で複雑
        1584  後になり先になり
        1585  対立なき安定

        1586  環境を変える
        1587  心して降りよ
        1588  数打ちゃ当たる
        1589  物価上昇と生活防衛
        1590  賞味期限は食品に限らない

        1591  夜目遠目笠の内
        1592  避けられる事故もある
        1593  大いなる旅路
        1594  『心の内』を計る天秤
        1595  いつか来た道

        1596  逢魔が時
        1597  わが国の立つ位置
        1598  母なる海
        1599  サッカーW杯カタール大会始まる
        1600  使われないクレパス

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

近くて遠きは ・ 小さな小さな物語 ( 1581 )

2023-02-02 12:54:16 | 小さな小さな物語 第二十七部

賛否両論が治まらない中で、安倍元首相の国葬は無事終了しました。
国葬となったために、故人を弔うという面が軽視されているような気がして、余りにも政争の具となってしまったことは残念ではありました。
個人的には、テレビ放映されているものを見せていただいた限りでは、感動する部分も幾つかあり、他国からも多くの方の参列をいただき、弔問外交が目的ではないとしても、わが国を知っていただく機会になったことは間違いないでしょう。
ただ、残念なことの一つは、海外メディアが、このニュースを紹介している中で、「日本国が二分されることになった」と言ったことを述べられていたことです。

確かに、長い列に黙々として並んで献花台に向かっている人々の映像と、国葬反対とプラカードを掲げて行進する人々を報道するのを見ると、国家が分裂に向かっていると見る外国人がいても不思議ではないのかもしれません。
それは、何も外国の放送に限ったことではなく、わが国のテレビにおいても、同様の発言をされているコメンテーターも少なくないようですし、ある人がこのような発言もしていました。
「献花台に列を成している人たちと、国葬反対のデモを行っている人たちを両極端だとすれば、その他の人はその間のどこかに位置していることになる」といったような発言でしたが、なかなか面白い見方だとは思いますが、少し違うような、と言うより、かなり違うような気がします。
この両極端という意味は、いわゆる右より左寄りというニュアンスが感じられました。そこまでではないとしても、国葬を行うことに対して、賛成と反対の意見を強く持っている人たち、という程度のことは含まれると感じました。
しかし、国民の行動はそれほど単純なものではないはずです。

『遠くて近きは、男女の仲』という名言があります。『近くて遠きは、田舎の道』という苦笑が浮かびそうな名言もあります。
かの清少納言は、『枕草子』の中で、この二つについて書き残してくれています。
「近くて遠いもの」
☆ 宮のべの祭。
☆ 思はぬはらから、親族の中(仲)。
☆ 鞍馬のつづらをりといふ道。
☆ 師走のつごもりの日  睦月の一日の 日のほど。
「遠くて近いもの」
☆ 極楽。
☆ 船の道
☆ 人の中。
如何でしょうか。私たちと感性はほとんど差がないように思われませんか。

清少納言が述べていますように、人と人の中(または仲)は、時には「近くて遠いもの」になり、時には「遠くて近いもの」になるようです。
それは、何も人間関係に限ったことではなく、国家間でも言えることですし、私たちの心の中で渦巻く葛藤さえも、そのような気がするのです。
主張や意見が一致しない人との付き合いは緊張を強いられるものです。人間ある程度齢を重ねますと、身についた匂いやしがらみは、多かれ少なかれあるものです。他人様のそうした物を可能な限り受け入れ、自分にも同様の色が付いていることを認識して、近くにある人とうまく接することも知恵の一つだと思うのです。
今回の国葬に関して、まるでわが国が二分しているかのように言われるのは、まことに片腹痛いことです。わが国は、行き過ぎの感があるほどの自由の国です。発言も行動も、法律ぎりぎりまで主張することが容認されている国家です。しかし、同時に、互いが互いの立場を受け入れるだけの度量を持った人が少なくない社会だと思うのです。願望も含めてですが。
今回の国葬に関する意見対立ぐらいで、国家が二分していると言われることは、少なくとも一部の人には、私たちの度量はその程度だと思われていることだと思うのです。まだまだ、私たちの社会の力は弱いということなのかもしれません。

( 2022.09.29 )


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

国破れて山河あり ・ 小さな小さな物語 ( 1582 )

2023-02-02 12:53:19 | 小さな小さな物語 第二十七部

『 国破山河在   国破れて山河あり
  城春草木深   城春にして草木深し
  感時花濺涙   時に感じて花にも涙をそそぎ
  恨別鳥驚心   別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

  烽火連三月   烽火(ホウカ)は三月に連なり
  家書抵万金   家書は万金に抵(ア)たる
  白頭掻更短   白頭を掻けば更に短く
  渾欲不勝簪   渾(ス)べて簪(シン・かんざし)に勝(タ)へざらんと欲す 』
これは、杜甫の「春望」という有名な詩です。

「 国破れて山河あり 城春にして草木深し 」という部分は余りにも有名ですが、私たちの心に強く訴えるものがあります。
杜甫は中国・唐の詩人ですが、わが国で広く知られている詩人の一人だと思います。
この詩は、757年の春に、長安城内で詠まれたものです。
中国のこの時代の文人や学者の多くがそうであったように、杜甫も長く求職活動に苦しみ、ようやく、長安の「右衛率府冑曹参軍」という官職を得ることが出来ました。武器庫の係長といった職務のようですが、後の経緯を見ますと、それほどの地位ではなかったようです。
ところが、職を得ることが出来た事を伝えるために、奉先県の家族のもとに赴いた755年11月に、安史の乱と呼ばれる大乱が勃発しました。反乱軍は20万人とも言われる大軍で、遂には長安も占領しました。
この間、杜甫は家族とともに戦乱を避けていたようです。
756年6月には、玄宗皇帝は宮廷を脱出、あの楊貴妃が悲劇の死を遂げるのはこの混乱の中でのことでした。玄宗は失意のうちに退位し、皇太子が粛宗として後を継ぎました。
杜甫は、粛宗のもとに馳せ参ずるつもりで家族から離れて旅立ちますが、その途中で反乱軍に捕らえられ長安に送られました。
長安では、捕虜とはいえ、微官なのが幸いしてか、城内であればほぼ自由に行動できたようです。城内と行っても城塞都市ですから、9.7km×8.7kmといった広大な地域です。掲題の詩は、こうした環境下で詠まれたようで、この詩作から間もない頃に、杜甫は長安を脱出したようです。

「国破れて山河あり」
この一節は、今もなお私たちに切なく語りかけてきます。杜甫が詠んでから千数百年の時が流れていますが、今もなお私たちは、何ら変わることのない人間の営みを見せつけられています。
「城春にして草木深し」
そうした中で、自然の営みだけは、人間の浅はかな行動などに何の影響も受けることなく春を迎えていると、杜甫は詠んでいますが、果たして現代の戦争は、自然さえも歪めるほどの冷酷さを有しているように思えてなりません。

杜甫がこの詩を詠んだのは四十五歳の頃でした。詩の後半部分では、家族からの便り(家書)を何よりも大切な物として待ちわび、白髪が更に短くなり、冠をとめるための簪を刺すことに耐えてくれと切望するあたり、何とも人間らしさが伝わってきます。
国破れれば、数百万、数千万の人々が難儀を背負い、現代の戦争は草木さえ長い期間にわたって姿を消すことになるでしょう。
そして、正義の為と多くの人に犠牲を強いたとしても、やがては、簪を刺すことさえもままならなくなることを、私たちはもう少ししっかりと学ぶ必要があるように思えてならないのです。

( 2022.10.02 )

 

 

   
 
            

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人と人との間は微妙で複雑 ・ 小さな小さな物語 ( 1583 )

2023-02-02 12:52:24 | 小さな小さな物語 第二十七部

「『人』という文字は、互いに支え合う姿を表現している」「人は一人では生きていけない。『人』という文字は、それを表している」といった話を、お聞きになったお方は多いのではないでしょうか。
なかなか味のある教訓です。この言葉に語源のようなものがあるのかどうか知らないのですが、相当昔から使われていたようです。かつて、ある人気ドラマで使われて有名になったようですが、小学生の頃に、先生や両親などから聞かされた記憶があるお方も少なくないかも知れません。

ご承知のように、この『人』という文字は、甲骨文字の一つです。それぞれの「漢字」は様々な経路を経て誕生しているようですが、甲骨文字は、いわゆる絵文字から発展した文字で、ごく初期の絵文字からは、かなり抽象化され、いわゆる漢字に近付いている文字とされています。
甲骨文字は、中国最古の王朝とされ殷(イン・「商」とも呼ばれる。)の時代の遺跡から出土する亀の甲羅や牛などの骨に刻まれている文字のことを指します。
殷は伝説上の国家と表現されることがあるようですが、間違いなく存在した王朝です。その誕生は、紀元前17世紀の頃とされ、紀元前1046 年に周(西周)によって滅ぼされています。殷という王朝名は、この周王朝の記録にあるもののようで、殷自体の記録の中には「殷王朝」の表現は見当たらないそうです。また、「商」と呼ばれることがあるのは、殷とされる王朝の末期頃の都が「商」であったことからのようです。
そして、この殷においては、亀の甲羅や牛などの骨に占卜を行うに当たって、文字が刻まれていることが多かったようで、そこから、現在私たちもお世話になっている漢字の一部が誕生していったのです。もっとも、発掘された物から、相当膨大な数の文字が見つかっているそうですが、解明されている文字は20%にも及ばない程度だそうですから、殷は高度な文字文化を持っていた王朝であったと推定されます。

『人』という文字も、殷から伝えられた甲骨文字です。ただ、この文字が誕生する原型となったのは、「一人の人の姿を横から描いたもの」だそうで、残念ながら人と人とが支え合っていたわけではないようです。
甲骨文字は、甲羅や骨を火に炙って、その時に出来るヒビの形によって吉凶を占うものですが、その際、願い事や争い事などを甲羅や骨に文字で刻みつけたようで、その文字が後世に残されたのです。
ただ、「甲骨占卜」というこの種の占卜は、当初は、天のような存在の純粋なお告げを受けるためのものだったのでしょうが、殷から出土される物の多くには、裏面などに細工が為されていて、主催者の意志通りに結果が出るようにされていたようなのです。つまり、主催者(為政者)が、自らの方針に、天からのお墨付きのような物を付けるための、重要な政治手段だったらしいのです。

その王朝の詳しい状況は謎に包まれているとしても、殷王朝は、六百年に及ぶ歴史を刻んでいるのです。それほどの長期に王朝がが存続した陰には、清く正しく美しいだけで保てるとは思えず、権謀術数の限りを尽くした闇も満ちあふれていたことでしょう。
そうした、謎多き王朝で誕生した『人』という文字ですから、そこに多くの謎が秘められているとしても、不思議でも何でもないのかもしれません。
『人』という文字が、一人の人を横から描いたものとして誕生したものだとしても、謎多い王朝で、亀の甲羅に描かれて火に炙られ、為政者やシャーマンなどの念力にさらされ、さらに三千年に及ぶ長い期間人々の中でもまれてきているのですから、いつまでも生れたままの姿ではないのかもしれません。
やはり、「『人』という文字は、人と人とが支え合っている姿」と読み解く方が暖かさを感じると思うのですが、ある人曰く、「『人』という文字は、人の人とが押し合っている姿、争う姿を現わしているのだよ」というのですよ。
どうやら、人と人との間には、微妙で複雑なものが渦巻いているようですねぇ。

( 2022.10.05 )

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

後になり先になり ・ 小さな小さな物語 ( 1584 )

2023-02-02 12:51:24 | 小さな小さな物語 第二十七部

今日は二十四節気の「寒露」にあたります。
つい数日前まで、厳しい残暑に悩まされていたように思うのですが、この二、三日は、季節を追い越すようなお天気で、お布団も服装も大変です。テレビの報道番組では、すでにコートやマフラー姿といった人の横を、半袖姿の若者もいましたが、さすがに寒そうでした。
「寒露」について調べてみますと、「陰寒の気に合って露結び凝らんとすれば也」というのがありました。今一つよく分かりませんが、何だか寒そうな感じは伝わってきます。
また、「露が冷気によって凍りそうになる頃」「雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、蟋蟀などが鳴き始める頃」ともありました。今日あたりは、頷ける説明ですが、何の何の、お天気の方もそれほど柔ではなく、まだ残暑を思わせるような日もあるはずです。

日頃、よく見せていただいているブログの中に、アサギマダラの美しい写真を紹介して下さっているのがありました。フジバカマの花が好物らしくて、季節感あふれる写真も嬉しいです。
このアサギマダラという蝶は、遙か海を越えて、長い旅をすることで知られていますが、その距離は二千キロを超える物もあるそうです。
この蝶に関しては、多くの研究がなされ、多くの方の観察が行われていますが、なお、多くの謎が秘められているそうです。素人が考えましても、「どうして、それほどの距離を旅しなくてはならないのか」「ふつうのアゲハチョウと同じ程度の大きさなのに、どうしてそれほどの体力があるのか」「見知らぬ土地に向かって、どうして方角や地理を知ることができるのか」等々と、不思議なばかりでなく、ただ一頭で行く物もいるのか、仲間と後になり先になりつつ行くのかなどと想像しますと、荘厳ささえ感じてしまいます。

渡り鳥となりますと、アサギマダラよりずっと逞しそうですから、長い旅も可能なようにも思いますが、それでも、厳しい旅であることに違いはないはずです。
ツバメは、その多くがすでにわが国を旅立ったのでしょうが、彼らも数千キロの旅をする物も少なくないようです。ツバメの本来の寿命は15年ほどあるそうですが、自然界での平均寿命は、1.5年ほどだそうですから、その生存環境の厳しさが窺えます。
ツバメと入れ替わるようになってやって来る雁(カリ/ガン。カモ目カモ科ガン亜科の水鳥のうち、カモより大きく白鳥より小さい一群の総称、だそうです。)も、美しい列を成して飛ぶことで知られていますが、やはり、海を越えての旅は厳しいものなのでしょう。

アサギマダラも、おそらくツバメもカリも、その多くは、仲間と後になり先になりつつ長い旅に立ち向かうのでしょうが、悲しいかな、脱落し命を落す物も少なくないのでしょう。しかし彼らは、それが自然の摂理として受け入れているかのように、敢然と旅立っていくのでしょうか。
それは、自然そのものとて同様で、夏と秋は、そして秋と冬は、後にになり先になり、私たちの生活に変化をもたらしてくれているのでしょうねぇ。

( 2022.10.08 )

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

対立なき安定 ・ 小さな小さな物語 ( 1585 )

2023-02-02 12:50:14 | 小さな小さな物語 第二十七部

学校の先生が、生徒を苛めていたというニュースを見ました。それも、クラスの子供たちも巻き込んで、一人の子を苛めていたというのですから、どう受け取ればいいのか驚きを超えて唖然とするばかりでした。
また、例によって、と言いたくなるように、ある学校において、スポーツクラブの指導教員が、生徒を殴って怪我をさせてしまったという事件もありました。報道によりますと、大切な忘れ物をした生徒について、母親に「殴っていいですか」といった意味の話をしたというのですから、暴力を何と考えているのでしょうか。
まあ、教員と言われる職業の人が何人いるのか知らないのですが、聖人君子ばかりというのは無理なことで、非常識極まりない人物が含まれていることは仕方のないことで、根絶することは難しいのでしょうが、そうした人物に出会ってしまった生徒たちは気の毒な限りです。
それにしても、生徒に明らかな怪我をさせた先生を、どうして警察は逮捕しないのでしょうか。逃亡のおそれがない人物をわざわざ逮捕するほどのことはないのかもしれませんが、傷害罪は別に親告罪ではないはずで、街角での暴力行為よりも、閉鎖された学校内での暴力行為の方が質が悪いような気がするのですが。

もっとも、モンスターママ、モンスターパパといった人物も存在しているようです。教員の言動や行動を、わが子の保護だけを重視して、必要以上の弾劾を執拗に行う保護者もいるようです。
わが子に対するいじめを訴えた保護者が、実体は逆であったという事例の裁判も発生しています。また、保護者会といった会合においても、特定の個人などを悪意に満ちた追及をするといった事例も、決して少なくない事のようです。

人は、一人でいると孤独ですが、二人でいますと孤独が解消される代償のように対立が生れ、さらに孤独を感じることがあります。三人ということになれば、一対二という構図が生れ、四人、五人とグループの構成員が増えると、阻害される人物の痛みは増すばかりです。
これは、ヒトという生物の消しがたい性質なのかも知れませんが、同時に、一つのグループ、例えば企業現場であれ、政策グループであれ、趣味の集まりにおいてさえも、意識的に疎外者を作り、あるいは対立の構造を生み出して、それによってグループを強化しようとする考えは、多くの場面で見受けられます。

古来、あらゆるグループや、部族間や国家間は、ある種の緊張や対立があってこそ安定が保たれているように見えます。
ある種の対立は、そのグループや地域の安定のために有効であって、その対立の力関係が崩れた時に安定が失われ、かといって、その対立が解消してしまった場合も、それは絶対安定ということではなく、次の対立を生み出す準備のように見えてしまうのです。
私たちには、「対立が存在しない安定」などというものは、無い物ねだりというものなのでしょうか。もし、そうだとすれば、その対立といかに接していくかという知恵を磨くしかないのかもしれません。

( 2022.10.11 )

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

環境を変える ・ 小さな小さな物語 ( 1586 )

2023-02-02 12:49:14 | 小さな小さな物語 第二十七部

NASA(米航空宇宙局)は、探査機DARTを小惑星に衝突させて軌道を変える史上初の実験に成功したと発表した、というニュースを見ました。
それによりますと、探査機は9月26日に発射されたもので、地球から約 1100万km 離れた直径160mほどの小惑星ディモルフォスに衝突させたもので、これによって、この小惑星は元々もっと大きな小惑星の周りを回っていましたが、一周する時間が、11 時間 55 分から 11 時間 23 分に32分変化したというものです。
これがどの程度の意味を持っているのか私には理解できませんが、宇宙の摂理で動いていると思われるものを人工的に変化させたと考えますと、大変なことではあります。

1億数千万年にわたって繁栄を誇っていた恐竜は、6千6百万年前に突然滅亡しました。
多くの人が一度は興味を抱いた地球の歴史上の大事件ですが、その原因については今なお様々な要因が唱えられていますが、まだ決定打はないみたいです。
その中で有力な説に、隕石の衝突によるというものがあります。
メキシコのユカタン半島に衝突した隕石は、その大きさは直径が10~15km、時速が7万2千kmのスピードで60度の角度で衝突したとされ、その時のエネルギーは広島の原爆の10億倍にも及ぶそうです。
その衝撃によって、高さが300mもの津波が発生し、舞い上がった塵などで、数か月ないし数か年にわたって日光が遮断されたと推測されています。恐竜ばかりでなく、多くの生物が大変なダメージを受けたことでしょう。

地球温暖化が問題視され始めてから久しいですが、なかなか改善の見通しを立てることが出来ません。特に、ロシアによるウクライナ侵攻により、ここ数年は改善どころか、悪化が続く可能性が高いと考えられます。
温暖化に限らず、地球全体の環境を変えることは、なかなか大変です。NASAの実験は、地球環境を守るということもあるでしょうが、地球そのものを守るという壮大な計画に基づくものなのでしょう。
ただ、今回軌道に変化を与えることが出来た小惑星と、恐竜を滅亡させたとされる隕石との大きさを比べますと、この計画でさえ、道半ばといった所にも至っていないことになります。

地球全体とか、宇宙全体からの影響などとなりますと、私などが手に及ぶことではありません。
しかし、少し身の回りのことを変えてみる、あるいは実行可能な範囲で大胆な生活環境を変えるということも、私たちの生活に大きな意味を持つことがあるようです。
今月から始まったNHKの朝ドラでは、体が弱い主人公になるらしい女の子のために転地療養を実行しています。実行することは、そうそう簡単なことではないでしょうが、孟母三遷という言葉もあるように、一人の人生を左右させることになる可能性もあります。
いつも楽しく拝見させていただいているすばらしいブログがあるのですが、ここ数回は断捨離がテーマです。なかなかレベルが高く興味深い品々の断捨離ですが、きっと、これも身の回りの環境を少しばかり変える手段の一つなのでしょう。
私も何度か断捨離らしいことを実行した経験がありますが、対象物とした物の大半は右から左に移しただけで終っています。
季節も間もなく晩秋、今年も残りは二か月少々、大がかりな断捨離は難しいとしても、身の回りの物や事を少しばかり整理してみるのも良いのではないでしょうか。

( 2022.10.14 )


 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心して降りよ ・ 小さな小さな物語 ( 1587 )

2023-02-02 12:48:19 | 小さな小さな物語 第二十七部

雨の朝です。どうやらこの雨は、季節を大きく動かせることになりそうです。
季節は、春夏秋冬のいずれについても、そうそう素直に流れているものでもなく、暑さ寒さが行ったり来たりするのは、何も今年に限ったことではありません。
とはいえ、今年の寒暖差は「少々やり過ぎではありませんか」と言いたいような気もしますが、どうやら、秋は本格的というより晩秋の気配となり、里の紅葉も美しくなってくることでしょう。

新型コロナウイルスの感染拡大が収束しているわけではないのですが、遅れながらも、わが国も世界の潮流の後を追うように、日常生活の平常化に舵を切ったようです。
すでに繁華街や観光地の人出は、最盛期に近付きつつあり、海外からの訪問者も急増が見込まれています。特に、凄まじいばかりの円安は、一部の外国人観光客の爆買いが期待できそうですから、大きく傷ついた観光関係業界の救世主になってくれるのではないかと、期待が膨らんでいるようです。
ただ、外国からの観光が、「自国で買うより、3割りも4割りも安く買えた」などというインタビューを見ますと、何だか惨めな気になってしまいます。

絶好の観光シーズンに、意地になって背を向けているわけではありませんが、この雨が上がった後には、伸びきった庭木の枝を切ろうと考えています。値打ちある木は一本もないのですが、背の高い木が何本かあり、来ていただいていた植木屋さんが休業しているようで、夏の間から少しずつ摘んではいるのですが、いよいよ思い切って大きな枝を幾つか切ろうと考えているのですが、家人には無理をするなと止められています。
徒然草には、木登り名人の話があります。有名な話ですが、冒頭部分を紹介させていただきます。
『 高名の木登りと言ひし男、人をおきて、高き木に登せて こずゑを切らせしに、いと危ふく見えしほどは 言ふこともなくて、降るるときに軒たけばかりになりて、「過ちすな。心して降りよ」とことばをかけ侍りしを・・・ 』
つまり、危ない場面では誰もが注意するが、もう大丈夫だと思った時こそが危険だと言うことです。
それほど高くもない脚立に登るだけなのにオーバーだとは思うのですが、その油断こそが危ないと言うことかもしれません。

木登り名人は今もいるのでしょうが、そうそうお目にかかる機会がありません。しかし、何事においても、最後の最後、もう大丈夫だという所で、木から落ちたり、足を踏み外したりすることは少なくないようです。
大学卒業間近にとんでもない事件起こしてしまったり、定年直前につまらない犯罪に手を染めてしまったり、そうした事件は後を絶ちません。
そこまで深刻ではないとしても、ちょっとした登山や旅行やドライブなどにおいても、木登り名人の言葉は意味を持っているように思うのです。
そして、今一番気になることは、コロナ対策においても、木登り名人の言葉を忘れてはならないように思えて仕方がないのです。

( 2022.10.17 )

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする