雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十回

2011-08-17 11:05:38 | テスバウ共和国 入国体験記 
          ( 3-2 )

三姉妹たちの一行は五階に上がった。最上階である。
ここは、すでに満足に意志を伝えられない状態の人や、精神障害の重篤な患者たちが収容されていた。それは、入院というより収容という言葉の方が正しいと思われたが、参加者の誰にとっても遠い先でもない自分の姿を連想してしまうような気持がどこかにあった。

見学したのはごく一部の病室だったが、ここでも看護や介護にあたっている人や、清掃などを担当している人までが、患者一人一人に大きな声で話しかけていた。大きなマスクをつけていたり、幾本ものチューブでつながれている患者に対してさえもである。
その光景は、かなり不思議なものであり、なぜだか感動を覚えるものでもあった。

この病棟の事務責任者だというまだ若く見える女性は、「講習が始まったばかりの皆さまに、この病室を見ていただくのには賛否両論があるのですが・・・」と前置きしてから話し始めた。
職員や医師たちの休憩室らしい部屋で参加者たちにお茶が振る舞われている時のことである。

「私たちの国テスバウ共和国は、高齢者がどのように生きることが良いのかを追求するために設立された国家だと、私は受取っています。皆さま方も、きっとそのような考え方に賛同いただいて市民となるための体験講座を受けていただいているのだと思います。
私たちの国は、誰かに全面的におんぶされようと考えている人にとっては負担なことが多いかもしれません。しかし、人生を最後まで生き生きと過ごしたいと考える人にとっては、十分その可能性を持った国だと私は自信を持って申し上げられます」
事務責任者は全員を見渡すように微笑みかけ、どうぞお茶をいただきながら気楽にお聞きください、と言葉を続けた。

「私たちの国テスバウ共和国は、理事長以下全員が自分の能力や体力を考えながら選んだそれぞれの職場で、同じような願いを持って集まってきた仲間のために精一杯働いています。
客観的に見れば、ある人は仕事量が多くその技術や判断力に特別の才能や経験を必要とする業務についています。反対にある人は、そのどちらの面からも見劣りし、あるいは健康面でのハンディを持っている人もいます。
しかし、どちらの人も、自分が選択し、それをベースに与えられた仕事に対して真剣に取り組んでいます。そして、そのどちらの人も、決して長くない残された時間を、より良く、より豊かに生きようとしているのです。

私たちの国には、現在およそ九千二百人の市民が生活しております。
それぞれの市民は、六十年、あるいは七十年を懸命に生きてきて、人生の最後の部分をテスバウ共和国に託した人ばかりなのです。誰もがより良い生活を願い、そして、そうだからこそ仲間のために尽力したいと考えることが出来る人たちなのです。
しかし、私たちは一年一年年齢を重ねて参ります。一日一日残された時間は減って参ります。これだけはどうすることもできない厳然たる事実なのです。
そして、私たちはやがて最期を迎えるわけですが、それは自然の摂理であって、辛いことでも悲しいことでもありません。穏やかに、心安らかにその日を迎えられるように心の準備を積み重ねてゆくばかりです。

ただ、年齢を重ねるということは、多かれ少なかれ病を避けきれるものではありません。
現在私たちの病棟には、二百人余りの人が入院されております。半分が私たちの国の市民で、半分は母国からの依頼でお世話させていただいている人たちです。残念ながら、この病棟におられる方々が普通の市民生活に戻られることは、奇跡に近い回復が見られる以外ありえないでしょう。
そのような状態にある方々を、どのようにお世話すればよいのか、少しでも穏やかに、少しで心豊かな時間を持っていただくためにはどうすればよいのか・・・、私たちはそう考えながらお世話をさせていただいております。

私たちの病棟に配属されるのを負担に感じられる人がいます。私たちの仕事が大変だと、ねぎらって下さる人も少なくありません。ありがたいことです。
しかし、私たちはここでの仕事に感謝しています。最後の時を懸命に生きている方たちに、ほんのささやかな助力ですが、手助けさせていただけるのですから・・・」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十一回

2011-08-17 11:04:42 | テスバウ共和国 入国体験記 
          ( 4 )

三日目も前日と同じような形式の講義が組まれていた。
午前中は昨日組織について説明してくれた女性講師、内藤節子が講師席に立った。

「二日続けて固い話になりますが、どうぞお付き合いください」
参加者たちは、昨日説明を受けた講師であり、ほぼ全員が好感を持って聞いていたことから、室内に穏やかな雰囲気が漂った。そのことは講師にも敏感に伝わったらしく嬉しそうな表情を浮かべた。
「今日は昨日よりずいぶん楽ですわ・・・。昨日は、ずいぶん緊張しました・・・」
オーバーなほどのため息に、会場に笑いが起こった。

「ずいぶん楽になりましたが、本日も申し訳ありませんが、組織についての説明になります。
すでに昨日、班ごとに分かれまして現場の一部を見ていただきましたが、それぞれの組織の内容や具体的な仕事などにつきましては、明日以降にそれぞれの担当から詳しく説明させていただきますが、その前に全体像を大雑把に承知していただく方が分かりやすいと思い、私が最初に説明させていただいているわけです。従いまして、全体の組織につきましてはお手元の資料にもありますので、その補完としての説明ということでごく気楽に聞いていただきたいと思います」
内藤講師はこう前置きすると、途中二度の小休止を挟みながら午前中を費やしての説明に入った。

共和国全体を運営するトップ組織は、各住居地区から選ばれる代議員と、代議員の中から選出される理事メンバーであること。さらに、理事長を中心とした理事会メンバーによる国家運営をチェックしアドバイスする組織として常任委員会があることを、昨日の復習として説明した後、本日の主題である各部局の説明に入った。

全体で八つの部があることは昨日も説明があり、手元の資料にも図示されている。
それぞれの部には共通して、部長と次長数名がおり部全体の庶務事項などを担当する部内総務という部署がある。
資料に基づいて全体像を説明した後各部の説明に入った。最初は講師が属している総務部である。

総務部には四つの局と一つの室が設置されている。この局と室というのは同列の組織である。
理事室は、理事全員が席を持っている部屋で、それぞれの理事をサポートするスタッフと、行事や会議を立案し開催する班がある。
総務局には、組織や人口対策の主管、市民台帳の管轄、人事全体を掌握する班と、記録や出版、対外・対内広報を担当する班がある。
入出国管理局は、入出国事務、入国体験講座の開催、その他の体験入国希望者や面会や業務での入国希望者の可否を審査する業務、市民以外の入国者の管理などの業務を主管している。
法務局には、国内規定の整備と運用を主管する班と、外部との法律事項を主管する班がある。この局には母国の現職弁護士を顧問に迎えており、州警察との連絡窓口もここが担当している。
庶務局は、国家全体の庶務事項を担当している。例えば、備品や消耗品などの各部署からの要求に応じることなどである。当然それらを国外から購入する窓口でもある。また、外部から当国宛の文書等の管理もここが受け持っている。各部にある部内総務を統括する立場でもある。

財務部には、四つの局がある。
予算管理局は、予算の消化状況の管理と不足が生じそうな部局との折衝を担当する。不足分については、一定額までについては局長並びに財務部長が決済し、それを超える場合は理事会に状況を説明し可否の決済を得る。
運用部は、運用可能資金の運用についての立案と実行、状況の管理を担当する。
銀行局は、テスバウ銀行の業務全体を担当する。
会計局は、各部署の出納事務を担当する班と、国家全体の経理事務・決算事務を担当する班がある。

厚生部は、市民の三分の一近くが働く大きな組織である。
ここには、総合病院、地区医療局、特別介護局、市民健康管理局がある。、
総合病院は、正しくは総合病院局という位置付けであるが、市民はみな単に総合病院とか、本院とか呼んでいる。ここでは、主として地区診療所から指示された患者の治療にあたるが、地区診療所と同じ機能の窓口もあるが、ここも総合病院に属している。
地区医療局は、国内に三十四か所ある診療所を統括し、各診療所は軽微な治療の他、担当地区市民全体の健康管理にあたる。
特別介護局は、グループホーム等の運営と、重篤な患者が入院している本院の四階五階を担当している。母国からの重症患者受け入れ要請に対処するのもこの部署である。
市民健康管理局は、全市民の健康状況の把握と、定期健診、健康増進や保健などの啓蒙を各診療所と協力して推進する。
なお、それぞれの局の統括部署は総合病院の三階にある。

互助部は、テスバウ共和国の骨格を成すシステムである互助会の運営を中心とする部である。
互助会は組織上は局と同列であるが、特別な位置付けにあるともいえる。互助会は全市民が所属しその恩恵を受けられる組織であるが、同時に国内の全組織の実働者を派遣する組織でもある。市民サービスにあたるための人員配置や、働くことに耐えられるかどうかなどの判定を行う。また、各部局からの要請に応えるために、必要な場合は研修や人材育成も担当する。
他に、生活相談局と介護対策局がある。
生活相談局は、市民の生活上のあらゆる事項の相談を受け、解決のためあらゆる部局の協力を得て何らかの結論を導き出す。
介護対策局は、要介護者の本人および家族などからの相談に応じるほか、身寄りのない重度介護者の後見人役となり資産などの管理や生活環境のチェック、法的問題の対処にあたる。なおこの制度は、健康な人や、身寄りのある人であっても相談を受けることが出来る。

交通防災部には三つの局がある。
交通局は、国内路線バスおよび国外主要駅への連絡バスや公用車の運用にあたる。
警備局は、国内および周辺部の警備を担当する。国内に設置されている母国州警察との連携や連絡など実務的な面の担当窓口でもある。
防災局は、国内において消防署の役割を担う。母国消防署との連絡体制を担当する。集会や行事などでの事故防止について警備局と共に担当するが、救急車など救急医療の分野は総合病院の担当になっている。

国土管理部は不動産とライフラインの管理運用を担当する。
資産管理局は、国土内の全建物の管理保全・補修を担当し、全国土の保全、有効利用を主管する。農産物の生産施設の管理もここの管轄である。
他に、上下水道管理局と電気事業局がある。

地域運営部は、大きくは五地区に区分され、市民生活の身近な問題について取り組む。
この部にも部長以下のスタッフがいるが、各棟ごとに選出されている地区委員が中心となる部分が多い。

市民生活部には三つの局があり、市民の日常生活の重要な部分を担っている。
販売局は、各バザールの運営、給食施設の運営などを担当している。
文化・運動局は、図書館・映画館・コンサートホールなどの運営、体育館やグランドの管理運営及び行事なども担当する。各サークルの設置許可や支援もここの担当である。
葬祭局は、市民のための葬祭行事を主管する。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十二回

2011-08-17 11:03:56 | テスバウ共和国 入国体験記 
          ( 5-1 )

三日目の午前中は各部局の概要についての説明に終始し、午後は前日と同じように三つのグループに分かれて施設の見学をした。
三姉妹の班は、研修を受けている建物である本部会館の見学である。

本部会館は、大きな中庭を取り囲んだ形で立てられており三階建てになっている。
現在研修を受けている二階は、主として外部の人のための研修や宿泊施設になっている。今回の研修のホームグランドともいえる会議室は、入国体験講座の時にはいつも利用されるようであるが、他にも同様のものやもっと小さなものなど五つばかりの会議室があり、その中の小さな会議室の一つはこの日も使われていた。
母国にある看護士学校の生徒による実習が行われているということで、入国体験講座の参加者と同様の施設で合宿しているそうである。

宿泊施設は、三姉妹が宿泊しているものとほぼ同様の部屋が四十ほどあり、最大百六十人程の宿泊が可能との説明があった。
この宿泊施設を市民が利用することはあまりないようで、市民の多くが参加している介護研修は、総合病院の三階を使用するそうで、同期入国者による親睦会などに利用される程度のようである。

本館と廊下で繋がっている建物は、この国に訪れる人が最初に立ち寄る入出国管理局が設置されている所で、三姉妹たちが最初に受付してもらった場所でもある。
ここでは、入出国に関する手続きやチェック、対外的な情報提供や、一時入国者や見学者への施設案内などの他、テスバウ共和国の通貨である『バウ』と母国通貨である『円』との両替実務も行っている。
因みに、テスバウ共和国内では『バウ』という通貨のみが流通しているが、紙幣や硬貨などは一切発行されておらずいわゆる電子マネーのみである。テスバウ共和国市民の多くが『円』通貨を持参していることは珍しくないが、テスバウ共和国内では使用することは出来ない。
『バウ』と『円』の交換比率は一対一に固定されているが、飲食や日常品を中心とした物価はテスバウ共和国の方が若干安い。つまり購買価値は『バウ』の方が高いということになるが、これはテスバウ共和国内では消費税が課されないためである。

消費税については、テスバウ共和国が母国業者から購入するものについては母国の消費税が課されるが、その商品をテスバウ共和国市民に販売する場合、販売経費などを加算させる部分には消費税が発生しないということである。

入出国管理局の建物と並んである大きな建物もテスバウ共和国が所有していて、母国業者に一括して賃貸しされている。
一階はスーパーマーケット、二階は専門店と飲食店が出店している。この一画の全ての店舗では『バウ』と『円』の両方が通用しており、母国市民とテスバウ共和国市民の両方が利用している。

本館の三階は、共和国運営の中枢部にあたる部署の事務所になっている。
建物の造りは一階から三階までほぼ同様であるが、部屋の区画はかなり違っている。三階で一番大きな部屋は大会議場と呼ばれていて代議員総会が開かれるところだが、各部局が市民向けの報告会なども定期的に開かれている。

大会議場と並んで理事室があり、その横には執行役員室がある。
執行役員というのは、選挙で選任されるポストではなく、各部の部長およびじ次長、局長及び副局長を指していて、慣例のような形で定着してきたものであるが、実質的に各部門の中枢にある人たちである。その選任は、各部門内での互選が原則で、理事会の承認を得ることになっているが否認されたことはこの数年では一度もない。また、代議員で執行役員に就いている人も少なくない。
この部屋には、各部ごとに席が設けられているが、全員が揃うことなどまずなく、必要に応じて他の部署や理事などと打ち合わせを行う場所として利用されていて、殆どの執行役員は現場に近い場所に席を持っている。
三姉妹たちが見学した時も、二十人程の男女がにぎやかに話し合っていたが、その話題の中心は、自分の部署で不足している人材の補充を求めているものらしかった。

「各部局間の市民トレードは、殆どがこの部屋で進められるようですが、私たちの国の市民トレードは、市民本人が承諾しないことには成立しません」
三姉妹たちを引率している男性は笑いながら説明し、
「しかし、トレード話の大半は実現するそうです。だって、そうでしょう? 『あなたがぜひ必要だ』なんて言われると、その気になってしまいますからねぇ」
と、おどけた口調で付け加えた。そして、談笑している執行役員たちに入国体験講座の参加者であることを紹介すると、執行役員たちは異口同音に、「ぜひ私たちの国テスバウ共和国においで下さいますようお待ちしています」と、熱心な挨拶を投げかけてきた。

国家全体の運営状況の確認のために行われる、月一回の執行役員会は、執行役員の他に理事や代議員が加わって大会議場で行われるが、業務計画の進捗状況、資金面の問題、人的戦力の問題などが、各部署や理事などから発表され討議されるが、実務面で最も重要な会議となっている。

三階の通路や窓の配置などは体験講座を受けている二階と殆ど同じだが、自動販売機などが置かれている広い休憩室を除けば、いずれも各部局の事務室になっている。
各部局は単独で部屋を利用しているのではなく、八つの部は四つの部屋に配置されていた。
引率者の説明では、大半の部局では執行役員の一部や各部局の総務担当者が常駐しており、実働にあたっている市民は、それぞれの職場に机やロッカーを持っているとのことであった。
もちろん所属メンバーの大半が事務を行っている部局もあり、例えば総務部は、入出国管理局を除くほとんど、財務部は銀行局を除くほとんどがここの事務所に席を持っている。反対に、厚生部や交通防災部や地域運営部などは、所属メンバーの大半がこの部屋を訪れることなどなく、市民生活部も国内の広い範囲に拠点を置いている。

大きな部屋が並ぶ中の一つは、コンピュータールームになっていた。
財務・銀行・互助会・市民データーなど、国内のあらゆるデーターが処理されているが、バックアップは母国の銀行系のデーター処理会社に委託しているとのことである。

三姉妹たちの班は、最後に一階を案内された。
三階がいかにもこの国の中枢を担っている雰囲気を漂わせているのに対して、一階は実に開放的で、市民の娯楽を中心とした施設が設けられていた。映画館、図書館、セルフサービス形式の食堂、喫茶室、音楽や演劇のためのホール、講演や各種のサークルの発表会が行われる小ホールなどがずらりと並んでいる。

三姉妹たちがこの階を案内されたのは午後の三時頃であるが、最初に案内された小ホールでは、茶道愛好サークルによるお茶の接待を受けた。小ホールといっても百畳ほどもあり、三分の一程が高くなっていて畳が敷かれていた。その時も三か所で茶が点てられていて、二十人程の男女が席についていたり接待にあたったりしていた。
畳席とは別に緋毛氈の敷かれた床机が十脚ばかりあり、三姉妹たちもこの床机に腰掛けて茶菓の接待を受けた。
引率者の話によると、テスバウ共和国には二十余りのお茶の愛好者サークルがあり、交代でほとんど毎日のように接待が行われているそうである。
映画や図書館などを訪れた市民たちは、時にはここに立ち寄ってお茶を楽しむことが出来るらしい。因みに、お茶に可愛い和菓子がついて料金は二百バウだそうである。

他の小ホールでも、生け花の展示や絵画の展示がされていたり、ピアノの伴奏で合唱を楽しんでいたりしていた。
三姉妹たちは、この合唱が行われているホールでもしばらく立ち寄った。小さなステージには十人程が進行役となっていて、集まっている人たちの合唱をリードしていた。引率者に勧められて参加者たちも合唱に加わった。合唱に加わっている人は五十人程もおり、お世辞にも上手い合唱とはいえないが、古くからの唱歌などが妙に郷愁を誘った。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十三回

2011-08-17 11:02:18 | テスバウ共和国 入国体験記 
          ( 5-2 )

この日は、夕食の後、班ごとに分かれて懇親会が行われた。
三姉妹が属する第二班は二十二人で構成されていた。世話役が一人加わり会を進行してくれたが、お互いにまだ打ち解けるというところまでになっておらず、ぎこちない中での自己紹介ということになった。

今回の入国体験講座には六十五人が参加しているが、申し込みにあたっては何人かが単位として申し込みをしていた。最多は四人で一組だけあり、三人での組、二人での組が多く、単独での申込者も十四人いる。単独での受講者が意外に多いのは、すでに入国している両親や兄弟姉妹と一緒に暮らすという人が多いからで、夫婦のうち一人だけ入国するという例はあまりないようである。
三姉妹が属する第二班は、四人が一組、三人が二組、二人が四組、単独での参加者が四人の合計二十二人である。

夕食の後三十分程休憩を取り、横長のテーブルを六角形に配置された席に着いた。一つのテーブルに三人ないし四人となっていて、三姉妹には一つのテーブルが割り当てられていた。
各テーブルには簡単なおつまみのような菓子類と、ビール、ジュース、それに温かいお茶が準備されていた。
大村という名札を付けた世話役の男性は、市民になってほぼ三年になることや妻と二人で暮らしていることなどを簡単に述べた。ずいぶん若く見えるが、間もなく七十歳ということである。

指名されて最初に挨拶に立ったのは、四人で参加している太田太助・百合の夫妻と、木川道広・美咲の夫妻であった。太田夫妻は九十二歳と八十八歳で、夫の太助は車椅子を常用していた。木川夫妻は六十五歳と六十四歳で、太田夫妻が美咲夫人の両親という関係であった。
テスバウ共和国への移住を言い出したのは木川美咲で、夫が数年前に心臓発作で倒れたことと子供がいないこともあって将来に不安を抱いていたが、知人に誘われてこの国を見学する機会があり憧れるようになったとのことである。そこで、夫が六十五歳になるのを待ちかねて入国を志願し、同時に両親にも同行するように説得した、と話した。

時計回りの順で自己紹介していくとのことで、次に当たったテーブルの二組の夫婦が挨拶した。
先に挨拶したのは、北川和彦・石田琴江という六十八歳と六十七歳の夫婦である。この夫妻の場合は、和彦の叔父夫婦がすでにこの国の市民として生活しており、かねてから誘われていたが子供たちの独立を機にテスバウ共和国市民になることを決めたとのことで、この講座が終わり次第入国申請するとの話であった。

反対にもう一組の大塚元気・美里という六十五歳どうしの夫妻は、これまで共働きですれ違いの多い生活を送ってきたが、六十五歳という年齢を一つの転機として二人で充実した人生を求める手段としてこの講座を申し込んだとのことであった。
二人には子供がなく、双方の両親もすでに他界しており思い切った転機が可能なので、海外への移住も検討しているような口ぶりであった。

三番目のテーブルが三姉妹たちである。
三人とも入国希望に関しては断定的な話はしなかったが、意外にも最初に発言した君枝はこの国に強い興味を感じ始めていると述べ、末っ子の雅代は働いている市民の皆さんが生き生きとしていることに感動したが、自分がついて行けるかどうか不安だと述べた。
最後に挨拶した長女の和美は、自分はこの国にお世話になるつもりだが、妹たちを巻き添えにしないか心配だと静かな口調で述べた。

四番目のテーブルには単独参加の四人が席を並べていた。
藤井奈緒美は六十八歳、夫とは死別、子供夫妻が同居を勧めてくれているが、出来れば自立の道を求めたくてこの講座を受けたと挨拶した。
町村明子は六十五歳、ずっと内科医として勤務してきていて、晩年は数人の仲間と海外移住という計画を立てていたが、石田理事長と出会ったことからこの国を終の棲家にするつもりになったと話し、「一日も早く、私たちの国テスバウ共和国と言いたい」と熱っぽく話した。

佐藤宇太郎は六十五歳、妻子を早くに亡くし、その後は各地を転々とするような生活を送ってきたとか・・・。ある人からこの施設のことを勧められて参加したが、果たして皆さんとうまくやって行けるかどうか自信がない、と低い声で挨拶した。何か場違いのようなものを感じさせる挨拶であった。
河村章夫は六十三歳、かつて石田理事長の部下であったことからすでに両親がこの国に世話になっている。いずれ自分もそのつもりであったが、まだまだ先のことと考えていたところ、妻に先立たれてしまったため早めに決断したとしんみりと語った。

五番目のテーブルは二組のペアーである。
山岡玲二、七十二歳と、西村愛子六十五歳は兄と妹で、二人とも連れ合いに先立たれたことから生活を共にしたいと考え参加、兄は半身および言語が少し不自由で車椅子を使うこともあるとのことであった。
秋本康介と花沢良美は共に六十九歳、古くからの友人で、最後の時間をこの国で過ごさせてもらえるよう皆さまの協力を得たいと頭を下げた。何か仔細ありげな挨拶であった。

最後のテーブルは両親と娘の三人の組である。
杉村亮一・朝美は共に七十八歳の夫婦、娘夕子は五十四歳。夕子は幼い頃からの障害者で長距離の歩行が出来ず、知能障害もある。杉村夫妻は、自分たちも高齢で十分な働きが出来ない懸念があるが、一生懸命頑張るので自分たちを受け入れて欲しいと訴えた。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十四回

2011-08-17 11:01:32 | テスバウ共和国 入国体験記 
          ( 5-3 )

自己紹介の後は懇談となったが、話題の中心は、最後に挨拶した両親と娘の三人についてで、健康面を理由に入国を拒絶されることがあるのかと、世話役に詰め寄るような形になった。
「決してそのようなことはない」と答えていた世話役も、受講者たちの予想外に強い問い掛けに世話役たちのリーダーに助けを求めた。

他の班に加わっていた世話役たちのリーダーらしい女性である橋本が、助けを求めてきた世話役の横に立つと、班の全員に聞こえるような声で、話題となっている内容について確認した後、明快に答えた。

「皆さまの疑問に対する答えははっきりしています。お世話させていただいている大村がお答えした通りです。
大月常任委員会議長が初日のご挨拶で申し上げました通り、私たちの国テスバウ共和国の市民になられるかどうかは皆さまの決定にかかっています。大月議長が申し上げましたように、この入国体験講座は皆さまが私たちの国を十分理解していただくために開かせていただいているものです。私たちの国が皆さまを試験しているわけではございません。

こう申し上げますと、少々きれいごとに聞こえてしまうかもしれませんので、もう少しご説明させていただきましょう。
実は、当然のこととご理解いただけると思うのですが、私たち受け入れる側にも新たに市民になることを希望される方の資格を設定させていただいております。

一つには、母国の法令による制限があります。
例えば、年齢ですが、原則として六十五歳以上ということはよく知られていることですが、その年齢の人と同居生活を条件とする場合には六十五歳未満でも資格者となることが出来ますが、誰でもいいというわけではありません。親子・兄弟の場合は問題ないのですが、それ以外の親族の場合は母国においても同居生活をしていたということが条件になります。内縁のご夫婦の場合や養子などの場合は、かなり詳細な事情を聞かれると聞いております。
また、日本国籍を持っていること、係争中の裁判の当事者でないこと、有罪判決を受け執行猶予中でないこと、などもあります。
いずれにしても、これらの条件については私たちの国は全く関与することはなく、母国州政府の判断になります。

私たちの国としての条件の一つは、経済的な条件があります。
皆さまがこの入国体験講座を受講されるにあたって、入国後の収入見込みや一時金として必要な金額などを示させていただいておりますものです。正直申し上げまして、決してどなたでもクリアーできるものではないと思います。
それともう一つは、私たちの国が運営されている中心組織ともいえる互助会に加わっていただけることです。私たちの国は、一方的な扶助を期待しておられる方にとっては決して居心地の良い場所ではないかもしれません。私たちの国は、私たち市民によって支え合っていかなくてはならないのです。
確かに、母国からも社会保障費予算からの支援を受けております。医療や警備の部分を中心に母国の優秀な人材の力を借りてはいます。しかし、あくまでも私たちの国を運営してゆくのは私たち全市民が参加する相互扶助によるのです。

先程から皆さまの間で議論になっておられますことは、この支え合うという考えを私たちがうまくご説明できていないことに原因があるようです。もっとも、講座はまだ始まったばかりで、私たちの国テスバウ共和国が目指している姿については、出来るだけ詳しくご説明していくつもりですが、疑問を持たれている点につきまして少々お話させていただきましょう。

私たちテスバウ共和国の市民は、全員が互助会に入り活動していただきます。活動する場はたくさんあります。皆さまのこれまでの常識から考えますと、重要な仕事やそれほどでもない仕事もあるでしょう。高度な知識や経験や体力を必要とするものがあれば、ごく簡単な仕事もあります。汚れたものやきたないものを扱う部門もありますし、ぬくぬくと過ごしているように見える仕事もあるでしょう。
活動の場は出来る限り各自の希望に沿うようにしていますが、私たちの生活を支える上で必要な部署は、いくらきつくても、いくらきたなくても、誰かが担わなくてはなりません。

縁あってこの国を終の棲家としております私たちテスバウ共和国市民は、現在およそ九千二百人おります。理事や執行役員のように国家運営の重要な部分を担っている人がいます。医師や弁護士や電気技師や金融の専門家もいます。下水道処理や廃棄物処理や清掃にあたっている人もいます。
一方で、一日に一時間の仕事を受け持って、通路の手すりを磨いている人がいます。高齢のため、あるいは病に倒れてもなお一日十分でも何かの役に立ちたいと訴えている人たちがいます。
残念ながら、そのような意志さえ示すことの出来ない市民も二百人に上ります・・・。

ただ、これらの市民の全員が、私たちの国テスバウ共和国のために、共に生活する仲間のために少しでも役立ちたいと願っています。
私たち市民は、誰もが多くの人に支えられています。一方的に支えられていると見える人が、実は多くの人に安らぎや感動を与えていることがあることも決して珍しいことではありません。
私たちの国テスバウ共和国とは、こんな国なのです。

どうぞ皆さま、仲間のために何かが出来るということがどれほど幸せなことなのかを、この講座を通じて体験していただきたいのです。この国を終の棲家として選ぶということがどういうことなのかを、見定めていただきたいのです。
私たちテスバウ共和国市民は、今回の講座に参加しておられる方全員を仲間にお迎えしたいと願っております」

橋本リーダーの自信に満ちた熱弁に参加者たちは引き込まれていた。
杉村夫妻は目頭を押さえ、何度も何度も頭を下げていた。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十五回

2011-08-17 11:01:02 | テスバウ共和国 入国体験記 
          ( 6 )

「私たちの国テスバウ共和国、かぁ・・・」
三人姉妹の末っ子雅代が、風呂上りの火照った頬を膨らませながら二人の姉に話しかけた。パジャマ姿の身体をゆらゆらさせながらいかにも不満そうな様子である。
姉たちは薄手のガウンを羽織っている。

「何だか、ご機嫌悪そうね」
長姉の和美はそんな妹にお茶をいれながら笑いかけた。
「そういう訳ではないけど、何かと言えば『私たちの国テスバウ共和国』だって・・・。『分かっています』と言いたいくらい強調し過ぎよ」

「確かにね・・・。まあ、機嫌を直してお茶でもどうぞ。お風呂上りに熱いお茶というのも捨てたものではないわよ」
和美は笑いを堪えながらお茶を勧めた。
「ほんと、おいしいわぁ。お姉さんのお茶は本当に美味しいわ、ねぇ、君枝姉さま。あなたでは、なかなかこうはいきませんものねぇ」

「そこで、なんでわたしの名前が出てくるのよ。お姉さんのお茶が美味しいのは認めるけれど、八つ当たりもいいところよ、雅代」
「まあまあ、二人とも・・・。確かに雅代さんが言うように、やたらに『私たちの国テスバウ共和国』という言葉が出てきたわね。それも、今夜の橋本さんだけではないわよ。ほとんどの講師が使っているわね」

「そうでしょう。何かと言えば『私たちの国テスバウ共和国』と自慢げに、よ。あなたたちの国ではないのよ、と言われているみたい」
「それは思い過ごしよ。きっと、自分たちの国を誇りに思う表現方法なのよ。そう考えれば、あれほど堂々と私たちの国といえるのはすばらしいと思うわ。そんなに目を三角にする程でもないわよ」

「別に目を三角にしているわけではないけれど、何だか気になるのよね、あの言葉。『私たちの国テスバウ共和国』ねぇ・・・」
「よほど気になるのね、雅代さんは・・・。君枝さんはどうなの?」

「わたし? 『私たちの国テスバウ共和国』という言葉のこと?」
「それもあるけれど、ここの印象はどうなの?」

「そうねえ・・・。この三日間に会った講師の方などは素敵な人たちだとは思うわ。でも、そのこととここで生活していくこととは少し違うようにも思うの。だって、わたしたち、ここでは若手よ。何だか抵抗感じるのよね・・・。ただ、その言葉、講師や世話役の人たちが連発している『私たちの国テスバウ共和国』という言い方、わたしは嫌いではないわ。癖になりそうな言葉よ」
「へーえ・・・。やっぱり君枝は少し変わってる」

「雅代さん、姉に対して君枝と呼び捨てるのは、それこそ変よ。いつも言ってることだけれど、少なくとも人前では慎んでくださいよ」
「わかりました、和美姉さまに、君枝姉さま・・・。でも、それだとわたしだけが『姉さま』が付かないのよ。不公平だと思わない」

「思いません! そもそもあなたはわたしのことを姉だと思っていないんじゃないの。わたしの友人などはあなたの方が姉だと思っているくらいよ」
「まあ、ずうずうしい。君枝の友達は余程人を見る目のない人ばかりなのね、こんなに年の違う二人を間違えるなんて」

「何を言っているの、一年ちょっと違うだけでしょう」
「とんでもない、大方二年よ」

「よしなさいよ、ここまで来て喧嘩なんて・・・。六十過ぎて一歳や二歳どちらでもいいじゃないの。わたしを含めて、三人とも同じようなものなのよ」
「ええっ!? どさくさに紛れて何てこと言うの? お姉さんが一番図々しいんだわ、全く・・・」

「まあ、まあ・・・。年の話はこのくらいにしておいて、今日までのところの感想は? 君枝さんは、どう?」
「そうねぇ・・・。思っていたより魅力ある感じ。ただ、少し格好つけ過ぎている感じもする」

「どんなところが?」
「何もかもよ・・・。講師の方の話にしても、重症患者さんたちを世話している責任者の方の話も・・・。橋本さんの話なんか、感動はしたけれど、美し過ぎる感じなのよね。建前だけじゃないの、って反論したい気持ちもあるのよね」

「なるほどねぇ・・・。君枝さんらしい受け取り方ねぇ・・・。確かに、ここの市民の大半があのような考え方を共有しているとしたら、ここは、とんでもない社会ということになるかもね・・・。
雅代さんは、どうなの?」
「わたしは、少し期待はずれ。わたしがこの国に期待したのは、お姉さんが悠々と過ごせる環境があり、わたしはお姉さんのお世話をするだけでのんびりと過ごせる所だと思っていたからよ。でも、働く場所はたくさんあります、って話ばかり。のんびり出来そうもないわ。
それより、お姉さんはどうなの? ここに移る気持ちに変わりはないの?」

「わたしもまだそう決めてしまったわけではないわ。でも、この三日間だけでいえば、特に不満はないわ。あなたたちも、わたしのことを心配してくれるのは嬉しいけれど、自分自身が楽しくやって行けるかどうかで決めてくださいよ。三人が揃って移ることもないし、もっと先で市民になってもいいわけだし・・・。移ってしまえば、そう簡単に出て行くわけにもいかないでしょうからね。
まあ、まだ三日過ぎただけよ。じっくりと多くの人たちの生活ぶりを見てから決めればいいわよ、ね」

三人は頷き合って、期せずして時計を見た。
壁際に設えられている棚に小さな時計があった。雅代が持参したものである。

「まだ、十時よ、ビールあったよね」
雅代が立ち上がり、部屋の入り口近くにある冷蔵庫に向かった。
三人の会話が止まると、静けさが迫ってくるようである。三姉妹には長い時間が過ぎたように感じられていたが、テスバウ共和国での三日目の夜が更けようとしたばかりであった。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十六回

2011-08-17 10:59:53 | テスバウ共和国 入国体験記 
   第四章 かけがえのないもの

       ( 1-1 )

四日目の講義が始まった。
世話役は今日から全員が交代になり、山本という男性をリーダーとするチームになった。今後も三日ないし四日の単位で交代することになっていて、昨日までの橋本をリーダーとするチームとの二組で全日程の世話を担当してくれることになっている。

世話役リーダーの山本は七十五歳、小柄ではあるが背筋がすっと伸びている姿勢や物腰は教師を連想させる人物であった。
そして、昨日までと同じように各班担当の世話役が紹介され、その後で本日最初の講師として八尾良介が紹介された。八尾は七十二歳、市民権を得て五年余りになるが、一貫して財務部に在籍しているとのことであった。予算管理のエキスパートとの紹介もあった。

「私の方からは、午前中をかけまして私たちの国テスバウ共和国がどのように運営され、永続するためにどのような仕組みが作られているかなどにつきまして、経済的な面から説明させていただきます。国家全体のことが中心になりますので、少々退屈な面もあるかと思いますが、ご辛抱ください」

八尾は、世話役リーダーの山本より二十センチ程も背が高く、恰幅が良く年齢よりはるかに若く見える。
大きな身体をゆったりと動かしながら、やわらかな美声で話し始めた。
まず最初に、長年勤めていた会社で財務を担当してきたが、この国の市民権を得た後は全く違う分野の仕事を考えていたこと、出来れば介護の分野で働きたいと考えていて入国前に介護実習をかなり熱心に学んできたが、財務関係を希望する市民が少ないことから財務部に所属することになってしまい、どうやら一生ここから抜け出せそうもない、と笑いながら自己紹介し本題に入った。

「私たちの国テスバウ共和国にはどのくらいの資産があるのか、これは皆様がこの国の市民となられるについて、実に重要な意味を持っています。なぜなら、私たちの国が安心して生活できる状態が永続できるか否かの大きなカギを握っているからです。

かつては、母国の奨励策もあって、私たちの国と同じような高齢者による自治組織である独立法人が数多く設立されました。私たちの国のような共和国を名乗るものだけでなく、重症患者を受け入れるのを主目的とした団体、宗教法人や医療法人やその他の法人が母体となったもの、さまざまな規模、形態、思想など、非常に多彩な団体が多数設立されました。
しかし、その大半は姿を消して行きました。単なる商売としてや、母国からの優遇策や支援だけを頼りにしたもの、ひどいものでは最初から私利を得ようと企んだものも少なくなかったそうです。

そのような極めて脆弱な基盤を基にスタートして数年で行き詰った団体は別にしましても、私たちの国と同じような、あるいはそれ以上に高邁な理想を抱いて設立された共和国や団体が、やはり数多く姿を消して行っています。
乱立した時代を経て、多くの難問を乗り越えたものだけが生き延びたと考えられるようになってからでも、安定的に永続して行くことは決して易しいことではないようです。この十年だけを見ましても、母国の管理下に入ったり、他の団体に吸収されたり、運営が投げ出されてしまって社会問題化した例も少なくありません。
また、あまり表面化はしていませんが、運営母体が変わったものも決して少ない数ではありません。

そして、運営が行き詰った原因は、大別すれば二つに絞られます。もっとも、組織を食い物にしたり、資産を持ち逃げしたりという例も無いわけではありませんが、そんなのは議論の対象にもなりません。
それでは、破綻の原因の二つは何かといいますと、運営の中心となる人材の枯渇と、資金面の行き詰まりです。人材の枯渇は、そこで生活をする人たちを不幸にしますが、資金面のトラブルは、組織の消滅に直結しています」

講師の山本は、一息入れ、全員にお茶の接待をするように、参加者の後方に待機している世話役たちに合図した。コーヒーなどは後方にある自動機を使うよう説明し、早くも実質的に少休止となった。
今日の議題は堅苦しいものですから、聞き流す程度で結構ですから、気楽に聞いてくださいね、と念を押し話を続けた。
一部の参加者にとっては、あまり興味がないことはこれまでの経験から承知しているらしい。

「さて、そこで私たちの国テスバウ共和国はどうなのかということになります。
言うまでもないことですが、私たちの国とて全く同じです。人材と資産が重要であることに何ら変わりはありません。
人材や運営体制などにつきましては、他の担当者の方からお話しさせていただく機会があるはずですし、皆様に今回受けていただいているこの講座こそ、私たちの国の人材をできるだけ知っていただこうということが一番の目的なのです。従いまして、私の方からは私の担当である資産面について出来るだけ具体的に説明させていただこうと考えています。

お手元の資料の中に、私たちの国の資産状況や国家予算、収支状況などを示させていただいております。それは母国政府に毎年提出しておりますものを集約ものです。従いまして、その数字以上のことはないわけですが、もうすこしばかり、内容や数字の持つ意味などにつきましてお話させていただきましょう」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十七回

2011-08-17 10:59:24 | テスバウ共和国 入国体験記 
       ( 1-2 )

講師の山本は、試算表などが記載されているページを再度確認してから説明を続けた。

「まず最初に、資産としては示されていませんが、もっとも大きな資産である国土についてであります。
試算表を見ていただきますと分かりますように、私たちの国の資産に土地という項目はありません。土地改良資産という項目に百億バウ余り計上されていますが、それは国土内の基幹道路やグラウンドや公園や農園などの工事に要した費用なのです。
私たちの国土は周囲およそ十六キロメートル、面積はほぼ千六百ヘクタールです。北部や東部に隣接している州有地のうち保全を委託されている里山部分などを加えますとさらに広くなります。
これらの土地はすべて母国州政府から賃借しているものです。賃貸契約の期間はあと四十年ばかり残っていますが、さらにその先の五十年は、私たちに延長できる権利が認められています。

ああ、それから、「バウ」という言葉ですが、すでにお聞きになっているかと思いますが、これは私たちの国の通貨の単位です。貨幣価値は母国の「円」と同価値で完全に連動しています。そうですね、連動というより一致しているという方が正しいでしょう。
それでは、なぜ「円」では駄目なのかということになりますが、それは、私たちの国テスバウ共和国の設立に関わった先輩たちの心意気だったと思うのです。「円」をテスバウ共和国の公式通貨としても何の支障もありませんし、むしろ便利なことの方が多いかもしれません。

しかし、設立に奔走された先輩たちは、母国とは別の独立通貨を持つことで、テスバウ共和国の存在感と独立性を際立たせたいと考えたのではないでしょうか。つまり、私たちの通貨「バウ」は、私たちの国家誕生に関わった人たちの熱意とロマンが産み出したものではないでしょうか。
実は、このことに関して正確な資料として残されているものはありません。今お話させていただきましたのは、大月常任委員会議長のお考えの受け売りなのですが、私も、きっとそうだと確信しているのです。

さて、現在私たちの国が管理し利用させていただいている全国土に対する賃料は、年間約二千万円です。私たちの通貨でいえば二千万バウということですが、契約は円貨建てになっています。
隣接している里山などの管理につきましては、反対に若干の管理料を頂戴していますが、必要経費を差し引きますとごく僅かな収入です。
それにしても、これだけ広大な土地の賃料が二千万円ほどというのはいかにも安いと思われるでしょうが、実は、私たちの国が安定して運営できる一つの要因は、国土を安く手に入れることができたからなのです。

その秘密は、母国の人口減少により過疎地が増加したことにあります。私たちの国土は、もともとは大規模公園施設として山林を切り開いて作られた当時の県の所有地でした。
大都会から離れた公園の利用者数は激減し、管理費の負担が重く、その管理要員を確保するのも困難になってきたことから私たちの国に賃貸されたものなのです。これは当時の県にとっても、環境を荒すことなく相当額の管理費が免れ、それまでなかった固定資産税に類した賃料を、例え若干でも得ることが出来るという有利な解決方法だったのです。

もちろん国土入手につきましては、テスバウ共和国設立時の指導者たちの奔走があったことは間違いないことでしょうが、当時、母国全土に出現した私たちのような共和国や同様の目的を持って設立された団体などの大半は、公有地をほぼ無償に近い条件で借用できたようです。
それは、増加の一途を辿る高齢者対策として共和国形式のような高齢者自立の団体の設立が認可されたことに加え、団体の設立を寄付金の税優遇や社会保障面の運営を委託するなど、母国政府が後押ししていた施策の一環でもあったのです。

話が少々脱線しましたので元に戻しましょう。
計上されている資産の中で最も大きなものは建物等の千二百億バウ弱です。
これは、現在私たちがいる本部会館、隣接している総合病院、全部で三十六ある住居棟、それぞれの区画にある五つのバザール、総合体育館、入国管理局がある建物などを合算したものです。
その下に減価償却引当金として約四百五十億バウがカッコ書きで計上されていますが、これは建物などの損耗分であり、将来の建て替え資金として積み立てられている分です。

少々専門的な話になり、経理に興味のない方には退屈かもしれませんが、誤解があるといけませんので、減価償却について少しばかり説明させてください。
私たちの国の決算における減価償却は、母国の経理処理とは内容が異なっております。私たちの国では、減価償却という言葉を使っていますが、建物などの価値が減価する分に対する引当という考え方はあまりありません。もちろんその面も考慮して引当金額を算出していることは確かですが、むしろ、将来の建て替えのための資金を積み立てていくという考えに立っています。従いまして、この減価償却引当金というのは、単に会計処理的な意味だけではなく、実際に現金で積み立てられる必要があるのです。

私たちの国の会計処理では、例えばある建物に対する修繕や補修の工事などは、掛った金額に関わらず原則として修理費としてその年の経費として処理されます。母国経理では一定額を超えた修理費用などは資産として処理されますが、私たちの国では、実際に修理に類する支出であればすべて修理費としてその年の経費に計上することになっています。
話が少し複雑になったかもしれませんが、私たちの減価償却という考え方や、修理費用の処理の仕方が母国とは少し異なっていることと、それによって現存分の積み立てが不十分になっているようなことはないということを、ご承知いただきたいと思います」


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十八回

2011-08-17 10:58:50 | テスバウ共和国 入国体験記 
       ( 1-3 )

「土地改良資産につきましてはすでに説明させていただきましたが、この項目に対しては減価償却引当金は計上されていません。
この項目も若干ご理解いただきにくい面があると思います。例えば、新しく道路を拡張させたり農園を拓いた場合には、それに要した費用が土地改良資産として計上されますが、損耗などで修理したり、街路樹を植え替えたりする場合は、経費として処理されています。金額の如何に関わらずです。
その結果、例えば農園について説明させていただきますと、同じ金額として計上されている場合でも、あるものはその後に改善のための資金が投入され、あるものは一部に損耗が見られても使用に不便がないためそのままになっていても、いつまでたってもどちらも同額の資産になっています。このあたりの処理については何度か検討されてきていますが、現在のところこういった処理が継続されてきています。

設備資産の約百五十億バウには、電力、通信、上下水道、コンピューターシステムなどの設備が含まれています。その下にカッコ書きされている四十億バウ余りは、やはり減価償却引当金です。設備資産の中で大きな比重を占めておりますのは、電力設備と上下水道の設備で、全体の八割ほどを占めています。
電力設備の主体は太陽光発電システムに関わるものです。私たちの国のエネルギーはその殆どが電力で賄われています。すべて太陽光発電システムにより産み出されているもので、この数年は余剰電力の売却分で上水道用として州政府より購入している水代を上回るようになっています。
私たちの国の全ての建物や通路などの屋根は発電用パネルで覆われています。太陽光による発電コストは、依然他のシステムに比べて割高ではありますが、私たちは創立当初からS社の全面的な協力を得ていて、母国全体を見ましても、S社のモデル事業といわれるほど最先端を走っています。

上水道は、全て州政府から購入していますが、実質的には隣接市から供給を受けていることになります。
下水道は国内で運営しています。ゴミの焼却を含め、私たちの国内から汚水やごみなどの廃棄物を出さなくなってすでに何年にもなります。
但し、母国のリサイクル法に基づく物や、再生資源として売却または無償引き取りして貰える物、一部の医療廃棄物などは除きますが。
コンピューター関係は、入出国管理局で使われているものなど汎用性の少ない特殊なものに限られ、大半はリースや利用料で対処しています。従いまして、資産として計上されているものはごく僅かです。通信システムも同様です。
もちろん、リース契約されているものなどは、実質的には借入金とあまり変わらない性質もありますので、決算報告や母国政府への提出資料には詳細が添付されていますが、ここでは省略させていただきます。

その次にある機器車両等の六十億バウに含まれるものとしましては、医療用機器の割合が一番大きく、車両がそれに次ぎます。医療用機器のうち概ね一千万バウ程度以上で五年以上使用可能なものを資産計上していまして、それ以外の物は購入時の経費として処理をし、物品の管理はそれぞれの担当部門で行っています。車両についても、国外で使用する車両、つまり母国に車両として登録されているものだけが資産とすることになっています。当国内でたくさん見受けられる小型の電気自動車はもちろん、大型の乗り合いバスも購入時の経費処理になっています。

ついでに、資産の分類の仕方について若干補足させていただきましょう。
母国経理と一番違うところは、私たちの国では建物と一体になっているものは全て建物として区分けされます。例えば、エレベーターなども私たちの国では建物になっています。つまり、私たちの国では、減価償却や経費処理について税務上の配慮は全く必要ありませんので、可能な限り購入年度の経費として処理するようにしています。
但し、純然たる消耗品以外は備品として管理されるものですから、それぞれの担当部署での備品管理は相当重要な事務とされています。

そして、これらとは少し性格の違うものはその他資産と処理されています。
金額の大きなものとしては、私たちの国との取引などで関係の深い会社などへの出資金などがあります。例えば、K電力、M銀行、太陽光発電システムのS社、小売業のK社、T建設、H病院、隣接市の水道事業債券、などがあります。

以上、駆け足でご説明させていただきました全てを合計しました一千五百四十億バウと預金等の九百二十六億バウを加えたもの、すなわち二千四百六十六億バウが私たちの国テスバウ共和国の総資産ということになります。
但し、この数字には、建物などの損耗などによる減価分は考慮されていません。減価償却費としてカッコ書きされている五百二十億バウは預金等の中に含まれていますので、この分を差し引いた額が実際の資産価値に近いのかもしれません」

「さて、それでは、この二千四百六十六億バウという資産を、私たちの国はどのような方法で調達しているかを簡単にご説明いたしましょう。
まず最初は、基本財団として計上しています一千億バウです。これは、設立にあたった人たちが出資金として集めたものです。実際は寄付金と同じような性格なのですが、設立当初は、確か二年間ほどだったそうですが、出資金として出資された方々に国家運営の決定などの権限が与えられていたそうです。現在でも出資者の権限と責任で運営されている団体が多いのですが、私たちの国テスバウ共和国は、早い段階で出資金と寄付金を合算させて基本財団とし、設立に奔走された方々や資金提供をしてくれた方々は、出資金による国家運営への関与を放棄されました。従いまして、私たちの国は早い段階から全市民から選ばれる代議員による国家運営が行われてきたのです。
私たちの国が、いかなる団体や個人の影響を受けることなく、本当の意味での共和国として運営を続けることが出来ているのは、設立当初に、この巨額の資金を基本財団という形で無償提供して下さった方々があったからなのです。

その次にあります追加財団として計上されています六百億バウ余りの資金は、その後寄付金として寄せられたものです。基本財団と何ら性格の異ならない資金ですが、設立当初の資金と区分けされています。
この資金は、かつてこの国を終の棲家として生活された私たちの先輩たちが、その遺産を寄贈されたものが集積されたものなのです。

利益積立金の百五十億バウは、毎年の決算における剰余金の中から組み込まれたものです。利益積立金につきましては、誤解の無いよう少々ご説明いたします。
私たちの国は共和国として運営しているわけですから、市民から徴収した資金で国家の財政運営がなされなくてはなりません。同時に、その徴収した資金を剰余金として国家が吸い上げることも良いことではありません。当然私たちの国はその基本に従って運営されています。
その仕組みにつきましては、後ほどもう少し詳しく説明させていただきますが、私たちの国家の収入には、市民から徴収する資金の他に、母国政府からの補助金、預金などの利子収入、国外の方から受ける寄付金、それと事業収入があります。
このうち、利子収入と寄付収入については、必ずしもこの期間に在住している市民が受けるべきものとはいえない、というのが私たちの国としての考え方なのです。

この考え方から、利子収入と国外善意の方々からの寄付金の半額以上を利益積立金として処理することにしているのです。
当然毎年の決算では不足金なり剰余金なりが発生します。剰余金は次期繰越金とし、不足金は前期からの繰越金で処理することとし、それでもなお不足の場合は、常任委員会の許可を得て利益積立金を取り崩すことになっていますが、幸いこの十年はそのようなことはありません。

ここまでの三項目の合計、一千七百五十億バウ余りが私たちの国テスバウ共和国の純資産として公表しています。
ここでは詳しい説明は致しませんが、この他に市民預り金、次期繰越金、共済会などの各部門の剰余金、減価償却引当金の一部なども純資産ではないかと、母国の監督官庁からは指摘されていますが、それらはあくまでもそれぞれの用途の変動に備えるべきものだと私たちの国は考えています。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第二十九回

2011-08-17 10:58:11 | テスバウ共和国 入国体験記 
       ( 2-1 )

前日より頻繁に休憩時間を取るなどの配慮がなされていたが、大半の参加者にとっては、いささか難解な部分もある講義であった。
主催者側としては、経営体制が安定していることを強調するためのものと思われるが、長く感じる講義であった。講師もそのあたりのことが気になるらしく、もうしばらくご辛抱下さい、と一生懸命笑いを誘いながら話を続けた。

「次は、一年間の収支についてご説明させていただきます。つまり、国家予算がどうなっているかということで、私が所属しています財務部予算管理局が主管しています。
資料にありますのは一昨年の国家予算と実績とを併記したものです。昨年のものもすでに確定していますが、資料を作成する時間差もありますものですから、ご了解ください。

まず、予算の数字をご説明していきます。お手元の資料を参考に、ざっとご理解いただければ結構かと思いますので、お気楽にお聞きください。
収入としましては、市民分担金が二十二億バウ、利息などの収入見込みが十八億バウ、寄付収入が一億バウ、前期からの繰越金が十億バウ、合計五十一億バウを当初予算として計上しました。
これに対する支出は、八部三十三局に個別に割り当てられたものが三十一億三千万バウ、常任委員会が一億バウ、予備費が一億バウ、利益積立金へ九億五千万バウ、次期繰越金が八億二千万バウという計画でした。
全体像としましては以上なのですが、これではあまりにも分かりにくいと思いますので今少しご説明させていただきましょう。

まず収入についてご説明させていただきます。
皆様が正式に市民権を得られますと、毎月納付しなければならない費用があります。全員同じ条件で、市民分担金が二万バウ、健康保険料が同じく二万バウ、互助会費が三万バウ、住居費が同居される人数により少し変わりますが、一人につき六万バウから三万五千バウ必要となります。このうち、国家予算に計上されているものは市民分担金だけです。

それでは他に納付したものはどうなっているのかと申しますと、それぞれごとに独立した会計処理がされております。健康保険料は厚生部が主管しており、互助会費は互助会が管理し、住居費は施設管理局が管轄しています。
これは、市民から徴収された費用が、それぞれの目的以外に流用されないように独立させているからなのです。もちろん、それぞれ決算が行われ理事会による監査と代議員総会での承認が必要となっています。
これらの詳細につきましては、後日それぞれの担当部署から説明があるはずです。

収入のうち大きな比率を占めておりますのは利息収入ですが、これは国家として保有している預金の利息で、減価償却引当金分も含まれています。預金はすべてテスバウ銀行ですが金利は母国の金融情勢に影響を受けます。
寄付金は、長年にわたって私たちの国を支援してくれています母国の企業などからのものを期待値として計上しています。
繰越金は、前年以前からの剰余金にあたる分ですが、今回の予算では次期繰越金との差額一億八千万バウ取り崩す計画になっています。これは最近の予算編成の傾向でして、実際は繰越金は少しずつ増加してきています。

次に支出面ですが、部局に割り当てられたものにつきましては後でご説明することとしまして、先に常任委員会の一億バウについてお話しましょう。
この費用は常任委員会の日常経費やメンバーの活動費用に充てられるものです。主に出張経費や、国外講師を招く費用などに充てられています。私たちの国テスバウ共和国にとって、常任委員会は最高機関でありそのメンバーはテスバウ共和国の良識であり誇りであります。予算を独立させていますのは、活動に資金面からの制約をかけないように考えてのことなのですが、実につつましやかに使用されておられます。

利益積立金の九億五千万バウといいますのは、利息等の収入と寄付金収入の見込み額の半分を計上したもので、これは組み入れが義務付けられているものであって、収入とはいえ流用できないものなのです。
予備費の一億バウは、予期せぬ出費に備えたものです。この項目の取り崩しは理事会の決裁で出来ますが、他の項目は別の項目への流用は代議員総会の承認が必要になっています。

なお、寄付金収入の件ですが、市民の方々から寄付は原則として受けないことになっています。お申し出の場合もテスバウ銀行の預金口座に残していただき、逝去された時点で寄贈していただくことになり、この場合は全額が追加財団に計上されることになります。
また、皆様が市民権を得て入国する際に納めていただきます一時金のうち、二百万バウは預かり金となりますが、この分は、一定の条件のもとで退国される場合に返礼されたり、やむを得ない出費に充当させるためのものですが、通常は、逝去された場合に追加財団に組み込まれる契約になっていまして、将来のテスバウ共和国市民のために提供していただくということになります。
市民からの寄付を受けないというのは、多額の寄付などの有無が市民の身分や待遇に何らかの影響が出ることを避けるためです。
そして、私たちの国の全市民が、この国での生活を終えるにあたって、必ずいくらかの寄贈をしていただくことになっていますのは、私たちの後にこの国に生活の場を求める人たちを支援するためなのです。今この国で生活している私たちは、先輩たちから膨大な資金の提供を受け、その恩恵を受けているのです。それへのお返しといいますか、これこそが、世代を超えた互助のシステムだと私たちは考えているのです」










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする