枕草子 第百八十八段 野分のまたの日こそ
野分のまたの日こそ、いみじうあはれに、をかしけれ。
立蔀・透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩・女郎花などの上に、横ろばひ伏せる、いと思はずなり。格子の壺などに、木の葉をことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。
(以下割愛)
野分(台風)の翌日というものは、とても情緒があり、見どころもあるものです。
立蔀や透垣などが乱れていて、植込みなどが実に痛々しい。大きな木々なども倒れ、枝などの吹き折られたものが、萩や女郎花などの上に、横倒しに覆いかぶさっているのは、全く想像を超えています。格子の枠組みなどに、木の葉をわざわざ手を加えたかのように、一つ一つ入念に吹きいれているのは、乱暴な風の仕業だとは思えません。
とても濃い紅の衣の光沢の薄れているのに、黄朽葉(キクチバ・縦糸が紅、横糸が黄の織色。秋用の色)の織物や薄い織物の小袿(コウチギ・高貴な婦人の通常礼服)を着て、本当にきれいな女性が、昨夜は風が騒がしくて寝られなかったので、随分朝寝をしてしまい目を覚ますなり、母屋より廂の方に少しにじり出ているが、髪は風に吹き乱されて、少しふくらんでいるが、それが肩にかかっている様子は、まことに魅力的です。
その女性が、感慨深げな表情で庭を眺めて、
「むべ山風を」(古今集からの引用「吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐というらむ」)
などと言っているのも、「教養のある人らしい」と見受けられるが、その女性とは別に、十七、八歳ぐらいでしょうか、そう小柄ではないが、特に大人っぽくは見えない女性が、生絹の単衣の、ひどくほころびが目立ち、花色も色あせて古くなって淡くなった夜着をひっかけて、髪は艶やかで、手入れが行き届いていて、髪の裾も尾花のようにすっきりとしていて、背丈ほどの長さなので、ほとんど着物の裾に隠れているが袴のひだの間からのぞいている。その女性が、童女や若い女房たちが、根こそぎ吹き折られている植木などを、ここかしこに取り集めたり、起こして立てたりしているのを、うらやましそうに部屋の中から簾を突っ張って、それにくっつくようにして外を見ている後ろ姿も、とても可愛らしい。
他の段でも見られますが、少納言さまは、嵐がかなりお好きなようです。
原文は冒頭部分だけですが、その中だけでも、「いと思はずなり」「荒かりつる風のしわざとはおぼえね」といった表現は、とてもすばらしく、個人的にはとても好きな部分です。
野分のまたの日こそ、いみじうあはれに、をかしけれ。
立蔀・透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩・女郎花などの上に、横ろばひ伏せる、いと思はずなり。格子の壺などに、木の葉をことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。
(以下割愛)
野分(台風)の翌日というものは、とても情緒があり、見どころもあるものです。
立蔀や透垣などが乱れていて、植込みなどが実に痛々しい。大きな木々なども倒れ、枝などの吹き折られたものが、萩や女郎花などの上に、横倒しに覆いかぶさっているのは、全く想像を超えています。格子の枠組みなどに、木の葉をわざわざ手を加えたかのように、一つ一つ入念に吹きいれているのは、乱暴な風の仕業だとは思えません。
とても濃い紅の衣の光沢の薄れているのに、黄朽葉(キクチバ・縦糸が紅、横糸が黄の織色。秋用の色)の織物や薄い織物の小袿(コウチギ・高貴な婦人の通常礼服)を着て、本当にきれいな女性が、昨夜は風が騒がしくて寝られなかったので、随分朝寝をしてしまい目を覚ますなり、母屋より廂の方に少しにじり出ているが、髪は風に吹き乱されて、少しふくらんでいるが、それが肩にかかっている様子は、まことに魅力的です。
その女性が、感慨深げな表情で庭を眺めて、
「むべ山風を」(古今集からの引用「吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐というらむ」)
などと言っているのも、「教養のある人らしい」と見受けられるが、その女性とは別に、十七、八歳ぐらいでしょうか、そう小柄ではないが、特に大人っぽくは見えない女性が、生絹の単衣の、ひどくほころびが目立ち、花色も色あせて古くなって淡くなった夜着をひっかけて、髪は艶やかで、手入れが行き届いていて、髪の裾も尾花のようにすっきりとしていて、背丈ほどの長さなので、ほとんど着物の裾に隠れているが袴のひだの間からのぞいている。その女性が、童女や若い女房たちが、根こそぎ吹き折られている植木などを、ここかしこに取り集めたり、起こして立てたりしているのを、うらやましそうに部屋の中から簾を突っ張って、それにくっつくようにして外を見ている後ろ姿も、とても可愛らしい。
他の段でも見られますが、少納言さまは、嵐がかなりお好きなようです。
原文は冒頭部分だけですが、その中だけでも、「いと思はずなり」「荒かりつる風のしわざとはおぼえね」といった表現は、とてもすばらしく、個人的にはとても好きな部分です。