魚の王が現れる ・ 今昔物語 ( 5 - 28 )
今は昔、
天竺のある人が、五百人(大勢を表現する常套句)の商人と共に財物を求めて船で海に乗り出した。その途上、ある船頭が、船の物見やぐらに登っている人に尋ねた。「おーい、何か見えないか」と。
やぐらの上の人の答は、「二つの太陽が見えます。また、白い山があります。また、海水の流れが勢いを増して急流となり、大きな穴に吸い込まれるようです」と言ったものであった。
船頭は、「お前たちは知らないのか。魚の王が出て来たのだ。二つの太陽というのは、魚の二つの目のことである。白い山と見えるのは、魚の歯のことである。海水が流れて行くと見えるのは、魚の口に海水が吸い込まれているのだ。これは、恐れる上にも恐れるべき物だ。お前たち、それぞれ五戒(在俗の信者が日常生活で保つべき五つの戒め。)を保ち、仏の御名(ミナ)を念じ奉って、この難から逃れよう。船が魚の口に近付けば、引き返すことが出来ない。お前たち、この海水の流れの速いことを見てみよ」と叫んだ。
そこで、五百人の商人は、皆それぞれが心を一つにして仏の御名を称し、観音の御名を唱え、「この難を免れさせてください」と申し上げると、たちまちのうちに魚は口を閉じて、海中に潜って行った。
これにより、五百人の商人は無事に本国に帰ることが出来た。
また、伝えられているところによれば、この魚は命が尽きて後、人中(ニンジュウ・人間界)に生まれて比丘(ビク・仏僧)となり羅漢果(ラカンカ・阿羅漢果と同じ。原始仏教における最高の修行階位。)を証した、
となむ語り伝へたるとや。
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